第31話:怪蟲のコロニー
——キッキッッ!
奇襲したことから高い知能をも兼ね備えていることが分かる皇蟲はその不気味な複眼にジャックを映し、魔力量から自身の優位性を感じたか嗤うような声を漏らす。
次の瞬間——カブトムシのような硬い前羽を広げ、その下に収納されていた羽脈のある透明の後ろ羽をブゥゥゥンッッと羽ばたかせて飛翔した。
(速い……ッ!)
多くの虫が持つ爆発的な瞬発力で加速した皇蟲は爪による斬撃でダイナの翼を斬り裂く。
硬い竜鱗で覆われていない皮膜を狙われ、揚力を失ったダイナは重力に逆らえず、ジャックと共に落下してしまう。
(航続距離は短そうだが、近距離での加速力はダイナより数段上か……)
「行け」
様子見の一番槍を命令され、まずラムがその金色の水のボディから光線のような水圧カッターを放つ。
ビュッッとまたも高速移動を見せた皇蟲はバシュッッ、バシュッッと放たれるラムの攻撃を回避しながら肉薄し——接近されたラムは前方に向けて放射状に水圧カッターの一斉射出を行う。
だが皇蟲の硬い外皮に阻まれ、ラムはそのままバシャァァァンッッと踏み潰され水滴のような肉体が飛散する。
そこへ同時にゼクトルとウルガが挟撃を仕掛けるが——掴みかかった2体の腕を上体を逸らして躱し、その腕を鋭い爪でホールドする。
ゼクトルもウルガも人間と比べると力は強いが、皇蟲の怪力の前に掴まれた腕を振り解けない。
自重の100倍の重量をも引くカブトムシのような昆虫筋肉だ。
そして大きな顎でゼクトルの頸を噛み砕き、猛毒を有する尾の毒針でウルガを貫いた。
(思っていた以上のバケモンだな……)
アギトアリの一種、トラップジョーアントは生物界最速の咬合速度を誇り、その下顎の加速度は100万m/s2に至るが、それと同様、筋肉ではなくバネ・掛け金開閉機構で作動させる虎鋏のようなこの皇蟲の大顎が生み出す力は自重の300倍以上。
ゼクトルのワニのように強固な鱗板骨を持つ頸部が、その圧倒的な咬合力で頸鱗板ごと咬みちぎられた。
毒針を刺されたウルガは全身を痙攣させて倒れ込み、起き上がるどころか踠くことも出来ずに硬直している。
まるで世界一危険な猛毒サソリ、オブトサソリが備えるような毒性が魔力との融合でより強力になり、さらに即効性を持たせたような効力の毒だ。
人間が刺された場合は瞬時に神経系が麻痺し、心臓発作と呼吸困難で死に至るだろう。
ゼクトルとウルガは魔物特有の驚異的な生命力でまだ絶命には至っていないが、最早戦闘への復帰は困難だろう。
物理攻撃に耐性のあるラムは飛び散った肉片を集めて再生していくが、ジャックが支配能力特有の意思疎通能力で後ろに退がらせた。
目を細めて嗤う皇蟲はガパァッと大顎を180度まで開き——
——ギィィィィィァァァァァアアアアアアアアアアッッッッ!!!!
空気の振動で辺り一帯の木の葉を揺らすような奇声を発した。
その直後、ジャックの魔力感知に無数の反応が引っかかる。
——ガサガサガサッ、バキバキッ!!
草木を踏み倒す足音や、木の枝をへし折る怪音と共に、無数の魔力反応が迫って来る。
——ギィィィィィッ、キッキッ、ギギィィッッ!
さらに聞こえてきたのは、異常に大きい虫の鳴き声のような音。
普通の人間なら恐怖で逃げ出す状況の中、現れたのは——自分が小さくなったかと錯覚する程巨大な蟲の大群。
まず正面から草を踏み倒して現れたのは百足のような見た目の、多足類の節足動物。
百足と書くにしろ、日本にも多く生息するトビズオオムカデであれば脚の本数は実際には21対42本で、1つの体節につき1対の脚が生えているのが普通だが、今ジャックの前に現れた巨大ムカデの脚は1つの体節から無数の脚が伸び、体節自体の数も多いため、リアルに100本程の脚が蠢いている。視力が弱いのは普通のムカデと同じらしく、ジャックの方に向けている触覚で獲物や敵を探知しているようだ。
——ガサガサッと大木の葉を揺らして上から垂れ下がってきたのは巨大で不気味な蜘蛛。
樹上棲の蜘蛛としてはありえないサイズだが、この巨木のジャングルならではの生態なのだろう。
見た目はアンティルピンクトゥーというタランチュラの中でも世界一美しいと言われている蜘蛛に似ているが、体色は影のように真っ黒で足先もピンクではなく濃い紫。よく見るとその足先からは同じく紫色の液体が分泌されており、垂れた滴が地面に触れた瞬間——ジュゥッと音を立てた。
地球のタランチュラの毒は炎症を起こす程度で意外に弱いのが一般的で、敵愾心も比較的弱く温厚な性格の個体が多いものだが、この化け蜘蛛に地球の常識は通用しなさそうだ。
——ブブブブブブッと大きな羽音を響かせるのは、殺人蜂。地球でキラービーと言えばアフリカナイズドミツバチのことだが、この世界では鷲のようなサイズの蜂型モンスターで、腹部末端から覗く毒針もアイスピックのように太く、針の先端は命中率を上げるためか三叉に分かれていてまるでフォークのようだ。
4枚の大きな翅を動かす飛翔筋も強く、秒間120回以上の羽ばたきで滞空する殺人蜂の直下ではヘリのような吹き下ろす風圧で木の葉が飛散している。
——カサカサカサッと地を這い、高速でジャックの周囲を移動している黒い物体は、バカでかいゴキブリ。
地球においてその姿は2億年以上前からほぼ変わらずに現代まで生存しており、誕生初期の時点で既に完成形に近かったという神に愛された生命体だ。
ゴキブリは自身の体重の50倍の咬合力を持っているが、それに加えてこの異界のゴキブリはクワガタのように大きく鋭い顎を備えている。
1秒間で体長の50倍もの距離を移動するスピードは、人間サイズで計算した場合時速300kmを超え、ほぼどんな環境でも餌には困らない雑食性と、飲まず食わずでも1ヶ月近く生きる生命力。罠を避ける学習能力や殺虫剤に耐性を備える適応能力。
その脅威の生物が今、怪物となって人間に牙を剥いている。
さらにザグンッッッと巨大樹の太い枝を切断した鋼鉄のような硬度と鋭さの鎌を前脚に持つ蟷螂、銛のようなストローを持つ蚊、巨大なカブトムシの幼虫のようなワーム等、巨蟲のモンスター達が次々と現れ、ジャックの周囲を取り囲んだ。
この一帯は皇蟲が支配する群生地だったようだ。
蟻の巣と同様——侵入者は排除されるのみ。




