第16話:ダサい眼鏡をかけていて
晃生達はというと、異世界からの帰還後はこの世界に迷い込んできた異界のモンスターや、魔力によって異常をきたしモンスター化した地球産の危険生物から可能な範囲で人々を助けつつ、徐々に落ち着いてきた日常を過ごしていた。
終業式後、高校1年生最後のホームルームが終わった昼前、晃生のことを遠巻きに見る3人の女子生徒がいた。
「ねぇ、中川君、最近雰囲気変わったよね……」
「あっ、私もそれ思ってた。眼鏡じゃなくなって、あんな綺麗な眼してたんだぁって」
「髪も切ってオシャレになったもんね」
晃生はゴブリン戦以降壊された眼鏡をかけずに登校していた。回復能力で視力がマサイ族並に良くなったし、買い直す必要もないからだ。
髪を切ったのは流石に鬱陶しいからだと友達には言い張っていたが、一緒に異世界に行って以降、前より話しかけてくれるようになった木乃香にダサいと思われたくないからというのが本音だった。
目にかかる程伸びていた髪を美容師が上手く前下がりのショートマッシュに整えてくれており、元から少しある癖っ毛が無造作パーマ風に見えてノーセットでもお洒落にキマっている。
「顔つきとか体つきもなんか逞しくなった気がするし」
「格闘技とか始めたのかな」
「前はやる気無さそうだったのに、昨日の体育のサッカーでも活躍してたしね」
「クラスでイケメンって言ったら伊月君だったけど、中川君もありじゃない……?」
「うん……あり、かも……」
などとヒソヒソ話を続ける女子達の会話は当の本人には聞こえていないが、偶然聞いてしまった者が1人。
(こ、晃生君がモテてる……!)
クラスのアイドル、天音木乃香だった。
(このままじゃ晃生君取られちゃうよ……行動しなきゃ……!)
自分が美少女だという自覚がない木乃香は、そんな必要もないのに焦り出し、勇気を出して晃生の席へと向かう。
「ね、ねぇ晃生君、今日これから何か用事ある?」
今日は3学期の終業式の日で、学校は午前中で終わりだ。
その瞬間、教室がざわつき始めた。
「天音さん……!? なんでアイツに……!?」
「今まで接点なかったよな?」
「くそあの野郎ッ……よくもクラスのアイドルに話しかけられやがったなァ……!」
「よし殺そう」
当の木乃香には聞こえていないが、自分の悪口には敏感な晃生の耳はカクテルパーティ効果で周囲の会話をしっかりキャッチ。
(話しかけられただけで理不尽すぎる……俺だって釣り合ってないって分かってるよ……)
「えっと……服を買いに行こうと思ってた。あの日から体が一回り大きくなったから、持ってた私服のサイズが合わなくなったんだ」
「ちょうど良かった。私も春服見に行きたいなって思ってたんだけど、一緒に行かない?」
「えっ」
「あ……駄目なら別に……」
「いや……あー、じゃあ、一緒に行くか」
そう言ってカバンを持ち、席を立った晃生の耳にまたもや、
「天音さんと2人でデートだとぉ……!?」
「許せん……! 地獄に堕ちろ……!」
「よし殺そう」
「どこに埋める?」
などと恨み言が聞こえてくる。
(怖ぇよ……にしてもこれ、デート、なのか……? 俺が、天音さんと……?)
意識した途端急に心臓がドキドキしだした晃生と同様に、木乃香の心中もまた平静ではなかった。
(こ、晃生君と2人で買い物……これってデートなのかな……!?)
2人とも緊張でぎこちない歩き方になり、並んで歩いている所を他の生徒に見られつつ学校を後にする。
♢
ショッピングモールに来た2人は適当に歩きながら、それぞれ気になった店へと入っては服を見て回る。
木乃香がわざと晃生にピチピチの服を試着させて笑ったり、晃生が冗談で選んだライダースのジャケットが意外と木乃香に似合ったりと、楽しい時間を過ごした2人はいくつか満足のいく服を買えた。
「晃生君、スタイル良いから何でも似合ってたね」
「そう……かな。自分ではあんま分かんなかったな。全部似合ってたのはそっちだろ」
「えっ、そう……かな」
晃生と同じセリフで照れて目を逸らした木乃香の視線の先では、電気屋のテレビに今人気絶頂のアイドル、一葉唯花のライブシーンが映し出されていた。
「わっ、唯花ちゃんだ! 可愛い〜。私唯花ちゃん好きなんだ〜。あ、女のくせに女の子のアイドルが好きっておかしいかな」
「いや、別に普通だろ。俺も可愛いと思う。何となく天音さんに似てるし」
「えっ」
(あ……なんか今の間接的に天音さんのこと可愛いって言ったみたいだな……いや実際可愛いとは思ってるけど)
「え、えーっと、ほら、髪型とか似てるだろ。雰囲気とかも……」
唯花の髪型は木乃香のロングボブをそのまま伸ばしたようなミディアムヘアで、シースルーの前髪は最近切った木乃香と同じぱっつん前髪。
歌って踊りながら揺れるその前髪とサイドはフェイスフレーミングでオレンジベージュに染めている。
「あ、ありがとう……あっ、次、あのお店寄っていい?」
「良いけど、あそこって……」
木乃香が照れているのを誤魔化すように指さしたそこは、実用的なものから有名ブランドまで、そこそこ充実した品揃えの眼鏡ショップだった。
「天音さん、眼鏡なんかしてたっけ?」
「……」
さっきまで顔を赤くしていたのに、今度は何故か急に不機嫌そうになった木乃香はそっぽを向き、無言で眼鏡を選ぶ。
「……天音さん?」
「……さっきからずっとそれ。木乃香。そう呼ぶって言ってなかったかな」
「あ、えっと、こ、木乃香……」
「うん。なに?」
満足したように、木乃香は笑顔を向けて返事をした。
「いや、だから……こ、木乃香は目悪かったっけって……」
「んーん。悪くないよ。ちょっとこれ買ってくる」
晃生の返事も待たず、木乃香はレジへ行ってしまった。
(……?)
疑問に思いながらも待っていると、数分で戻ってきた木乃香が何故かプレゼント用に包まれた包装を解いていく。
「あはは、間違えて包んでもらっちゃった」
どうやって間違えるのか分からないが……木乃香は包みから取り出した眼鏡を晃生に向けた。
「かけてみて」
「え、俺視力回復して眼鏡要らなくなったんだけど……」
「うん。だからセットレンズは度なしにしといたから」
困惑しながらも受け取ろうとした晃生の顔にそのまま木乃香がかけた黒縁の眼鏡は、お世辞にもオシャレとは言えないものだった。
晃生も店内の鏡で自分の顔を確認するが、あまりしっくりこない。
「これ……似合ってるか……?」
「んーん、あんまり似合ってないかな」
「えっ、じゃあなんで……」
「けど、私は好きだよ。高校に通ってる間はそれかけてて欲しい。ダメ、かな……?」
「あー、この眼鏡、くれるってことか……?」
「もちろん。晃生君にかけてもらうために買ったんだもん」
「あ、ありがとう。天音さ……木乃香から貰えるなら、ずっとかけとくよ」
「あ、今はいいよ? 高校でだけ、かけてて」
「……? 高校だけ? 分かった。あ、ちょっとここで待ってて」
木乃香の言動に不思議がりつつも、晃生はそう言い残して何処かへ行ってしまった。
木乃香が近くにあった椅子で座って待っていると、意外と早く戻ってきた晃生の手には包装されたプレゼントらしきものが握られていた。
「これ……貰うだけじゃ悪いから、俺も買ってみた」
「わぁ……くれるの? ありがとうっ! 開けても良い?」
「ああ。すぐ見て欲しいのに、プレゼントと思ったらなんか俺も包んでもらっちゃって……ごめん」
「あははっ、だよね。私もさっきなんとなくそうしちゃったし……わっ、これ……マフラー?」
木乃香が丁寧に開けた包装紙から出てきたのは……肌触りの良いカシミヤのニットマフラーだった。
「あー……もうこの冬は着ける機会もないかもだけど、この前失くしてたから……」
この前とは、晃生と木乃香がゲートを潜って異世界に迷い込んだ時のこと。
向こう側の気温が高すぎて、遭難後の道中で晃生はマウンテンパーカーを、木乃香はコートとマフラーを破棄していたのだ。
「んーん、嬉しいありがとう。着けてみても良い?」
「ど、どうぞ」
晃生の選んだ薄いピンクベージュのマフラーはボリューム感があり、木乃香が首に巻くと顔の下が埋もれるようになって元々小さな顔がより小さく見える。
「似合ってるかな……?」
「うん。か、可愛い……」
「かわっ……!? あ、ありがと……」
互いに顔を見られなくなった2人は少しの間無言で歩く。
「ね、ねぇ晃生君。帰りに何か食べてかない?」
その静寂に耐えかね、木乃香が声を発した。
「俺もお腹減って死にそうだった。行こうか」
「晃生君は何か食べたいものある?」
「焼肉食べ放題とか……あ、女子はそういうのあんまりか」
「全然。私もお肉大好きだよ」
「なら良かった。じゃあ焼肉に行こう」
「うんっ」




