第53話:魔女と魔獣
「さあ、君達はこれから互いを高め合うクラスメイトだ。彼らともね」
宮沢が場を纏めつつ目線で示したのは、既に屋外訓練場で実践訓練を行っている生徒達。
身体強化系の能力者同士がバチバチに殴り合っていたり、属性魔法系の技が至る所で飛び交っていたりと、一般人が見れば裸足で逃げ出す戦場のような光景だ。
よく見れば隅の方では気が弱そうな男子がカースト上位組っぽいグループに囲まれ、軽い魔法攻撃の的にされて虐められている。
「オラッ、お前らだって能力者なんだからこの程度防げなくてどうすンだよッ」
虐め連中のリーダー格のような金髪の男は土属性系の能力らしく、石礫を発生させて高速で射出した。
蹲ったまま動かない男子生徒にその攻撃が当たる寸前、いつの間にか飛び出していた晃生が石礫を素手で掴み取る。
「あ……? 誰だお前」
「今日から外部入学で入ったクラスメイトだ。よろしく」
「ざけんなよイキりがッ!」
見た目通り頭に血が昇りやすいタイプのリーダー格の男、千石将也は晃生が挨拶しただけでブチ切れ、再度石礫を発射する。
さっきの倍近い速度だったがこれも軽く掴み取った晃生はその野球ボール程の石を振りかぶり——
——ボッッッッッ!!!
ピッチャー投げでさらに倍の速度を披露してみせた。
何も反応出来ない千石の顔の横を通過した石は背後にあった校舎の壁——正確にはその壁に重ねるように張られた魔力場のバリアに当たって粉々に砕け散る。
「……ッ!」
戦慄しながら振り返り、今の衝撃で力場を乱すバリアを見た千石が目を見開く。
そしてそれは助けられた男子生徒も同じだ。
本来止めに入るべき担任のアンナはヒュ〜〜と口笛を鳴らして感心し、副担任の宮沢も静観を貫いている。
(ま、こういう学園だし、危機は自分の力で切り抜けろって方針か。この制服もあるしな……)
「あー、ビビったならこういうことはもうやめとこう」
穏便に済ませようとした晃生だが、今の言葉で余計に神経を逆撫でされた千石は顳顬に血管を浮かべ、さらに顔を赤くして興奮状態となる。
「あァッ!? 誰がビビっただとッ!?」
だが憤る千石の背後でバチッッという音と共に閃光が弾けたかと思うと、そのガタイの良い体が膝から崩れ落ちた。今ので意識を失ったようだ。
そしてそれをやったのは——電撃能力を持つ吉良アンナ。
ピースにした指を目潰しするように前に向けていることから、人差し指と中指の間に電気を流し、千石の制服で守られていない頸部に電気ショックを与えたのだろう。
「まったく……コイツの好戦的な性格はアタシの好きな所だが、毎回面倒かけるのはいただけないなー」
千石の気絶した様子から見て、今の電撃はスタンガンと同様、高電圧ながら電流を3m A程度に抑えた殺傷能力のないもの。
少ししたら目を覚ますだろう。
「あ、あの……ありがとう。助けてくれて嬉しかったよ……君は……?」
止めるのが遅かったアンナをジト目で見る晃生に、助けられた男子生徒がお礼を言う。
その生徒は痩せ細った体でいかにも頼りなさそうな眼鏡の男だった。髪は伸び放題のボサボサで、眼鏡が意味を為さないくらいに顔の上半分を隠している。
「いや、気にしなくて良いって。俺は中川晃生。さっきも言ったけど、今日からクラスメイトだ。よろしく」
自身も初対面の人間相手に話しかけるのは苦手なタイプの晃生だが、明らかに自分よりもコミュ力がなさそうとみて勇気を出して手を差し出した。
「ぼ、僕は清水健太。よ、よろしく」
と、握手を交わした2人の元へ灯真と勇斗が女性陣を引き連れてやって来る。
「お前入学初日に目立ってるぞ。ま、お前が行かなきゃ俺があいつボコってたけどな」
「僕も前に似たような事されてたから助けるつもりだったけど、スカッとしたよ」
「いや、止めたのは吉良先生だって」
謙遜しながら晃生がアンナの方に視線をやると……
「やっぱ面白いなー、晃生。よし決めた! 今日は1対1で戦闘訓練だ! 晃生、お前はアタシと闘れ!」
「えっ、は?」
言うや否や晃生に襲い掛かる教師、吉良アンナ。
訓練内容を言い渡された他の生徒達も唖然としている。
反射的に対応した晃生とアンナがガシッッと手を組み合い、互いの身体能力で押し合う。
先生とは言え相手が女性とあって加減した晃生をアンナがズズズッッと押し込んでいく。
(晃生が押し負けてる……?)
晃生の馬鹿力を知る灯真が眉を寄せた。
(この怪力……生体電位操作か……ッ!)
晃生の予想通り、彼女は電気を操る能力の応用で自身の中枢神経系から運動神経細胞を通る電気信号を操って筋肉へ強力な活動電位を送り、さらに覚醒時に獲得した電気への耐性と魔力による身体強化でそれに耐えうる肉体を実現させていた。
晃生は気合を入れ直し、後退させられた分を今度は押し返していく。
「ハッ、やるなぁ。やっぱパワーじゃ勝てないか!」
晃生との力比べを楽しむアンナは豪快な笑顔を不敵な笑みへと変え、
「なら、これでどうだ?」
バチバチバチッッと晃生と組み合った手に電撃を発生させる。
さっきの千石への電気ショックとは比較にならない高圧電流で、流石の晃生も感電によるダメージを負い、筋肉が硬直してまた押し込まれていくが、数瞬で超回復を発動させて立て直し、電撃を喰らいながら再度押し返す。
そこから晃生は敢えて指に力を入れ、アンナの手を離さないように握り込む。
(……?)
アンナがその行動を不思議がる中、両者の手の間でバチバチと火花放電が巻き起こり、晃生はそれに耐え続ける。
感電によってパフォーマンスが低下していた晃生の肉体が徐々に、徐々に本来の性能を取り戻していき、アンナをさらに押し込んでいく。
ハッと晃生の変化に勘付いたアンナが電撃を止めて組んでいた手を無理矢理離し、晃生から距離を取った。
「やるじゃん。お前、ただの回復能力じゃなかったのか」
晃生の超回復を理解したアンナがニヤリと口角を吊り上げる。
「……俺はただの回復役ですよ」
(もうちょい強化したかったけどな……)
感電時の超回復によって適応した晃生の体は高い電気抵抗を獲得し、活動電位の上昇に伴い神経系が強化されてさらに高性能な肉体へと生まれ変わった。
(さて、どこまで耐えられるか見てやろう)
ペロっと唇を舐めたアンナがバチバチッと電気を纏って身体中をスパークさせる。
ボルテージが上がったのを感じ取った晃生も腰を落として身構えた時——突然アンナとは別方向から火炎弾と矢が晃生へと飛来した。
「——!」
瞬時に反応した晃生が火球は受けようと右手を向け、矢は左手で掴み取ろうと腕を振るうが——割って入った灯真が火球を防ぎ、矢は勇斗がキィィィンッと魔剣で叩き落した。
「……何のつもりだテメェら」
「今は1対1の勝負中だよ」
灯真と勇斗が不意打ちで攻撃してきた男2人に鋭い目を向ける。
「はぁ……ったくウチの生徒共は……アタシの楽しみを邪魔しやがって……」
(ま、これはこれで面白くなりそうだ……)
晃生との戦いを邪魔されて一瞬不快そうな顔を見せたアンナだったが、これから起こるバトルを思うと高みの見物も楽しそうだと思い直し、生徒達に経験を積ませるためにも大人しく引き下がった。
「……いやァ申し訳ない。そのインチキ男の化けの皮を剥いで差し上げようと思ってね」
2射目の魔力矢を生成しながら言い放ったのは、同様に魔力で形作った長弓を手にしたヒョロ長の男。
男にしては髪をかなり伸ばしており目も細長い線目で、身長や四肢だけでなく、とにかく全てが長い。
だが彼より目を引くのは、その横に立つ巨体——晃生達が訓練場に到着した時にも1番に目に付いた、黒い鬣のライオンの見た目をした大男。
大男、というのもその魔獣は人と同じく二足で直立しており、表情や赤く光る眼には明らかに知性が感じられるのだ。
ライオンの鬣とは、黒ければ黒いほどテストロンホルモンの分泌が多い——つまりは野生の勝負に勝ってきた強さの証だが、このライオン男は体を覆う体毛まで本来の美しい黄褐色が見る影も無く禍々しいまでの黒一色に染まっている。
シュゥゥゥ……と、上下に2本ずつ鋭い犬歯が覗く大きな口元から煙が上がっていることから、さっきの火炎弾はこのライオン男が口から放ったのだろう。
そしてそのライオン男の左肩には異質な雰囲気を放つ少女が乗っていた。
制服ではなく傘のように広がった袖口で裾の長い漆黒のドレス、爪先が少し上向きに尖ったハイヒールブーツ、そして鍔の広いとんがり帽子を身に付けた魔女のような格好の少女だ。
「インチキだァ……?」
ガラの悪さでは負けてない灯真が自分のことでもないのに、さっき晃生が言われたインチキという単語に食い付く。
「当然でしょう? 噂じゃ天羽先生の召喚体を圧倒した奴らが入学してくるって話だったのに、聞けばそいつは回復役だそうじゃないですか。僕達ですら歯が立たない吉良先生と張り合える訳がない。今の力比べもどうせやらせでしょう」
ヒョロ長男が矢を晃生に向けて言う。
「晃生君は強い。少なくとも君では手も足もでないよ」
「ハッ、吠えるなら晃生と闘ってみろよ。ま、ムカついたし、お前は今から俺にブッ飛ばされて病院送りになるから、闘るのは退院後になるけどな」
勇斗に続いて言い返した灯真がゴウッッと威嚇するように炎を纏った。
「なあ健太君。あいつら誰? 特にライオン頭の奴、人間か?」
そんな中、当の晃生は暖気にそんなことを聞いている。
「え、あ、彼は獅童玲旺。人間だし、歴としたクラスメイトだよ。あの身体で声を出すのに慣れてないらしくてあまり喋らないから、パッと見はモンスターにしか見えないけど。黒い獅子のモンスターに襲われた時に魔力が適合して、混ざっちゃったんだって。でも根性で肉体の主導権争いに勝ったって本人は言ってる。この学園でも3位の実力者だよ」
(混ざった……黒猫を取り込んだ木乃香の逆バージョンって感じだな)
「へぇ、あの肩に乗ってる子の使い魔じゃなかったのか。てか3位って、ランキングがあるのか」
「うん。任務の達成率や先生達の主観で決められてて、学園支給のタブレットにも表示されてるよ」
「タブレットなんか貰ってないぞ……」
(さてはアンナ先生忘れてるな?)
「あの弓を持ってる九条隼矢って人は特にランクを気にしてて、11位から上がれないまま進学になってイラついてたんだ。そこに強そうな君達が入ってきたから、今のうちに潰しとこうって思ったんじゃないかな」
「なるほどな。君は何位なんだ?」
「……最下位」
「あー……えっと、伸び代しかないな……うん……能力はどんな感じなんだ?」
「僕のは弱いよ……この子を召喚するだけなんだ」
パァァッと健太が召喚して見せたのは、真っ白な体毛の小さなポニー。
ポニーとは本来肩高147cm以下の馬のことだが、このポニーは猫くらいの大きさしかない。戦闘には役に立たなさそうだ。
「召喚系能力か。めちゃくちゃ可愛いな。名前は?」
「ハクって呼んでる。僕も気に入ってるんだけど、やっぱり弱いから千石君みたいな人に攻撃されても逆らえないんだ」
「だったら鍛えて、そいつと一緒に強くなるしかないな。この学園最強になれば誰も攻撃してこないだろ」
「む、無理だよ僕なんかじゃ」
「やってみないと分からないって。ところで、その学園最強はどいつだ?」
「えっと、獅童君の肩に乗ってる女性が1位の柚木園緋彩さんだよ。あの2人、もともと同じ学校出身で、荒くれヤンキーとそれを更生させた生徒会長って関係の腐れ縁らしい。獅童君はあの魔獣の体になってからも態度を変えなかった柚木園さんに今でも付き従ってて、コンビで任務に就く事が多いんだ。それぞれ大隊級の強さを持ってて、2人合わせれば既に連隊級の強さに迫るとまで言われてる——バケモノだよ。見た目そのままに『魔女と魔獣』って呼ばれてる」
「連隊級……なんか凄そうだね。1位の柚木園さんと3位の獅童君が大隊級なら、2位の人も個人で大隊級?」
晃生と健太の話を聞いていた勇斗が質問する。
「うん。2位は倭武琉君っていう人で——」
健太がランク2位の男を説明しようとした時——バシュゥッッと矢が放たれる音を合図に、隼矢と灯真のバトルが始まった。




