第45話:天使か悪魔か
次の日の朝、テレビをつけた大我は、報道していたニュースの内容に目を見開く。
『えー、現場から中継しています。ここ、スクランブル交差点では深夜から転移門解放があったらしいのですが、生きたモンスターの姿は見当たりません。その代わりに、夥しいまでの魔物の死体で道路が埋め尽くされています。それぞれの死体には何か巨大な口で噛み千切られたような傷痕があり——』
——プツッ
大我は持っていたリモコンでテレビの画面を消した。
(そういや昨日の聴取ではまだ悪魔がどいつか分からなかったって言ってたな)
2日も続けて辛気臭い話題だなと煩わしく思いつつ、大我は準備を終わらせて玄関のドアを開ける。
同時にガチャっと隣の部屋の扉が開き、スーツ姿の奏葉が出てきた。
「あ、大我君おはよう。一緒に行こっか」
言われるがまま、大我は奏葉と共にしばらく歩くが……
「今思えば教師が生徒と一緒に登校とか、良いのかよ? 変な感じに見られるんじゃねぇの?」
「大我君は放っとくとサボるかもしれないでしょ? また喧嘩しないかも心配だし、先生としてちゃんと見張っとかないと」
「なんだそりゃ……つか喧嘩は毎回売られてるだけで、やりたくてやってる訳じゃ——」
そこで大我の口が開いたまま止まった。
目の前に突如ゲートが出現したからだ。
そのゲートから、ズンッッと巨大な脚が飛び出してくる。
「!?」
驚愕して脚を止める2人の前にゲートから完全に姿を現したそいつは、牛頭の怪物——牛鬼だ。
犬頭と同じ二足歩行型の魔物だが、その体躯は目測約3mと比べ物にならない巨大さで、凶悪そうな牛の洞角と鬼のような牙が陽の光を反射してギラついている。
「退がれ奏葉ッ!」
「ダメ! 一緒に逃げるの! いくら喧嘩が強くたって魔力がない人は魔物に勝てないんだから!」
奏葉はミノタウロスに立ちはだかる大我の腕を無理矢理引っ張って路地裏に逃げ込もうとするが、1歩の大きさが違いすぎる為、すぐに追いつかれてしまう。
腕を横に振るったミノタウロスの攻撃をモロに喰らった大我が弾き飛ばされた先で、ドガンッッッと叩き付けられた白いガードレールを歪ませた。
「大我君っ——あぅッッ!」
振り返って脚を止めてしまった奏葉もガッッとミノタウロスの大きな手に掴まれ、万力のような握力でミシミシッと締め付けられていく。
「ごほッ……くそがッ!」
歪む視界の中、根性ですぐに起きあがろうとする大我だったが、ミノタウロスの巨大な足に踏み付けられ、奏葉と同じくミシミシッと全身の骨が悲鳴を上げる。
「がぁッ……ぁぁァァアアアアッ!」
痛みに叫んだのを最後に、大我は声を上げることも出来なくなる。
脚をバタバタと動かし、ミノタウロスの脚を掴んで爪を立てるが、非力なただの人間の力ではその巨体から逃れることなど到底出来はしない。
極度の圧迫によって全身の血流が阻害され、脳血流量までも低下。視界が急激にブラックアウトしていく。
「大我君! 大我君っ!」
苦しそうに耐える奏葉の声を最後に、そして全身の骨が砕け散る前に、大我は意識を失った。
……………………
……………
……
——た……くん……たいがくんっ……!
(……ぁ? うるせぇな……何だってんだ……)
「大我君! 大我君!」
意識を取り戻してきた大我が目を開けると、ポタっと顔に奏葉の涙が落ちてきてまた反射的に目を瞑った。
「大我君っ……良かった……意識が戻って……!」
顔の真上から聞こえた心配そうな声にまた目を開けると、奏葉の顔がすぐ近くにあった。
路地裏で倒れている大我は、奏葉に膝枕されていたのだ。
「うおッ!?」
慌てて飛び起きた大我は全身に走る激痛に顔を顰める。
「痛ッ……!」
「あっ、無理しちゃだめだよ、ミノタウロスの巨体に踏み潰されたんだから」
「ミノタウロス……そうか、ミノタウロス……! あのバケモンはどうなったんだ……!?」
失神する前のことを思い出し、大我が辺りを見渡すと、背後にミノタウロスの死体が転がっていた。
犬頭の時と同じく、何かに噛み殺されたような無惨な姿で。
「これは……」
(助かった……いや、悪魔に助けられたってのか……?)
ミノタウロスが出てきたゲート付近には既に複数のパトカーが止まっていて警官達が封鎖しており、これ以上魔物による被害が拡大することはなさそうだが、悪魔はまだ捕らえることが出来ていないようだ。
悪魔の出現地点に度々出会しているが、何故毎回人間が襲われていないのか、むしろ人間を助けるように魔物だけを惨殺している悪魔の目的は何なのか、そこに疑問を抱く大我に真っ直ぐ近付いてくる人影があった。
公安のエージェント、雅楽川一凜だ。
「事件直後で悪いが聞きたいことが幾つかある。昨日の悪魔事件で疑いのあった君達2人が続けて悪魔に居合わせるとは、どういう訳だ?」
一凜は既に大我と奏葉に強い疑いを持っていることを隠しもしない口調で問いかける。
「あ? 知るかよ。ケーサツ様なら自分で調べやがれ」
いきなりの犯人扱いで苛立った大我が強気に言い返した。
「では質問を変えよう。君達が悪魔でないと言うのなら、その悪魔はどこへ消えた?」
「……さっきの言葉が聞こえなかったのかよ?」
気絶していた大我はそもそも悪魔を実際に見ていない為、答えることが出来ない。
「悪魔ならそこの怪物を倒した後、ゲートの向こうに消えました。大我君はあの巨体に踏み潰されて気を失っていたから、悪魔の姿は見ていないはずよ。これでいいでしょう?」
「いいや、昨日の高校での件を聞く限り理性の無い化け物であるはずの悪魔が君達2人のピンチに2度も駆け付け、ヒーローのように敵を倒して去って行ったとは考え難い。この問題が解決しない限り、疑いが晴れることはないぞ」
「疑いって……私の能力は見せたし、大我君に関しては覚醒者じゃないんだから容疑者にはなり得ない筈です!」
「普通に考えるならな。だが魔力による超能力の可能性は無数に存在している。例えば、森本奏葉。貴女の能力は回復だ。他の魔物との戦いで弱っていた悪魔をたまたま発見した貴女は回復能力で癒しを与えた。その後、悪魔に懐かれた貴女は使い魔として使役し、自作自演で——」
「いい加減にしろッ! 奏葉がそんなことする訳ねぇだろッ!」
激昂した大我が民家の塀を殴る——ドガァァアアアアアンッッッッ!!!!
「……は?」
大我はガンッと音を立てるだけのつもりで、なんなら自分の拳の方が傷付くつもりで殴ったのだが、コンクリートブロックで出来た塀が派手に吹き飛び、瓦礫が広範囲に飛散した。
その規格外の威力を見た一凜が黒のロングコートで秘匿していたレッグホルスターからクイックドローで拳銃を抜き、チャキッと大我に向ける。
その銃は既存のものではなく、強いて言えばデザートイーグルに近い精悍さと重量感を感じさせる外観だが、弾道をより安定させるためか銃身が不自然に長い改造銃だ。
「私としたことが今更気付くとは……何故、お前に魔力が宿っている?」
「あ? 魔力だぁ? 知るかよンなもん……」
自分が発揮した想定外のパワーと唐突に向けられた拳銃に対する驚きも冷めないまま、大我はさらなる驚愕の出来事に言葉を詰まらせる。
ボコッ、ボコボコッと、黒く、大きく、得体の知れないものに——奏葉のか細い体が変異し始めたのだ。




