第42話:真実
「あ……いりッ……なに……言って……ッ?」
「先輩! 私を殺したのは咲和ちゃんじゃなく愛理ちゃんです!」
「……は……?」
突然のことで、何を言われているのか分からない。
(愛理が……ひなちゃんを……?)
「檻がゾンビに囲まれて先輩から見えなくなった時、咲和ちゃんのゾンビが地面を掘って入って来たんですが、様子がおかしくて……私を見て動きを止めたんです。まるで殺したくないみたいに。でも……愛理ちゃんが後ろから私の首を凄い力で絞めてきて……咲和ちゃんに殺せって命令して……ゾンビ達を操っていたのは愛理ちゃんだったんですっ……!」
「……うるさいよひなの。……で? お兄ちゃんと愛理だけの世界を作るためにせっかく殺した邪魔者のあんたが何で生き返ってんの?」
普段の子供っぽく愛らしい口調を冷たいものに変え、愛理がひなのを睨みながら言う。
「……私にも分からない。意識が途切れる直前に愛理ちゃんの死の魔力と、咲和ちゃんの生きたいって気持ちみたいなのが流れ込んできて、気が付いたら倒れている自分の体を上から見てた」
ひなのは死ぬ直前、偶然にも魔力に適合し、その状況に応じた覚醒が起こった。
肉体の死は免れなかったが、記憶や人格——魂とでも呼ぶべき部分が魔力によって保護されたのだ。
新たな肉体を構成しているのは魔力そのもの。
魔力密度は低く、幽霊のように透けているが、ひなのは魔法生命体となって生き延びたのだ。
組成としては異界で確認されているアンデッド系モンスターに近い存在だが、個人を個人たらしめるものを心や魂と定義するのなら、彼女は確かにまだ人として生きている。
「都合よく覚醒とか、本当に邪魔な害虫。お兄ちゃんと愛理の仲を邪魔するなら、許さないよ」
「許さないのはこっちだよ、愛理ちゃん。私は死ぬ直前に咲和ちゃんの記憶も見た。愛理ちゃんが、殺したんだよね。最初の感染者として、直接……!」
愛理が覚醒した能力は——死霊術。
死体の脳に魔力を送り込んで体を乗っ取るという非人道的な能力だった。魔力による強制力はそこまで強くはなく、生きている間はほぼ意味が無い程の支配力しか持たないが、一度影響下にある死体を作り出せれば、そのゾンビが噛み付いた傷を通して脳から脳へ魔力を分け与えていき、ねずみ算式にアンデッドの軍勢を増やしていくことが出来る。
「愛理、毎日神様にお願いしてたの。お兄ちゃんと一生一緒にいられるような能力を下さいって。お兄ちゃんと2人きりで過ごせますようにって。そしたら貰えたの。この能力が。この力があれば、世界を私とお兄ちゃんだけに出来る。これって運命だよね。神様も言ってるんだよ。お兄ちゃんと愛理はお似合いだって。それ以外はいらないって。……なのにッ……最後まで邪魔すんなよひなのッ!」
愛理は途中まで幸せな家庭でも想像するような顔で、最後の部分は鬼のような形相でそう語った。
本性を現した愛理を見て、雄理の脳裏にこれまで感じてきた違和感が次々とフラッシュバックする。
不自然に雄理達を追ってきていたゾンビ達。そのゾンビにいくら追い回されても平静を保っていた愛理。咲和が愛理に向かって言った『よくも』という言葉。雄理に対して咲和を早く殺すように促した愛理。
愛理には初めから危機感など無かった。
愛理はゾンビが溢れてからも部室のドアを蹴破ったことを心配していたり、車の無免許運転を気にしていたりと、この極限状態の中で日常の感覚を保っていた。愛理にとってはこの状況もただの日常だったのだ。
「何で、こんなことが出来たの……っ!?」
ひなのの悲痛な叫びと共に、痛みに慣れてきた雄理が『本当にお前が咲和ちゃんを殺したのか』という目を向けると……
「まずは手近な咲和に無理やり魔力を送り込んでぇー、あっ、愛理に魔力があったらバレちゃうから全部ね。適性のないザコだったから死んじゃったけど、死体なら操れることが分かった。傷口から愛理の魔力を感染させていって、みーんな殺しちゃえば、愛理とお兄ちゃんだけの世界の完成でしょ?」
愛理の的外れな説明で、雄理はゾンビ化した咲和の体に目立った傷痕が無かったことを思い出す。
「そうじゃない! そうじゃないよ……友達、だったのに……咲和ちゃんは誰よりも私達を大事に想ってくれてたのに……その気持ちを踏み躙って……どうしてこんなことが出来たのっ……!」
「私にはお兄ちゃんさえいればいいの。それ以外は何も要らない」
「自分だって死んじゃってたかもしれないんだよ!? 魔力を完全に譲渡した状態ではゾンビの操作は不完全だったんでしょ……? だから学校では襲われた。先輩だって噛まれてたかもしれないのに……!」
狂気的な犯行計画を語る愛理に、ひなのが理解出来ない部分を指摘する。
「慣れるまで時間がかかっただけ。それにぃ、お兄ちゃんが助けてくれるって信じてたから♡ もしお兄ちゃんが噛まれたとしても、それはそれで永遠に動き続けるお兄ちゃんと一緒に居られるでしょ?」
「……っ!」
今の愛理の言葉で最早完全に、会話が通じないレベルでこの子はイカれているのだとひなのが悟る中、
「……いい加減にしろよ……!」
雄理は怒気を孕んだ声で静かに、だが明らかに怒りを露にし、愛理を睨み上げる。
「え? な、何で怒るの……? 愛理にはお兄ちゃん以外要らないよ? お兄ちゃんも愛理さえいればいいでしょ? 一緒にひなのを殺して、他の人もみーんなやっつけて、2人だけで生きていこう? 脚が折れてて歩けなくても立てなくても、愛理が全部お世話してあげるから」
キョトンとした顔からウットリした顔へ、情緒が安定しない愛理は表情をコロコロと変える。
「もういいよ愛理……」
骨折の痛みは怒りで薄まり、むしろ冷静になった雄理は折れた脚にアダマンタイトの鎧を纏って締め付け、その脚部武装を操って立ち上がる。
雄理が鎧を纏っている時は元々脚ではなく鎧自体を魔力で動かす為、骨折した脚でも問題なく動けるようだ。
「お前を警察に連れて行く」
「先輩……私も戦えます」
雄理の隣に並んだひなのが周囲に手を向け、隕石衝突時に散らばっていた、元は山腹や地中にあったであろう岩石を浮き上がらせる。
——心霊現象。
自衛隊にいた近衛操華の念力と同質の、物体に触れない霊体のひなのが触れずに物を動かす力だ。
ひなのの言葉に雄理がコクっと頷く。
それを見た愛理はギリッと歯軋りし、
「兄の隣はッ……愛理の場所なんだよッ!!!」
雄理も今まで聞いたことのない男喋りで激昂し、ゾンビから回収した数百人分の膨大な魔力によって強化された身体能力でドウゥゥッッッと地面を蹴って消えたように距離を詰めてくる。
瞬間移動のようにひなのの眼前に現れた愛理が指を鉤爪のように曲げ、ビシュッッッと高速で腕を振るうが、半霊体であるひなのの体を透過し、空振ったようにすり抜けた。
とはいえ魔力を纏ったその攻撃はひなのの体を構成する魔力を削ったようで、その魔力量が減って体を維持出来なくなればひなのは消滅してしまうだろう。
魔力が減る感覚でそれを悟ったひなのがすぐさま金縛りで愛理を捉え、雄理がその隙を見逃さずに檻で閉じ込めようとするが、突然地面が盛り上がってアダマンタイトの格子を止めた。
アダマンタイト自体は最強の物質ではあるが、それを動かす運動エネルギーを与える雄理の魔力はまだ発展途上だからだ。
ひなのが心霊現象で岩石を飛ばすが、今の数瞬で金縛りを解いた愛理は悠々と躱していく。
そうして距離を取った愛理が地面に手を突くと、プシュゥゥゥゥッとその眼前から地下水が噴出してきた。
「先輩……愛理ちゃんの身体能力が高すぎて私の金縛りでは少し動きを阻害する程度にしかなりません。おそらく、ゾンビになった人達の魔力を全て吸収したんだと思います」
「……だな。あの土と水の能力、学校で見た」
またも2人が並んで共闘する様子にイラついた愛理は魔力操作で操る地下水を限界まで圧縮し、発射口径1mm以下の指向性を持たせて超高圧、高速で噴射した。
工業等で利用されるウォータージェット加工の水流速度はマッハ3に達するものもあるが、愛理がレーザーのように射出した水流の刃——水圧噴流切断は魔力操作の超圧縮によって速度は工業用のものを超え、規格外の切断力を生み出した。
だが——雄理がひなのの前に変形・展開させたアダマンタイトの盾がバシュゥゥッッッッッと1μも傷付くことなく防ぎきる。
「ダイヤモンドなら斬れたかもな」
「先輩っ……!」
「邪魔しないでッ、お兄ちゃんッ!」
さらに激昂した愛理が再度土操作を使用し、そこまでの急傾斜地ではないクレーターの斜面で土砂崩れを起こす。
——土砂崩し。
魔力による現象には影響を受けるひなのもろとも生き埋めにした後、雄理だけを取り出して土操作で拘束しようという狙いだったが、これにはひなのが心霊現象で対抗し、土石の崩壊を食い止めた。
「先輩っ……愛理ちゃんの魔力量が多すぎて長くは止められません!」
「分かった」
ひなのを守る盾を残し、余ったアダマンタイトで脚部、前腕部を武装した雄理が土砂の津波を飛び越えて愛理に迫る。
「どうして邪魔するの!? 私はお兄ちゃんの為に戦ってるのにッ!」
「……自分の為だろ」
一言だけ答えた雄理は脚部に装着したアダマンタイトを操り、まるで空中で2段ジャンプするような挙動で愛理の眼前へと降り立った。
雄理が自分以外の女と協力し、自分を排除しようとしている。その事実を何度も実感し、雄理への恋愛感情を憎悪へと変貌させた愛理は自制を失い、愛した兄を、それを奪ったひなのもろとも殺そうと大量の魔力を放つ。
バシュゥゥゥゥウウウッッッとさっきよりも多くの地下水が愛理の周囲に噴出し、それらを球状に操作して複数の水球を同時に圧縮していく。
水の色がさっきと違って赤黒いのは、同時に使った土操作で地下にあった柘榴石——ガーネットを粒状にして混ぜたからだ。
ガーネットのモース硬度は6.5〜7.5。
実際の超高圧水流切断装置——アブレシブジェット加工でもガーネットを研磨剤として混ぜることで鋼鉄やモース硬度10のダイヤモンドすら加工する程の切断力を生み出している。
さらに愛理の水球は圧縮力を高めて威力を増していく。放たれれば、常人には最早赤いレーザービームのようにしか見えないだろう。
それが同時に複数、多角的に雄理とひなのを狙っている。
言うなれば——多角水圧増幅砲。
「お兄ちゃんが悪いんだよ。私はただ、2人で一緒にいたかっただけなのに」
「……こんなことしなくても一緒だったはずだろ」
雄理はもともとひなのを守っていた盾に加え、両腕のアダマンタイトも使ってひなのを360°囲う防壁を作った。
自身に残されたのは両脚の武装のみ。
「ねぇ知ってる? お兄ちゃん。柘榴石の宝石言葉は——情熱、友愛、そして、真実。一途な愛の象徴なの。変わらない愛という意味を込めて、結婚記念日に贈られることもある。私からお兄ちゃんに、最期のプレゼントだよ」
紅い多角水圧増幅砲が、ライブで使われる演出照明の光学式レーザーライトのように縦横無尽に放たれる。
(読み切れ……愛理の狙いを……!)
メーザーは複数でも、それを操る愛理の脳は1つ。水球が圧縮されたのは完全な同時ではなく、僅かな時間差があった。
それを見抜いて記憶していた雄理はメーザーが放たれる順番を予測し、愛理の視線から射線を読んで駆ける。
胴を薙ぎ斬るような最初のメーザーに対し、走り込みながら体を後ろへ倒すスライディングで下を潜った雄理はさらに頭部と両脚を狙った3連射撃の中間を側方抱え込み宙返りで通り抜ける。
そのまま速度を殺さず愛理の裏をかくような挙動で無作為に駆け、跳び、或いは敢えて立ち止まりながら愛理へと迫る。
どうしても躱しきれなかったものも脚部のアダマンタイトで蹴るように受けるか、変形させた盾で防ぎ、とうとう愛理の目の前まで到達した。
「ガーネットの意味は友愛として受け取っておく。家に帰るぞ愛理」
「いやッ! 来ないでッ! 愛理を愛してないお兄ちゃんなんていない方が良いのッ!」
最早雄理を殺害対象としてしか見ていない愛理は地面を盛り上がらせ、雄理の背後に土の壁を創り出して逃げ場を断ったかと思うと、その身体能力に任せて渾身の力で雄理に殴り掛かる。
対し雄理は怒りに任せた単純な攻撃だったため正確に反応。咄嗟に脚部武装を変形・移動させた左腕の手甲で受けてしまい、愛理の右手首がボギッッと嫌な音を立てる。
「ぅぐッ……ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!」
だが愛理はまるで痛みを感じないゾンビのように、折れた手首を無視して左脚で蹴り掛かる。
雄理はそれも反射的に右腕の装甲で防ぎ、愛理の左脚までも折れてしまう。
「あうぅ……ッ!」
痛みで愛理の意識が逸れた途端に地面から迫り出していた土の壁がボロボロと崩れ落ちる。
自分が雄理にした因果か、今度は愛理が地面に這いつくばることになった。
「よせ愛理。俺には何も効かない」
地を這うしか出来なくなった愛理を見下ろし、雄理が勝ちを確信した、その時。
「……油断したね、お兄ちゃん♡」
愛理が隠し球として待機させ、今まさに雄理の背後から忍び寄っていた咲和、そして——奏司のゾンビが、バッと飛び掛かった。
「……っ!?」
襲い来る奏司の肩を掴んで止める雄理だが、瞬時に殺す判断が出来ず、咲和に対して隙が生じてしまう。
「——えっ」
だが咲和は雄理を通り過ぎ、地に伏したままの愛理に飛び付いたかと思うと、ぐちゃッと首の肉を噛み千切った。
ブシュゥゥッッと赤い噴水が噴き上がり、それを数滴浴びた雄理はその衝撃的な光景を見て頭が真っ白になる。
「あッ……がッ、かひゅッ……!」
激痛だが喉の一部ごと捥ぎ取られて絶叫もあげられない愛理はさらに喰われ、頸部鋭的損傷による出血性ショックから心停止へと至ってしまう。
「よせ咲和ちゃんッ!」
この時点ではまだ迅速かつ適切な処置さえあれば蘇生できる可能性がほんの僅かでもあったが、雄理が奏司に手間取っている間にぐちゃッ、ぐちゃッ——2口目、3口目と喰われていき——完全に絶命してしまった。
それを見た雄理が呆然とする中、アダマンタイトの手甲に噛み付く奏司のゾンビはボロボロと歯を落としていく。
それでもガギッ、ガギッと雄理を食べようと喰らい付く奏司に対し、雄理の脳裏に学校で交わした会話が思い起こされる。
——おい雄理起きろ。
——うるさいな。次声掛けたら殺す。
「……ホントに殺さなきゃなんて、思わないだろ……」
呟いた雄理は左腕の手甲に奏司を噛み付かせたまま右腕を覆うアダマンタイトを刃に変えて構えるが、そこで動きを止めてしまう。
(奏司……)
躊躇う雄理が刃を振り下ろせずにいると、奏司が掴みかかる力が次第に弱くなっていき、やがてドサッと力なく倒れた。
おそらく愛理が死んだことで魔力供給が途絶えて体を動かすエネルギーを失ったためだろう。
「雄理! 奏司は……ッ」
そこへ奏司を追ってきた清耶が瑛士、仁渚と共にやって来る。
だが雄理の足元に横たわる奏司を見て、清耶が投げかけた言葉は途切れ、今やって来た3人は絶句して立ち尽くす。
「何があった?」
妹と親友を同時に失った喪失感に表情を失くす雄理が3人のうちの誰にともなく問いかける。
言葉を失った清耶に代わり、瑛士が口を開いた。
「……車で別れた後、全員で話し合って……やっぱり雄理達を助けに行こうって、引き返したんだ。そしたら途中でゾンビ達の大群の波に呑み込まれて……」
(……愛理がここにゾンビを集めた時に、運悪くタイミングが重なったってことか……)
「奏司君、自分が囮になるって言ってすぐ、車から降りちゃって……私達、ゾンビ達が離れて行ってから追いかける事しか出来なかった……っ!」
続けて話した仁渚も、自分の無力さを呪うように唇を噛み締めている。
「奏司らしいな……」
それ以上の言葉もなく、全員が立ち尽くしながら——追悼するように、1分、2分と、静かに時が流れていく。
一件落着……と言うにはあまりに多くの犠牲を払った事件だったが、愛理が死んだ今、もう他のゾンビが残っているということはないだろう。
万感の思いを馳せながら奏司と愛理の死体を見つめる雄理は、その瞳を徐々に決意の色へと染めていく。
(奏司……命懸けで他人を守ったお前の意思を殺さない為に……)
「俺は——ギルドを作る」




