第43話:悪魔憑き
「最近この学区内で傷害事件が多発しているのはお前らも知ってるな? 異界から紛れ込んだ人型モンスターの仕業だと言う見解が強いそうだから、警察だけじゃなくギルドも調査してくれているが、他の魔物でもなんでも食い散らかすような怪物でまだ討伐は出来てないらしい。お前らも暫くは寄り道せずに気を付けて帰れよ」
帰りのSHRで、担任であり生物の授業を受け持つ湯川先生が連絡事項を通達する。
教室の左後ろ、窓際の角の当たり席でイスを後ろに傾けてバランスを取っている男子高校生——喰代大我はダルそうに窓の外を眺めている。
先生の話が終わり、日直の「起立、礼」の号令で既にカバンを持って教室から出て行った大我はつまらなそうに1人で下校する。
その校門までの道のりで——
「おい大我ァ、付いて来い。断ればこの場で殺す」
同じ高校の先輩3人が大我の道を塞いできた。
先頭に陣取るのは角刈りの巨漢で、貴島隆二という学年が1つ上の男だ。身長は185cm以上もあり、高校生離れした体格をしている。
左右に構える男2人も体格や身長は普通で大我よりやや小さいが、悪人ヅラで喧嘩慣れしているであろうムードを持っている。
「失せろ。この場で死ぬのはお前らの方だ」
喧嘩っ早い大我も人数不利のこの状況で一歩も退かず、むしろ相手の眼前に近寄って挑発した。
「良い覚悟だッ!」
挑発に乗って殴りかかってきた貴島——その腕の内側に入り込んだ大我は肘で相手の鳩尾を抉り、一撃でダウンさせた。
「テメェッ!」「ざけんなッ!」
さらに左右から仕掛けてきた男達のうち、先に掴みかかってきた左の男の腕を掴んで捻り上げ——ている間に顔を殴ってきた右の男を怯まずに蹴り飛ばす。
そして掴んでいた奴の肩をゴキッと無理に外してから突き飛ばし、起き上がりかけていた貴島に踵落としを見舞う。
「俺には勝てねぇって何度やれば分かんだよ。まだボコられてぇか?」
残りの2人を連れ帰らせようとあえて蹴り飛ばすだけで済ませていた男を威嚇する大我。
案の定その威嚇にビビり、軽傷の男は仲間の2人の肩を担いで悔しそうに帰っていく。
そこへ——
「喰代君っ!? なにしてるの!」
大我が通う高校の養護教諭——森本奏葉が慌てた様子で声を掛けてくる。
「もう! また喧嘩して! 心配かけないでって言ってるのに……」
駆け付けた奏葉は叱るというよりも大我が傷付いているのが本当に悲しいという表情で軽く胸を叩いた後、殴られて少し赤くなっている頬を優しく撫でた。
「……うっせぇな。関係ねぇだろ」
「関係あります。保健の先生なんだから、いつも手当てする方の身にもなってよ」
「手当てなんかいらねぇって言ってんだろ」
「またそんなこと言って……」
心配そうにする奏葉を無視し、大我は1人帰路に就いた。
母親を早くに亡くし、父親が単身赴任中の大我は残された分譲マンションの一室で一人暮らしをしている。
家に着くと、その誰もいないリビングに虚無感を覚えつつソファの上に横になる。
買ってきた弁当を食べ、寝て、また学校に行くだけの日々。
フィルムの焼き増しのように変わらない毎日が退屈で仕方がない。
そんなことを考えながら何をするでもなく夜を過ごし、大我は眠りについた。
……………………
……………
……
次の日の朝、面倒臭いと思いつつも、一人暮らしをする時に父親と交わした約束で、学校には行かなければならない。
(ダリィ……)
毎日同じことを思いつつ、1限目の生物の授業を受ける。
生物多様性についての内容を話す湯川先生が黒板に板書をし、大我以外の生徒達がノートにペンを走らせる音が聞こえてくる。
「現在この地球上には多種多様な生物が共存していて、その数は未発見の生物も含めると約3000万種とも言われています。その中でも多種族間で助け合う生き物達が意外にも多くいるのです。クマノミはイソギンチャクの毒の触手に守られる代わりに水流を作って新鮮な海水を送り、蟻はアブラムシから糖液をもらう代わりに天敵であるてんとう虫を追い払い、ミツバチは花から蜜をもらう代わりに受粉を助けます。この興味深い関係は相利共生と言い——」
異様に長く感じる時間の中、授業を聞き流す大我は頬杖をついて窓の外を眺めている。
——キーン・コーン・カーン・コーン
ようやく授業が終わり、通例の「起立・礼」が終わると同時に大我は保健室へと向かった。
スライドドアを開けると、そこにはいつも通り奏葉がいた。
「あ、もう……またサボり? まだ1限しか終わってないのに……」
「授業が退屈なのが悪いんだろ」
そう言った大我は奏葉の呆れ顔を無視して勝手にベッドに横になる。
「次私の授業だから受けて欲しかったんだけどなぁ」
「興味ねぇ」
早く行けとばかりに突き放すような口調を続ける大我は頭の後ろで手を組んで目を瞑った。
そのベッドに、ギシっとスプリングを軋ませて奏葉が手を突く。
「じゃあ、個別で教えてあげよっか? 保健体育」
「は、はぁッ!?」
パっと目を開けた大我は珍しく慌て、上向で寝転んだまま肘で後ずさる。
「あはははっ、冗談だよっ。君、硬派そうに見えて意外と初心だよね。可愛いー」
「なっ、う、うっせぇなッ! さっさと授業行けよッ!」
「はいはい。っていうか、本当は大我君も来なきゃダメなんだからね? 今日はその可愛さに免じて見逃してあげるけど、次から私の授業は受けること。じゃないと今日のことみんなに言いふらすからね」
有無を言わさずガラッとスライドドアを閉め、大我の返事を聞く前に奏葉は行ってしまった。
「……ったく、面倒くせぇ……」
呟きながら改めてベッドにぼすっと倒れ、大我は目を瞑った。朝起きたばかりにも関わらず、大我はまた眠りについていく。
……………………
……………
……
ざわざわと、騒がしい声が聴こえる。
「……?」
騒音に無理矢理起こされた寝起きのボーっとする視界で壁掛けの時計を見ると、まだ寝始めてから20分と少ししか経っていない。まだ授業中だ。
不自然に思って保健室から出てみると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
モンスターの死体が、廊下のあちこちに転がっていたのだ。
死んでいたモンスターの種類は頭が2つある双頭の魔犬と、それを使役していたと思われる犬頭の二足歩行生物——コボルト。
「何だよこれ……ッ!?」
死骸、にしても尋常な殺され方ではない。人体とは構造が違うが四肢が欠損していたり、内臓が飛び出ていたり、そして何より、巨大な口で噛みちぎられた歯形のような傷跡がいくつもある。
(モンスター同士で共喰いでもしやがったってのか……こんなに人間がいる状況で……?どうなってやがる……)
「大我君! 無事っ!?」
棒立ちになっていた大我の元へ、泣きそうな顔の奏葉が走ってやってきた。
「ああ……それよりこれ、俺が寝てる間に何があったんだよ……」
「大我君、今まで寝てたの? 突然学校の敷地内にゲートが開いたと思ったらモンスターがいっぱい出てきて……私達は教室内に立て篭もったんだけど……保健室に残してきた大我君が心配で……私っ……!」
死骸を見た限り、今回襲ってきたコボルトは人型とはいえ子供程度の体格の個体が集まった群れで、双頭の魔犬も見た目は怖いが野犬より少し強い程度で、一般人でも数がいれば倒せないことはない。
どちらも然程高い知能は備えていない為、群れとはいえ短時間であれば立て篭もることも可能だろう。
だが……
「落ち着け奏葉。俺は大丈夫だ。それより、コイツらは誰が倒したんだ?」
こんな状況だからか、奏葉はいつもの『先生を呼び捨てにしないの』と注意することもなく、起きた出来事を話し始めた。
「それが、分からないの」
「分からない……?」
「鍵を閉めた教室の扉の前に机と椅子でバリケードを作ってたら、急に……悪魔みたいなモンスターが現れて……教室も、魔物も、全部壊していって……っ!」
よほどその悪魔が怖かったのか、奏葉は少し厚めで色っぽい唇を震わせながら大我の袖を掴んだ。
「……その悪魔は、どこに行ったんだ?」
「分からないわ……誰かの能力だったのか、魔物同士の仲間割れだったのか……悪魔は突然どこかに消えてしまったの……」
分からないことが多いまでも、そこまで状況を理解した時、ゥウーーーーウゥーーーーとパトカーのサイレンの音が近付いてきた。
窓の外を見ると、グラウンドの中央に開いていたゲートの傍に複数のパトカーが止まり、中から出てきた能力者と思われる警官がゲート周辺を封鎖した。




