第35話:七夕の悲劇
『7月7日、朝のニュースです。20年前のこの日、わし座の一等星・アルタイルと、こと座の一等星・ベガが突如として消滅し、永遠に会えなくなってしまった織姫と彦星を悲しむ声が各地で上がっています。例年と同じく街中に活気が感じられないこの七夕ですが——』
65インチの壁掛けテレビから、朝のニュースが流れている。
朝ご飯に妹が焼いた食パンにピーナッツバターをこれでもかと塗りながらニュースを見ている無気力な男子高校生——不破雄理が、ピッとリモコンを操作してテレビのチャンネルを変えた。
『リライフギルドの代表、鴻上仁氏が、千葉、東京、山梨、静岡の4県で新たに児童養護施設を設立すると発表しました。彼の出資は医療・福祉業界にも多大な恩恵を齎しています。また、超克者で構成されたリライフのギルドメンバーですが、彼らの活躍も障がい者や難病患者にとっての大きな希望となっています』
超克者とは、元々疾患や怪我で体の一部に障害を負っていた能力者のこと。そういった者が魔力に適合した場合、逆に弱っていた機能が大幅に向上する身体強化系能力者として覚醒することが多い。
リライフとは、代表の鴻上仁が全国からそんな超克者を集めて作ったギルドなのだ。
『どうも、鴻上仁と申します。元々は我々も体の一部にハンデを背負っていた立場なので、そんな私達の活動が世の中の役に立っていると思うと、誇らしい限りです』
『七夕ということで、既にある全国の各施設には笹と短冊を寄贈されたそうですね?』
『はい。閉塞感に包まれたままの七夕ではつまらないですからね。子供達には笑っていて欲しいんですよ』
『自身も超克者であり、軍団級の実力者として知られる鴻上氏ですが、ギルド本部がある神奈川県横浜市でビッグフットと名付けられた未討伐モンスターが残したという謎の巨大な足跡についてはどう思われますか?』
『足跡は1つしか確認されていないことから悪戯の可能性も捨てきれませんが、もし本当にそのモンスターが存在するのであれば、市民の不安を取り除くためにも、一刻も早い解決を目指します』
チャンネルを変えても別のテレビ局のニュースが流れるだけで、別段面白くもなさそうに雄理はぼーっと画面を眺めている。
『ありがとうございました。続いてのテーマはこちら』
女性アナウンサーの綺麗な声と共に、山の麓を抉るようなクレーターとその中心に空いた大穴の画像が画面に映し出された。
『今月の初日に突如として地球に落下した隕石は、スペースガードセンターや観測衛星でも事前に発見出来なかったことから、上空の大気圏に出現していたゲートから落ちてきたのではないかと推測されています』
「まだこの隕石のことばっかり言ってるねお兄ちゃん。愛理気が滅入りそうだよ」
「うん……だね」
雄理は、スクランブルエッグとコーヒーを持ってきてくれた妹の愛理の言葉に共感しながらも、感情があまり読み取れないジト目の顔で返答する。
隕石が墜ちたのは雄理達が兄妹2人で暮らすこの家がある街の外れで、10km近く離れたここでも家中の窓ガラスが割れる程の衝撃波に襲われた。
幸運にも雄理と愛理に怪我はなかったが、仕事で偶然近くにいた父と母は建物の倒壊に巻き込まれ死亡。その後は2人とも親戚に引き取られるはずだったが、愛理が今の学校に通いたい、家事は全部自分がやるからと兄妹2人での生活を押し切って資金だけ援助してもらうことになったのだ。
愛理はまだ子供っぽいところがあるから雄理も心配していたが、両親を亡くしたことは意外にも引きずっていないように見える。おそらく考えないように、敢えていつも通りに振る舞っているのだろう。
『この直径1mの隕石はサイズからは考えられない質量があり、クレーターの斜面とその中心の大穴に重機が入り込めないことから未だ回収には至っていません。また、既存の鉱石とは全く異なる結晶構造をした未知の物質を多量に含んでおり、地球上に存在するどんなモノよりも遥かに硬い性質を持っている為、専門家達の間で注目を集めています。彼らの推測では大気圏落下時の空気との摩擦による加熱とともに魔力と反応してこの超希少物質が生まれたのではないかという説が有力で、非常に硬い物質を示す古語『adamant』から、アダマンタイトと呼ばれています』
直径1m程度の隕石なら本来は落下中に燃え尽きるが、そうならなかったのもこの未確認物体の性質ではなく魔力の影響という可能性が高いらしい——と続けて報道するニュースに対し、愛理は興味津々で1つ年上の兄、雄理に話しかける。
「あれから結構経ったのに、まだ動かすことも出来ないんだねぇ。魔力ってすごいんだねお兄ちゃん。私も能力がもらえるように毎日神様にお願いしてるんだけどなぁ」
(高2にもなって……)
「愛理そんなことしてたの……どんな能力?」
「えへへー内緒っ。いつかお兄ちゃんより私の方が強くなっちゃうからね」
お兄ちゃんより、というのは雄理が3週間前既に魔力に適合し身体能力が強化されているからだ。その魔力量は多く、一般的な覚醒者の水準を超える6倍もの肉体性能を誇る。
とは言え特殊能力が発現していないため、確かに愛理が能力者になれば雄理を超える可能性はある。
「楽しみにしててねっ、お兄ちゃん」
「うん」
そんなやり取りをしつつ朝の支度を済ませ、自転車で学校へ向かう。
隕石落下で学校の窓ガラスも全損した為一時休校となっていたが、今日が登校再開の日だった。
20分程漕いで着いた校舎の入り口で花壇の水やりがある愛理と別れ、雄理が下駄箱で靴を履き替えていると、
「先輩!」
愛理の友達で1つ年下の後輩、門叶ひなのに声を掛けられた。
後輩らしく童顔だが身長は高く、制服のスカートからはスラっと長い足が伸びており、恥ずかしそうに脚を閉じてモジモジしている。
その隣にはもう1人、愛理、ひなのと仲良し3人グループを形成する梨木咲和も立っているが、まるで自分のひなのに話しかけるなとでも言わんばかりに不機嫌な顔で雄理を睨んでいる。
「お、お久しぶりです。愛理ちゃんは一緒に登校してないんですか?」
ひなのはモデルのようなプロポーションをしている割に気が小さく、久しぶりに会う友達の兄との会話に緊張している様子で、体の前に両手持ちしたスクールバッグと共に、茶色がかったベージュのロングヘアを耳より高めの位置で結ったラビットスタイルのツインテールを揺らしながら雄理に話しかける。
「ひなちゃん。咲和ちゃんも久しぶり。今別れたとこ」
雄理は短文で簡潔に話すが冷たい印象は与えず、ひなのとの会話に応じた。
「そうなんですね。3週間何してました?」
「……俺、何かしてたっけ……?」
(あー……だらだらしてたら終わってたな……)
「ふんっ、相変わらずだらしないですね貴方は。愛理にもひなのにも相応しくないです。私達に近付かないで下さい」
愛理とひなのが大好きな咲和は反対に雄理のことを毛嫌いしており、汚らわしい獣でも見るかのような目を向ける。
「……あ、ま、まあ、ゆっくり過ごすのも良いですよねっ」
空気を良くしようとひなのが間に入って取り持ちつつ、教室に向かって歩く雄理、について行くひなの、について行く咲和といった具合に3人で移動し、階段を上がっていく。
「で、では先輩。私はこの階なので」
「うん。また今度」
この学校では1年が1階、2年が2階、3年が3階で教室が割り振られており、3年になってからまた登る階数が増えたことに雄理は辟易していた。
(留年すれば良かった……)
そんな怠惰なことを考えながら教室の扉を開け、自分の席に着いて机に突っ伏した雄理は1限が始まる前から熟睡の姿勢だ。
「おい雄理起きろ。流石に寝るの早すぎるだろ」
早くも入眠しかけていた雄理を邪魔したのは同じクラスになってから何故か毎回席が近くなる腐れ縁の春田奏司。
彼はコミュ力の高いイケメンにしてクラスの中心人物でありながら、同じ覚醒者として雄理のことを何かと気に掛けている。
「……うるさいな。次声掛けたら殺す」
「ったく……最近では巨大ゴーレムを倒すような高校生もいるらしいってのにコイツは……覚醒しても変わんないな」
「ほっとけって春田。充電切れの雄理には何言っても無駄だ」
「そーそー。担任の榊先生も起こすの諦めてるくらいだしね」
「でも普段やる気ないくせにテストとか体力測定で成績良いのムカつくよな」
ボヤく奏司に話しかけたのは同じく席が近くなったクラスメイトの向井清耶、栗山仁渚、緒方瑛士だ。
「まあ、コイツがいつかやる気を出す何かを見つけてくれる事を祈ろう」
奏司はその言葉を最後にもう起こすのは諦めたようで、雄理は目を閉じて徐々に深い眠りへと落ちていく。
……………………
……………
……
——おい……ろッ……やく起き……ゆうり……!
微睡みの中で徐々に意識が覚醒していき、奏司の声が鮮明に聞こえてくる。
「おい雄理! 早く起きろッ! ヤバいぞッ!」
「……何だよ奏司。しつこいぞ」
「いいから起きろッ! 死ぬぞッ!」
「……は?」
——ガタガタガタガタッッ!!
異様な音が響き、教室の前側の入り口を見ると——女子生徒が顔を押し付けながら鍵を掛けて閉められた扉へ突進していた。
バンッ、バンッと何度も何度も顔面からぶつかっているのに足を止めずにぶつかり続ける。
正気じゃない……どころかその顔や首は噛みちぎられたような歯型の傷で血まみれになっており、瞳孔が散大している。
呼吸、心臓の停止と共に瞳孔散大は死の3兆候の1つとされ、死亡判断時の基準となる。
つまりこの女子生徒は——
(死んでる……?)
死んでいるのに、動いている。
「何だアレ……」
「分かんねぇよ! 下の階が騒がしくなってきたから先生が様子見に行こうとしたら……廊下でアイツに噛み殺されて……どう見ても正気じゃなかったから咄嗟にドアを閉めたんだ……!」
バンッッ、バンッッと強烈な力で叩かれる扉がいつか壊れるとみて、扉から離れて窓側に固まっていた教室内の生徒達のうち、男子達が扉の前に机を積んでバリケードを作り始める。
女子たちは恐怖で叫ぶこともできず、ただ立ち尽くしていた。
(アレ……ゾンビか……ッ!?)




