第12話:熱伝導
野次馬達が去った後——
「君がこれをやったのか!? この妙な穴は何だ!」
「君! 答えなさい!」
残った消防士達も未知の現象に怯え、灯真を警戒して騒ぎ立てる。
(何言ってんだコイツら……?)
灯真の感情を表すように、その身体が纏う炎が勢いを増す。
(俺が……放火しただと……?)
灯真が鬼のような形相で消防隊員を睨み、ボゥゥゥウウッとさらに高くまで火柱を立ち昇らせる。その地球の自然界にはなかった魔力の炎に防火服が軽く炙られただけでジュッと簡単に焼け焦げる。
「ひっ、何だこれ、防火服がっ!」
「嘘だろっ!? マジでバケモンだ! こんなの俺達の仕事じゃねぇ!」
「行くぞ! 燃やされちまう!」
その火力に、たまらず消防士達も一目散に消防車へ乗り込んで逃げて行く。
消防士達からすれば異界と繋がる謎のゲートの向こう側から突然現れ、自分達の身を炎から守ってきた防火服すら簡単に燃やす未知の炎を操る灯真はもはや人外にすら見えていたのかもしれない。
(……燃やされる、か……)
心の中でその言葉を反芻しながら、遺体や遺品を探すため瓦礫を退けようとした時、自身の体に纏う炎が消えないことに気付く。
灯真は何度も何度も魔力を操作し炎を消そうとするが、火の勢いは一向に変わらなかった。
「これじゃマジで火のバケモンだな……」
自嘲気味にそう呟いた時、
「とーまっ!」
ガシャガシャと瓦礫を踏み鳴らして駆け寄って来たのは、舞桜だった。
「舞桜っ、何でここに……ってか、俺に近づくな! 火傷するぞ!」
体が燃えているにも関わらずギャル特有のいつもの距離感で近付いてくる舞桜に慌てて注意し後ずさる灯真。
「いいから! これっ、マジヤバいじゃん! 体っ、すぐ火を消さないと!」
「お、落ち着けって! 俺は大丈夫だっ。信じられないかも知れねぇけど、熱くないし、この火は俺から出てるんだ。あの妙な穴がなんか異世界みたいな所に繋がってて、そこからバケモンが出てきて……俺も火を出すバケモンになって……それで……」
「えっ、マジ? とーまは熱くないの?」
消防士達に言われた言葉が心のどこかで引っ掛かり、言い淀んでしまう灯真だったが、怖がる素振りを見せない舞桜に驚いてしまう。
「あ、ああ。でも、信じるのか?」
心の底から灯真の身を案じていた舞桜は、無事だと分かった途端に緊張の糸が解け、普段は見せない涙を流した。
「ぅん……うぅ……よがっだぁぁ……とーま、無事でよがっだよぉぉ……」
「お、おい泣くなって……」
「……消防車の音が灯真の家の方へ向かって行ったから……ワンチャンヤバいかもって思って来てみたら……ホントに……しかもとーままで、燃えちゃってるのが見えて……うち……もう……うぅ……」
「……心配してくれてありがとな。俺は大丈夫だから……あー、でもねーか……」
「えっ……?」
灯真は自分の燃える体を見て表情を曇らせる。
「母さんも、灯愛も……死んだ。鬼みてぇなバケモンが出てきて、家ごと燃やされたんだ。ソイツは殺したけど、もう、2人は戻らない……」
「とーま……」
灯真は自分が最早普通の生活を送る事は出来ない、炎の怪物になってしまったのだということを舞桜に話す決意をする。
「……もう、この炎が消えなくなっちまったんだ……だから……コイツが消えるまで、ここにはいられない。何ならあの穴から繋がってる異世界でこの炎が消えるまで——」
そこまで言った灯真の手を、パシっと舞桜が掴んだ。
「おいバカッ、離せ! 火傷じゃ済まないかも知れねぇんだぞッ!」
無理にでも振り解こうとする灯真だったが、ジュゥゥッと左手の皮膚が焼けて熱傷の痛みに顔を歪ませながらも、舞桜はその手を離さない。
「絶対ヤダっ! 私が、とーまをどこにも行かせない!」
その時、強い想いに応える奇跡が起きたかのように——キラッ、キラキラッと、光の粒が2人の周囲を桜のように舞い始めた。
それは、宝石のように輝く細氷。
舞桜の魔力の影響で周囲の水蒸気が氷の結晶となり、灯真の揺らめく赤い炎の光を反射する。
魔力で出来た簡単には溶けない氷だからこそ実現した、世にも珍しい赤い輝きの細氷だ。
「綺麗……紅玉の欠片が降ってくるみたい……」
「ああ……綺麗だ……」
2人で手を繋いでいることも忘れてその光景に魅入ってしまう。
「って、ヤベェ! 早く離さないと——」
「大丈夫。もう熱くないから。ほら」
そう言った舞桜は、手を拡げて体を丸ごと灯真へと近付けていく。
——炎熱と氷結。元を正せばそれは、原子の振動の増幅と減少。お互いの能力が打ち消し合い、舞桜が灯真へ抱き付く頃には、もう灯真の炎は消えていた。
「お、おいっ、これは……」
まだ自分の手が熱を帯びているかもと抱き返せないでいる灯真のおでこに、舞桜は自分のおでこをくっつける。
「言ったでしょ。うちがいつでも測ってあげるって。ほら、もう熱くない」
少し顔を動かせばキスしてしまいそうな距離にある舞桜の顔に、灯真の熱がまた上がっていく。
「あははっ、やっぱりまた熱くなってきたかもー。とーま、顔赤いよ? また燃えちゃいそう?」
いつものように灯真をからかう舞桜も、今回ばかりは熱が移ったか、
「なっ、う、うるせー! お前だって顔赤いぞ!」
「えっ、うそ! あ、う、うちはとーまの熱を冷ましてあげたから、こっちに熱が移ってきただけだから! ほら、熱って高温から低温へ伝導するし!」
「何だそれずるいぞッ! もう熱くないって言ってただろ! 俺だって炎の熱が残ってただけなんだよ!」
素直になれない灯真はいつものように照れ隠しで軽口を叩くが、ふと目に入ったのは、舞桜の左手。
氷の魔力に覚醒する前に灯真の炎に触れていたその手には酷い熱傷ができてしまっていた。
見られた事に気付いた舞桜は左手を背中に隠し、灯真に笑顔を向ける。
「気にしなくて良いから。これはうちが勝手に掴んだからだし、自分で冷やしたから……」
セリフの途中でガバッと灯真に抱き寄せられ、言葉に詰まる舞桜。
「え、あっ、ちょっ、とーま……?」
さっき出来なかった分を取り戻すかのように、灯真は強く舞桜を抱きしめる。
「悪い……!」
良いと言ってくれる事も分かっている。
「い、いや、だから、良いって言ってんじゃん……」
だからこそ、その傷に誓う。
「もう舞桜には二度と、火の粉は降り掛からせない」
(危険は全部、俺が焼き払ってやる……!)
それはまるで紅玉の石言葉——愛の炎のように、熱く燃える誓いだった。




