第17話:パラサイトスライム
携帯のマップで近くの焼肉屋を探し、向かいながら晃生が電話で聞いてみると今日は空いているとのことだったので、そのまま2人で歩いていく。
数分で到着した焼肉店では2階のテーブル席へ案内される。
食べ放題コースを頼んだ後、タブレットでカルビ、タン、ハラミ、ロース、ハツを注文した。
「ねぇ、隣の人めっちゃ食べてるね」
木乃香に言われて晃生も隣のテーブルをチラ見すると、とんでもない量の皿が積まれており、1人の男が何かに迫られたようにガツガツと肉を口へ運んでいた。
「うわ、すごいな」
(というかあれ……ほとんど生焼けの肉も食べてないか……?)
見る間にテーブルにある肉を全て平らげた男は苛立った様子で、
「おいッ! 追加の肉はまだかッ、早く持ってこいッ!」
と店員に大声で怒鳴る。
「申し訳ありませんっ。ただいま準備しておりますので少々お待ち下さい……!」
慌てて駆けつけた店員が怯えながら対応しているが、客は納得していなさそうだ。
関わらないようにしようと1度は目を逸らした晃生だったが、ガシャガシャとテーブルから皿を落としていくその男が正気では無いことに気付く。
「うゥッ……ガァァァッ!」
叫んだ男——宮沢は、体中の穴という穴から血のように赤黒い液体を湧き出させてその肉体を覆い、膨れ上がらせていく。
湧出した赤黒いモノは血小板のような何らかの作用で硬度をコントロールしているのか、ドズンッと床にヒビを入れた1歩でただの液体では無いことが分かる。
明らかに正気を失った宮沢がその赤黒い血のような肉を纏って二回りほど巨大化した体でズガンッッッと焼き網ごとテーブルを叩き潰した。
防火ダンパーまで破壊され火種が排気ダクト内の油カスにでも着火したか、ボウウゥゥゥッッッと壊れたテーブルが燃え上がる。
「木乃香! ここの人達を守っててくれッ! 通報も頼む!」
ただここにいろと言っても木乃香は戦いに来ると考えた晃生は傍に置いてあった消化器を手渡しながらそう言うと宮沢に掴み掛かり、そのまま店の窓をブチ破って共に2階から飛び降りる。
両者ともに受け身もなく普通に降り立ち、改めて相対した。
ガラスの破片が飛び散り、道路を歩いていた人々が悲鳴を上げて逃げて行く。
「さて、あんたどうしたんだ? 食べ放題なんだからちょっとくらい待てばいいのに」
反応を見る意味でもまず話を振ってみる晃生。
「食ワ……セロッ! オ前ヲッ……!」
案の定話の通じなかった宮沢——いや、既に宮沢の人格はスライムに寄生され乗っ取られたパラサイトとでも呼ぶべき怪物は、飢餓衝動によって晃生へと襲い掛かる。
ガシッッと互いに両手を組んだ押し合いになり、晃生は自分の倍ほどの大きさにまで膨れ上がっているパラサイトを受け止める。
「悪いがこの1ヶ月、お前みたいにイカれた覚醒者は何人か倒してきた。こっちでも色々戦ってまた強くなってるんだ。デカイだけじゃ俺には勝てないぞ」
グググッと巨体を押し返していく晃生に驚いた様子を見せたパラサイトは、背中から体と同色の赤黒い触手を生やし、上から鞭のように晃生へ振るった。
咄嗟に手を離して後ろへ跳んだ晃生がさっきまで立っていた地面にはズガンッッと触手が叩き付けられ、アスファルトにひびを入れる。
さらに追ってきた触手を晃生はあえて左手に絡み付かせた。
その触手は強酸性らしくジュゥゥゥッと皮膚を溶かし、晃生は顔をしかめるが、
「痛みにも、慣れてる」
超回復を発動させながら自ら触手を強く握り、パラサイトごと力づくで引き寄せてドゴォッッッと殴り飛ばす。
「ゴァァッ!」
呻き声を上げてぶっ飛ばされたパラサイトはすぐに立ち上がり、右手を触手と同じように伸ばして攻撃を繰り出す。
晃生はパラサイトに駆けながら躱し、伸びた右手が戻る前に懐へと入り込んだ。
(どうやったら勝てるのか知らないけど……)
「俺にはこれしか攻撃手段がないんでね」
——殴るッ——ズドドドドドドドドドドドドドォッッッ!!!
ボクシング世界王者を遥かに超える高速回転の連打、左右の拳がパラサイトのボディを捉え続ける。
「おおおおおおおおおおぁぁッ!」
絶え間なく与えられる衝撃に何も出来ないパラサイトを体力の尽きない晃生は殴って殴って殴り続け、スライムの外皮が抉れて人間の——宮沢の体が露出する。
(ここだッ——!)
そこに晃生の強打がズンッッッッと突き刺さり、ガクッとパラサイトが力無く倒れた。
体を覆う赤黒い物体が宿主の中に戻っていき、倒れている1人の男が残る。
「晃生君! もう……また私を遠ざけて、自分だけ無茶して……」
決着が付いたのを見て木乃香も焼肉屋から出てきた。
「いや……そんなんじゃないって……」
(俺だけなら最終的にはノーダメージで済むしな……)
この1ヶ月の間で晃生が把握したこの超回復の能力は、ダメージや異常を治す際、自分自身なら元の状態を超えて強くなっていくが、他人や物体に使用する場合は元通りの状態までしか回復しない。
異世界で出会ったジャックが魔力感知の説明時に言っていた——『魔力ってのは体内で強く作用するもので、体外へ与える効果は基本的に弱くなる』という言葉が、晃生の頭に蘇る。
「それよりも今は……」
木乃香に自分1人で戦ったことをこれ以上追求されないように話題を変え、晃生は宮沢を回復させる。
浮き出ていた血管がスーッと戻っていき、反対に宮沢が意識を取り戻していく。
「うぅ……あれ……空腹感がない……!」
「大丈夫ですか? 何があったか覚えてますか?」
「……あ……ええ……暴れて……君にやられた事は、何となく……」
「そうですか……」
そこで今更パトカーと消防車のサイレンが聴こえてくる。
「じゃ、俺はこれで」
「え……警察に引き渡すまで、私を見張っていなくていいのか……?」
「あー、俺は警察でもギルドの人間でもないんで……それにあんた、もう暴れそうには見えないから」
「……そうか。自我をほぼ失っていたとは言え、彼女さんを巻き込みそうになって悪かったね」
「い、いやっ、彼女とかじゃっ……まだ……その……!」
「ははっ、青春だね。今のは聞かなかったことにしておくよ」
フッと笑った宮沢は、自分の足でパトカーへと向かって行った。
「晃生君。サイレンでよく聞こえなかったんだけど、最後、あの人と何話してたの?」
「……いや、何でもないって」
「嘘。誤魔化すの下手過ぎるよ、晃生君」
「な、何でも良いだろ。それより、焼肉に戻ろう。今ので食べ放題の時間かなり削られたんじゃないか? お腹減ってたの思い出してきた……許さんぞあのモンスター野郎……」
「あははっ、そのために急いで倒したの? じゃあ戻ろっか。その食欲に免じて、今回は誤魔化されてあげる」
「……誤魔化してないって……そういえば聞きそびれてたけど、さっきくれたあの眼鏡、高校でだけかけてほしいってのは何でなんだ?」
「えーっと……それは……内緒……」
「何だよそれ……」
(だって……みんなが晃生君のかっこよさに気付いちゃったら困る、なんて言えないし……)
「内緒は内緒なのっ。晃生君は黙って眼鏡かけとけば良いのっ」
「分かった、分かったって」
勢いに押し切られた晃生は疑問に思いつつも了承しつつ、焼肉屋へと戻ろうとしたその時——
——グニャアアアっと、目の前の空間が歪んでいく。
(これは……!)
見覚えのあるその光景に晃生が身構えるが、空中に浮かぶレンズのようになったそれは、以前晃生が異界に迷い込んだ時に見たものの数倍——直径8mにも及ぶ巨大なゲートだった。




