第64話:ReLIFE
時は少し遡り、訓練場では片膝を立てて座る晃生の横で克心が仰向けに倒れて「はァッ……はァッ……はァッ……!」と荒い息を吐いていた。
勝負に負けた相手に気を遣うようにしばらく無言でいた晃生は、克心の呼吸が整うのを待ってから話しかける。
「……お前、十分強いだろ。急いで強くならなきゃいけない理由があるのか?」
「……晃生君。少し、話を聞いてくれませんか?」
「ん? 別にいいけど」
立ち上がった克心からの突然の誘いだったが、気になることもあって晃生は承諾した。
「飲み物買ってきますよ。ホットコーヒーで良いですか?」
「ああ、砂糖とミルク入れといてくれ」
「分かりました。校舎裏の花壇の所で座って待ってて下さい」
「りょ」
(あんま人に聞かれたくない話なのかな……)
人気の無い校舎裏で晃生が待つこと数分、カップ式自動販売機でホットコーヒーを2つ買ってきた克心が晃生の隣に腰掛けた。
「克心はブラック飲めるのか」
雰囲気が重そうだったので、克心が喋りやすいように晃生から話しかけた。
「まあ、飲むのはたまにですけどね」
「やるなぁ……ずずっ……熱っちっ……くないわ。そういや熱には強くなってたんだった……」
ビタミン剤なんかの偽薬でもちゃんとした薬だと信じ込んでいると症状が治ることがあるプラシーボ効果の逆、ノーシーボ効果で、元々猫舌だった晃生は熱耐性を得た今でもホットコーヒーが熱いという思い込みで一瞬舌が火傷したように錯覚したのだった。
「……晃生君が強くなる理由は、守りたい人がいるからですか?」
「あー……まあ、そうだな。俺より強い奴なんかいくらでもいるだろうし、そいつが敵として現れてもし何も出来ず大切な物を奪われたら、弱い自分を許せない気がするから……かな。あとはこんな力を持った義務感みたいなのもあるけど」
「……僕も、助けたい人がいるんです。1つ歳下の幼馴染を助ける為には、晃生君よりも強くならなければいけないんです」
「……? 俺より……?」
やけに限定的な条件に、晃生が眉を寄せる。
「でもそれはどうやら無理そうだ。だから諦めました」
「……諦めていいのか? それ」
「幼馴染を助けること自体を諦めたわけじゃありませんよ。晃生君に勝つことは諦めて、どんな手を使ってでも目的を達成することに決めただけです」
「……?」
(どういうことだ……? ん……? 何だこれ……)
その時——言ってる意味が分からないと首を傾げる晃生が、突然パタっと倒れた。
「うちの違法薬物です。飲んだ瞬間眠ってしまうほど即効性の強い睡眠薬を入れたはずなのに、なかなか倒れないから不安になりましたよ。流石晃生君ですね」
独り言を呟きながら、克心は物陰に隠れていた2人の仲間に合図を送る。
出てきた克心の仲間達は晃生の手足を拘束し、さらに目隠しをして運んでいく。
近くに停めてあった車に晃生を乗せ、自分達も乗り込んで手際良く出発する。
「このまま西へ。浮遊島の端にある空き地で仲間のヘリと合流します」
浮遊島内でも定められている法定速度を無視しながらジグザグ走行で一般車両を避け、晃生を乗せた車はあっという間に学園から遠ざかっていく。
やがてババババババッとプロペラのローター音が聞こえてきて、克心達はヘリを視認する。
少し離れた所に車を停め、逃げるように焦りながら晃生ともどもヘリに乗り込んでいく。
「早く出せッ! あの学園長に気付かれたら厄介だぞッ!」
「ああ! とっととズラかろう!」
回転翼の回転数を上げたヘリは揚力を得てフワッと浮き上がり、そのまま西の空へと飛んで行った。
「こんなガキ1匹、本当にリスクを冒してまで攫ってくる必要があったのか?」
「”マスター”の命令なんだからしょうがないだろ」
「つってもよォ、あそこの学園長の千金楽って奴はガキのくせに得体が知れねぇぞ。超知力が齎す最先端の科学力を操ってやがるらしい。その兵力は既に一国の軍隊を凌ぐって噂もある」
「所詮噂だろ。そんなもんに踊らされてどうする」
プロペラやエンジンの音がうるさいフライト中、克心の仲間達がヘッドセットを介してそんな会話をしていると、ヘリは意外に早く減速、下降を始める。
そして周囲に見える中で1番高いビルの屋上にあるヘリポートへと着陸した。
「彼は医療ラボで睡眠薬を追加投与した後、最下階のセクション5へ運んで下さい」
「ああ、言われなくても分かってる。”マスター”への報告は任せたぞ」
晃生は担がれたまま屋上からビルの中へ。エレベーターに乗り階下へと降りて行く。
克心が話していた通り、途中止まった階で一旦エレベーターを降り、硬いベッドに寝かされて注射器で睡眠薬を打たれてから再度下の階へと運ばれて行った。
ようやく止まったエレベーターを降りて暫く移動し、ガチャンッと冷たい音がして晃生は硬い床へと降ろされ、さらに携帯と短剣を没収される。
「あんだけ薬を打たれりゃ丸2日は確実に起きないはずだ。お前がいりゃ魔力も使えねぇだろうが、絶対逃すんじゃねぇぞ」
「分かってる。ただのガキ1匹、何もできやしねぇさ」
晃生を担いできた克心の仲間の1人は、檻から少し離れた部屋の入り口付近で見張りらしき男と会話した後、エレベーターに乗ってどこかへ去っていく。
気配が遠ざかっていったのを確認した晃生は、パチっと目を開けた。
(あれやっぱ睡眠薬入ってたのか……克心が持ってきたコーヒー、なんか変な味がすると思って適当に寝たフリしてみたけど、正解だったな。話も不穏だったし、近くに不審者がいたし……)
味覚受容器である舌の味蕾は通常12歳をピークに加齢と共に減少していく。だが晃生は超回復によって本来の視力を取り戻したように、味覚も劣化前の繊細・鋭敏な状態を保っている為、コーヒーという刺激物の中に入っていてなお睡眠薬の味の違和感に気付けたのだ。
そして晃生の身体は異世界でゲートを探し回っている時に超回復を使いながら食べまくった怪しい木の実やキノコによって麻痺、睡眠、毒等の状態異常に強い耐性を有している。不自然な眠気を感じれば超回復ですぐに跳ね除けられる上、克心が使った睡眠薬ではそもそも晃生の特別製の肉体に影響を及ぼすことは出来ない。
それでも克心を含め自分を狙っている敵の内情を探ろうと、晃生はわざと捕まったのだった。
(さーて、ここは……)
晃生が心中で呟きながら見渡したそこは、石の壁と鉄格子に囲われた牢屋のような所だった。
事実地下牢なのだろう。晃生が囚われている牢屋と通路を挟んだ向かい側でも、鉄格子の中に人が収容されている。中にいる男は気持ち良さそうに寝ているが。
(ヘリの中で目隠し越しにも感じた窓に差し込む太陽光は前方——進行方向からだった。今は夕方だし、東京湾から西に向かって飛んでたってことだ。克心も車で西に向かうって言ってたしな。ヘリの体感飛行速度は一時的に時速200km/hくらいだったけど、飛んでた時間はほんの数分だった。つまり……ここは多分、神奈川県横浜市辺り……そこから思い当たるのは……リライフギルド。そのビルの地下秘密施設ってとこか)
【リライフ】と言えば、病気や障がいを持った者が魔力に覚醒した超克者と呼ばれる身体強化系能力者を中心に構成されたギルドで、それら元社会的弱者の活躍や医療・福祉業界への資金援助によって世の中に希望を与えており、多分野にわたって問題解決を目指す社会的企業のはずだ。
そのリライフギルドが学園に潜り込んだ克心を使って明らかな略取・誘拐罪を働いている。
きな臭さを感じた晃生は推理を終えると、脱出ではなくまずはこの施設内を探ることにした。
(あ、その前にっと……)
効かないとはいえ変な薬を打たれたままにしておくのは気持ち悪いと思った晃生は一応超回復を使おうとするが……それが発動しない。
(……? そういやさっきの奴らが『お前がいりゃ魔力は使えねぇ』って言ってたな。あの見張りの男は魔力を吸収、もしくは無効化するような能力者ってことか……)
感覚を研ぎ澄ませれば周囲の魔力が部屋の入り口——見張りの男の方へと集まっていることからそれを見抜いた晃生は天井と床に縦に嵌め込まれた鉄格子を両手で握る。
(まあ俺には関係無いけどな)
通常の能力者であれば詰んでいるが、魔力に頼らずとも素の身体能力が強化されている晃生は両腕に力を込め、ギギギギギィィッと鉄格子を歪めた。
(克心も俺の身体能力は回復による無限の魔力だけから齎されるものだと勘違いしてたみたいだな……そこは助かった)
広げた格子の隙間から牢屋を出ると、今の異音を聞きつけた見張りの男がやってきた。魔力が使えなければ何も出来ないガキだと鷹を括っていたであろう慌てた様子で。
「な——ッ!」
——なぜ外にいる!?
そう叫ぼうとした看守の声は瞬時に肉薄した晃生に喉を突かれて途切れた。
看守は後退りながらも懐に隠していた拳銃を取り出し、晃生へと向ける——その予備動作を見た段階で既に動いていた晃生は左手で男の銃を持った右腕を開かせて銃口を逸らし、男が指を引くより先に撃鉄と引き金を押さえて発砲出来なくする。
同時に胸部を殴り、瞬間的に肺を圧迫して敵の呼吸と発声を制限する。
(ま、撃たれてもこの制服と俺の筋肉には効かないけど……発砲がしたら外の奴らが駆け付けてくるかもだからな……!)
殴られた時に力が抜けた看守から銃を奪った晃生はそのまま背後に周り、首を絞めて静かに無力化した。
(この銃……グロック18Cか。前に木乃香を襲ってきた奴らが持ってたのと同じ……あの時からリライフに狙われてたってことか)
見張りの男が持っていた携帯と短剣を取り返し、静かになった地下牢の中を改めて見て回ると、牢屋の中にはリザードマンやオーク等の人型の魔物が多数捕らえられていた。
魔物達は憔悴しきっていて檻の外を見る気にもなれないのか、晃生に興味を示さない。
魔物の他には晃生が入れられた向かいの牢屋で寝ていたさっきの男ともう1人、晃生と同い年くらいの男が一番奥の牢屋の中で上裸になって腕立て伏せをしていた。
そのやや粗暴そうな男が——明らかに見張りではない格好の晃生が檻の外に出ているとあって驚いた顔をする。
「おいおいお前なんで外にいやがるッ! 俺も出しやがれッ!」
(なんか凶暴そうな奴だな……)
「今はここにいた方が安全だ。後で絶対全員助けに戻ってくるから待っててくれ」
そう言い残した晃生は「おいッ! 待ちやがれッ!」と叫ぶ上裸の男を無視して看守が着ていた服を剥ぎ取り、ギルド員に紛れる為に制服の上から着込んだ。
(せっかく音を立てずに見張りを倒したのに、静かにしてくれよ……)
気を取り直し、取り敢えず部屋の奥にあった近くの扉を開けてみると……そこはもう一つの地下牢のようだった。
だが晃生達が囚われていた鉄格子の牢屋と違って透明なガラスで区切られており、ベッドやテレビ、本やシャワールームらしき設備まで完備されて部屋になっている。
監禁……と言うにはあまりに待遇が良すぎる、可笑しな場所だ。
その部屋に囚われていたのは2人。
1人は長い金髪と白く透き通るような肌、そして尖った長い耳が特徴的な美しい女性。もう1人は薄い褐色——小麦色の肌と対照的な白髪を持ち、その頭部から猫のような耳を生やした小柄な女の子だ。木乃香のような魔力で生み出したモノとは違う本物の猫耳で、お尻からは髪と同じ白色の尻尾も生えている。
(あれは……魔力の影響で体が変質したのか……それともまさか、異世界人?)
マジックミラーになっているのか、2人は晃生に気付いていない様子。どころかテレビと本に興味津々といった感じで夢中になっている。
何にせよ、早急な助けは必要なさそうだ。
(やっぱ出口は看守が立ってたあっち側だけか)
晃生は前を通った時にまたギャースカ騒ぐ上裸男に人差し指を立ててシーっとやりながら戻り、今の騒ぎで誰か来ないかとドキドキしながらスパイ気分で扉を開ける。取り敢えず、地下牢の周囲には誰の気配もない。
地下牢を脱出した晃生は空気中の魔素を吸収して僅かに戻った魔力で超回復を発動させて一気に体内の魔力を回復した。
「さて、ここからどうしようか」
その時、取り返したばかりの晃生の携帯がピコンっと鳴った。
アンナから端末を受け取った時に説明された通り、地下でもしっかりと電波が立っている。
(ん? 木乃香達かな)
晃生が携帯を取り出して画面を見ると、学園長の千金楽麗色がデフォルメ化されたようなミニキャラが表示されていた。
『学園長命令によりインストール。中川晃生の脱出をサポートします』
ミニキャラの周囲に表示されていた円形のサウンドレベルメーターが機械的な音声に合わせて上下する。
(あ……このミニキャラ、一瞬学園長かと思ったけどマキナだったのか)
よく見ると前髪の一部に入ったポイントカラーが左側のペールブルーではなく、右側のホワイトピンクだった。
「マキナ。助けに来てくれたのか」
『はい。GPSを測位しました。現在位置を表示します。続いてリライフサーバーに侵入。ビル建築時の図面をダウンロード中……完了。乗っ取ったビル内の監視カメラの映像と照合し、最適な脱出経路を計算します』
「待ってくれマキナ。他にも囚われてる人達がいるから、俺1人で逃げる気はない。あとここを出る前に内部情報を探っておきたいんだ。人を拉致監禁するようなギルドだし、何か裏がある」
『入力。サーバー上にそれらしい情報は保管されていませんでしたが、セクション5と6の情報が不自然に消去されています。研究区画への経路を再検索』
マキナの音声に続いて画面上部に立体ホログラム用のレーザーが投射され、このビルの3Dマップと現在地を示す赤い光点、さらには直接情報を保管していると思われる区画への矢印が表示された。
「凄いなこれ……よし行くぞ」
マップの情報と魔力感知を併用して周囲を索敵しながら各部屋を調査していく。
広大な施設だけあって全ての部屋に人がいるわけではなかった為、魔力感知に反応が無く、物音や声が聞こえず、気配を感じない部屋だけを慎重に選んで入ると……まず見つけたのは、魔物の体組織を解剖していると思われる研究室のような部屋だ。
「マキナ。写真を撮っていくから、随時学園のサーバーに送ってくれ」
『入力』
魔物の眼や皮膚、筋肉、靭帯、鱗、角、牙、さらには脳に至るまで、様々な部位をホルムアルデヒドの水溶液と思われる液体で満たされたカプセルに入れて並べてある。
晃生はそれらを携帯の写真に収めながら部屋の奥へと進んで行く。
(すごいな、魔物の研究室か……? まさか、地下牢に閉じ込めていた人達まで使う気じゃないだろうな……)
棚に並ぶファイルの中から『混合獣実験①』とラベリングされたものを手に取って開いてみると、ウルフ種を始めとする数々の獣系モンスターの交配記録や外科的に移植した際の拒絶反応等が詳細に書かれてあった。
胸くそ悪いと思いつつ、晃生はナンバーが最も新しい『混合獣実験⑦』を開く。
そこに書かれていたのは——人間同士の移植実験。
「何だよこれ……ヒトの魔力強化部位を他人に移植し、複数の能力を備えた超人を人工的に生み出す実験へ移行……初期段階では急性T細胞関連型拒絶反応を免疫抑制薬によってコントロールしているにも関わらず謎の拒絶反応によって結合部の細胞が崩壊。精神にも異常をきたし発狂に至るケースも見受けられた……その後の研究で魔力にはその性質に個人差があり、同質の魔力を持つ者同士の組織であれば順応させることが出来ると判明……」
声に出して読んでいた晃生が、魔力の性質を順応させる、という部分に引っ掛かりを覚える。
(これ……どこかで似たような話を聞いた気がする……)
少し考え込んだ晃生は学園入学時のことを思い出し、気付く。
(そうか……麗色ちゃんが宮沢先生と寄生スライムの魔力を同調させて共生を成功させた話に似てるんだ……あれより恣意的で強引な内容だけど、宮沢先生の例を考えれば、この方法で実験は成功してしまうんじゃ……)
「……やっぱりだ……成功例……検体番号0……人間兵器……」
麗色の超知力がなければ魔力という未知の粒子エネルギーのコントロールはやはり困難を極めるらしく、夥しい数の人体実験の記録を読み進めていった晃生はやがて無言でファイルを閉じ、眼を鋭くした顔を上げる。
(リライフギルド……社会的弱者の希望を謳いながら、裏ではこんな事をやってた訳か……)
ファイルを棚に戻し、晃生は静かにその部屋を後にした。
「マキナ。脱出はやめだ」
(ブッ潰してやるッ……!)




