第52話:一葉唯花
入学試験が終わった日、晃生達が宮沢に案内してもらった校舎の中は古城のような外観通りの壮麗さだった。
その日は休みで生徒は誰もいなかったが、城内——校舎内は迷宮のように入り組んだ造りでありつつも居館にちゃんとした教室があり、寮は校舎の塔を超えてこの浮島内で最も高く設計されているため、上層階や屋上からはオスプレイからも見たカラフルな浮遊都市の建築物やその向こうの東京や千葉の街並み、さらに太平洋をも望める絶景だ。
晃生や灯真、特に女性陣はテンションを爆上げしてはしゃいだものだが、勇斗だけはこの浮き島が落ちやしないかと不安がっていた。
普通の学園とは違い入学試験の翌日から授業という名の訓練が始まるとのことで、その夜は展望フロアで夜景を楽しんだり、美味しいご飯屋さんを探したり、明日以降に備えて寮の自室で寛いだりと各々の過ごし方をした。
そして今日、外部入学した晃生達の最初の訓練が始まる。
「よっ、待たせたなお前ら。まずこれ、学園支給の端末だ。渡すの忘れてたわ」
事前に言われていた通り担任だった吉良アンナが、集合時間に遅れたことも悪びれずに携帯端末を手渡してきた。
「浮遊島内で一番高いこの校舎の塔の1つが基地局と電波塔を兼ねててな。電波強度が段違いで、一般回線では繋がりにくい人口密集地や地下でもスムーズに通信出来る」
見た目的にはスマホのさらに超薄型版、かつ近未来的なデザインの端末だ。
「それは……凄いですね」
「あのチビ学園長、なんでもありかよ」
新しく貰ったオモチャを弄る晃生達の姿を改めて見回したアンナは、
「にしても、その学園の制服似合ってんじゃん。ガキ共の割には」
と、6人の制服姿を褒める。
「なんか、制服ってよりスーツっぽいけど……」
晃生達に支給されたのは黒を基調としたブレザータイプの制服。シンプルながら高級感のある上品なデザインで、制服とスーツの中間のような見た目だ。
「私はカッコいいと思うよっ。スーツ着てる男子って一気に大人っぽく見えるし」
「あー、まあ……木乃香もなんか大人っぽいな」
女子はスカートである分やや制服寄りに見えるが、それでも一般的な制服と比べると大人びて見える。
大学等の高等教育で制服の着用が義務付けられているのは珍しいが、それにもこの学園ならではの理由がある。
「それ、千金楽学園長が自ら開発した特別製なんだぞ。その薄さでも警察の防弾チョッキより遥かに強い」
アンナの説明通り、この学園制服は採取された魔物の素材をかき集めて研究している麗色が生み出した最先端の化学繊維で出来ている。
防弾能力の指標であるNIJ規格-0101.06ではレベルⅣを超える。
従来のアラミド繊維や超高分子量ポリエチレン繊維等とは比較にならない防弾性能を誇り、衝撃吸収だけでなく、防刃、防火、耐電、耐圧、魔力耐性までも備えてなお軽く動きを阻害しない——まさに『着る盾』なのだ。
「マジかよ。晃生、ちょっと殴ってみてもいいか?」
「よし来い」
早速その性能を聞いて目を輝かせた灯真と晃生の2人が実験を始め、
「全く男子は……」
とそれを横目に見る愛奏音がため息を吐く。
「おらッッ!」
灯真がそれなりに気合を入れて晃生の腹部を殴るが——ぼすっと、通常ではあり得ないような柔らかい音が鳴った。
「え?」
「とーま、やるならちゃんとやってよ」
木乃香と舞桜がそんな声を上げるほど、傍から見ても晃生にはダメージが無かった。
「全然痛くない……凄いなこれ」
「ってかお前は筋肉が防弾繊維みたいなもんだろ。実験になんねぇよ」
「あっそうか……じゃあ俺も殴ってみて良いか?」
「ああ。思いっきり来いよ」
「分かった」
思いっきりと言いつつ、こういう時は優しさが出る晃生が手加減して殴るが——ドゴォォッッと予想に反して灯真がぶっ飛んだ。拳が当たった時の衝撃はある程度吸収されたが、その後の体重を乗せた押し出しで。
「あ……悪い」
「痛ってぇッ、やりやがったな晃生! もう1回勝負だッ!」
「いつ勝負になったの? とーまの自業自得じゃん……」
舞桜が正論で突っ込むが、自分がぶっ飛ばしてしまった手前、晃生も律儀に受ける構えだ。
そこに灯真の熱噴射パンチが炸裂し、今度は晃生がドゴォッッと突き飛ばされる。
「……これで同点だな。次は俺の番だ」
すぐに立ち上がった晃生にも熱が入ってきたところで他のみんなはスルーし始め、
「この学校、パンフレットには座学がほとんど無いって書いてたんですけど、授業はどんな感じなんですか?」
入学試験の時にも使った訓練場へ歩き出す中、担任のアンナに対して、勇斗がそもそもの質問をする。
唯一晃生と灯真のじゃれあいを楽しそうに見ていたアンナはハッと我に返り、
「んー、最初は多少机でのお勉強があるが、ほぼ自主訓練だなー。この学園は教育機関ってよりギルド的な面が強くて、優秀な能力者はどんどん任務を斡旋されていく。もちろん能力を伸ばすサポートはしていくし、任務も適正な難易度のやつを選べるけどな」
頭の後ろで手を組んで歩きながらそう答えた。
「ほぼ自主訓練……」
「そんなんで強くなれんのかよ」
置いていかれそうな空気を察し、喧嘩を中断してすぐに合流してきた晃生と灯真がボヤく。
「レベルアップには強い奴との実戦経験が1番だ。お前らが入るのは学年関係無しに学園長が独断と偏見で面白そうな奴らを集めたクラスだし、楽しんでけよ?」
そう言われつつ到着した訓練場では、休校だった試験の時と違い多くの生徒達が既に戦闘訓練を行っていた。
身体強化系、属性魔法系、物質操作系、あらゆる種類の特殊能力を持つ生徒がそれぞれ1対1で殴り合い、技を撃ち合っている。
召喚系の能力か、訓練用にどこかから捕獲してきたのか、ちらほらモンスターの姿も見受けられる。
(二足歩行のライオンが制服着てるけど……あれも生徒なのか……?)
その光景に驚く晃生や皆の元へ、副担任となった宮沢が他の生徒を連れて来た。
「やあ皆さん。おはようございます。彼らも今回の外部入学試験に受かった実力者でね。仲良くしてあげて下さい」
宮沢の後ろから出てきたのは、2人の男女。
そのうち、見覚えのある女生徒の方に全員の視線が集まる。
「えっ、うそっ、アイドルの唯花ちゃん!? 可愛いー! 顔小さい!」
「マジじゃん激かわ! 友達になってー!」
同時にはしゃぎだしたのは木乃香と舞桜だ。
この2人のテンションの上がりようは無理も無く、彼女は今大人気アイドルグループのセンターであり、音楽だけでなく恋愛映画の主演ややCMのイメージキャラクターを務める等、多方面で活躍する売れっ子、一葉唯花だった。
「私の事知って下さってるんですね! 一葉唯花と申します。よろしねっ」
深々とお辞儀をしながら挨拶した唯花は芸能人であっても驕らずに礼儀正しく、コミュ力と人懐っこい笑顔を持ち合わせた、テレビで見るよりもさらに可愛い正統派の美少女だった。
しばらく映画の撮影はないのか、ミディアムヘアの艶やかな黒髪の内側にブロンドベージュのインナーカラーを入れており、梳いて軽くしたシースルーの前髪をオン眉で切り揃えたチョッピーバングという髪型でオシャレを楽しんでいる。
「すっごい髪綺麗! この艶、どうやって手入れしてるのかなっ」
「ほんとガチでこのエンジェルリングずるい! 透明感ハンパないじゃん!」
「えーっ、ありがとうございます。でも2人の方が可愛いし、そっちの方も美人でスタイル良いし、アイドルやってるのが恥ずかしくなっちゃうよ〜」
唯花は褒められて顔を赤くし、木乃香、舞桜、愛奏音を順番に見ながら謙遜する。
「それだけ可愛かったらやっぱ彼氏とかいんの〜? あっ、アイドルだし恋愛禁止か。唯花ちゃんと恋バナとかしてみたかったな〜」
「あはは、、、恋愛禁止もそうですけど、私まだ誰かを好きになったことがなくて、、、」
「えー! 初恋もまだなんだ! でもタイプとかあるっしょ?」
「え、えっと、、、私、恋愛って少女漫画でしか知らないから、、、白馬の王子様とか、、、」
「あははっ、唯花ちゃんそっち系なんだ! ガチの清純派アイドルじゃんカワイー! てか唯花ちゃんも能力者だったとかびっくりなんだけど! どんな能力なの? アイドルっぽく歌に関係する系の能力とか?」
「う、ううん。そんなんじゃないよ。私のはこれ」
舞桜に聞かれた唯花はそう言って少し皆から距離を取った。そして魔力を操作すると——唯花の背中からパァァァァァァッッと翼が生えてきた。
魔素粒子で構成された魔力の翼だ。
「うわすっご! きれー……天使みたい……」
「唯花ちゃんにぴったりの能力だね」
昨日詩聖里が召喚した天使をもう忘れたかのような舞桜と木乃香が羽の生えた唯花を見てまたキャーキャーと盛り上がる。
(これが一葉唯花……やっぱり木乃香にちょっと似てるよな……にしても……)
女性陣が騒ぐ傍で、心の中で呟いた晃生が唯花を改めて観察すると、内包する魔力量がかなり多いことが分かる。魔力量と戦闘力は必ずしも直結しない為、それだけで強いかどうかは判断できないが、この魔力量なら長時間翼を展開していても平気だろう。航続距離は長そうだ。
勇斗もそのことは感じており、
(まだまだ凄い子がいるんだな……それにこっちの男も……)
と、もう1人の男にも流し目を向ける。
「君が晃生君ですね。よろしくお願いしますよ。ぜひ仲良くして下さい」
勇斗の目線に気付いていないのか、それともスルーしたのか、晃生を名指ししてきたその男は長い前髪と眼鏡で目元が隠れていて根暗そうな雰囲気だが、妙に余裕のある喋り方で挨拶しながら右手を差し出してくる。
「……ああ。よろしく」
一応、晃生も握手に応じて挨拶を返した。
(こいつ……どっかで会ったことあったっけ……?)




