第26話:vs.上位個体
勇斗達がゴーレム相手に攻めあぐねている一方で、木乃香達も魔物と激戦を繰り広げていた。
ジャックの能力によって全ての個体が高い知能を獲得しているためだ。
だが苦戦してはいても木乃香達はまだ傷一つ負っていない。
普通の猫でも人間より視野が広いが、木乃香が異界で遭遇した霊猫は普通の猫よりもさらに広大な視野と高い空間分解能を有しており、その能力を受け継いだ木乃香も自分を囲むリザードマンの位置と動きを正確に把握しながら戦えていた。
「はぁっ!」
霊猫化した木乃香がリザードマンの群れへと果敢に攻撃を仕掛け、両手を覆う魔力で形成した猫爪でザグンッッと容赦なくリザードマンの鱗を斬り裂いていく。
その間舞桜はオーク達を引きつけ、攻撃を氷壁で阻みながら突き出す氷柱槍で敵を貫き屠る。
それぞれの戦闘中に多対1で襲い掛かろうとする個体には愛奏音が魔力弾で援護射撃を行い、2人に近付けさせない。
舞桜がさっきのゴーレムへの全力の氷縛でかなりの魔力を消費し、大規模の氷を生み出せなくなっているにも関わらず、3人ともが連携しながら上手く立ち回れていた。
愛奏音の魔力弾で弱ったリザードマンとオークの足元を舞桜が凍らせて足止めし、木乃香が2体まとめて引き裂く。
200体以上いた群れは既にほぼ掃討しており、残るは——2体。
リザードマンとオーク1体ずつを残すのみ。だが、この2体はさっきから愛奏音の魔力弾を躱し、あるいは被弾してもさほどのダメージを受けていない。
(残りの2体、他のより強い……)
接近戦で戦っている木乃香もそれを感じ取っており、この最後の2体に意識を集中させる。
それぞれが元々群れの長として君臨しており、ジャックがリザードマンの方をレクトル、オークの方をオルガと名付けている上位個体だった。
向かってくる2体に対し、まずは愛奏音が自身の周囲に生成した魔力弾の斉射で迎え撃つ。
関節などの弱点を狙った狙撃弾も織り混ぜるが、レクトルは通常の爬虫類よりも遥かに硬い鱗で、オルガは強靭な毛皮と分厚い皮膚で受けながら、全く怯むことなく突撃を続ける。
鈍重なパワータイプのオルガには氷の壁と鋭い氷柱の槍を生み出せる舞桜が、瞬間的に素早い動きを見せるレクトルにはより素早い木乃香が相対し、愛奏音は距離をとって遊撃に回る。
(あの人型の猪みたいなモンスター、一撃の威力が高い……)
脅威度からレクトルに4、オルガに6と意識の割り振りを決めた愛奏音は、効果の薄い魔力弾を顔中心に狙いを付けて牽制と目眩しに放ちながら魔力砲を溜め始める。
その魔力弾を躱しながら距離を詰めてきたレクトルを素早い動きで翻弄する木乃香が爪での斬り合いに応じる。
舞桜は迫るオルガの足元に氷を張り、摩擦係数を減少させてその巨体の動きを極端に制限した。そして自身はスケート選手のように上手く体勢を保ちながら滑り、オルガとすれ違うように通り過ぎながらその左肩に触れる。
さらにスケーティングで再度接近する舞桜に対し、オルガはガァァァァァッと吠えながら殴り付けようとするが、その左腕が、上がらない。
その隙に舞桜が右肩に触れながら通過した。
舞桜が触れた右肩には氷が張り付き、皮膚は毛皮の上からでも分かるほど蒼白になっている。
先程触れた左肩は既に重症度第4度の凍傷まで達し、血行障害によってその皮膚は紫色から異常な程急速にドス黒く変色していく。
——凍掌。
触れたものを凍らせ壊死させる、死神の手。
両腕とも肩から先が動かせなくなったオルガは氷で足を滑らせながら手をつくことすらできなくなり、もはやまな板の上の鯉となった。
一方で互いに高い瞬発力と鋭い爪で斬り合う木乃香とレクトルの戦いも決着が近付いていく。
素早さで上回る木乃香に爪撃を見舞われながらもレクトルは通常のリザードマンよりも硬い鱗で防ぎ、あるいは急所を避けて受けきった。対し木乃香はレクトルの引っ掻きや噛み付きを全て躱し攻撃を続ける。
そしてその攻防の中で、奇妙な出来事が起きていた。
ゴーレムが倒れた際に発生した震動で攻撃チャンスを逃したり、ゴーレムの攻撃によって飛散した瓦礫が飛来したりと、レクトルだけ不自然な程に度重なる不運に見舞われるのだ。
木乃香の脳裏に、晃生を助けに入った時にホブゴブリンが足を滑らせた光景が浮かぶ。
異界で遭遇した化け猫の魔力特性——『不吉』
自身の魔力によって影響を与えた相手に不運を齎す超特殊属性を木乃香は受け継いでいた。
そしてそれは木乃香との魔力量の差が大きい程に効果は増大する。逆に言えば自身より魔力量が多い相手には通用しない。
(これも、あの猫さんがくれた力……? すごい……!)
能力を理解した木乃香はより大胆にレクトルの間合いへと踏み込み、トドメの魔力爪を構える。
後ろに引いて躱そうとしたレクトルは足元に運悪くあった瓦礫に足を取られ——ザシュゥッ!
——ギェァッ、ァァッ!
奇声と共にブシュゥゥッと血を噴き出してレクトルが倒れる。
愛奏音の援護射撃は必要無かった……かと思いきや、野生のしぶとさでまだ意識を保っていたレクトルとオルガが2体同時にバッと動き出し、4足で地を這うように駆け出した。
(逃がさない……!)
瞬時に反応した愛奏音は、既に位置取りしていたレクトルとオルガの直線上から、装填していた魔力砲を放つ。
——ッッドォォォォオオンッッ!!!
以前のものよりもデカい、直径40cm程の真球形をした純粋な魔力エネルギーの塊がアスファルトを削りながら着弾し、レクトルとオルガを呑み込む爆発を起こした。
爆炎が晴れた後、倒れたリザードマンとオークが動くことはなかった。
♢
——ゴァァァァァァァァァァァァッッッ!!
ゴーレムの咆哮と共に、巨大な拳が振り下ろされる。
狙いは晃生、灯真、勇斗。3人まとめて叩き潰すコースだ。
「「「ッぉぉォォォオオオアアアアッッッ!!!」」」
——ッドォォォォォオオオオオオオオオオンッッッ!!!
マンションが高高度から高速で落下してくるような攻撃を、3人同時の迎撃で弾き返す。
「くそッ! 耐えてるだけじゃ埒が明かねぇぞ。どうやったら倒せんだよこいつッ!」
「俺がゴーレムの注意を引く。2人はとにかく攻撃しまくって突破口を探ってくれ」
防戦一方な展開に痺れを切らす灯真に対し、晃生がそう提案する。
「でも晃生君、あの打撃を1人で引き受けるなんて……」
「大丈夫だ。俺の能力ならそれが一番適役だ」
勇斗が心配して声をかけるが、晃生は大質量の攻撃を相殺する際に破壊される肉体を超回復でさらに強化しようと考えていた。
「はッ、最初の一撃を1人で止めて見せたんだ。信じるぜ」
「ああ、任せろ」
「ならこっちも任せてくれ。必ずぶった斬って見せる」
チャキッと勇斗が構えた魔剣が、キィィィィィンっとこれまでよりも濃い魔力を込められて青い輝きを強める。
「よし、行くぞッ!」
ドンッッッと地面を砕くように蹴った晃生が走り出し、そのままの勢いでバゴォォォォォオオンッッッとゴーレムの腹部を殴り付けた。
強烈な衝撃に上体を揺らされたゴーレムは1歩後ろへ退がらされる。
晃生はすぐさまゴーレムを蹴って離れ、次の反撃に備え助走距離を確保した。
目論見通りヘイトが晃生へと向き、再度放たれるゴーレムの必殺必死の巨大な拳。
瞬時に晃生が駆ける。
ここまでの攻防で既に身体能力を上昇させていた晃生は初撃を止めた時よりも短い助走での迎撃を可能としていた。
ドォォォォォォォオオオオオオオンンッッと放たれる轟音と衝撃。晃生が止めたゴーレムの腕を横目に、灯真と勇斗が駆ける。
伸び切ったゴーレムの腕、その付け根近くで魔剣を振りかぶった勇斗は、さらに剣へと魔力を込める。
(——また、声が聞こえる……気がする。ここを斬れって……!)
それは錯覚などではなく、魔力を通して勇斗に伝わる、剣の記憶。
ゴーレムのように意思は芽生えずとも、その剣の魔力は過去乗り越えてきた戦闘の経験を蓄積しており、持ち手に剣筋を想起させる。
ゴーレムの巨体に宿る膨大な魔力で強化された岩の肉体。だが感覚を研ぎ澄ますと、全体を覆っていた魔力が今は拳に集まっていることが分かる。
勇斗が見据えているのは、肩の付け根。
(今なら斬れる!)
——ザキィィィィィンッッッ!!
勇斗のイメージによって延伸した刃が目にも止まらぬ速さで振るわれ、ゴーレムの太い腕を通過する青い軌跡を描く。
次の瞬間——ズズゥゥゥウウウンッと切断された巨大な腕が轟音と煙を上げて崩れ落ちる。
さらに飛翔した灯真がゴーレムの胸部の前で拳を構え、
「ブッ壊すッッ!」
——ッドドドドドドドドドドドドゴォッッッ!!
温度が上がった黄色い炎による熱噴射で加速させた拳を高速で連打する。
熱を纏った打撃は破壊力を増し、一撃ごとにゴーレムの硬い岩石を抉ってその破片を飛び散らせる。
「ぉぉォォォラァァァァアアアッッッ!」
——ドッゴオオオオォォォォォォンッッッ!!
連打後、トドメとばかりに灯真が放った右拳による打撃が強烈な爆炎と衝撃を生み、連打時に後方へ反らしていたゴーレムの上体を完全に転倒させる。
——ズズズゥゥゥゥウウウウウウウンッッッ!!
地震のような震動と地鳴りを伴って、マンションが倒壊するようにゴーレムが倒れる中、空中にいる灯真はその震動の影響を受けずに晃生と勇斗の所まで退がる。
「見たかよ俺の威力!」
「ああ、凄かったよ。僕も負けてられない」
「謙遜すんじゃねぇよ。お前もあの硬ってぇ岩よくぶった斬ったな」
灯真と勇斗は互いを認め合うが、片腕を落とし、胸部を多少抉ったところでゴーレムの圧倒的質量は健在。
痛覚も存在しないその岩の巨人はすぐに左手と両脚で起きあがろうと動き出す。
そんな中、晃生は足元に転がってきたゴーレムの岩の破片に注目していた。
(白くなってる……?)
それは、先程の灯真の猛攻撃で砕け散ったもの。
元々少し白っぽかったゴーレムの体を構成する岩が、熱を帯びてより白く変色していた。
晃生がその破片を拾うと、まだ熱を持っていた為ジュゥゥッと手の皮膚が焼けるが、痛みと熱に耐性がついている晃生は少し顔をしかめただけでその白い石を離さず、火傷を回復させながら観察する。
(これは、生石灰……? そうか、これなら……!)
晃生の脳裏に、勝利への活路が見出される。
「こっちは片付いたよ! そっちのデカいのはどんな感じ?」
そこでタイミング良く、舞桜の問いかけと共にリザードマンとオークの群れを討伐した女性陣が晃生達の元へ合流する。
「丁度良い。灯真、お前と氷堂さんの能力があれば勝てる」
「なんか思い付いたのか?」
「ああ。全員、デカいのをかます魔力は残ってるか?」
晃生の問いに、5人とも首を横に振る。
「うちはとっくにカツカツだよー」
「俺もさっきの連撃でかなり減っちまった。最大火力は出せねぇぞ」
特に今からの作戦に必要な能力者——灯真と舞桜が魔力不足という申告を受け、晃生が回復の魔力で自身を含む6人を包む。
「すごい……傷や体力だけじゃなく魔力まで回復するなんて……!」
初動でゴーレムの足止めにかなりの魔力を消耗していた舞桜が驚愕の声を上げる。
晃生の能力が及ぼす回復は大気中に漂う魔力を吸収させる魔力量の回復も含む。
その超回復は魔力を消費して発動させるが、消費した晃生自身の魔力もまた超回復によって元通り、いや、元の魔力保有量を超えて回復する。
世界から魔力が消滅しない限りほぼ無尽蔵の魔力を自身と仲間に齎すものだった。




