第15話:宮沢茂
——3月10日。ゲートの発生から1ヶ月以上が過ぎた。
直径の大小による誤差はあったものの、2月1日の夕刻から出現したゲートは1日〜2日で消滅した。
その間にゲートから出てきた未知の生物に対し、自衛隊が出動し鎮圧。世界各国でも同様に軍が動く事態となった。
モンスターとともにゲートから流れ込んできた魔力は環境や人体にも影響を及ぼし、およそ100人に1人——約8,000万人の人間が魔力に適合し身体能力が2倍〜3倍にも強化された。
その中でもごく稀に、魔力による環境異常に巻き込まれたり、強い正や負の想いの力が干渉したり、或いは異世界に迷い込んだりして特殊な固有能力を獲得する者も存在した。
その者達は魔力覚醒者と呼ばれ、自衛隊と共にモンスターの討伐及び民間人の保護に活躍した。
しかし得た能力を犯罪に使用する者も多く、そういった者は異常犯罪者と呼ばれ、多くの場合普通の警察官だけでは逮捕が困難だった。
加えて魔力による生物の凶暴化や巨大化、環境異常等の問題も頻発し、それに対処するため各国の軍隊や日本の自衛隊、公安でも超人達が兵士として採用され始め、治安維持に奮闘していた。
精神的に未熟なまま強大な力を得てしまった子供に対しては、異常犯罪者へと道を踏み外さないようにという表向きの理由で、魔力技能者を育成する教育機関の新設が国家によって検討されている。実際は国が能力者を管理し利用するために。
そしてここにも1人。ゲート開放の日に魔力に覚醒した男がいた。
大学院で生物学の教授として働く彼——宮沢茂は、休日の朝、ペットのゴールデンレトリバーの散歩に出かけようとした時、あまり吠える事のない犬がワンワンと吠え出した事に疑問を覚えた。
「こらどうしたライト。そっちに何かあるのかい?」
犬が吠える庭の方に行ってみると、そこには草陰に隠れた1匹のスライムがいた。
1ヶ月程前にあったゲート騒動で紛れ込んだのが、たまたま見つからずに生きていたようだ。
宮沢も魔力に適合した覚醒者の1人だが、身体能力が2倍になっただけで他に何も特別な力は無く、当時暴れ回っていたモンスターに立ち向かえる程の気概もなかったため、あまり選ばれた人間だという意識も無かった。むしろ覚醒者が罪を犯した場合は通常よりも重罪になるため、変わった世界に対する息苦しささえ感じていた。
だが目の前にいるスライムは特に攻撃してくる様子もなく、楕円形の体形をぽよぽよと変えてゆっくりと動いているだけ。生物としてあまりに弱々しいその姿に保護欲を掻き立てられた宮沢は家に入れて飼うことにした。
モンスターとは思えないほど大人しいそのスライムは抱えられても暴れることがなく、簡単に家の中まで運ぶことができた。
宮沢は家に入ってからも吠える犬を無視して、物珍しさにスライムを見つめていた。
ふと、どの家でもよく見かける脚の長いイエユウレイグモがスライムの傍を横切る。
するとスライムはぽよんと跳ねるように移動し、蜘蛛を体の中に取り込んだ。
(おおっ、食事か……!?)
未知の生物の食事に興奮する宮沢が凝視する中、蜘蛛は徐々に、しかし目に見える程の速さで溶かされていった。
「どういう仕組みなんだ……? 体内は強酸性か? 消化酵素で満ちているのか……?」
生物学の権威でありながら既存の種とあまりにもかけ離れたその生物に宮沢は強い興味を持ち、日々スライムを観察しながら日記を付けることにした。
『3月11日——このスライムのことはアメと名付け、今日は捕まえてきた色んな虫を与えてみた。食べさせたのはキタキチョウ、ヨツボシテントウ、アオクサカメムシ、ニホンミツバチ、クロナガアリ。近くに死骸を置くと次々と食べていった。目や鼻等の感覚器官は見当たらないが、餌を認識して動いているようだ』
『3月14日——今日は餌に蛙を与えてみた。陸上での移動速度は蛙よりやや早い程度のようだ。筋細胞は無い。アメーバのように細胞内の原型質流動によって移動していると考えられる』
『3月17日——徐々に餌を大きくしているが、与えれば与えるだけ食べていく。ヘビや魚も食べた。直径が少し大きくなってきたかもしれない。アメと呼ぶと反応した。自分の名前を覚えたようだ。脳のような神経細胞らしきものもないようだが、思っていた以上に知能が高い』
そうして観察を続けて1週間以上が過ぎ、アメは飼い犬のライトとも仲良くなったようで、大型犬の上にスライムが乗っている光景はなんとも珍しく、そして微笑ましくもあった。
「よしアメ、今日は鶏肉買ってきてやるからなー。ライトと良い子に留守番しているんだぞ」
アメとライトを撫でてから家を出て、近くのスーパーで買い物をして帰ってきた宮沢は家のドアを開けてすぐ、いつも駆け寄ってくるライトが来ないことに違和感を覚える。
「ライトー。お前のドッグフードも買って来たぞー」
呼んでも家の中を探しても見つからず、代わりに書斎の机の上に乗っているスライム——アメを見つける。
そのスライムが、ペンを使っていた。
体を変形させて器用にペンを保持し、日記帳に何かを書き込んでいたのだ。
「アメ!? そこまでの知能があったのか! 私が日記を付けているのを見て学習したのか……!?」
興奮しながら駆け寄った宮沢は、スライムがちゃんとした文字を書いていたことにさらに驚愕する。
そこに書かれていた文字は——
——おいしかった
「え……?」
その時、スライムの方を見た宮沢の顔にスライムが飛び付いた——!
「んッ! んんーーッ! ごぼッ……ごぼぼッ……!」
呼吸を止める宮沢の口をこじ開け、体内へと入り込むスライム。さらに鼻や耳の穴、毛穴からも侵入していき、ついにスライムの体全てが宮沢の中に入り込んでしまった。
「ごッ……かはッ……!」
気を失って倒れた宮沢の体は皮膚が紅潮してビクビクと痙攣し、血管は異常な程浮き上がってミミズのように蠢いていた。
……………………
……………
……
「う……うゥ……ッ!」
数時間後、唸り声を上げながら宮沢は目を覚ました。
「うぐゥぅ……み、水……ッ!」
覚醒直後に宮沢を襲ったのは、狂いそうな程の渇き、そして飢餓感だった。
水道の蛇口からコップも使わず直接水を飲んだ宮沢は、次に冷蔵庫を乱暴に開け、昨日の残りを手掴みでガツガツと口に放り込んでいく。
「何なんだッ……これはッ……いくら食べても……足りないッ……!」
生モノまで食い尽くしてなお収まることのない飢餓感に苛まれる宮沢は、その空腹を満たすために家を飛び出した。
「何かッ……クイ、モノッ……ォ゛ォ゛……ッ!」




