第32話:カゲロウ
囲まれて様子を伺うジャックの上空で、バサァッ、バサァッと鳥のような羽ばたき音を響かせるのは——派手な赤紫色の蝶。
その羽ばたきごとに撒き散らす毒の鱗粉がジャックとダイナに降り掛かる。
その様子を眺めていた皇蟲がジャックの方を指差し、それを合図にして他の蟲も毒に構わず一斉にジャック達へと殺到してきた。
巨大な顎や鎌、爪、毒針等による攻撃が全方位から襲い掛かり——
——ゴォォォァァァァアアアアアアアアアアッッッッ!!!!
直前、ダイナとジャックが口から火炎の咆哮を放つ。
背中合わせで同時に放たれたそれは薙ぎ払うように鱗粉ごと蟲達を燃やし散らしていく。
放射角が絞られて火炎の密度が増したそれは、直撃を喰らわずとも輻射熱だけで危険な高熱度だ。
火炎放射が終わると、消滅せずに残った蟲達の焼け焦げた死体がドサドサと地に伏し、或いは地に堕ちていった。
ジャックは配下にする魔物を残すために敢えて放射範囲を狭めていたが、それでも一撃で多くの蟲達を葬った火炎放射に恐れを成し、残った蟲達は戦意を喪失した。
ジャックの前での戦意喪失は、服従と同義だ。
「——魔物支配」
皇蟲に服従していた蟲達はその魔力の影響を受け、一瞬にしてジャックの配下となった。
圧倒的な数の差が一瞬にして逆転したのだ。
だが蟲達が壁になって見えなかったにも関わらず瞬時に攻撃を察知して退いた皇蟲だけは火炎放射を躱しており、片膝立ちの姿勢から体を立ち上がらせてジャックを睨んだ。
「お前のコロニーはもう俺のものだ。お前も——すぐにそうなる」
奪った配下の蟲達を背後に従えて皇蟲を指差して言ったジャックに、その魔力特性からか怒りの感情が伝わってくる。
——ギギィィィッッッ!!!!
威嚇の声を上げた皇蟲はヒュッッと姿を掻き消すように高速で移動し、ジャックの背後をとって左右2対の爪を構えた。
即座に反応したダイナが体を割り込ませ、皇蟲の斬撃をその硬い竜鱗で受け切る。
同時に反応していたジャックも連携し、ダイナから共有される魔力から手を覆うように生成した竜爪で攻撃後の隙を狙って反撃するが——まるで瞬間移動のような超スピードで回避された。
(流石に速いな……)
さっきの火炎放射を避けた動きもそうだが、この予知のような危機察知能力の仕掛けは、ジャックの攻撃前にその部位が微細な動きを見せていたことから——皇蟲の触覚にあると考えられる。
多くの蜘蛛は脚に生えた聴毛や感覚毛で空気の振動等の周辺状況を察知し、危険から瞬時に逃れることが出来るが、皇蟲の触覚はこれと同じ機能を果たしているのだ。
そして察知した危険から逃れる際の高速移動——体長の6倍もの距離を一瞬でジャンプするリーガル・ジャンピング・スパイダーの動きに酷似していたことから、移動というよりも地面スレスレの低空を飛ぶように跳躍しているのだろう。
この万能とも言えるあらゆる虫の特性を備えた皇蟲を前にジャックは——
「次はその触覚を引き抜いてやる」
そう言って先の一瞬の攻防で捥ぎ取っていた硬い前羽の1枚を捨て、皇蟲に向き直った。
怒り心頭といった様子の皇蟲が「ギッ——!」と叫びかけた時、バウッッッと同レベルのスピードを持つ巨大ゴキブリがジャックの命令で突撃し、皇蟲を突き飛ばす。
その先には予め蝶の羽ばたきによって毒の鱗粉が撒き散らされており、まともに浴びた皇蟲は足取りをふらつかせながらも片翼をブゥゥンッと振るわせて鱗粉を吹き飛ばした。
だがその音に紛れて巨大殺人蜂が背後から大きな毒針を突き刺す。
ゴポッと口から緑色の血を吐き出した皇蟲はそれでも振り向きざまに殺人蜂を爪で斬り飛ばし、敵の頭を潰そうと瞬間的な跳躍移動でジャックへ迫る。
ジャックも竜爪で迎え撃ち、皇蟲の鉤爪と斬り結んだ。
——ギギギギギギギギィンッッと高速で繰り出される斬撃の応酬が火花を散らし、気圧されたジャック配下の蟲達が本能的に距離を取る中——ギィィンッッと皇蟲の鉤爪を備える腕4肢を2本の腕で弾いて開かせたジャックがガシッッと触覚を掴み、宣言通りブチィィッと引き抜いた。
直後——ただ1体皇蟲とジャックの攻防に気圧されず隙を狙っていたダイナが触覚を失い察知能力が鈍った皇蟲の背後からブシュゥゥッッとその爪と腕で胸部を貫き、大きな牙で頭を咬み潰した。
だが1つの脳で全身を総括している人間とは違い、多くの虫は身体中に複数の神経節という小さな脳を持っており、頭を潰されてもすぐに死ぬことはない。
この皇蟲も同様、いや普通の虫以上に神経節を張り巡らせており、胸と頭を潰されてなお——ガバァッッと目の前のジャックに対し爪を振りかぶる。
ドシュッッッ——皇蟲の決死の攻撃、よりも早くジャックの竜爪が皇蟲を斬り裂き、ガクンッとその全身が力なく崩れ落ちた。
「フゥ……ダイナ、良くやった」
ダイナの肩を軽く叩いたジャックは倒れた皇蟲の前に立って手を翳し、「支配」と呟いた。
元々備えている規格外の生命力に加え、魔力を分け与えられたことで死にかけていた皇蟲が息を吹き返し、ジャックの前で頭を垂れる。
これでジャックは蟲の大群に加え、最強の蟲の皇帝までも配下として従えることとなった。
「お前の名は——カゲロウ」
最強の軍団を作るため、ジャックはまた、強い魔物を探しに行く——




