第48話:ワイズマン
人類史上最高の天才——ジョン・フォン・ノイマン。
アインシュタインが世界一の天才と呼んだ彼は、論理学、数学、物理学、化学、情報工学、計算機科学、生物学、気象学、経済学、心理学、社会学、政治学の全てで20世紀の最先端を走り、ノイマン型コンピュータを発明。また第二次世界大戦時、原子爆弾開発を行うマンハッタン計画の中心にいた人物でもある。そんな彼のIQは300とされ、『悪魔の頭脳』と呼ばれた。
だが魔力によって現代に生まれた天才——千金楽麗色のIQは500オーバー。ノイマンを超える『神の頭脳』とされている。
彼女は13歳まで極めて平均的な少女であったが、魔力覚醒によって脳機能が大幅に向上。完全記憶、高速演算、並列思考等の能力が備わり、弱冠13歳にしてどんな教育機関も必要としなくなった。
文部科学省から特例で課された大学卒業資格検定の全てで満点を叩き出し、文部科学大臣より修了証書を授与。
その後は魔力や魔物、魔道具の研究でその才能を遺憾なく発揮し、異界という未知の分野において多くの謎を解明してみせた。
現在はこの研究で得た財力で能力者を育成する学園を作り、超知力によって自ら学園の運営・生徒の教育を行なっている。
学園のパンフレットやホームページにも学園長の姿はなく、これだけの規模の設備投資ができる人物の正体は謎に包まれていたが、それがまさかこんな幼い少女だったとは思わず、晃生達は驚きを隠せない。
(そういえば前、日本にはない飛び級制度を国に認めさせた、有り得ない程の超天才少女が現れたってニュースでやってたな。珍しい苗字だったから記憶に残ってるけど、確か千金楽だったような……)
「前テレビに出てた、あの天才少女か……まさか中学生が学園長を務めてるとはな」
「最早この世界では年齢など関係無い。能力のある者が先頭に立たなければ、変革する世界に呑み込まれてしまう。かつて自衛隊ではなく、お前達のようなたった6人の少年少女が岩の巨人を退けたようにな」
回転翼の回転速度を保ったままのオスプレイを背景に、麗色が晃生へと応える。
「中川晃生。お前の化学反応を利用した戦略は見事だった」
「……知ってるんですね。そこまで詳細に。それにしても、入学試験の送迎ごときで、どうして学園長直々に来られたんですか?」
年下相手だが、これから入学試験を受ける学園のトップとあって、一応敬語を使う晃生。
「その答えは後だ。取り敢えず乗れ。お前達を入学試験に遅刻させるわけにはいかないからな」
そう言った麗色は見た目がそっくりのメイド——マキナを伴ってオスプレイへと乗り込んでいく。
(……? 試験の開始時間まではまだ余裕があり過ぎるくらいなのに……)
疑問に思う晃生達6人もそれぞれ顔を見合わせつつ、麗色に続いて搭乗する。
「マキナ。アンナと操縦を代われ」
機内は電車の狭い版のように座席が左右に並んでおり、その奥の席へ座りながら麗色が命令する。
「入力」
どうやら今のがマキナの『はい』という返事らしい。
その言葉を聞いて、着陸まで操縦していたパイロットが操縦室から乗務区画へ移動してきた。
「おっ、お前らが今回外部入学試験を受けるガキどもか。確かに強そうじゃん」
その人物は屈強そうな美形・長身の女だった。
「彼女は吉良アンナ。学園の教師の1人だ」
(痺れるような魔力……相当強そうだな)
晃生は一目で只者じゃないと見抜いた。
アンナは父方の祖父にイタリア系アメリカ人を持つクォーターで、まだ冬の肌寒さが残るこの時期にも関わらず日本人離れしたダイナマイトボディを惜しげもなく晒すタンクトップとショートパンツ姿の仁王立ちで晃生達を見回してから、マキナと反対側の麗色の隣——晃生達の対面に座った。
その時、クンッと地上走行を始めたオスプレイの振動が晃生達に伝わる。
(動いた……?)
「あの……学園長。操縦を代われと言われたマキナがまだ隣にいるのに、オスプレイが動き出してるんですが……?」
無人の運転席を見て、勇斗が青褪めながら質問する。
「言ってなかったか? マキナは人造人間だ。ホムンクルスとも言うがな。元は私をモデルに造った最新の人間酷似型ロボットに次世代型人工知能を組み込んで遊んでいたんだが、魔素生命体の研究が進んだことでそれを応用した人工生命体の創造に成功した。とは言え、実現したのは奇跡的な偶然の産物だったがな」
「そんな訳で、この嬢ちゃんはオンラインでどんな電子機器も遠隔操作しちまう。操縦桿握ってなくても心配すんなよ」
麗色に続いてマキナの性能を解説したアンナがまだ不安そうな6人の顔を見てハハハッと豪快に笑う中、フワッとオスプレイが離陸する。
目標地点が空飛ぶ島——上空にあるため、その後はエンジン・ナセルを水平にする固定翼モードではなく傾斜をつけた転換モードで加速し、オスプレイは高度を上げていく。
(アンドロイド……? 確かに無表情だけど、人間にしか見えないぞ。どんな技術力なんだ……?)
大したGを感じることもなかったため、晃生は初めて乗ったオスプレイの感動も忘れて、正面に座るマキナに驚愕の視線を向ける。
人間型ロボットの中でも生身の人間に酷似しているモノを人間酷似型ロボットと呼ぶが、マキナは既存のものとは異次元の完成度だ。
不気味の谷——発売当初、ソフトバンクショップの店頭で働くペッパー君に会いたがる人がいたように、ロボット等の人型の人工物が人間の外見に近付いていくと人は親しみを覚えていくが、外見の類似がある一点を超えると、途端に恐怖や不気味さ、嫌悪感を感じてしまう。
だが目の前のマキナはその感情的反応の下降曲線を超え、嫌悪感どころかその端正な顔立ちに好感さえ覚えてしまうレベルで本物の人にしか見えない。
ましてその肉体には今や魔力と生命が宿っている。最早ヒトと呼んで差し支えない存在だ。
「魔銀石を知っているか? 銀鉱石に魔素粒子が結び付いてモース硬度が大幅に向上したもので、魔力との親和性も高い。元々銀の性質は金属の中で最も高い電気伝導率を持つから、マキナの骨格等の内部構造には主に魔銀石を使用しているんだ」
自身の研究の集大成であるマキナの説明を、何故か晃生に向けて話し始めた麗色。
「皮膚はシリコンの代わりに衝撃吸収率の高い人型の魔物の素材を解析して作ったから、ちょっとやそっとで傷付くことはない。人工筋肉を動かすエネルギーはモーターや空気圧シリンダーではなく、魔力。それによって人間を遥かに超えるパワーを発揮することが出来る。それなのに……!」
そこで麗色が突然、晃生を見つめる目をキッと鋭くする。
「なぜお前はマキナの奇襲を簡単に止められたのだっ! マキナは私の最高傑作だったというのに!」
これまでのミステリアスな雰囲気を台無しにして、見た目通りの少女のように両手を振って悔しさを表現する麗色。その目には涙さえ浮かんでいる。
受験生の分際で学園長を泣かせたとあって、アンナが晃生を睨む。
(え……これ俺のせい……?)
「い、いや……めちゃくちゃ強くてビックリしましたよ! かなりギリギリだったし!」
「……ほんとか?」
(可愛い……!)
それまでマキナ程無表情ではないにしても、同じようなジト目とクールな表情をしていた麗色が急に純真な少女のような可憐な上目遣いを見せたことで、全員が心を撃ち抜かれる。
「ほ、本当ですよ! それに電子機器を操れるなら、ドローンを与えればそれを制御して無限に戦力アップ出来るじゃないですか」
「……それは面白いアイデアだな。貴様の発想力、もし試験に落ちても助手として雇ってあげてもいいぞ」
(あ、余計な事言っちゃったかな……?)
麗色の目が新しいオモチャを与えられた少女のようなモノへと変わったのを見て不安になる晃生だったが、最早祈るしかない。この幼稚さと天才性を同居させた危険な少女が、ヤバい兵器を作り出さないことを。
「ちなみに試験に合格して学園に入れば、アタシがお前らの担任になる。頑張って楽しませてくれよぉ?」
好戦的な笑みを浮かべるアンナだが、教師が生徒に何をどう楽しませてもらうつもりなのか。
「アンナは私が陸自から引き抜いた優秀な能力者なのだが、少し戦闘狂なところがあるから、お前達も気を付けろ」
(なんでそんな奴が教師やってんだよ……)
灯真が麗色の言葉に心の中でツッコみ、他の5人も学園長の発言とは思えないセリフに数秒言葉を無くす。
「……引き抜いたって、前に近衛中隊長が言っていた、異界方面隊からですか?」
異界方面隊第16旅団——陸自と聞いて、晃生は以前近衛操華一等陸尉に勧誘された陸上自衛隊の新設部隊を思い出す。
「良く知ってんな。けどその部隊が編成されたのはごく最近だ。アタシがこっちに来たのはそれより前さ」
「彼女は自衛隊史上初、女性でありながら山岳レンジャーとなった女傑。だがその後、中央アルプスの宝剣岳での山地機動訓練中、落雷事故に遭ってしまった。主電流の直撃で一時は心肺停止に陥ったが、自身の体から魔力による電撃を発生させ、電気的除細動によって自己蘇生したらしい」
アンナの魔力覚醒時の状況を麗色が語る。
「アタシもその辺は覚えてねーんだけどな。まぁ、そんで起きた後は電気を操れるようになってたってわけさ」
親指と人差し指の間でスタンガンのようにパチパチッと電気を発生させながら、またもハハハッっと豪快に笑うアンナ。
「「「「「「…………」」」」」」
そのとんでもない武勇伝に、全員が絶句する。
(電撃能力……そりゃ強そうなプレッシャー感じる訳だ。もし人工知能を元にしたマキナが暴走した時も止める役としては相性良さそうだし、それで同行してるのかもな……)
「そう言えば、何故私が直々に迎えに来たかと聞いたな。それはお前達に興味があったからだ。あの巨大なゴーレムを倒した子供達にな」
(子供って……自分の方が子供だろ……)
「アタシも当時自衛隊内でよく話を聞いたよ。一個中隊を壊滅させた怪物を、民間人のガキ共が倒したってな。それで気になってたから学園長に言って、一緒に来させてもらったって訳だ」
「あとは、礼を言いたかったというのもある。マキナが誕生するキッカケとなった魔素生命体の研究——それが進んだのはあのゴーレムのお陰だったからな。自衛隊が残骸を保存していて、後から私が買い取ったのだ」
「さっきも気になってたんですが、その魔素生命体っていうのは……?」
聞きなれないワードを勇斗が拾う。
「一般的には魔物の中でも高位の、肉体が魔素粒子そのもので構成された生物のことだ。広義ではゴーレムのように物体に魔力が宿ることによって生まれる生物も魔素生命体と呼ぶ。共通して謎だったのは、脳細胞を持たずに脳活動を行っていたこと」
「脳なしで、脳活動……?」
「灯真もじゃん」
「うるせーよ舞桜ッ!」
首を傾げる灯真をからかう舞桜、といういつものコントを横目に、晃生も1年半前のゴーレム戦を思い出す。
「……確かに、ゴーレムは頭部を破壊しても動き続けていた。どうやって動いているのか、ずっと疑問に思ってたんだ」
(最初はジャックが操ってるのかと思ったが、アイツ自身が違うと言っていたし、実際地球に攻めてきた時はジャックが去ってからも自律して動いていた……)
「あのゴーレムの残骸は隅々まで調べても生物的な器官は存在せず、組成は本当にただの石灰岩だった。だが、アンナが一部の岩から微弱な生体電気——神経細胞が発現する活動電位のようなものを感知したのだ。魔力と共にな」
「……つまり、どういうことだ……?」
「つまりあの状態でもゴーレムはまだ生きていたということだ。そのお陰で、奴らはブドウ糖をエネルギー源として脳を活動させている我々と違い、魔力による電気信号で脳活動——思考を行っていたことが証明された」
「マジかよ……」
「そんな事が……」
異界生物の生態に灯真と勇斗が驚きの声を上げ、女性陣は『まだ生きていた』という部分に今更ながら罪悪感を感じてしまう。
「まあ、入学前の講義はこのくらいにしておこう。窓の外を見てみろ」
そう言った麗色がオスプレイの窓から覗き込むように下を眺め、ウットリとした表情をする。
木乃香達もその言葉に促され、窓の外を見ると——
「わぁ……なにこれ……」
「可愛いっ……マジのガチでヤバいっ……!」
「ええ、まるで宝石のよう……」
そこは既に、宙に浮かぶ島とその上に広がる街並みが一望出来る高度だった。
「美しいだろう。私が設計したのだ」
設計者だという麗色の趣味か、その浮遊島の上にはメキシコで1番美しい街と言われるコロニアル都市、グアナファトのように色彩豊かな建造物が、中心に聳え立つ塔のある施設を取り囲むように所狭しと並んでいた。
住宅や寄宿舎、店舗等、一部の商業施設以外の多くの建物がコロニアル調の建築様式で設計されており、その隙間を風情ある石畳が埋め尽くしている。
「オスプレイに早く乗るよう急かしたのは、この景色を見せてくれる為ですか」
「さあ、どうだかな」
植民地様式は大航海時代以降の侵略での領土拡大が横行した時代、列強国であるスペインやイギリス等の植民地で発達した建築様式で、支配国の伝統とその土地の風土に根付いた機能性が合わさって生まれた背景を持つため、2国の文化が融合した独特の様式美を誇る。
メキシコの中央高原に存在するグアナファトも、バロック様式やネオクラシック様式の他、スペイン植民地時代の名残りによるスパニッシュ・コロニアル様式の建築物が建ち並んでいる。
この浮遊島の空中都市も麗色の設計によってその影響を受けており、『王冠の中の宝石』や『宝石箱をひっくり返したような街』と表現される程のグアナファトに勝るとも劣らない絶景だった。




