第11話:鬼退治
炎を物ともせず、壁を破壊して現れた鬼。その背後には、空間にぽっかりと空いた穴のような、奇妙なものが見える。
そこに一瞬気を取られた灯真の意識を引き戻すかのように鬼が吼える。
——グルルルルルルッ!
虎の威嚇のように喉を鳴らす鬼の口元には、それこそ虎と同じ鋭い牙が並んでいる。さらに天井に届きそうな頭部の左右からは、牛の洞角を想起させる角が生えていた。
(何だよコイツ……!)
全長は角を含め3mにも届きそうな程で、皮膚は家を燃やす炎よりも濃い赤色。
野生の猛獣のような筋肉が膨れ上がっているのが一目で分かる巨体の周囲には、可燃物もなしに燃え続ける赤い火の玉が宙に浮かんでいる。
(まさかコイツが……この家を……母さんと灯愛を燃やしやがったのかッ……!)
「お前が……やったのか……?」
言葉が理解できるかなど関係なく、灯真はそう問いかける。当然返答はないが、鬼の口元が微かに歪んだように見えた時、
「お前がやったのかァァァアアアッ!」
キレた叫びとともに、灯真を中心に爆炎が発生して周囲の炎を押し退ける。まるで爆風で火や酸素、そして周囲の物体を吹き飛ばして延焼を防ぐ爆風消火のように。
謎の光に包まれて以降、自分自身からも炎を発していることを感じ取っていた灯真は、今の発炎で炎を操作できる感覚を掴む。
自身の体内にも知覚出来るようになった謎のエネルギー……魔力を操ることで炎を発生、操作できることを感覚的に理解した灯真は、バッと掌を鬼に向ける。
「同じ目に合わせてやるッ……!」
——ゴォォォォォオオオオオッ!
その手から火炎放射器のように放たれたのは鉄をも溶かす1500度の赤い炎。
だが鬼が操る火の玉からも同じように火炎が放射され、灯真と鬼の中間で競り合うように衝突する。その中間点では励起状態となった電子が熱エネルギーを電磁波として放出し、眩いほどの光が放たれた。
この放射合戦で限界が来たか、遂にこの家が完全に倒壊し始めた。それを見た鬼が背後に浮かぶ奇妙な空間の穴の向こうへと去っていく。
「待ちやがれッ!」
その時、鬼の後を追って穴へ駆ける灯真の頭上に崩壊した天井が次々と降り注ぐ。
「ぐッ、くそッ!」
だが、灯真が魔力への適合によって得た強化された身体能力と、覚醒環境によって獲得された熱耐性及び火炎の能力はこの状況を軽く乗り越える。
(逃がすかッ!)
ボウゥッッッとさっきのような放射ではなく爆発のような勢いで炎を放って瓦礫を吹き飛ばした灯真は、謎の穴へと消えた鬼を追って——そうとは知らずに異界へと足を踏み入れる。
(何だここは……?)
ゲートを潜った先は真っ昼間の密林。熱帯地方のような高湿度、高気温は熱耐性を得た灯真にはなんら気にならないものだったが、この瞬間移動のような現象には驚きを隠せない。
(……いや、それよりも今は……奴はどこだ……!)
倒壊に巻き込まれている間に鬼を見失ったが、周囲を見渡す灯真の感覚は、赤外線熱探知機、サーモグラフィのように右前方に遠ざかる熱源を感知した。
「——そこかッ!」
ドウゥッと、さっき瓦礫に埋もれた時に使った爆炎の感覚で、背中と足の裏から一方向へ向けて放つことで熱エネルギーを運動エネルギーへと転用し一気に加速する。
視界内に捉えた鬼も爆音に気付いて振り向くが、灯真はそのままの勢いで急接近し、肘から爆風を放った爆速の拳でドゴォォッと鬼の巨体を殴り倒す。ジュゥゥと高熱を帯びた拳に焼かれた鬼の顔がそのダメージに歪み、煙を上げた。
「立て、この程度じゃ俺の怒りは収まらねぇぞ」
その怒りの感情に呼応するかのように、灯真の纏う炎が勢いを増す。
立ち上がった鬼も怒りを露わにし、灯真を掴み取り、或いは踏み潰そうと攻め立てる。
力では劣り、機動力では勝る灯真は爆風による推進力を利用して鬼の攻撃を躱していく。
空を裂く爪と地面を砕く脚力に怯まず懐に入った灯真は腹をブン殴り、そのままゼロ距離で火炎を放つ。
だが、その質量と分厚い皮膚で耐え切った鬼は灯真の体を両手で掴み、頭を丸ごと囓り取ろうと虎のような牙を見せつけるように口を開いた。
灯真も魔力覚醒により身体能力が強化されているとは言え、単純なパワーでは鬼の筋力に到底及ばない。
(クソがッ! 喰われてたまるかッ!)
腕力とともにボゥゥゥッと瓦礫を吹き飛ばした爆風を使って捕縛を逃れた灯真は、目眩しに鬼の顔へ火炎放射を放って距離を取る。
やはり熱によるダメージはない鬼は姿勢を低くし、ドドッドドッドドッと四足走行で突進し、猛牛のような角を突き出してくる。
爆風により跳躍して上へ躱した灯真は、重力+上へ向けた掌からの放射で踏み付け(ストンプ)を見舞う。ズンッとその巨体が地面に押し付けられるが……
(チッ、この野郎……タフ過ぎる……!)
灯真の攻撃は鬼に対し決定的に火力不足。それを証明するように、鬼はすぐにその巨躯を起こして立ち上がり、再び牙を剥く。
その様はまるで灯真を地獄へ連れて行こうとしているかのようだ。
(くそッ、どうするッ……!)
決定打に欠ける灯真が何も思い付かないまま距離をとっていると、鬼はバキバキッとへし折った太い枝を大上段へ振り上げた。
(おいおい……鬼が武器使うとかふざけんなッ……!)
バガァァンッと振り下ろされた攻撃を何とか躱した灯真だったが、続けて振り回される棍棒にもはや近付くことも出来なくなる。
リーチ差を広げられ、距離を詰められたとしても火力が足りない。
鬼も灯真に熱が効かないと分かっているのか、火の玉による攻撃はして来なくなったが、体格が違いすぎる。
灯真の身長は178cm。鬼は3m前後で、1.7倍程度のハズだが、隆起した筋肉とゴツい肩幅は、対峙している灯真に倍以上のサイズ感を覚えさせていた。
だが、灯真の火はまだ消えていない。
(単純な話だ……火力を上げればいい。このデカブツを燃え散らすくらいに……ッ!)
灯真が発生させている火炎は、石炭・石油等の燃料による第1の火、電気による第2の火、核分裂による第3の火、核融合による第4の火のどれでもなく、魔力による第5の火。言わば5番目の炎だ。
本来燃焼に必要な要素は点火源、酸素供給体、可燃物の3つ。炎の温度を上げるには酸素供給量を増やすか、燃料を変えるか。
だが灯真の炎はこれまでの自然界の炎と異なり、魔力で点火し魔力を供給し魔力を燃やしている。火力を上げるには灯真が感覚的に理解している通り単純に大量の魔力を供給すれば良い。
(次の一発、デカいのをぶち込んでやる……!)
覚悟を決めた灯真は、ズンッズンッと踏みしめながら迫る鬼に対し爆風機動で突撃する。振り下ろされた棍棒は横へ躱し、薙ぎ払われる二撃目より速く鬼の股の下を抜けて背後をとる。
(ここだッ!)
灯真は鬼に対し横向きに構え、右手を鬼に、左手を反対に後方へ向ける。そしてすぐに両手へ全魔力を集め、次の瞬間——
——ボォォォォォォオオオオオオゥゥッッ!!!
右手からはこれまでより高温、高密度の黄色い炎が収束された熱エネルギー波のように放たれ、振り返った鬼へと直撃する。
反対の左手からはコォォォォォォォォッと航空機のターボジェットエンジンのように燃焼によって噴流を生成し、その反作用による推進力で反動を相殺し体は後方へ吹き飛ばさせない。
陸上自衛隊等が使う、後方爆風によって反動を打ち消す無反動砲から灯真が着想した、現時点で最大火力の攻撃。
——グルルォッ!?
焦ったような鳴き声を最後に約4000度の熱収束波に包まれた鬼は、おそらく初めて感じる熱傷による痛みにもがき苦しむが、次第に動く気配もなくなっていく。
やがて放射される炎が消えてその姿が見えた時には赤かった皮膚が黒焦げになっており、ドズンッと力無く倒れた。
熱気によって陽炎を発生させていた左手からの噴流も同時に止めた灯真の眼には、15m先まで薙ぎ倒された大木を背景に倒れた鬼が映っていた。母や灯愛と同じ焼死体となって。
「……同じ苦しみを味わいながら、地獄へ失せろ」
復讐を果たした灯真は大して喪失感を埋めることは出来なかったが、少しの達成感を胸にゲートへと向かう。
(それにしても、何なんだ……? この能力も、この世界も……)
直感タイプで分からないことは深く考えない性質の灯真は、取り敢えず元の世界へ戻ろうとしたその時、
——ズァァァァァッ!!
地面から突然生えてきた大木が灯真へと襲い掛かってきた——!
「何ッ!?」
咄嗟に爆風を生み出して躱した灯真は地面を転がって距離を取り、現れたモンスターの姿を確認する。
「今度は何だってんだッ……!」
それは枝に葉がなく、よく見ると木の根のような生物だ。地表に沿って伸びる水平根のような構造で、先細りになっている根は触手のように蠢いている。
「動物みてぇに動いてやがる……植物が知能を持ってんのか……?」
(くそッ、さっきみてぇな大技はもう撃てねぇぞ……! まだ多少は発火出来るだろうが……)
植物に対し炎は一見相性が良さそうだが、枯れていない生木は含水率が高く燃えにくいものだ。
生半可な火力では焦げ目を付ける程度にしかならないだろう。炎や痛みを恐れる感情があるとも思えない。
ゲートまで撤退を意識し、灯真がその方向をチラッと見た時、
「おいなんだここは! どうなってる!」
消防隊の防火服を来た男が、逆にこの場にやって来てしまった。通報を受けて消化活動に来た消防士があのゲートを見つけて調査に来たのだろうが……
「君! 大丈夫か!」
「来るな! ここは危険だッ!」
木のモンスターが地面からさらに根を伸ばし、灯真と消防士の男を巻き込むコースで攻撃してくる。
「クソッ!」
ドウゥッッとさっきは後方爆風に使った噴流を推進力に利用し、灯真は爆風による機動よりもさらに速く駆ける。そのまま消防士を抱えて地表スレスレを飛翔し、ゲートの向こう、地球まで一直線に突き抜ける。片手を前に突き出し逆噴射と足をついた地面との摩擦で急ブレーキをかけ、消防士を降ろす。
ここからゲートの向こう側は見えないが……灯真が地球に戻る直前に見た木の怪物は、根を伸ばし続けて追って来ていた。
(もし奴がこの穴を超えてこっちに来たら……!)
ここには消防車とともに来ている数人の消防士が既に消化を終えて瓦礫の撤去を行なっており、野次馬もまだかなりの人数が残っている。
(やるしかないかッ!)
灯真は左手を添えた右手をゲートへ伸ばし、今残っている最大火力の火炎放射を——ゴォォォォオオッと放つ。
灯真が危惧した通り、根の触手が数本ゲートを潜って追って来たのが見えたが、そこに放射された火炎の輻射熱に触れた途端引っ込んでいき、それを逆に追うように炎がゲートへと吸い込まれていく。
約10秒間の放射を終え、灯真が手を下ろすと……
「バ、バケモンだぁ! 火を出しやがった!」
「あの少年、体が燃えてるのに動いてるぞ! アイツがこの家を放火したのか!」
「燃やされるぞ! 逃げろ!」
消防士やここに集まった人間を根の怪物から助けた灯真に対し、野次馬達が心無い言葉を浴びせて散り散りに走り去って行った。




