第27話:魔法 vs. 化学(物理)
晃生が齎す無限のエネルギーによって全回復した6人が並び立ち、同時に片腕で起き上がったゴーレムがアスファルトの地面を踏み砕いて相対する。
「で、晃生。どうすりゃいい?」
「まずは灯真の炎であのゴーレムを焼いてくれ」
「焼いてくれったって……ありゃ岩だぞ。可燃物じゃねぇから打撃で攻めてたってのに……」
「いいから頼む。赤い炎でいいから、なるべく体全部だ」
説明している暇は無いとばかりに有無を言わさない晃生の眼に、脚を引くゴーレムが映る。
「蹴りがくるぞ! 避けろ!」
——ドゴォォォアアアアアアアアアッッッ!!!
家一つを蹴り飛ばすようなゴーレムの蹴りに対し、それぞれ高い身体能力で攻撃範囲外に退避した6人。
「まずは俺と木乃香、勇斗で灯真を援護するぞ! 氷堂さんは氷結が届く範囲で待機! 玉森さんは後退して最大出力の魔力弾をチャージしてくれ!」
指示を出した晃生が先陣を切ってゴーレムへと駆け——今の蹴りで軸足にしたせいで重心が偏っている左脚に対し、
——ッドォォォォオオンッッ!!!
速度を乗せた打撃でゴーレムのバランスを崩す。
すぐさまゴーレムの左右脇を駆け抜けた勇斗と木乃香がザキンッッ、ザキュッッと魔剣と魔爪でそれぞれ脇腹部分の岩石を斬りつける。
それでゴーレムのヘイトが晃生、木乃香、勇斗に分散した時、
「流石だなお前らッ!」
気付かれずにゴーレムの真上を取った灯真が晃生、木乃香、勇斗に叫び、真下へ両手を向ける。
「焼き焦がしてやるよデカブツッ!」
——ゴォォォォォォオオオアアアアアッ!!
灯真の手から火炎放射が放たれ、赤と黄が混じり合ったような炎がゴーレムの巨体を包み込む。
眩しいほどに燃える巨大な火柱に目を細める勇斗達も輻射熱に炙られ後退した。
広範囲に放つため放射角を広くとったこの大出力の火炎放射は、今の灯真の最大魔力量では数秒が限界。
だがその間反動で灯真は滞空し、火炎を放射し続けるのをやめない。
ゴォォオオッ——ボゥゥウッと魔力を出し切った灯真は上方向への運動エネルギーを失い、重力に従って落下する。それをさっきのお返しか、輻射熱を無視して近距離で待機していた晃生が跳躍してキャッチした。
「良い火力だ」
「ハッ、数秒しか持たねぇんじゃ情けねぇ。もっと鍛えるさ」
「頼もしいよ。灯真にはもう一回デカいのをかましてもらわなきゃだからな」
そう言って晃生は灯真の魔力を全回復させる。
「鬼かよ……」
疲れた傍から回復させて次の労働を強いる晃生に恨みの眼を向ける灯真。だが晃生の先に佇むゴーレムがその眼に映り、灯真は目を見開いた。
「なんだあれ……」
ゴーレムが、白くなっている。
「焼き焦がすつもりで燃やしたってのに……」
「いや、あれでいい。岩石の組成が変化したんだ」
ゴーレムの体は宿った魔力によって強化されているとはいえ、その材質は岩。
以前晃生と木乃香が初めて密林の中で横たわるゴーレムに遭遇した時、2人はそれをどこかピラミッドに似た石造建造物だと感じていたが、実際ゴーレムを構成する岩石の組成は一部のピラミッドにも使われている白色石灰岩。
石灰岩とは炭酸カルシウムを50%以上含む堆積岩のことであり、中でも白いものは炭酸カルシウムの比率が高いということ。
そしてそれは900度以上に加熱することでより白い生石灰へと変化する。
——今のゴーレムのように。
「組成が変化ァ……?」
「追試常連のとーまが分かるわけないじゃん。化学の話」
「う、うっせぇよ舞桜! で、変化したから何なんだよ晃生!」
「俺に八つ当たりしないでくれよ……次は2人の氷と炎で水を作り出してくれ」
「水……?」
——CaO(生石灰) + H2O(水) → Ca(OH)2 (消石灰)
生石灰は水と反応してさらに消石灰——水酸化カルシウムへと変化する。
消石灰は水に溶けて崩れる程脆く、そうなればゴーレムは到底その自重を支えることなど出来なくなる。
「ああ。あとは奴に水を掛ければゲームオーバーだ」
「……ま、難しい話は分かんねぇけど、やるしかねぇな。舞桜、出来るか?」
「もち! いくよ!」
——コォォォォォォォォォォッッ——パキッ、ピキッバキバキバキッッ!
舞桜から放たれた冷気がゴーレムを包み、その全身に氷が張っていく。
もし相手が生身の生物だったなら体温調節が追い付かず、急激に心室細動、呼吸麻痺を引き起こし生命活動を止めるだろう。
氷地獄——まるで冥府の川を渡ったかのように。
この氷は空気中の水蒸気から熱を奪って凝固させたのではなく、舞桜の魔力から変換されたもの。
そのため奪った分の熱エネルギーが周囲の気温を上昇させることはないが、今度は灯真が魔力を解放した影響で晃生達は熱気に包まれる。
今の舞桜の最大魔力量ではゴーレムの体積全てを氷漬けにして固定することは出来ず、表面を薄く覆っているだけの氷は関節部分から割られ、その巨体が動き出す。
「割られちゃうんだけどっ……!?」
「それでいい! 氷堂さんはどんどん氷を追加してくれ!」
氷は固定する為のものではなく、熱された生石灰の冷却と水を加える為の前準備。
(動きを止めるのは、俺の役目だ……!)
「私も手伝うよ! 晃生君」
「僕もだ」
言いながら、木乃香と勇斗が駆け付け、晃生と目を合わせて笑い合う。
左腕を高く上げたゴーレムは、拳をハンマーのように叩き付ける攻撃を繰り出した。
「弾き返すぞ! タイミングを合わせろ!」
(斬らずに殴る……!)
晃生が叫び、勇斗が岩を斬り裂いて衝撃が逃げないよう、『斬らない剣』に魔力を調整した直後、振り下ろされた大質量の鉄槌打ちを——ガキィィィィイイイイイイイイインッッッ!!
それぞれ超回復、霊猫、魔剣の魔力で強化された超人の身体能力での全力の迎撃。
晃生の言葉通り、ゴーレムの片方しか無い腕が弾き返され——ズズズゥゥゥゥウウウウウウウンッッッと自分の腕に振り回されたゴーレムが後ろへ倒れる。
すぐさま舞桜の魔力によって発生した氷が再度ゴーレムの表面を覆う。
「今だよとーま!」
「あァ! 任せろッ!」
——ゴォォォォォォオオオオオオオオオオッッッ!!
舞桜の氷結から一転、輻射熱だけで周囲を焦がすような火炎がゴーレムの巨体を包む。
灯真が魔力を送り込み続けることで、ゴーレムの体は氷が張り付いているにもかかわらず激しく燃え続ける。
地獄炎——まるで八大地獄の業火に焼かれたかのように。
だが今回は燃やすことが目的では無い為、灯真が魔力の供給を適切なタイミングで止めて炎を消した。それによって舞桜の氷が灯真の炎で溶け、ゴーレムの全身——生石灰の体が水に晒される。
シュウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥッと、生石灰——酸化カルシウムが水と化学反応を起こし、熱と蒸気を発生させながらゴーレムの体が表面からボロボロと崩れていく。
この酸化カルシウムと水を利用した発熱——消和反応は弁当の加熱式容器にも使われており、発火の心配はなくともその温度は100度以上。人間が直接触れるものではないため、
「玉森さん頼む。デカいのをぶち込んでやれ」
これを見越していた晃生が、魔力を装填して待機してもらっていた愛奏音にトドメを託す。
「ええ、任せて」
愛奏音が準備していたのは、魔力砲の並列装填。20発もの魔力の砲弾が空中に浮かんでおり、愛奏音がゴーレムにバッと手を向けると——ッッドドドドドドドドドドォォォォォオオオオオオオオオオンッッッ!!!
魔力砲の斉射——対戦車榴弾のような威力の20連撃が、起きようともがくゴーレムを襲う。
軍事演習のように粉塵が舞い、晃生達は目を細めながら顔の前へと腕を上げる。
「すっげぇ威力だ……!」
晃生が呟き、勇斗がコクコク頷く中、愛奏音はまだ魔力に余裕がある様子で衝撃に乱れた長い黒髪を整えている。
「中川君こそ、身体能力や回復力が高いだけじゃなく、頭脳明晰でもあるのね。凄いわ」
「あー、いや、化学が好きだっただけだ」
「謙遜すんなって晃生。今回あのデカブツを倒せたのはお前のお陰だ」
灯真と舞桜も晃生達の元へ合流し、改めて6人が揃ってゴーレムの姿を確認しようとした——その時。
舞い上がった煙の中からブワッと動き出したゴーレムが晃生達へと突進する。
「なッ!?」
灯真達が目を見開きながらも素早く身構える——その前に晃生は走り出していた。
「晃生君っ!?」
木乃香が心配そうな声で名前を呼ぶ。
愛奏音の魔力砲斉射である程度吹き飛ばされたとはいえ、化学反応を起こしたゴーレムの体表は消石灰へと変化し発熱しているとともに、皮膚や粘膜に触れると化学外傷を起こすほどの強アルカリ性となっている。
——だが。
(俺ならッ……!)
体表が脆く崩れてなお、深層部分はまだ反応が追いつかずに頑強なままの岩が健在となっているゴーレムは晃生の想定より高い運動能力を残していたが……
「お前がどんな魔法の力で動いてるのか知らないが——」
それでも、削れて厚みが減ったゴーレムに反し、この戦いの中でさらに強化された晃生の身体能力にかかれば——
「これが——化学の力だッ!」
——ドッッゴォァァァアアアアアアアアンッッッ!!!
ゴーレムの胸部、そのド真ん中に、風穴が空いた。
初撃の時と同じく拳速に走る速度を足し合わせて最大の運動エネルギーを生み出す晃生の最速最強の突進打撃が、ゴーレムの胴体を貫いたのだ。
……紛うこと無き物理の力だったが。
まるでゲームのダッシュ→Aボタンのように単純な技だが、晃生の超人的な身体能力で繰り出されればそれも必殺技へと変わる。
ゴーレムは脆くなった体表部分を支える内骨格のような役割をしていた深層部分の岩石を大きく損傷したため、そこから亀裂が全身に波及していき、自重を支えきれずに——ドズゥゥゥゥウウウウウウウウンッッと今度こそ完全に崩壊した。
晃生は体に付着した消石灰の水溶液を事もなげに払い、少し爛れた皮膚を超回復で治しながらみんなの所へ戻っていった。




