第22話:王の怒り
ジャック・ライアン。
そう自分に名前を付けた男——中川晃生と共にゲートを潜って地球を見た時、彼は記憶の断片を思い出していた。人が魔物を支配する世界で、あの時と同じ空間を繋ぐゲートから追放された事を。
元の場所がどこかまでは思い出せていないが、地球にはゲートが開かなければ魔力は存在せず、魔物もいなかった。つまりあの晃生達の世界は間違いなくジャックにとっての異世界だった。
それが分かったジャックはこの世界のどこかに自分が元いた国があると思い、こっち側へ戻ってきたのだ。
記憶を取り戻す手掛かりとして国を探すことにしたジャックは、ドラゴンの背に乗って大空を飛び回っていた。
そのドラゴンは晃生が以前撫でていた幼竜で、倒した魔物を喰らうことで魔力を得て成長し、今ではジャックを乗せて飛べるまでになっていた。
自分が晃生に名付けられた影響もあり、ジャックはそのドラゴンにダイナと名前を付けた。
ダイナは巨体に成長したがドラゴンにしては細身で、その分機動力に優れている。
だがその高速飛行をもってしても、晃生と別れてからの約2ヶ月間で国らしきものは見つけられずにいた。
そもそもジャックが拠点にしているゴーレムの周囲は巨大樹が生い茂る密林で、上空からだとほぼ木の葉に覆い隠されているのだ。
北に向かうとその密度がさらに増し、東西へはしばらく飛ぶと辺り一面が海となった。
今日は南側を探索してみたが、北よりも木の密集度合いがマシになる程度で文明は発見出来なかった。
「よし、戻れダイナ」
相変わらず自然しか見えない景色に嫌気が差してきて、拠点に戻ることにしたジャック。
ダイナの巨大な翼がバサァッと羽ばたき、悠々とした旋回でUターンし引き返していく。
(明日からは海を渡ることも考えてみるか……)
まばらな雲と同じ高さを飛ぶダイナとジャック。その背から見下ろす大自然のどこかに自分の故郷があるのだろうか……そんなことに思いを馳せながらしばらく飛ぶと、ゴーレムが横たわる拠点が近付いてくる。
だがそこに異変——煙が上がっているのが見える。
(何だ……? アイツらに炎系の能力はなかったはずだが……)
ジャックと魔力的に接続し配下になったことで火を起こす程度の知能は持っていても、それを実行する必要性はないはずだ。
「急げダイナッ!」
——ゴァァァッ!
ジャックの命令に一鳴きして応えたダイナは急降下して速度を上げ、一気に拠点付近へと着陸する。
——ドォォォォオオオオンッッ!!
ドラゴンの巨体が地震のような振動と轟音を周囲に放つ。
宙に舞った土煙が晴れ、ジャックの眼に映ったのは——千切られ、燃やされ、踏み潰されたスライム達。
人間達が配下の魔物を虐殺していたのだ。
眼から光を失うジャックのドス黒い感情と共に、制御を失った膨大な魔力が溢れ出る。
——ゴォォォォォォオオオオオオオゥッッッ!!!!!
ダムが決壊するように一気に放たれた魔力が暴風のように駆け巡り、木々や大地、空気中の全分子までもが震えるような錯覚に襲われた人間達は恐怖のあまり戦意を失った。
「——死ね」
そして、ジャックの蹂躙が始まる。
♢
時は少し遡り、地球——日本にある、とある警察署内の留置場。
覚醒者の出現以降増加する異常犯罪に対応し、収容者が入る居室を増やしていたこの署内では、現在41名の未決拘禁者を留置している。
殺人未遂という罪を犯した一己はウェアゴブリンの一件の後、ギルドから派遣されてきた能力者に捕らえられ、現在ここで身柄を拘束されていた。
一己と共に勇斗を見捨てた亮は勇斗に直接手を下してはいないが、共犯者であるため別の留置場へ連行された。
(クソがッ、何で俺がこんな目に……! 全部あの陰キャ野郎のせいだッ! 次会ったらぶっ殺してやるッ……!)
一己は檻の中で床に座りながら逆恨みを続けていた。
同室には一己以外にも4人の男がぶち込まれている。
ここにいるのは拳銃への対処ができないレベルの犯罪者に限られているが、いずれも覚醒した能力に溺れて罪を犯した者達で、皆高い身体能力を有している。
一己もまた覚醒後の全能感に呑まれ、どう脱獄しようかと考えていた時……目の前の空間が歪み始め、次の瞬間——鉄格子の向こうで巨大なレンズのようなものが形成された。
(なんだ……!? )
2ヶ月前から各地で発生している異界に繋がるゲート。それが偶然にも、この留置場に出現してしまった。
「これは……これが、ゲートってやつか……!」
最近のテレビではその事ばかりが放送されているため、一己は目の前に現れたモノが異世界へ通じるゲートだと確信する。
他の檻に入っている囚人も気付き、留置場内がざわつき始めた。
それぞれ壁にもたれたり寝転んだりしていた一己と同部屋の3人も立ち上がり、鉄格子の扉へと近寄ってゲートを食い入るように見つめる。
「なぁ、これ……あそこから逃げられるんじゃねェか……?」
監視カメラで見られている為、すぐにでも看守が駆けつけるだろうが、数歩進むだけで留置場どころかこの世界の外へ逃げられる。異世界まで捜索範囲が及ぶことはない。
他の部屋の囚人達もすぐその考えに至り、ガシャガシャッ、ガァンッ、ガゴォンッと扉を破壊しようと暴れ始める。
「俺達もこの扉ぶっ壊すぞッ!」
「ああ! 急げ!」
一己達も扉を蹴り始めたところで、
「おいお前ら! 何してるッ! 大人しくしろッ!」
監視カメラを見ていた看守と轟音を聞きつけた警官が駆け付け、囚人達を逃がさないようにゲートの前を陣取って警棒を構える。
だがそこで——ドガァァンッッッと檻の1つが破られ、中にいた4人の囚人達が解き放たれた。
さらに次々と檻が破られていき、収拾がつかないと判断した警官が拳銃に手を伸ばすが、後ろから襲い掛かった囚人に頭を殴られて昏倒してしまう。
本来覚醒者用に強化された檻房の扉の鍵はそう簡単に破壊できるものではないが、元々高い身体能力を有している魔力覚醒者達が死に物狂いになったことで設計時の計算を超えたのだ。
この混乱状態でもなければ拳銃で対処出来たはずだが、倒した警官から奪った拳銃を乱射する者や、その警官を盾にする者もおり、後から駆け付けた警官達も下手に動けない。
この隙に乗じて一己達も檻を破壊することに成功し、他の囚人達に続いてゲートの先——密林が広がる異世界へと逃亡した。
右も左も分からないまま、追っ手に捕まらないためにとにかくゲートから離れるよう移動していく囚人達は、少し進んだところで奇妙な光景を目にする。
ピラミッドに似た材質の巨大な四角い石造建造物が密林の中に現れ、その周囲ではスライムが群れをなしていたのだ。
それを見た一己はあることを思い付いた。
「なぁ、コイツらをぶっ殺せば経験値が入ったりするんじゃねぇか?」
(きっとそうだ……勇斗ごときがあんなに強くなってやがったのも、こっちで経験値を稼いだからなんだ……!)
「はぁ? んなゲームみてぇなことがあるかよ」
一己と同部屋だった他の囚人が疑問を呈するが、
「コイツら自体ゲームのモンスターみたいなもんだろ。間違いねぇ」
憶測でしかないにも関わらず、一己には既に目の前の生物達が経験値の数字にしか見えていない。
「……まぁ、違ったところでここじゃ何の問題もねぇな」
「確かに、経験値とやらの信憑性は疑わしいが、俺も自分の力を使いたくてウズウズしてンだ」
「……それもそうだな。面白そうだ」
襲ってきてもいない生き物を殺すことに何の躊躇いもない囚人達はバキバキと拳を鳴らすと、スライム達へと襲い掛かった。
スライムは外敵に襲われた時の習性で体内で産生した酸を飛ばして身を守ろうとするが、一己達はそれぞれが高い身体能力を持つ魔力覚醒者である為、簡単に躱されてしまう。
放酸が効かない相手には、他の攻撃手段も持たず移動速度も遅いスライムではなす術もなく、次々と踏み潰され蹴り殺されていった。
——ピギィぃッ、キュッ、キュ゛ゥゥッ!
どこから発声されているのか、スライム達の悲鳴のような鳴き声が響く中、それを無視して囚人達がグチャグチャとスライムを潰し続ける。
だが蹂躙されていくスライム達の中で1匹だけ、踏み潰しを避けた素早い個体がいた。他の多くの個体と違い、黄玉のような黄金のスライムだ。
「なんだコイツ……スライムの分際で避けてんじゃねぇよッ!」
作業ゲー感覚のつもりで虐殺していたスライムに攻撃を躱されたことでイラついた囚人の1人が追い討ちをかけようとした時、黄金スライムが他の個体よりも飛散速度の速い放酸を吐き出した。
それが囚人の脚にかかり、ジュァアアアアアッとズボンだけでなく皮膚の深部までをグロテスクに溶かしていく。
「ぐァァアアアアッ! 痛ぇッ! 痛ぇよォッ!」
「くそッ、コイツは他の奴と違ぇぞッ! 近づくなッ!」
立てなくなってのたうち回る男を見て警戒した他の囚人達は、距離を取ったまま拾った石を金色のスライムに投げつける。
——キュイッ、ピギィッ!
放酸の飛距離自体は長くない為、遠距離から攻撃されるとスライムはどうしようもなく、蜂蜜のようなスライムボディの肉片が水滴のように飛び散った。
さらに囚人達の中には火炎系の能力者も混ざっており、小規模だが火球もぶつけられ、黄金スライムは徐々にダメージを蓄積していく。
「はっははははァッ! 所詮はスライムだなァ! ビビらせんじゃねぇよザコがッ!」
再び調子づいた囚人の1人——角刈りで巨漢の男が声を上げて笑いながら金色のスライムにトドメを刺そうとした時、ガサガサッと茂みをかき分けるような音が聞こえ、振り向くとそこには1体ずつのリザードマンとオークがいた。
「へぇ、ちょっとは楽しめそうな奴が出てきたなァ」
リザードマンの縦長の角膜と、オークの良く利きそうな鼻が囚人達へと向けられる。
——ギェエエエエエエエエエッッッ!!!
——ゴァアアアアアアアアアッッッ!!!
他種族でも仲間意識があるのか、スライム達が殺されているのを見てまるで怒ったように叫んだ2体のモンスターが囚人に突進していく。
「所詮動物だな。馬鹿みてぇに突っ込んでくるだけかよ」
巨漢が2体の突進を跳躍して躱し、動きが止まったリザードマンの背後から襲い掛かった一己が岩で頭を殴りつける。
ギェ゛ッと上がった短い悲鳴と共にリザードマンが倒れた。
オークに対しては囚人の1人が警官から奪っていた拳銃で両脚を撃ち抜き、四つ這いになったところを見てゲラゲラと笑っている。
「ハハハハッ、獣はその格好がお似合いだぜッ!」
ダメージを負って動けない2体を全員でリンチにする囚人達。
——ギェェェェエエエァッ!
鱗を剥がされ、毛を毟られ、骨をへし折られた魔物から悲鳴のような奇声が発せられるが、囚人達は暴行をやめることなく、むしろ踏み付けや蹴り付けの激しさを増していく。
リザードマンもオークも決して弱くはないが、多勢に無勢だったことに加え、拳銃で脚をやられればどうしようもなかった。
囚人達は飽きたのか、リザードマンの首を捻り、オークの口に枝を突き刺してトドメを刺すと、何が面白いのかまた高笑いをした。
「ハハハッ、トカゲと豚ごときが、人間様に勝てるとでも思ったのかよッ」
「でも結局経験値なんてもんは無かったじゃねぇか」
「まぁいいだろ、結構楽しめたんだしよ」
「次は人間相手にやりてぇもんだ」
ギャハハッと囚人達が下品に笑っていると——
ガサガサッ、ガサガサガサッと茂みをかき分ける音が近付いてきた。
囚人達はバカ笑いをやめて警戒するような目つきで辺りを見渡すと、リザードマンとオークの群れによって一帯を包囲されていた。
さらにはその中に明らかに他の個体よりも強そうな上位種が1体ずつ紛れている。
「お、おい……流石にこの数はヤベェんじゃねぇか?」
焦り始めた囚人達をさらに追い込むようなタイミングで——
——ドォォォォオオオオンッッッ!!!!
上空から、何かとんでもなく巨大なモノが落ちてきて、大地と大気を揺らす衝撃が周囲の木々を薙ぎ倒した。
(何だッ、隕石かッ……!?)
土煙の中からまず見えてきたのは、大きな翼。その翼がバサァッッと羽ばたかれ、土煙を吹き飛ばしたことによってソレの全貌が明らかになる。
ティラノサウルスを一回りも二回りも巨大化したような体躯で、プテラノドンのような形の翼を広げた翼開長は20mにも及ぶ。
前脚はティラノサウルスよりも発達して爪での攻撃に特化し、バランスを取るためか尻尾はかなり長く蛇のように蠢いている。
巨大な顎には怪獣のような乱杭歯が不規則、複数列に並んでおり、グロロロロロロァァッッと威嚇するように喉を鳴らした。
(あ、ぁあ……何だ……このバケモンは……ッ!)
さらによく見るとその怪物の背には人が乗っており、そこから竜の前へと降り立った。
「何なんだ……お前らはッ……!」
強烈な怒気を孕む低い声とともに、膨大な魔力に載せた殺気が波動として放たれ、誰も、何も答えられない。
蛇に睨まれた蛙のように、竜に睨まれた人間は動くことすら出来なかった。
覚醒後に魔力を知覚出来るようになっている一己達には、竜の前に立つ男がその竜よりも大きく、強大な存在に見えていた。
「立てゴーレム」
——ゴゴゴゴゴゴゴゴァァッッ!!
さらに一己達にとって絶望的なことに、そばにあった巨岩がその男の命令で動き出し、立ち上がった。岩でできた巨人のようなソレは地鳴りのような足音を立てて男の背後に回り、ドラゴンと並び立つ。
その恐怖に、バッと一己が逃げ出した。それを合図に他の囚人達も一目散に走り出す。
「逃すか——ダイナ」
ゴォォォォオオオオオオァァァァッッとドラゴンの口から炎のブレスが放たれ、多くの囚人を焼き殺していく。
一瞬早く駆け出した一己は背中を炙られながらも何とか助かったその体を必死に動かし、走り続ける。
一己の能力は呼吸器系の強化。ガス交換効率の上がった肉体は全力疾走などの無酸素運動でも長時間の持続を可能とする。その逃げ足によって一己は世界を繋ぐゲートへ一直線に駆けて行く。
——ブワァァッッッ!!
——ズドォンッッッ!!
背後から突風を巻き起こすドラゴンの羽ばたきと大砲の着弾音のようなゴーレムの足音が響き、一己は恐怖に竦む脚を必死に動かしながら走り続けた。




