第44話:消えた悪魔
ゲートを封鎖しにやってきた警官とは別に、警視庁公安部のエージェントも大我達の学校にやってきた。警官とは違って統一された制服は着ていないが、それぞれが実力者と分かる魔力量と雰囲気を持っている。
その中でもトップの権限を持つらしい人物——雅楽川一凜と名乗った女性が大我達の教室に一部の生徒と教師を集め、事情聴取を始めた。
集められた者の中には大我以外にも、担任の湯川、養護教諭の奏葉、生徒では大我に絡んでいた貴島隆二を含めた不良3人組もいた。
場所が大我の教室になったのは、そこが最も被害が少なかった為だ。クラス内でもコボルトの爪やオルトロスの牙で怪我を負った者は数人いたが、幸いにも死者は出なかった。
「辛い経験をした直後で申し訳ないが、次の被害を防ぐ為にも協力を要請する。現在我々が通報から得ている情報によればゲートから出現した魔物の群れを謎の悪魔のような怪物が壊滅させ、その後突如として姿を消した。その悪魔は現在逃亡中で、どこへ逃げたかも不明。ここまでは事実と一致しているか?」
男のような喋り方の一凜がまずは事実確認を取る。
「……ええ。それは私が保証します」
ここは教師として、担任の湯川が手を挙げた。
「今回出現した魔物はどれも雑魚だったが、ただ一体、双頭の魔犬の上位種、三つ首の魔犬の死体が混じっていた。コイツは以前にも奥多摩町で確認されており、通報を受けて駆け付けた警視庁の能力者8人に重傷を負わせ、未討伐のまま異界に逃げ帰っている。死体を見る限り、それだけの強力な魔物を例の悪魔はたったの一撃で殺していた。魔物にしろ人間の能力者にしろ、この脅威を野放しには出来ない」
そこまで話した一凜はここからが本題だと言うように全員の顔を見回した。
「我々はその悪魔を追うために来た。ここに集まってもらったのは魔力覚醒者及び悪魔出現時にアリバイのない者だ」
「そんな……我々の中に悪魔がいると……?」
公安の捜査官である一凜に疑いの目を向けられていると知り、湯川が声を上げる。
「湯川先生。下校させた生徒から聴きましたが、貴方は授業中に『魔物を一度解剖してみたい』と言っていたそうですね?」
「え、ええ……ですが、まさかそんなことで疑っているんですか!?」
「いえ、ですが魔力持ちで動機もある貴方は現時点で最も可能性が高い。解剖されたような魔物の死骸が転がっている以上、状況からそう判断されても仕方ないのは分かりますね?」
相手が教員とあって一応は丁寧な言葉遣いに変えつつも、一凜は圧力をかけるように湯川を見つめながら話す。
「そ、そもそも、私達はあの悪魔が現れなければ全員死んでいたんですよ!」
「勿論、悪魔が人間の能力者だったとして、その人物を罪に問う訳ではない。だがどこかに強力な兵器が存在するという情報があったとして、それを放っておくことは出来ないだろう。悪魔は力を制御出来ているようにも思えない。制御出来なければ、次は人を襲わない保証もない」
そこで、大我と同じく覚醒者ではないが、事件発生時に屋上で授業をサボっていてアリバイがなかった為に呼ばれていた貴島が機嫌の悪そうな顔で立ち上がった。
「あーうぜぇ! あんなもんモンスターに決まってんだろうが! いつまでこんな無駄な話聞かされんだよ!」
机をバンッと叩いて怒鳴る貴島の後ろで、鉄脚と木の座面で出来た椅子が不自然に動き、それが裏から脚に当たって膝カックンになった為、貴島は強制的にどさっと着席させられた。
おそらく一凜による、念動力のような何らかの能力だろう。
「警察無線でも呼び掛けているが、未だに周囲で悪魔の目撃情報はない。偶然現れたどこかのゲートから異界に消えたのでもなければ、今は人の姿で市民に紛れ込んでいると考えられる」
凄むように声のトーンを一段低くして説明した一凜が特殊能力者と知り、貴島は「チッ」と舌打ちを放った後大人しくなった。
「でも、だったら大我君達は関係無いんじゃないですか……?」
おずおずと、だが生徒を想って、奏葉が声を上げる。
「アリバイが無いとは言え、普通の人間が悪魔になったり魔物を倒したりなんて出来る訳ない。魔力の無い生徒は家に帰して下さい……!」
「勿論だ。元より無能力者を疑ってはいない。アリバイが無いということは集団と離れた所で事件に巻き込まれたということ。他の人間が見ていないものを見ている可能性もあったことから、聴取を行いたかっただけだ。何も見ていないのなら帰ってもらって構わない」
今の一凜の言葉は嘘だ。
一部の無能力者まで集めた真意は、アリバイが無い者の中で覚醒者であることを隠している者がいないかを確認するため。まだ覚醒したての能力者であれば体内の魔力を感知されずに隠し通せると鷹を括ることもままあるからだ。
だが大我を含め、覚醒者として申告がない者からは一切魔力を感じなかった為、帰宅の許可が出され、大我は奏葉に見送られながら家に帰ったのだった。
♢
大我が家に帰り、誰もいない部屋で退屈に過ごすこと数時間。
(結局悪魔ってのは学校の奴だったのか……?)
考える大我の耳に、ピンポーン……と、玄関のインターホンの音が聞こえてくる。
室内モニターを確認すると、一凜による事情聴取が終わったらしい森本奏葉がドアの前で行儀良く立っていた。
大我も最初は知らなかったのだが、偶然にも奏葉とは同じマンションのお隣さんだったのだ。それも一人暮らし同士で。
平日は大我の登校と奏葉の出勤の時間帯がズレていてお互いになかなか気付かなかったが、日曜に大我が出かけようとした時、同じタイミングで奏葉が隣の部屋から出てきたことがあり、そこで隣人と分かって以降奏葉はよく大我のことを気にかけてくれている。
(来んなっつってんのに……)
大我が心の中で文句を言いつつもガチャっとドアを開けると、
「大我君大丈夫? 帰り道は魔物に襲われたりしなかった? あんなことがあったから心配で……!」
奏葉は玄関に入ってきてすぐ、心配そうに大我の全身を見回した。
「別に……あんなバケモン、そうそう出会うもんでもねぇだろ」
「それでも心配なものは心配なの。単身赴任中のお父さんにも貴方のこと頼まれてるんだから」
「頼まれた心配なんかいらねぇ。そもそも俺は頼んでねぇよ」
そこで大我は元々眉間に寄せている皺をさらに寄せ、少し不機嫌になった様子でくるっと回れ右して家の中に入っていってしまう。
「拗ねちゃって可愛い〜。頼まれてなくても心配するに決まってるでしょ」
大我のこと分かってる感のあることを言いつつ奏葉も靴を脱いで勝手に家にあがった。
それを咎めないことから、不機嫌そうに見せながら大我もなんだかんだ奏葉を拒絶してはいないのだろう。
「台所借りるからね〜。うわ、相変わらず冷蔵庫に何もない……やっぱり食材買ってきて正解だったわ」
キッチン台にドサっとスーパーのビニール袋を置いた奏葉は以前大我の母が使っていたエプロンを付け、料理を始める。
「つーか前から思ってたが、教師がこんな1人の生徒に肩入れして良いのかよ」
「しょうがないでしょ。大我君放っといたら家事なーんにもしないし……カップ麺ばかり食べてた貴方が悪いんだからね?」
「悪かったな……一応、感謝は……してる……」
「あーらー? ツン率99%な大我君の激レアなデレが久しぶりに出たわ〜。可愛い〜」
「なッ……ンなんじゃねぇよッ! 俺だって感謝くらいすンだよッ!」
学校や外にいる時と違って奏葉の少しくだけた態度に翻弄された大我は、テーブルに運ばれてきたオムライスをガツガツと食べて照れ隠しする。中央にケチャップで描かれていたハートマークを崩しながら。
「美味しい?」
「……美味い」
「ふふっ」
自分が作った料理をがっつく大我に嬉しそうな表情を向ける奏葉は、しばらくその光景を眺めた後、ようやく自分の分のオムライスを食べ始めた。
「で、結局どいつが悪魔だったんだよ」
聴取の途中で帰らされた大我としてはそこが気になっていたので、食事中の話題提供も兼ねて聞いてみることにした。
「……まだ分からなかったわ。私も含めて覚醒者全員が能力を確認されたけど、皆悪魔になんてなれなかった」
「つーか、奏葉も覚醒者だったのかよ。今日初めて知ったぞ」
「呼び捨て禁止。まあ……生徒に怖がられると思って、隠してたの。ごめんね」
「別に……そんなことで怖がりゃしねぇよ。今日日そんなに珍しいもんでもねぇだろ」
「そっか……ありがとね」
「……別に」
同じ言葉を繰り返した大我に、奏葉はまた「ふふっ」と笑った。
「どんな能力なんだ? もしかして強ぇのか?」
「う、ううんっ、戦えるような能力じゃないよっ」
戦闘力が高いことがイコール女子力が低いと思っているようで、奏葉は慌てて否定しながら「ほら」と服を捲り上げて脇腹にある絆創膏をペリペリと剥がしていく。その下には、細い切り傷があった。恐らく今日の学園での一件で負ったのだろう。
大我は普段見ることの出来ない女教師の腹チラに少し顔を赤くしつつ——その傷がスーっと綺麗に消えていく光景に目を見開く。
「これが私の能力。分かった?」
「ああ……回復かよ。それなら悪魔野郎じゃなさそうだな」
大我は保健の先生らしい能力だなと思いつつ奏葉をイジる。
「ひどっ! 大我君私が悪魔かもって疑ってたの!?」
「冗談だっつの。奏葉が強ぇとか想像出来ねぇしな」
「どっちにしろ酷くない……? 私だって覚醒者なんだから。身体能力2倍だよ? 大我君より強いよ?」
「どうだか……倍になったって喧嘩のやり方なんか知らねぇだろ」
「むぅーー、そうだけど……」
そんなやり取りをしながら、ふと大我は気になったことを呟く。
「そういや、傷が治せんならなんで絆創膏なんか貼ってたんだ? さっさと治しときゃ良かっただろ」
「ぁ、えっと……ほら、私保健の先生だし、消毒液と絆創膏で処置する癖がついちゃってるから。能力に目醒めたのもつい最近で慣れてないし」
「へー」
間抜けだなと思った大我の顔をみて奏葉が、
「今間抜けだと思ったでしょ」
と見抜いてツッコむ。
大我はギクっとしながらもノーコメントでオムライスを食べた。
食事が終わると『明日の分も冷蔵庫に残ってるからチンして食べてね』と言い残して奏葉は隣の自分の部屋に帰り、大我は無自覚に寂しさを感じながらシャワーを浴び、その日は眠りについた。




