第14話:侵略者
当然のように肉食の牙を生やした口を開けた6匹の黒山羊。それらが同時に、
——メ゛ェ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ッ!
と醜悪な音響兵器のような鳴き声を発した。
さらに背中に折りたたんでいた蝙蝠のような翼を広げて体を大きく見せ、梟のように威嚇している。
(賭けるしかない……!)
その恐怖に弾かれたように、破れかぶれで突き立つ剣を掴んだ勇斗は、雷光に手を弾かれる事なく——パァァァァァァッと剣と同じ青白い光に体を包まれた。
この時の勇斗の知識に魔力や魔素といったエネルギー粒子の概念はなかったが、その剣は光ではなく魔素が凝縮されて物質化現象を起こした物であり、言わば魔剣。
触れた瞬間、剣の持つ魔素と覚醒した勇斗の魔力が融合し、なんの抵抗感もなくその刃を抜き放った。
抜いた途端にゴゥゥゥウウウッと爆風のような魔素の嵐が吹き荒れ、周囲へと放たれる。
それによって起きた変化は2つ——1つは愛奏音の体にも光の粒子が集まり、勇斗と同じように青白い光を纏った。
そしてもう1つは、バキッ、ゴキゴキッと山羊の体が急速に変形を始めたこと。
後ろから前へ大きく湾曲する角や赤く光る眼、鋭い牙はそのままに、偶蹄目の特徴である蹄を硬く鋭い鉤爪へ変え、指2本の手となった前脚を上げて2足歩行の人型へと進化していく。
その姿はまるで、新約聖書に描かれる悪魔のようだ。
蝙蝠と似た形状の翼は鳥のように前傾姿勢で飛ぶのではなく、足を地面に向けた直立姿勢で羽ばたくためか大胸筋ではなく人で言えば僧帽筋、広背筋へと繋がっており、その背部の筋肉は他の部位に比べてアンバランスな程に肥大している。
その翼の羽ばたきと脚による跳躍を併せて空高く飛び上がった悪魔の1匹はそこから急降下し、猛禽類のように……いや、天から堕ちてきた悪魔そのもののように襲い掛かった——!
悪魔の上空からの強襲に対し——ザンッッッ!
勇斗の体が、自然に動いた。
正面からの振り下ろしと、すれ違いざまに振るった返す刃——ほぼ同時の2撃で両の翼を切断しており、悪魔がドサッと地面に堕ちる。
「勇ちゃん、剣道とかやってたの……!?」
「……いや、なんか……体が勝手に動いたみたいな……」
(まるで……この剣にここを斬れって誘導されたような感じだった……)
仲間がやられたのを見た悪魔達は改めて——メ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛ッと鳴いて威嚇し、残りの5匹が同時に襲い掛かって来る。
怪物が迫るこの光景に、不思議ともう恐怖を感じていない勇斗は、冷静に状況を見ることが出来ていた。
(この剣が勇気をくれるみたいだ……)
「愛奏音ちゃん、伏せていて」
それだけ言った勇斗は、5匹の悪魔の内、愛奏音の背後から迫る2匹を横への薙ぎ斬り——一太刀で斬り捨て、残りの3匹へ振り返る。
既に剣の間合いよりも内側に接近されているが、真ん中を脚で蹴り飛ばし、右側は握った剣の柄頭で顔面を殴打、左は素手で首を掴んで押し留める。
その握力で素手の力も上がっていると分かった勇斗はそのまま悪魔を地面に叩きつけ、逆手に持ち替えた右手の剣の切先を口の中に突き入れた。
(あと2匹……いや、3匹か……)
蹴りと殴打で突き飛ばした2匹の悪魔は大してダメージもない様子で、地を駆け空を飛ぶ上下からの連携で蹄の硬さの爪を繰り出してくるが——ヒュガッッッ!
見えない程の剣速で振るった魔剣が、正確に悪魔2匹の首を捉え——ボトボトッと体と頭が別々に落ちる。
「凄い……!」
愛奏音は驚愕に眼を見開いて呟き……
「いや、まだだ……」
勇斗は油断せず最初に翼を斬り落とした悪魔へと刃を光らせながら迫る。
地面に這いつくばっていた悪魔は怯えるように後ずさり……切先を向けるとさらにガクガクと震え出した。
(……恐怖を感じているのか)
勇斗は剣を下ろした。
バチッと軽く青い雷光が弾け、剣が粒子となって勇斗の体内へと吸い込まれて魔力へと還元されていく。
勇斗の魔力に融合した剣は、意思による魔力操作でいつでも出し入れ可能となっていた。
だが剣がなくなり、勇斗が気を抜いたのを見た悪魔はバッと勇斗に飛びかかる。
「ぐっ、このっ……!」
悪魔が勇斗を押し倒し、山羊に似つかわしくない牙を剥いた時、ズドンッ!
勇斗の剣と似た青い光の弾丸が悪魔の頭を撃ち抜き、ドサッと倒れて動かなくなる。
勇斗も緊張の糸を解いてパタっと力を抜いてから、
「助かった……今のって……」
疑問を呟きながら悪魔の下から這い出た勇斗の目には、自分の方に人差し指と親指を立てて銃のジェスチャーのような形にした手を向ける愛奏音が映る。
「今のって……愛奏音ちゃんが撃ったの……?」
「……な、何か……撃てる気がして……やってみたら、撃てちゃったわ……」
「す、凄い……あっ、そう言えば手! 今の僕達ならあの穴まで辿り着ける! 早く病院へ行こう!」
「だ、大丈夫よ。さっき体が光った時にもう痛みは引いてるから。何でかは分からないけど……」
魔素との適合によって魔力ダメージがある程度軽減したとは言え、まだ痛みが残る手をヒラヒラと振って勇斗を心配させないようにする愛奏音。
「でも、跡が残っちゃったね……ごめん。僕があの穴を潜ってこっちに来ちゃったから……」
「もう……大丈夫って言ってるでしょ。ちゃんと守ってくれたじゃない」
(玉森警視長に合わせる顔がない……)
「……次からは絶対傷付けさせないから」
(勇ちゃん……)
愛奏音は照れているが、自分で言った言葉が恥ずかしくなった勇斗は話題を変える。
「……まあ、愛奏音ちゃん自身もすごく強い力が使えるようになったみたいだけど」
「うん、私も勇ちゃんを守りたかったから……良かったわ。さっき勇ちゃんが光った後、剣を抜いて、私も光って、変なエネルギーみたいなのがそこら中から感じられるようになった……」
「僕も同じだ。それから急に剣が使えるようになって、体も強くなった」
「私も、体が重いのを感じなくなって、勇ちゃんの剣がそのエネルギーで出来ていて、自分の中にもそれがあるのが分かったわ。それで、勇ちゃんが戦ってくれているのを見ながら、私にも銃があればって思っていたら、本当に撃てちゃった。私が警視長の娘だから、武器と言えば銃って連想しちゃったのかしら……」
ふふっと上品に笑う愛奏音はまた銃のジェスチャーをし、その人差し指が自分に向いていることに若干の危機感を覚える勇斗は微妙に射線を避ける動きをしつつ苦笑いする。
「と、とにかく帰ろうか。今の僕達ならあの穴まで行けるだろうし」
「そうね。色々気になる事はあるけど、帰ってから考えましょう」
そう言った2人はゲートへと戻って行った。
途中、最初に襲われた火の玉、赤い虎、猛牛やトカゲの大群には一切出会う事なくゲートへ辿り着く2人。
(足跡とか、トカゲの大群が踏み倒していった草の感じからして、ここからは離れてどこかへ行ったみたいだな……)
仮にそういう猛獣に遭遇したとしても魔力に覚醒した勇斗と愛奏音なら撃退は可能だろうが、未知の生態系が織りなすこの大自然には、あらゆる生物の特徴を併せ持つ生物や、完全に新種——火の玉等の生物かどうかも分からないモンスターが存在している。
既存の進化生物学や宇宙生物学など通用しない更なる怪物がいる可能性もある。
それが分かっている勇斗は最初にゲートを潜った時の好奇心を捨て、愛奏音を先に戻らせてから、自分もこの危険な世界を後にする。
戻ってきた世界で聴こえてきたのは——悲鳴。そして、パンパンッと爆竹のような音が鳴っているのは……
(銃声……? まさか……!)
ゲートのある裏路地から大通りへと走ると、悪魔と戦っている最終にゲートを通ってこの世界に紛れ込んだのであろうモンスターが付近の住民達を襲っていた。
逃げ惑う人々を消防士達が誘導し、警察官が立ち向かって拳銃——S&W社製のM360J SAKURAを発砲しているが、装弾数5発程度のリボルバーに対し、暴れているモンスターの数が多過ぎる。
勇斗と愛奏音がみ見ている範囲だけでも狼のような獣が3匹、ナマケモノのようなフック状の鋭く長い爪を持つ猿が5匹、車サイズの巨大な蜘蛛が1匹と、計9匹のモンスターが暴れ回り、交番に勤めていた3人の警官の手に負えるレベルではない。
そして勇斗と愛奏音は、自分達が知覚・操作出来るようになった謎の粒子——魔素がこの世界にも溢れていることに気付く。
世界が——変わる。
それはまるで、異世界からの侵略が始まったかのような光景だった。




