第13話:始まりのゲート
2月1日。地球にゲートが現れる日。
帰宅部の藤田勇斗は、授業が終わると、日直に押し付けられた紙束を職員室に届けた後、下駄箱で靴を履き替えて校門までの道を歩いていた。
校門の脇では騒いでいる生徒がおり、
「良いから親父から習った逮捕術を試させろよ田中ァ」
「い、嫌だよそんなの……!」
「はぁ? お前が俺の足踏んで喧嘩売ってきたんだろうがッ」
「だ、だからそれはごめんって……」
「謝って済むかよ。せめて一発殴らせろ」
などとクラスカースト上位の男子、三浦一己が他の男子生徒の胸ぐらに掴みかかっている所に遭遇する。
見て見ぬふりの出来ない勇斗は迷う事なくそこに近付いていった。
「三浦君、彼は謝ってるんだからもう良いだろ。手を離すんだ」
「藤田……お前から殴られてぇのか」
注意してきたのが陰キャの勇斗とあって、胸ぐらを掴む手を離さない一己。
「いいから手を離せ!」
「弱いくせにカッコつけやがって。俺の親父は警部で、警察署の課長だ。逮捕状を請求する事も出来る。俺に逆らうとどうなるか教えてやろうか?」
「……君が本当に逮捕術を習っているならそんな言動はしないはずだ」
警察官の格闘技である逮捕術ではあくまでも捕らえることを主眼に置き、過剰攻撃にならないよう突きや蹴り等の打撃技は必要最小限に相手を制圧出来るよう訓練される。
そのことを暗に示唆する勇斗だったが、親の威を借る一己は理解出来なかったようで、
「意味分かんねぇ事言ってんじゃねぇぞボケッ!」
さらに興奮状態となり、今度は勇斗に掴みかかった。
手を出す気はない勇斗は殴られる覚悟をするが……
「やめなさい!」
そこに現れた女子生徒、玉森愛奏音が制止する。
艶やかなロングストレートの黒髪を後ろに揺らし、優しそうなタレ目をそれでもつり上げて一己を睨む。
「それ以上親の権力を笠に着るなら、こっちもお父さんに報告しますよ」
愛奏音にそう凄まれた一己は、
「チッ、クソがッ」
そう悪態をついて勇斗を乱暴に突き放し、ポケットに手を入れて去って行った。
「……ありがとう。愛奏音ちゃん。さすが警視長の娘だね」
自身も学級委員長だが、愛奏音の父は警察官の中でも警視総監、警視監に次ぐナンバースリーの地位であり、全国の警官で見ても600人もいないエリート。県警本部の本部長を務める玉森警視長だった。警部より3つも上の役職であり、一己が威張っていた父親でも到底逆らえる存在ではない。
勇斗は愛奏音と幼馴染でその警視長の父親にも会った事があり、自分もあんな風に市民や大切な人を守れる男になりたいと憧れてもいた。
「やめてよ……でも、勇ちゃんが無事で良かったわ。相変わらず喧嘩なんかしたことないのに無茶するんだから……」
「無茶っていうか……何も出来なかったけどね……」
「ううん……カッコ良かったわよ」
グラビアアイドルのようなスタイルと大人っぽい美人顔の愛奏音にそう言われた勇斗は照れて顔を背ける。
「あ、ありがとう……」
「ふふっ……帰ろっか、勇ちゃん」
笑い方も話し方も上品な愛奏音は印象より気さくな性格なのだが、勇斗といる時はさらに気楽そうな態度だ。
愛奏音の誘いで一緒に歩き出す2人だったが、幼稚園の時から変わらない呼び方が恥ずかしかった勇斗は、
「うん……けど、いい加減その呼び方はやめてよ……」
高校生になって何回言ったか分からない要求をする。
「今更無理よ。勇ちゃんは勇ちゃんだから。昔から変わらないわ」
「……まあ良いけど」
どうせその要求が通らない事も分かっていた勇斗は早々に今日の訂正は諦め、また今度言おうと思いつつ帰り道を歩く。
2人は家が近所でずっと同じ方角なので、昔話をしながら近道を行き……愛奏音のかきあげスタイルの前髪が数本冷たい風に揺られて目にかかっているのを勇斗が見つめる。
(大人っぽいな……)
自身もさらさらの黒髪を風に揺らしながら入った目立たない裏路地——そこで2人はゲートを発見してしまった。
「えっ……」
「何だろう、これ……」
未知の物体に目を丸くして近付いていく勇斗と愛奏音。
ほぼ完全な真円で宙に浮かぶレンズのようなそれは裏に回って見ても全く同じで、円の中はぼやけており、向こう側がどうなっているかは把握できない。
勇斗が恐る恐る円の中に手を通してみると、何にも触れる感覚はないが、厚さ1cm程の穴の向こう側を見ていた愛奏音からは手が突き出してくるのが見えない。
「どうなってるのよ……これ……」
「……愛奏音ちゃんはここにいて」
今手を入れたことで寒い気温のこことは対照的に暑い空気を感じた勇斗は、これが別の空間に繋がっていると確信し、愛奏音にそう言い残してゲートを潜る。
「ちょっと、勇ちゃん!?」
通った先で待っていたのは、熱帯のジャングルのような世界。密集して生える木の葉っぱが屋根のように直射日光を防いでいるとはいえ、急激な気温の変化に目が眩みそうになる。
(すごい……僕は……どこに来たんだ……? 体が重い……?)
「一人でなんて行かせないからね、勇ちゃん」
声に振り向くと、愛奏音もあのゲートを潜って来てしまっていた。
「ちょ、ダメだよ。危ないかも知れないし、何かあったら……」
「だから来たのよ。私だって気になるし、勇ちゃんだけなんて——んむっ」
その時、勇斗は異常なものを発見し愛奏音の口を押さえて近くの大木に隠れる。
何か誤解したように赤くなる愛奏音の口の前に人差し指を立ててシーのジェスチャーをして『静かに』と伝えた勇斗は、大木の陰から覗き込むようにもう一度その異常なものを確認する。
そこには——
(……火の玉……?)
まるでCGのエフェクトでも見ているかのように、赤く燃える二つの火球が宙を漂い、意思を持っているかのように一方向に向かって進んで行く。
それが危険なものなのか判断できない2人は、火球が十分離れて見えなくなるまで物音を立てないように木の裏に隠れてから、
「何なのよあれ……人魂とか怨霊とか、そういうの……?」
「うーん……でも確かに、可燃物が飛んでいるようにも見えなかった……炎そのものみたいな……」
などと今の謎の現象について話し合う。
だがそれを中断させるように、バキッと枝を踏み鳴らして近付いて来たのは——赤い虎。
この緑の大自然に場違いな程の鮮やかな赤い皮膚に並ぶ黒の縦縞模様は本来のカモフラージュ機能を全く果たしておらず、グルルルルルッと喉を鳴らして睨んだ目は勇斗と愛奏音に向けられている。
(やばい……!)
火の玉に夢中で接近に気付けなかった2人は慌てて逃げようとゲートの方へ振り向くが、そこにはさらにもう1匹——牛のような生物が脚をザッザッと踏み鳴らし、巨大な角を向けて待ち構えていた。
牛のようなというのは、草食動物のはずなのにまるで肉食獣のような鋭い牙が口元に覗いていたからだ。
前門の虎、後門の猛牛という状態に陥った2人は下手に声を出す事もできず立ちすくむ。
ダッと虎と牛が同時に地面を蹴る。
牛が虎に向かって角を向けて突進し、躱した虎が牛に噛み付いた。それを振り払おうとする牛はロデオのように跳ね回る。
「今だッ! あの穴へ走れ!」
運よく2頭が争っているうちにと、愛奏音の手を掴んでゲートへ走ろうとする勇斗の目に、さらにとんでもないものが飛び込んでくる。
ゲート周辺に、全長30〜40cm程のトカゲの大群が集まっていたのだ。まるで緑の絨毯のように見えるそのトカゲ達の数は、およそ100匹。
近くにいた角の生えたウサギのような小動物に1匹が噛み付いたかと思うと、群れ全体が一気に襲い掛かり、ブチブチと肉を噛みちぎる音が聞こえてくる。
次にトカゲ達が離れた時には、角兎はもう骨だけになってしまっていた。
(嘘だろ……まるで陸上のピラニアだ……!)
「これじゃ近付けない……! とにかく逃げよう!」
「逃げるってどこへ……!?」
「分からないけど、ここにいたらエサになるだけだ!」
とにかくあの肉食獣達から距離を取ろうと、ゲートの方向を見失わないようにしながら一直線に走る。
「はぁっ……はぁっ……なんだこの世界……めちゃくちゃ過ぎる……!」
「はぁっ……そうね……はぁっ……!」
しばらく走ったところで、密集していた木がサークル状に拓けている場所に辿り着く。その円の中心には——1本の剣が地面に突き立っていた。
「はぁっ……あれは……」
その剣は、6世紀初め頃にブリトン人を率いた君主——アーサー王が手にしていたとされる聖剣のような形の、刃渡り80cm程の長剣。だが絢爛豪華な装飾はない無骨な両刃の剣で、不思議な事に淡い青色の光を放っている。
2人が近付いて行くと、さらに謎の物体だということが分かる。
(これは……光る剣というよりも、光の剣……?)
それは光そのものが凝縮されたような、だが確かに実体としてそこにある……地球ではまず見たことのない物体だった。
「これ……触れるのかな……」
「でも、武器があればあの虎を牽制してあの穴まで行けるんじゃないかしら……」
そう言って剣を抜こうと愛奏音が手を近づけた時——バチィッ!
「きゃぁっ!」
一瞬青白い雷光が弾けたような閃光が迸り、愛奏音が痛みに手を押さえてうずくまる。
「愛奏音ちゃんッ! 大丈夫!?」
「うぅッ……!」
その手には電熱によるダメージのような熱傷ができており、触れたのは指先の僅かな面積とはいえ皮膚が焼け爛れたようになってしまっている。
(マズイ……病院に連れて行かないと……!)
勇斗が一か八か、ゲートまで強行突破で戻る覚悟を決めた時、更なる事態が2人を襲う。
この拓けた円形の場を囲むように、モンスターが現れたのだ。
それは偶蹄目ウシ科の哺乳類に禍々しい遺伝子でも組み込んだかのような真っ黒い体毛の山羊。
(1、2、3……6匹……!)
韓国在来種にも黒山羊は存在するが、そいつはハイイログマのように筋肉質な巨体を持ち、勇斗と愛奏音を赤い眼で睨んでいる。
山羊と言えば生贄の代名詞のような動物だが、この状況はまるで悪魔の使いが人間を生贄に捧げるような光景だった。




