第38話:追走
——ウォンッッッ!!
鋭いエンジン音を鳴らして加速した純白のカブリオレが対向車線を逆走し、奏司達が乗るランドクルーザーの横に付けてくる。
運転席に乗るのは現代文の教師だった榊先生のゾンビ。そして後部座席には——
「咲和ちゃん……!」
両手を口に当てたひなのが呟くように声を発した直後、並走するカブリオレが車を横に振り——ガゴォンッッッと車体をぶつけてきた。
左側に押されたランドクルーザーの車体がガードレールとの摩擦で火花を散らす。
「くそッ! なんでゾンビが運転なんて出来るんだよ!」
「いや、それよりも何で俺達を追って来るんだッ! 喰うための獲物ならもっと近くに幾らでも居ただろッ……!」
衝撃に車内でぶつかり合った清耶と瑛士が喚く。
「やり返せ奏司! 押し合いならランクルの土俵だ!」
速度無制限の高速道路での走行を前提に造られているドイツの国産車、メルセデス・ベンツは、ボディに高張力鋼版やアルミニウム合金を多用しているため軽量にして高強度。世界最高水準の安全性能を誇る車体だ。
だがランドクルーザーも悪路での強い衝撃に耐える為に頑強な造りになっており、車両総重量はカブリオレより1t以上重い。
(単純なぶつかり合いならランクルに分がある……!)
そう踏んだ雄理の指示通り奏司が右へハンドルを切り、ランクルの車体をぶつけられたカブリオレが弾かれる。
榊の操縦はゾンビに成り果ててもなお人間のようにスムーズで、巧みなハンドル捌きによって車体を安定させたかと思うとギアを4速から5速に入れて加速し、奏司達の前へ付けてくる。
(やばいッ!)
ゾンビ達の次の行動を察した雄理が助手席からハンドルを乱暴に回し、右へ回避機動をとった直後、後部座席にいた咲和がバッと後部貨物扉を蹴って跳びかかってきた——!
雄理のハンドル操作のおかげで回避できた——かと思いきや、ギリギリ咲和が伸ばした手がランクルの左側サイドミラーを掴んでおり、高速走行する車体横にへばり付いている。
「こいつッ! 叩き潰してやる!」
最早愛理とひなのに配慮している余裕も無いといった様子で、今度は左にハンドルを切った奏司が電柱にサイドミラーごとぶつけて振り落とそうとするが、咲和はバギンッッと折れたミラーを直前に離しており、今度は前部ドアと後部ドアの間で屋根を支えるセンターピラーにしがみついた。
そして力尽くでサイドガラスをぶち割り、中に入ってこようとする咲和に女子達の悲鳴が上がるが、そうはさせないとばかりに天井窓側に付いたアシストグリップを握った雄理がフロントドアを開け、体を外側に飛び出させて咲和を蹴り飛ばした。
車から転落した咲和は慣性で地面を転がりながらも距離は離れていき、このカーチェイスから置き去りにされたかに思われたが、起き上がった咲和は学校脱出時に見せた猛スピードで雄理達を追って走り始めた。
軽く100km/hを超えるランドクルーザーに付いてきている。
「マジでなんなんだアイツはッ!」
「ゾンビ達の親玉じゃない!? アイツの後ろからさらにゾンビ達が追って来てるよ!」
運転しながら怒鳴る奏司に、リアガラスから後方を見つめて青褪めた顔をする仁渚がやけくそで叫び返す。
奏司以外の全員が確認すると、激走する咲和の背後に同等の速度で追走してくるゾンビの大群が見える。
(全員魔力が普通のゾンビ達より多い……覚醒者のゾンビか……?)
ゾンビ感染が拡がった学校周囲ではその極限の環境下で多数の人間が魔力覚醒を促されたが、その力を使いこなせずに多くの覚醒者がゾンビ化してしまった。その結果、元覚醒者で魔力量が多い、つまり身体能力の高いゾンビが多く生まれてしまっていたのだ。
(けど何で俺達を追う……? 他のゾンビを統率してるように見える咲和ちゃんが愛理とひなちゃんに反応してるのか……?)
再度脳裏にその疑問がよぎるが、ガゴォンッッと思考を中断させる衝撃が雄理達を襲う。
また榊が対向車線で並走させるカブリオレをぶつけてきたのだ。
「榊の野郎! 授業と一緒でしつこいっての!」
ガァンッッ、ゴガァンッッと続けて車体を衝突させてくる榊に痺れを切らした奏司が反撃の体当たりを見舞おうとした時、
「待て奏司。あの車は俺達が使う」
そう言った雄理が助手席からセンターコンソールを跨いで後部座席へと移動する。
「は? 使うって雄理……どういうことだ?」
「あの車に寄せて並走してろ」
面食らって質問をする奏司に指示を出し、雄理は愛理とひなのの手を引いて後部座席側ドアの前で2人の目を見て話す。
「2人とも、これから向こうの車に飛び移るよ」
「えっ……?」
雄理の言葉に、ひなのが不安そうな声を上げた。
「ここからは奏司達と二手に別れて逃げる。俺が絶対に2人を守る。俺を信じて」
今なお追ってきているゾンビ達がもし特定の誰かを狙っているのなら、生存者を増やすためにはどちらかが囮になるのが最善だ。
その考えが念頭にある雄理は、咲和に狙われている可能性の高い愛理とひなのの保護を自分が引き受ける形でその作戦を提案する。
雄理の意図を理解した清耶や瑛士達も、何も言わなかった。
「分かったよお兄ちゃん。私はお兄ちゃんを信じる。妹だもん」
兄をこの上なく慕う愛理はすぐに全幅の信頼で答える。
雄理は愛理の言葉にコクっと首を縦に振り、次にひなのに視線を移す。
「ぁ……わ、私も……私も先輩を信じます」
こんな時だが顔を赤くしながらのひなのもそう言ってくれた。
「よし。行くぞ」
覚悟が決まった2人を抱き寄せ、雄理がドアを開ける。
「おい雄理! お前のことだから大丈夫だろうが、絶対死ぬなよ」
「お前もな、奏司。下手くそな運転でも助かった」
「うっせ。早く行け」
言葉を交わし合った直後、奏司がランクルをカブリオレに軽くぶつけて走行姿勢を崩し、その修正に榊が気を取られている隙に——愛理とひなのを抱えた雄理がバッと跳んだ。
左ハンドルの運転席に座るゾンビの首を座席への着地と同時に蹴ってへし折り、愛理とひなのをなるべく優しく後部座席に放る。
そしてゾンビを車外へ捨てて運転席に座り、足が離れたことによるエンジンブレーキで減速しないようすぐにアクセルを踏み込む。
加速後、クラッチとシフトレバーを操作してギアを5速から6速へチェンジする早業を見せた雄理は、
「この先で別れる。ありがとう」
とパワーウィンドウを下げた奏司に告げる。
「こっちのセリフだ。ヤバかったら呼べよ」
奏司は片手でハンドルを握りながら離した右手で携帯のジェスチャーをする。
「……こっちのセリフだ」
呼ぶ気のない雄理はそのセリフだけ返して視線を前方に戻した。
街道からカーブになって分岐している道路へ右折し、奏司達のランドクルーザーと別れた雄理達はウォンッッッとさらに速度を上げて走る。
ゾンビ達が追ってくるのは——やはり雄理達の方だ。
(やっぱりか……)
奏司達は助けられたと安堵する一方で、自分達が助かる確実な方法が思いつかない以上、このまま走り続けるしかない。
今は速度を上げたことでほぼ見えなくなるまでゾンビ達を引き離せているとはいえ、追い付かれたら終わり。事故っても、ガソリンが切れてもアウトだ。
幸いもう感染が拡がっている範囲は抜け、道路のあちこちを乗り捨てられた車や逃げ惑う人々が塞いでいることもない。
そう油断していると、交差点を通り過ぎた雄理達の左側に赤信号で停車するパトカーが視界を流れていった。
直後、ウゥーーーーーゥウゥゥゥゥッとサイレンを鳴らし始めたパトカーが赤色回転灯を光らせながら急発進して雄理達を追う。
「そこの車! 止まりなさいッ! ベンツのオープンカー! 路肩に停車するんだッ!」
目立つオープンカーのスピード違反、しかも乗っているのが明らかに未成年とあって、大慌ての警官が拡声器で雄理達に停車を指示する。
「どうするんですか先輩! 捕まっちゃいますよ!」
長いツインテールを風に靡かせながらパニクるひなのの質問に対し、むしろアクセルを踏み込むことで回答に代えた雄理は繰り返される警官の停車指示を無視して加速していく。
魔力の影響によるモンスター被害や犯罪件数の増加に伴って法改正が急がれるとともに、自己防衛のための違法行為を無罪とする例も現在では多く見られている。
今回の場合は間違いなくその特例に入るだろうが、ゾンビ達に追い付かれるわけにはいかないため、止まることは出来ない。
この事態に巻き込まないようにパトカーを撒こうと、カラーコーンと単管バリケードを蹴散らして交通規制されたエリアに進入し、その先にあるトンネルへと突っ込んでいく。
そのトンネルは野外輝度との差で生じるブラックホール現象によって内部の様子が全く識別出来ない程の黒い穴として見えており、高速走行する車両には極めて危険な領域となっている。
だが止まることの出来ない雄理は迷いなくその暗闇に踏み込んでいった。
何故かトンネル内は照明が1つも点灯しておらず、急激に暗転した視界では順応の遅れが生じ、雄理は周囲を何も把握できないまま感覚で車を走らせるしかない。
少し進むと出口の光が見えたが、安堵するのも束の間。
出口が近付くにつれて今度は逆に可視光量を多く確保するための暗順応によって虹彩を収縮、瞳孔を広げていた眼球が野外輝度に対応できず、トンネル外が眩し過ぎて光の白い穴にしか見えなくなる。
このホワイトホール現象によって坑外の詳細が認識出来ないまま雄理は『KEEP OUT』の黄色いテープを引きちぎってトンネル外へと飛び出し——た所で一瞬ジェットコースターのような浮遊感に襲われ、地面を失った車が下へ落下した。
「「きゃぁぁぁぁあああああああああッッ!!!」」
今日何度目かの2人の絶叫を聴きながらの雄理がハンドルを強く握る。
崖ではなくすぐに強烈な衝撃で着地したそこを光に慣れてきた眼で確認すると、お椀型に大きく抉られた窪地のような所に飛び出し、今まさにその斜面を駆け下りている最中だった。
向かう先、凹んだ土地の中心にはさらに底の見えない奈落のような穴が空いている。
(ここ……まさか隕石が落ちたクレーターか……!?)
そこに思い至ると同時に雄理はブレーキを踏むが、急斜面でスピードが出過ぎていたため止まりきれず——ハンドルを離して愛理とひなのの頭を抱えた雄理は車と共に奈落の底へと落ちていった。




