第36話:アウトブレイク
(女子の力じゃない……ゾンビ……? 人間がモンスターになったのか……?)
雄理はそう考えながら扉へ突進を続けるゾンビを観察していると、ソレが2年のネクタイを付けていることに気付く。
(愛理達はッ……!)
ようやく現状に対し思考が追いついた時、ふらっとゾンビの後ろにもう1つの人影が立ち上がり——ドガァァァァンッ!!
廊下で噛み殺されたと言われていた先生がゾンビとなって動き出し、2体同時の突進で教室の扉を破壊した。
机を積み上げただけのバリケードもガラガラと崩れていく。
——きゃぁぁぁぁあああああああああッッ!!!
教室中がパニックになり、我先にと後ろ側の扉へ生徒達が殺到した。
だが逆に魔力に適合して強化された身体能力を持つ雄理はゾンビがいて空いている扉側に駆ける。
(全身……特に頭部に魔力が宿ってる……)
頬や首の肉が喰いちぎられ、どう見ても死んでいる先生と女子生徒が魔力による何らかの作用で動いていると直感的に理解し、その魔力量から負ける事はないと判断した雄理はガァァァッと襲い掛かってきたゾンビ2体のうち1体の手首を掴んでブゥンッと振り回す。
蛇の尻尾を持って振り回すのと同じ理屈で遠心力によって口元を自分に近付けられないようにし、その回転を利用してもう1体のゾンビを回し蹴りで吹っ飛ばす。
ガシャァァァァンッと中庭側の窓ガラスをぶち割ってそのまま落ちていったゾンビと共に振り回したゾンビも窓へ放り投げて落とし、雄理は廊下へ出て様子を窺う。
そこでは教室から出て階段へ向かった生徒達が曲がり角でゾンビ達とかち合って襲われてしまっていた。
さらに反対側からも階段を上がってきたゾンビ達が雄理を発見し、口を開けて向かってくる。
バッと身を翻してベランダへ出た雄理は手すりに両手をついて体を捻る、パルクールで言うリバースヴォルトでフェンスを飛び越えた。
そのまま落下して2階のフェンスを掴み、懸垂で上がって2年の教室へ窓側から入ると——
「きゃぁぁあああッッ!!!」
愛理とひなのに女子生徒のゾンビが襲い掛かる寸前だった。
瞬時に動いた雄理は2人とゾンビの間に体を割り込ませて守り、掴みかかってきたゾンビの髪と首を把持して噛まれないように押さえ付ける。
「お兄ちゃんっ!」
「先輩!」
「——咲和ちゃんは?」
雄理の問いに、愛理がふるふると首を横に振った。
咲和が死んだ事をまだ知らなかったらしいひなのはその愛理の反応を見て目を見開き、泣きそうな顔になる。
(とにかく2人を逃すしかないか……)
「2人ともベランダに出て。俺もすぐ行く」
どれだけゾンビが溢れかえっているか分からない校舎内ではなく窓側から脱出しようと考えた雄理は口早にそう促す。
ゾンビとはいえクラスメイトだった彼女を目の前で攻撃するわけにはいかないと2人が背を向けた直後、廊下側へとゾンビを押し込んでいく。
教室から出た途端左右に散在する生徒達を襲っているゾンビの内、数匹が雄理の方を向いて一斉に襲ってきた。
だが愛理とひなのから引き離すのが目的の雄理はそのゾンビをただ突き飛ばし、すぐさま2人のいるベランダへ戻る。
「飛ぶよ」
「えっ……?」
「ちょっ……!?」
雄理は驚く2人を無視して脚を掬いあげるように右腕で愛理を、左腕でひなのを支え、首にしがみつかせる。そのままフェンスの上端に片足で飛び乗った雄理は、ガシャァァァァンッッとドアやガラスを破壊して迫るゾンビ達から間一髪逃れる形でバッと宙に身を投げる。
「「きゃぁぁぁぁぁあああああっ!!」」
愛理とひなのが悲鳴を上げて必死に雄理を掴む腕に力を入れる。
数瞬後、ドンッッッと両脚で着地した雄理は事もなげに2人を降ろす。
人間2人を抱えてとはいえ、魔力覚醒で6倍まで高まった身体能力を持つ雄理からすれば2階から飛び降りるのは階段を3段飛ばしでジャンプする程度の行動だ。
だが恐怖でまだ目を瞑っている2人は強く抱きついたまま離してくれないので、普段の無表情ながらもポンポンと頭を優しく叩いて落ち着かせる。
「あ、ありがと、お兄ちゃん……」
「ぁぅ……ありがとうございます……先輩……」
2人はこんな状況ながら、いや、こんな状況だからか、赤くなった顔を逸らすために腕を解いて雄理から離れた。
「行こう。校舎の外にもゾンビが溢れてきてる」
見れば正面玄関から逃げる生徒達とそれを追うゾンビ達が走り出してきており、捕まった生徒は悲鳴を上げながら喰われていく。
生徒の中には雄理以外にも覚醒者がおり、外に出てきた生徒が土を操る能力でかまくらのような防壁を作り、ゾンビから身を守るために閉じ籠った。
そこに後から出てきた男子生徒が駆け寄り、土の壁をバンバンと叩く。
「おいッ、俺も入れてくれ! 頼む! おい入れろッ! 早くッ、おいよせッ……痛いァ゛ァ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」
中にいる土の能力者には聞こえていただろうが反応は無く、男子生徒は追ってきたゾンビに噛まれてしまう。
さらに正面玄関から出てきたゾンビ達が閉じ籠った男を喰おうと土の壁を素手で引っ掻くように掘り始める。
うわぁぁあああああッッと悲鳴が上がった校舎の3階のベランダでは水の能力者が手洗い場の蛇口や消防ホースから水を取り出し、強烈な放水で生存者ごとゾンビ達をベランダから落としていく。
だがその能力者も背後から迫るゾンビに気付かずに呆気なく噛まれてしまった。
いち早く校舎外に避難した雄理達だったが、この状況では街一帯にこのパニックが拡大するのも時間の問題だろう。
「行くって先輩……そっちは部室棟ですよ。すぐ学校から離れた方が……」
「武器が無いと限界がある。野球部のバットが欲しい」
「さすがお兄ちゃんっ、それで私を守ってくれるんだね」
まだ校外では普通に車が走っており、普段と変わらない日常の景色が流れている。
つまり原因はどうあれゾンビはこの学校から発生し、まだ外には拡がっていないため、できるだけ早く、遠くに逃げるのが最善だ。
だがここまで集団感染が止められなかったということは、校内にはこの事態に対処出来るレベルの能力者はいないとみて間違いない。せいぜい身体能力が2〜3倍になった適合者が数人程度だろう。
雄理自身も6倍の身体能力で数体のゾンビ相手なら無双できる上に囲まれても1人ならその運動能力で逃げ切れるが、ゾンビを殲滅出来るような特殊能力は無い。
各地で設立されているギルドから能力者が派遣されてくるにしてもまだ時間はかかるだろう。そしてその頃にはもう街中に感染が拡がっている。
少しでも、戦う力が要る。
愛理とひなのを守るためにもそう判断した雄理は2人がついて来られるギリギリの速さでなるべく急いで野球部の部室へ走った。
到着した時、まだゾンビや生徒達は部室棟まで及んでいなかったのは幸いだが、部室の鍵が閉まっていた。
「どうしよう……鍵がある職員室になんてもう……」
「いや……鍵は要らない」
愛理がバットは諦めるしかないというムードを出すが、雄理はドガァァンッとドアを蹴り壊し、中へ侵入する。
「お、お兄ちゃん……大丈夫? これ……」
「……? 大丈夫だろ」
こんな状況でも真面目に器物損壊を心配する愛理を横目に部室の中を探った雄理は、パワーヒッター向けの重心が先端寄りのバットを選択する。
材質は警察の盾にも使われている超々ジュラルミン製。
硬さと軽さを両立した、つまり威力と手数を両立出来る素材で、雄理は複数体とのゾンビ戦を想定していた。
そのバットを適当に置かれていたバットケースに入れて肩に掛け、部室を後にする。
「先輩……この後はどうするんですか?」
既に部室棟の近くまで混乱が拡がっており、生徒を置いて逃げてきていた先生達がゾンビに襲われ、捕まって喰われている。
その光景を見たひなのが改めて恐怖を感じ、雄理の裾を掴んだ。
直後、雄理達に気付いたゾンビ3体がバッと首を振り向かせ、ガァァァッと唸り声を上げて襲い掛かってくる。
雄理は周りに他のゾンビがいないことを瞬時に確認し、恐怖で声も出せずに固まるひなのと愛理を退がらせて前に出た。
「動かないで」
(5秒で殺る……!)
学校から遠ざかるにしろ、愛理とひなのを連れた状態でコイツらを撒くのは困難だと判断した雄理は背中のバットを抜きながらゾンビ達へ駆ける。
(弱点は映画とかと同じ、魔力の多いここだろ……!)
距離の関係から一列に並んで向かってくる3体の内、先頭のゾンビに対し野球のスイングでバットをゴガンッッと叩き付けて頭部を破壊し、その回転力を殺さず後ろ回し蹴り、旋風脚と繋げて後方2体のゾンビも蹴り飛ばす。
そしてまた立ち上がる前にバットを振り下ろして頭を破壊した。
雄理の予想通り、頭部に大きな損傷を受けたゾンビはもう動き出す事はなかった。
だがその音を聞きつけてか、さらに近付いてくる足音が4つ。
「雄理! 良かった……何も言わず飛び出しやがって!」
現れたのはゾンビではなく、生き延びていたクラスメイト——春田奏司。そして清耶、仁渚、瑛士の4人だった。
「お前ら……」
気に掛かっていたクラスメイトの無事に一瞬雄理の気が緩んだ時——さっきゾンビに喰われていた先生達の死体が動き出し、奏司達に襲い掛かった。
「危ないッ!」
叫んだ雄理の予想に反し、瞬時に対応した清耶と瑛士がゾンビ達に噛まれない早業で蹴り倒し、或いは投げ飛ばした。
「雄理!」
名前を呼ばれた意図を察してすぐに雄理がバットを投げ渡し、受け取った奏司がすぐさま倒れたゾンビの頭を砕く。さらに仁渚へとバットを放り、鮮やかなキャッチ&スイングで最後のゾンビも倒される。
「みんな覚醒してたのか……」
「いや、俺以外はさっき覚醒したばかりだ。何故か立て続けに魔力が宿って、俺も何が何だか……」
雄理の疑問に奏司が答える。
奏司達には知る由もないが、今この学校周囲に漂う濃密な魔力とその空間で起こる混乱が齎す極限状態が、一時的に魔力への覚醒を促進させていた。
「でもそのおかげでまだ生きてるんだから、難しいことはいいじゃん?」
「それな。これならゾンビに噛まれる気しねーぜ」
「あんたら気抜かないでよね。いくら覚醒者が集まったって、囲まれたらアウトなんだから」
新たに魔力により強化された身体能力を手に入れた清耶、瑛士、仁渚が軽口を叩き合う中、雄理が無事を確かめるために愛理とひなのに視線を移すと、2人は上を見上げていた。
雄理も釣られて上を見ると、校舎の屋上からフェンスを乗り越える女子生徒の人影が——
それに気付いた直後、バッとジャンプして身を投げ出してしまう。
ゾンビへの恐怖に耐えきれずに少女が飛び降りたのだと誰もが思ったが、その子はくるっと一回転して空中姿勢を整え、ドンッッッッと両脚で着地した。
「嘘……」
絞り出すような声を発したひなのが目尻に涙を溜めていき、愛理も驚愕に目を見開いた。
屋上から降ってきたその子は——
「咲和ちゃん……?」




