第20話:ウェアゴブリン
現場に着いた愛奏音と勇斗は、暴れるモンスターを見て驚愕する。
爬虫類のような鱗で覆われた3mを超える体躯。パトカーを軽々とひっくり返すパワー。
——ギャァァアアアアゥッ!
空気中の分子が暴れ回るような咆哮が周囲の人間の鼓膜を震わせ、恐怖心を伝播させる。
勇斗がこの2ヶ月で倒してきたどんな魔物より、明らかに格上の相手。
(なんだあの怪物……まるでティラノサウルスが人間と合体したみたいだ……!)
目の前で暴れるモンスターは、恐竜が絶滅しなかった場合の進化形と言われる人型恐竜 にも似た姿の怪物だった。
かつてヒトでありゴブリンを取り込んだソレは、言うなれば——ゴブリン男。
距離を取ったパトカーの中には愛奏音の父、玉森警視長が現場に来ており、無線で指示を出している。その他の警官が拳銃の有効射程距離である50mの内側——10mの距離まで接近し銃撃を連ねるが、銃創は約5秒という驚くべき速度で再生してしまう。
対しウェアゴブリンはパトカーの車体下に手を入れ、一気にひっくり返した。強烈な勢いで転がる車は警官5人を巻き込んで民家へと突っ込み、タンクから漏れ出たガソリンに衝突火花が引火して爆炎を放つ。
転がった車に視線を誘導された時、玉森警視長が今この場に来てしまっている娘を発見し、慌てて車から飛び出す。
「愛奏音! 勇斗君まで……来るなと言っただろう! 2人が魔素の適合者であることは知っているが、まだ子供だ。今すぐ帰るんだ!」
父として、大人として、警官として、子供を危険な目に合わせないようにと叱る総一郎。だがそれに対し、何か言おうとする愛奏音を制し勇斗が1歩前に出る。
「総一郎さん。今いる警官の中には能力者がいないんじゃないですか? 銃撃している警官を下がらせて、周囲の避難に回らせて下さい。あのレベルの魔物には魔力がないと太刀打ち出来ない」
「だからと言って子供を危険に晒す訳にはいかない! 既にギルドに応援要請を出している! 到着まで我々警察が時間を稼ぐ!」
逃げ遅れている市民や、呼びかけを無視して興味本位で観戦する人達に被害が出ないよう、警官達は銃撃を続けて怪物の注意を自分達に向けさせようとしている。だが、ウェアゴブリンの鱗の強度が高く、射角によっては弾かれ、垂直に撃ち込んでもすぐに傷が再生される。
「失礼ですが、警官だけでは時間稼ぎもできず全滅してしまいます。僕が行かないと——」
こうしている間にも被害が拡大する。それが分かっている勇斗がこれから自分と怪物の戦場になるこの場から、警官とは言え無能力者を巻き込まないように下がらせようとするが、総一郎は簡単に折れない。
さらにそこで、予想外の事が起きた。
「はっはーッ、役立たずの警官は引っ込んでろッ! 行くぞ亮ッ!」
「おうッ、ぶっ殺してやるか!」
三浦一己と夏目亮。先程能力に覚醒したと豪語していた彼らが警官の陣形に無理やり割って入り、ウェアゴブリンへと向かう。
(あの2人、なんでッ……!)
銃撃している警官の中には三浦警部もいた。その息子である一己も愛奏音と同じように父から電話で避難するようにと忠告されていたのだ。だが逆に自身の能力を見せつける場だと考えた一己は一緒にいた亮とともに現場へと来てしまった。
「一己! よせ!」
父である三浦警部の制止を無視して一己は怪物へと走り出した。
(くそッ……!)
事ここに至って、勇斗も駆ける。
「勇ちゃん!」
「愛奏音ちゃんはそこにいて!」
一己と亮は10倍の身体能力で一気に距離を詰め、その勢いのまま渾身の力で殴る。
だがゴブリンの硬い鱗と恐竜のような筋肉に阻まれ、数cm後ろにズリ下がらせただけで終わった。
「は?」
「ウソだろ……」
驚く2人にギョロついた眼を向けたゴブリンは左右の爪を十字に振るう。
——ガスンッッッ!
戦力差に気付いた2人が絶望に脱力し、尻餅をついたおかげで空振った両爪がアスファルトを斬り裂く。
「ひっ!?」
「うわぁ!?」
情けない声を上げた2人は敵に背中をまる見せにして一目散に逃げていく。
だが、車両総重量およそ2tのパトカーを軽々吹き飛ばすウェアゴブリンの巨体は人間の30倍にまで身体能力が向上しており、鬼ごっこにならない。
すぐに追いついたゴブリンはまず一己へと迫り、ナイフのような爪を振るうが——ギィンッッッと金属のような音が響き、割って入った勇斗の魔剣が斬り結ぶ。
勇斗は剣を抜いていない状態では単なる魔力持ちの3〜4倍程度の身体能力しかなかったが、抜剣した途端に剣に凝縮された魔力が再び解放され、常人の30倍程の能力へと跳ね上がった。
半ば剣に導かれるように振るった刃は自然とゴブリンの爪を防いでいたのだ。
だがそこで、勇斗の背中にドンッと衝撃が——
「なっ!?」
「ハハハッ、陰キャもたまには役に立つじゃねぇか! 俺らの代わりに死んでくれるなんてよォ!」
それは、一己が勇斗の背中を蹴った衝撃だった。
「今だ逃げるぞ!」
「あ、ああ!」
ゴブリンの足元に倒れた勇斗を囮にし、一己と亮は再度走り出した。
(なんてことを……!)
2人に文句を言う暇もなく無慈悲なゴブリンの脚が踏み潰そうと迫る。勇斗はすぐさま体を仰向けにして左手を添えた剣の腹で受けるが、あまりの重量に背中をつけた地面にビシッッと亀裂が走る。
「ぐッ、ぅぁあッ!」
お互い身体能力はほぼ互角。だが質量差で負けている勇斗が圧倒的に不利であり、この体勢を覆すのは——
——ドドドドドドドドッ!
1人では不可能だった。
「勇ちゃん!」
愛奏音が放った魔力の弾丸が雨のようにゴブリンを撃ちのめし、体勢が崩れた隙に勇斗が脚元から脱出し立ち上がる。
「ありがとう! 愛奏音ちゃん。助かったよ」
2ヶ月前よりも魔力の扱いに慣れた愛奏音は、今では指を銃の形にしたイメージを必要とせず、自身の周囲の空間に魔力弾を生成し発射することまで可能となっていた。
「もう私だけ下がらせるのはなしよ」
「わ、分かったよ……」
魔力の銃と剣で、2人でなら、戦える。
だが、逃げる獲物を追う習性でも引き継がれているのか、ウェアゴブリンは一己と亮を追いかける。
「なんで……待てッ!」
勇斗と愛奏音もすぐに追いかけるが、すぐには追いつけない。
(これじゃ撃てない……!)
愛奏音とウェアゴブリンを結んだ直線の先には逃げる一己と亮がおり、魔力弾を放つのを躊躇う愛奏音。
ゴブリンは通り道にある車や民家を破壊、あるいは吹き飛ばし、瓦礫を飛び散らせながら進み、警官や遠巻きに観戦していた民間人にまで被害が及んでいく。
(これ以上は暴れさせないわ……!)
ここで斜めに走って射角をとった愛奏音が立ち止まって銃の形にした手を構える。精密な狙撃には構えた方が魔力の弾道をイメージしやすいと判断したためだ。
そして片目を瞑って一呼吸、冷静に狙いを定めた愛奏音は——パァンッと弾丸を放つ。
狙撃弾——脚に命中したレーザーのような魔力エネルギー弾がゴブリンの姿勢を崩し、そこで追いついた勇斗が魔剣を振るう。
多くの魔力を込めた斬撃は尻尾を斬り落とし、急にバランスを失ったゴブリンが前方へ転倒する。
その隙に前へと回り込んだ勇斗が立ち塞がって剣を構え、愛奏音も勇斗と直線に並ばないようゴブリンの右側に立つ。
立ち上がったゴブリンもようやく2人を敵と認めたか、ギャァァァアアアッッと奇声を発し、勇斗に視線を移した。
斬り落とされたアナコンダのように太い尻尾がビチビチと動き回る中、ゴブリンの背部では切断面からすぐに尻尾が再生されていく。
(めちゃくちゃな生物だ……でも、多分あの再生力は魔力に依るもの。削りきれば勝てる……!)




