第18話:炎の魔人
「すぐに離れなさい! モンスターが出てくる危険がある! おい! すぐに民間人を避難させて周囲を封鎖しろ! 県警本部にも応援要請だ!」
宮沢を連行するパトカーは出発したようだが、残った警官が晃生達を含めて集まってきていた人達を退がらせ、怒鳴るように部下へ指示を出している。
だがその迅速な対応を嘲笑うように、強大な魔力の気配が近付いてきた。
そして——
まるでゲートが龍の口にでもなったかのように——ゴォォォオオオオオゥゥゥゥッッッッと凄まじい火炎が噴き出して来る。
その炎は消えることなく空中で一箇所に集まっていき、巨大な火の玉になった。
3月の夕方にも関わらず真夏レベルまで気温が急上昇し、直射日光に照らされるように輻射熱でジリジリと皮膚が炙られる。
「暑っつ……」
晃生がそう呟く中、今度はその火の玉が人の形を成していく。
燃える人間……ではなく、人型をとった炎そのもの。
「これも、モンスターなのかな……?」
表情を強張らせながら木乃香が誰にともなく問いかける。
(いや……いくら何でも、こんな生き物がいる訳ない。だとすれば、誰かが能力で操ってるのか……?)
「イフリート……」
炎の魔人、悪魔、精霊……その異常な生命体から連想される名を、晃生が呟いた。
生命体ではないと断じた晃生ですらそう思わざるを得ない程、その炎人からは自律的な意思を感じた。
覚醒してから感じ取れるようになった魔力——炎人から伝わってくるそれは、これまで出会ってきた魔物とは比べ物にならない。
そのうえ体が実体のない炎で構成されているとなれば、晃生に倒す術はない。
(どうやって戦えばいいんだよ……こんなの……ッ!)
身構える晃生の魔力に反応したのだろうか……イフリートを形作る炎、その顔の部分が晃生の方を向いた。
ハッと息を呑んだ晃生に手を翳したイフリートから、強烈な火炎が放射される。
「晃生君!」
——ゴォォォォオオオオオオオオォッッッと激しい炎に包まれた晃生を心配する木乃香がその名を叫ぶが、あまりの高温に近寄ることすら出来ない。
残っていた警官達も拳銃では到底対処出来ないとみて一目散に逃げて行く中、炎の中で全身を燃やされながらも晃生は超回復で必死に耐える。
火炎放射が終わった時、超回復が追い付かなかった部分の皮膚が熱傷で焼け爛れ、服も所々燃え散っていたが、晃生は立ったままなんとか凌いでみせた。
「大丈夫! ちょっと熱いけどそれだけだ!」
(危っぶな……ジャックのドラゴンに燃やされた時の超回復で多少の熱耐性がついてなかったらヤバかったんじゃないか……?)
木乃香を安心させる為に取り敢えず強がる晃生だったが、自分が熱で骨ごと溶けるのを想像して内心ゾッとする。
「木乃香は建物の陰に隠れて。あれは俺が相手する」
「でもっ……!」
「あの炎は俺じゃなきゃ耐えられない。逆に俺なら耐えられるから安心して良い。ほら早く!」
有無を言わさぬ口調で木乃香を急かし、晃生はイフリートに向き直る。
既に複数の火球を周囲の空間に作り出していたイフリートは晃生に気付かれた時点で火球の生成を止め、晃生に向けて一斉に放つ——!
晃生は瞬時に駆け出し、民家の屋根やマンションの外壁を利用して三次元的に火球を躱していく。
——ズドドドドドドドドドドドドドドォォッッッ!!!
木乃香が隠れている場所を避けながら縦横無尽に駆け回る晃生はほぼ全ての火球を躱し切り——しかしここで最後の火球に敢えて真正面から突っ込んで行く。
ボウゥゥッッッと晃生に直撃するが、腕を振るった風圧でブワァッッッと爆炎を吹き飛ばしてイフリートに迫る。
意表を突かれたイフリートは対応出来ず、晃生の拳がその体を捉えるが——殴った感触は火そのもの。
立ち昇る炎を少し揺らめかせただけで、逆に攻撃した晃生の右腕がジュゥゥッッと焼かれた。
「くそッ、分かってたけどッ……どうやって戦えば良いんだよッ……!」
あまりの理不尽さに文句を言いながら超回復で右腕を治す晃生の眼に、警官と一緒に逃げた消防士達が置いていった消防車が映る。
(あれだ……!)
魔力に覚醒して闘いが日常になって以降、晃生は銃の構造から人体の急所まで、いつか役立ちそうなあらゆる知識を学習していた。その中には当然ポンプ車の送水手順も含まれている。
活路を見出した晃生に、そうはさせないとでも言うかのようにイフリートが襲い掛かってきた。
象っている形が同じなだけあって、人間的な殴る、蹴るといった動きでイフリートが攻め立ててきて、晃生はつい腕で防御してしまいそうになるのを堪えて回避に徹する。
(ヤバい……隙がない……!)
何とか攻撃を躱せてはいるが、反撃の糸口が見つからない。
防戦一方のまま徐々に消防車から離されていく。
そこで一連の攻撃を人間的に行なっていたイフリートが急に巨大化させた炎の腕を晃生に伸ばしてきて、今度は晃生が意表を突かれてその攻撃に対応出来ない。
ただ手を伸ばしてきただけ——だがイフリートの巨大化した炎の手で掴まれたとなれば、火災現場に突き飛ばされたことと同義。
火だるまになった晃生はまた超回復だけを頼りに必死に耐える。
(熱いッ、熱いッ……焼け死ぬ……!)
手も足も出ずに完敗したかと思われたその時、
「晃生君!」
ゴオオオォォォッッと燃える炎の中で、確かに木乃香の声が晃生の耳に届いた。
その直後、ドゴォォオオオンッッッと全力で足元を踏み砕いた晃生がアスファルトに入った亀裂に手を差し込み——ゴバァァアアアッッッとちゃぶ台返しのように地面の一部をひっくり返して炎のイフリートを押し退けた。
晃生が声のした方を見ると——木乃香が消防車の側面でポンプの吐水口に消防ホースを繋いでくれている。火相手には水だと、使い方が分からないなりに行動したのだろう。
「ナイス木乃香!」
(よしッ、エンジンはかかったままだ……!)
すぐに晃生も駆け寄り、ホースの先端にガンタイプノズルの筒先を取り付けて作業を急ぐ。
吸水口のバルブを開くレバーを横に倒し、真空ポンプを作動させる緑色のボタンを押して吐水口のバルブも開いた。
(急げッ……奴が来る前に……ッ!)
だがそこで、イフリートが異変を察知したかのように宙を飛んで迫って来た。
何らかの感覚で水があることが分かるのか、炎を操る術者がどこかから見ているのか、晃生達にというより消防車に向かっている。
(遅いッ!)
ギリギリで晃生は菅槍と呼ばれる筒先を向け、ダイアルを回して圧力を調整し——バシュウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥッッッッと強烈な勢いで放水が始まり、暴れ回るホースを晃生と木乃香が協力して抑え込む。
放水は目前まで迫っていたイフリートに直撃し——ジュワァァァァアアアアアアアッッッと水蒸気を上げながら押し返す。
やはり単なる炎ではないらしく、それで完全に消火することは出来ないが、弱点属性の水を浴びたイフリートはまるで毒物をかけられたかのようにのたうち回る。
(いけるッ……!)
晃生がそう思った時、イフリートから伝わってくる温度が急激に上昇し——ッドォォォォォオオオオオオオオオオオンッッッッ!!!!
突然イフリートを中心とした大爆発が起こり、晃生と木乃香はその爆風で吹っ飛ばされた。
「ぐぁァッ……ぐッ、ごほッ……!」
(一体、なにが……ッ!)
爆発の衝撃と激しく地面を転がされたダメージでよろけながらも晃生は立ち上がる。
「うぅっ……!」
木乃香の呻き声が聞こえ、すぐに駆け寄った晃生は自分より木乃香の回復を優先させる。
「木乃香! 大丈夫か!」
爆発の瞬間も晃生が咄嗟に木乃香を回復の魔力で包んでいたおかげでそこまで深刻なダメージは負っていなさそうだった。
「ぅ……うん。大丈夫……それよりも……」
木乃香に言われて晃生がイフリートの方を見ると——その姿はさっきまでの炎とは違いマグマのような肉体となっていた。
伝わってくる熱エネルギーも比較にならない程上昇しており、本当に魔人でも現れたかのような、圧倒的な存在感を放っている。
(この熱量……さっきのは水蒸気爆発か……)
水は気体になると体積が1700倍にまで膨れ上がる。
超高温になったイフリートの体に放水してしまったせいで、その水が瞬間的に気化して水蒸気爆発を起こしたのだ。
「どうする……あんなのもう俺でも触れないぞ」
ここまでの超回復である程度の熱耐性を得たとはいえ、今のイフリートに触れればその部分が瞬時に溶かされるだろう。
今の爆発で消防車も破壊されてしまった。消防車が無事だったとしてももうあのレベルの高温には焼け石に水どころか、また水蒸気爆発が起きて逆に自分達がダメージを負うことになる。
(こうなったら俺が時間を稼いで木乃香を逃がすしかないか……木乃香は納得しないだろうけど……)
そこまで考えた時、イフリートが足元を爆発させるようにドンッッッッと急加速して襲いかかってきた——!
(速いッ!)
避けられないと悟った晃生が反射的に木乃香の前に出て——
マグマの体で殴りかかってきたイフリートの拳が、何故か晃生から50cm程離れたところで止まった。
いや、止まったというより、今この瞬間も腕に力を込めているイフリートの拳が見えないバリアで食い止められているような感じだ。
「……?」
「あれ……どうなってるの……?」
2人が疑問に思う中、フワッと空から1人の女性が降りてきた。
(え? 今どこから降りてきたんだ……?)
その女性は一目で純日本人と分かる和風美人の女性だった。
お尻まで伸ばした黒髪は少しのほつれもなく艶やかで、眉と目の間で綺麗に切り揃えられたぱっつん前髪が小さな顔と大きな目に良く似合っている。
(大和撫子っぽい雰囲気の人だな……それに、強い……)
晃生の感想通り、その立ち姿と漂う雰囲気はおしとやかで奥ゆかしく清らか。
だがそれと同時に晃生は——怖い——という感情を抱いた。
誰がどう見ても文句なく美しく、誰もを惹きつける魅力を持っているのだが、逆にどこか人を寄せ付けない危険なオーラを纏っているのだ。
「あの、ありがとうございます。貴女は……?」
「躑躅森亜凰よ。貴方達、精霊相手に頑張ったわね。えらいえらい」
亜凰と名乗った女性はその圧倒的なオーラとは裏腹に子供をあやすような調子で晃生と木乃香の頭に手を乗せ、よしよしと撫でた。自分にとって晃生達は子供と同じ、守る対象でしかないといった調子で。
「いや、ちょっ、後ろのそれっ、大丈夫なんですか?」
恥ずかしがって撫でられる手から逃れながらの晃生が、背中を向ける亜凰に猛攻撃をしているイフリートを指して質問した。
イフリートは依然として見えないバリアに阻まれている。
「ああ、大丈夫よ。アレはこっちに近付けないから」
ここでようやくイフリートに向き直った亜凰がピッと人差し指を向けた。
するとイフリートがグググググッと縮み始めた。
必死で抵抗するイフリートだが、何か見えない、とてつもなく大きな力が加わっているようで、なす術もなく押し潰されていく。
最終的にはギュンッッと直径5cm程の球形まで圧縮された。
その球は亜凰の操作によってスーッと移動していき、ゲートを通って異世界へ消えていった。
そして——
——ドォォォォォォオオオオオオオオオオンッッッッ!!!!
亜凰の意識を離れた途端、圧縮されたイフリートの超高温の熱エネルギーが一気に解放され、異世界側で大爆発を起こした。
爆音に目を見開きながらもゲートを見つめる晃生だったが、ボヤけて見える異世界から迫る爆炎がゲートの入り口で堰き止められた。
おそらく亜凰がイフリートの攻撃を防いだ時と同様のバリアを張ったのだろう。
「はいおしまい」
亜凰は家の中に入ってきた虫を外に追い出した時のような調子でそう言ってまた晃生達に振り返った。
晃生はというと、あれだけ手も足も出なかったイフリートを簡単に倒してしまった亜凰に対し開いた口が塞がらない。
「凄っげ……」
感嘆の声を漏らした晃生を見る亜凰もどこか興味深そうな目を向けてから、
「君のおかげで被害を最小限に抑えられたわ。今後も期待してるから」
そう言って、バシュウウウゥゥゥゥッッッと生身で空を飛んで去って行った。とんでもないスピードで。
「飛んだ!?」
「最初助けに来てくれた時も、空飛んで来たってことかな……」
「ああ……あんな能力者もいるのか……」
「うん……びっくりだね……」
「あ、そういえば、木乃香もありがとう。助けに来てくれて。俺1人じゃ消防車から放水するまでの隙を作れなかったよ」
「晃生君がいっつも私だけ避難させるからだよ? まあ結局水は効かなくて、さっきの人が来てくれなきゃどうなってたか分からなかったけど……」
「そうだな」
(もしあの人が敵だったら……俺もまだまだ強くならなきゃな……)




