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解離性アストラルレイド 〜異世界大戦〜  作者: Aki
第1章 覚醒者達
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第5話:ゴブリンスレイヤー

 どれだけの時間が経っただろうか。

 食欲旺盛なゴブリンにとって、晃生は無限に増え続ける食料だ。我先にと他の個体を押し退けて晃生に喰らい付くゴブリン達の勢いは衰えることなく、むしろ激しさを増していく。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」


 言葉を発することすら出来ず激痛に(もが)きながらも、晃生は必死に回復能力に意識を向け続けていた。


 何度諦めてしまおうと思ったか分からない。

 回復を止めれば楽になれる。痛い。痛い。痛い。そんな思考に脳内を埋め尽くされる中、ただ一点——木乃香のことを頭に浮かべながら意識を保ってきた。


 全身の皮膚や筋肉が引き裂かれ、骨が噛み砕かれる苦痛に耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐え続ける。


 そうして破壊と再生が繰り返され続けるうちに、晃生は自分の()()()()()()()()()()()のを感じ取る。


 もともと筋肉とは、断裂した筋繊維が修復される際に、元よりも太く、強くなって回復する。この超回復と呼ばれる仕組みにより筋肉は肥大していく。

 晃生の筋肉はこの短時間で断裂と超回復を繰り返すことで筋断面積は肥大し、筋繊維密度が向上し、より高い筋出力を発揮する筋肉へと生まれ変わっていった。


(痛みも、マシになってきた……)


 さらに晃生が得た回復能力は筋肉のみならず、砕かれた骨はより硬く、断たれた神経はより多く、引き裂かれた皮膚はより強靭に変化させていった。

 通常は順応しにくい痛覚さえ耐性を獲得し、その肉体は状況により最適化されていく。


 戦い、傷つき、回復する。そのサイクルを繰り返すほどに、強くなる。

 元の状態を超えて回復する、その能力は言わば——超回復。


 晃生の骨に当たったゴブリンの爪と牙がガキンッと砕け、次第に筋繊維を、皮膚を満足に裂けなくなっていく。

 出力(パワー)を増した筋肉が、数十匹ものゴブリンをしがみつかせたまま晃生を立ち上がらせた。


「ここからは——俺の番だッ!」


 それだけ言った晃生は張り付くゴブリンを無理矢理引き剥がし、左右の手で1匹ずつ足を持ったまま——ガスンッガスンッガスンッガスンッと鈍器代わりに周囲のゴブリンへ叩きつけた。

 使えなくなったゴブリン(モノ)を捨て、晃生は素手でゴブリンを殴り飛ばし、蹴散らしていく。

 強化された身体能力が放つその一撃ごとに、ゴブリンの命を奪う。


(27匹ッ……28匹ッ……!)

 倒した数を数えながら、1匹、また1匹とゴブリンを葬っていく。

 殴って、殴って、殴り続ける。


(52匹ッ……53匹ッ……!)

 既に群れの約半数が返り討ちに遭って殺されているにも関わらずゴブリン達にはまるで退く様子はなく、むしろ激しさを増して晃生に襲いかかるが、手に噛み付いたゴブリンは顎を両手で拡げて破壊され、脚に飛び付いたゴブリンはそのまま別のゴブリンに蹴り付けられて潰れ、飛び付く前に捕まったゴブリンは武器として使われ叩き潰されていく。


(89匹ッ……90匹ッ……!)

 生物としての生存本能が欠落しているような、不自然なまでの獰猛(どうもう)さに違和感を覚える晃生だったが、自身も同様に傷を負おうと構わず超回復で再生、強化しながらゴブリンを殺し続け、

(105ッ……ラストッ!)

 ゴバッと最後のゴブリンを地面に殴り付け、計106匹の大群を全滅させた。


(やっと……終わった……)


 生まれて初めて経験した死の(ふち)

 その死線を越えて生き抜いた晃生は今、人生で一番(せい)を実感していた。


 どさっと仰向けに倒れた晃生は空を仰ぎ見ようとして、木の葉に埋め尽くされた視界に少しがっかりしつつ降り注ぐ木漏れ日に目を細める。


「生きてる……」


 呟いた晃生は、あれだけの運動量で自分が息も切らしていないことに気付く。

 おそらく酸素不足さえも状態異常として超回復が作用していたのだろう。心肺機能自体も常人より遥かに強化され、今後は能力を使わずともそうそう息切れすることは無いはずだ。


 それでも精神的な疲労は思った以上にあったようで、少しの間だけ倒れ込んだまま今生きていることを噛みしめた。


「よし、戻るか」

 立ち上がった晃生は拳を開閉して強くなった握力を確かめると、ゴブリン達の死体を辿って歩く。


 急に起き上がってくるなよと思いつつ死体を避けながら進んでいると、視界の端で何かが光った。


 近寄ってみるとそれは、大群に囲まれた最初の方で落とした眼鏡だった。


(あーあ、ヒビ入っちゃってるよ……)

 拾った眼鏡は左側のレンズが割れてしまっていたが、仕方なくそれを掛け直す晃生。

 だが焦点(ピント)が合わずぼやけた視界に違和感を覚える。


(……?)

 変に思って眼鏡を外すと、逆に遠くにある大木の葉一枚一枚までクリアに見えるようになった。

 能力によって視力が回復していたのだ。


(そういえば虫歯も痛くないし、指の逆剥(さかむ)けも無くなってる。回復能力で体の悪いところが隅々まで治ったのか……)


 手で顔に触れてみると、最初に崖から落ちた時に頬にできた擦り傷も治っている。

 思った以上の性能に驚きながらも、割れた眼鏡を制服のポケットに入れた晃生はゲートへ戻ろうとして気付く。ゴブリンの死体が途切れた場所からゲートまでの目印が何もないということに。


(やばい……どっちだ? ここで迷子になったら二度と戻れないぞ……)

 

 今更ながら、ゴブリンの群れに揉みくちゃにされた時から完全に方向感覚を失ってしまっていたことに思い至った晃生が途方に暮れる。


 その時——

 

 ——バキッ


 太い枝をへし折る音に振り向いた晃生の前に現れたのは、体長2mを超える巨大なゴブリンだった。


(デカ過ぎだろ……どいつもこいつも……そんなに俺を食いたいのか)


「お前が群れのボスか」

 晃生は巨大なゴブリンに対し独り言気味に話しかけながら観察する。

 不気味な緑色の皮膚に、筋骨隆々な体躯。


(まるでトカゲがボディビルダーになったみたいな奴だ……大きい(ホブ)ゴブリンってとこか)


 ——ギャァァァァアアアゥッ!


 叫んだホブゴブリンは走り出し、晃生も同時に駆ける。

 互いが右の拳を突き出して同時に殴り合うが、体格差で不利な晃生だけが吹っ飛ばされた。


「ぐッ、ごっほッ……!」

 受け身をとった晃生はすぐに起き上がるが、今のままではその巨体に勝てるイメージが湧かない。


(……くそ、コイツもダメージはあるみたいだけど、体格が違いすぎる。さっきのチビゴブリンに対しては俺が有利だったけど、次は逆の立場に立たされたって訳か)


 状況は不利。

 だが……

(それでも、俺には超回復能力があるんだ。勝てるまで()り合ってやるッ……!)



    ♢



 木乃香がゲートを通ると、予想通りに元の住宅街の(さび)れた公園へと戻ることができた。しかし木乃香が助けを求めて走り回っても、周囲には人の姿が誰一人として見当たらなかった。近くにある(いく)つかの一軒家のインターホンを押してみても誰も出て来ない。


(何で誰もいないの……? ああ、私、どうしたらっ……!)


 晃生が死んでしまう。けれど戻ったところで、自分にできることはない。それどころか、今すぐにでもあの恐ろしいゴブリン達がこのゲートを通ってここにやってくるかもしれない。今すぐゲートから離れなければ、晃生が自分を逃がしてくれた意味がない。そんな思考が木乃香の頭の中でグルグルと渦巻く。


(信じてもらえるか分からないけど、警察にっ……!)

 何とか出来るとしたら、銃を持つ警察官しかいないと判断した木乃香は交番へと走る。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」


(早くっ……早くっ……!)

 呼吸を荒くして向かう道中、何故か人が見当たらない街中を木乃香は走り続け、ようやく辿り着いた交番には——


(いない……誰も……!? そんな……!)


 このゲート周辺は今、晃生と木乃香が離れている間に紛れ込んだ数匹のモンスターによって住人達が避難していた。警察の拳銃でも制圧しきれなかったそのパニックを知る(よし)もない木乃香は誰もいない街を見渡しながら右往左往し、時間だけが過ぎていく。


 そうしてしばらく悩んだ末に、木乃香の脚が——再びゲートへと向かう。

(絶対、晃生君を助ける……!)

 

 その覚悟を決め、木乃香はもう1度ゲートへと戻っていった。

 今来た道を引き返してまた走り、走り、飛び込むように潜ったゲートの先で——木乃香は恐怖のあまり膝をついて座り込んでしまう。


 そこには全長4m以上はある巨大な黒猫のモンスターが、刃物のような犬歯をぎらつかせて待ち構えていたのだ。



    ♢



「痛ってぇ……!」

 晃生は何度も何度もホブゴブリンに突っ込んでは吹っ飛ばされ、叩き潰され、引き裂かれ噛み砕かれ、ボロボロになってもまだ戦っていた。


(もう少し……もう少しだ……!)

「まだまだぁッ!」

 拳サイズの石を投げて隙を作った晃生は再びホブゴブリンに接近し、木の枝を右目に突き刺す。


 ——ギェェェァァァァッ!

 悲鳴を上げるホブゴブリンは怒りで痛みを忘れたか、晃生を地面に叩きつけ、狂ったように強靭な爪による攻撃を繰り出す。

「ぐッ、ぁぁぁあああああッ!」


 全身に見るも無惨な切り傷、刺し傷を負った晃生がそれでも回復しながら立ち上がる。


「——感謝するよ。俺を強くしてくれて」

 これで何度目か、焼き増しのようにホブゴブリンへと駆ける晃生が、巨大な体格で突き出される拳を——ガッッッと掴む。

 自分が強くなった実感に、相手を睨む晃生の口元が歪み、

「追いついたぞ」

 

 ——ドゴォォッッッッ!


 渾身の一撃、右の正拳がホブゴブリンの腹部に突き刺さり、その巨体が後方へ吹っ飛び、大木に激突して地面に崩れ落ちる。

 だがなおも立ち上がろうとするホブゴブリンに晃生がトドメを刺そうと足を踏み出した時——


「晃生君っ!」

 戻ってきた木乃香が晃生を追い越し、ホブゴブリンに高速で駆け寄る。晃生が目を疑うことにその頭には黒い猫耳(・・)が生えており、スカートの中からは尻尾(・・)(のぞ)いている。


「は!? 天音さん……!? 危ないッ!」


 すぐに追う晃生の心配と疑問をよそに、木乃香は大木の上へとひとっ飛びでジャンプした。


 体高の5倍もの高さまで跳躍する猫の脚力と柔軟性、さらに発達した三半規管による優れたバランス感覚で大木の幹の側面へ着地した木乃香は、ホブゴブリン目掛けて一気に飛び掛かる。


 体の後ろに引いて構えたその右手の周囲には謎の粒子で構成された猫の爪が半透明に重なって見える。

 通常のそれよりも遥かに長く鋭い猫爪で爪撃(クロー)を繰り出す寸前、反撃しようとしたホブゴブリンが足を滑らせて立ち上がれず——

 

 ——ザキュッッッ!


 木乃香が手を振り抜くと同時にホブゴブリンの左肩から右脇腹にかけて、巨大な爪で引っ掻いたような裂傷ができる。


 猫パンチの速度はボクサーの倍——22m/s。0.009秒で1発を放つ。

 その速度で振われた爪になす術も無かったホブゴブリンが、振り返った木乃香の向こうでズシンッッッと倒れるのを見て、晃生はポカーンと口を開けた。


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