第102話:終戦
魔核融合砲の直撃。
晃生でも無事では済まないそれを喰らったジャックは——驚くべきことにまだ原形を留めていた。
無数の魔物から共有されていた膨大な魔力が彼を守ったのだろう。
だが全身焼け焦げたようなダメージを負い、ドサッと力なく倒れ込む。
激しく、そして静かに——決着した瞬間だった。
だがこれで終わりではない。
晃生が腕時計を見ると、核ミサイル着弾まで——残り1分49秒。
それを見た晃生はすぐにジャックに駆け寄り、超回復を発動させた。
「晃生君……?」
「おい晃生っ、大丈夫なのかよ……?」
木乃香と灯真も驚いた声を上げるが、
「何をしている……晃生……俺は敵だぞ……」
一番驚いているのはジャック自身だ。
「聞けジャック。さっき言った『全てを消し飛ばす兵器が降ってくる』っていうのは本当なんだ。このままじゃあと2分もしないうちに全員死ぬ」
「……だったら何故逃げない? お前なら可能だろう」
「俺は誰も見捨てない。皆を助けたい。ジャック、お前もだ。初めて出来た異世界の友達なんだ。死んでほしくなんてない。だから頼む。協力してくれ」
「……この世界の人間は、俺の仲間を殺した。俺の仲間も、人間を喰う。歩み寄れはしない」
「……だから、こうやって戦争になっちゃったんだな……確かにお前らから見えてる通り人間は傲慢で、利己的で、身勝手で、ただ生きる為に喰う魔物よりも、自然の摂理から外れた存在かもしれない。でも、歩み寄れる。絶対に。それは俺達の歴史が証明してる。どれだけ争ってきた人種、組織、国同士でも、最後は手を取り合い、歩み寄ってきたんだ。出来る。きっと出来る。いや絶対、出来る。俺達2人で、それを証明しよう」
「……俺にはもう、支配している手持ちの魔物はいない。何も、出来ない……」
ジャックの言葉を聞いた晃生が、天を仰ぐ。
——あと、1分7秒。
当初の晃生の目論みでは操華の念力か、もしくは復活する期待に賭けるしかないが亜凰の引力でミサイルを操作し、着弾させずに止めるつもりだった。
だが操華を含めた自衛隊は既に戦線を離脱しており、亜凰は依然として回復していない。
その最後の手段としてジャックの高速飛行出来る魔物に乗って力づくでミサイルの軌道を曲げる、という不測の事態にも備えた三段構えのプランだったのだが——
全て、潰えた。
タイムリミットが1分を切り——59……58……57……着々と、終焉が迫ってくる。
『晃生。あと55秒だ。大丈夫か?』
麗色からインカムに通信が入るが——
「……」
晃生は、返す言葉もなく茫然と立ち尽くすしかない。
『晃生、応答しろ。既にF-35A改から巡航ミサイルが発射された』
「……麗色ちゃん……ミサイルをハッキングして操作は……?」
『出来たらやっている。向かっているのは時代遅れのAGM-28だ。慣性航法装置による誘導方式だから外部からの電波による操作は出来ない』
AGM-28とは、後継版AGM-69の開発に伴い1975年に退役したはずの大型空対地ミサイル。
おそらく残り物を処分するくらいのノリで使用されたのだろう。
電波妨害の影響を受けないのはミサイルとしては長所だが、その設計が今、晃生達に牙を剥いている。
——あと、34秒。
もう肉眼でもAGM-28のジェットエンジン噴出口が放つオレンジの焔光が見えてきている。
W28核弾頭を搭載した死神。
その足音が徐々に迫って来るような恐怖。
絶望的な気分が晃生の思考を鈍らせる。
(木乃香達だけでもリライフビルの地下にあった核シェルターに避難させる……? いや、今からじゃ間に合わないッ……くそッ……どうすれば……ッ!)
その時——木乃香がそっと晃生の手を握った。
「木乃香……」
木乃香は何も言わず、信じてるよ、という視線だけを送った。
(そうだ……木乃香は絶対に守る。俺の全てを懸けてでも……!)
「麗色ちゃん! ミサイルの速度はッ?」
『AGM-28は亜音速巡航ミサイルだ。レーダーでの観測速度は秒速320メートル』
(よしッ! 亜音速ならいける!)
そう確信した晃生は木乃香の眼を見つめる。
しっかりと、眼に焼き付けるように。
これが——最期になるかもしれないから。
「晃生……くん……?」
「木乃香。ずっと、その……木乃香のこと……好きだった」
「——っ!」
声にならない吐息を漏らして、木乃香が目を見開く。
——あと20秒。
「こんな状況で言っちゃってごめん。でも、今言わないと後悔すると思ったから」
「あ……えっと、わ、私——」
「返事は今度聞かせて。絶対戻って来るから」
「え……どういう、意味かな……?」
晃生は答えず、フッと柔らかい笑顔を見せた。
あと十数秒で核ミサイルが降ってくるという、1秒すら惜しい状況の中——晃生はただ万感の想いを込めて、見つめ続ける。
——あと、10秒。
「晃生君……何する気……? そんな、もう会えないかもみたいな眼で見てきて、ダメだよ……そんなの……」
晃生の、命を懸ける覚悟のようなものを感じ取り、何をやろうとしているのかが何となく分かった気がした木乃香が、晃生の袖を掴もうとする。
——あと、5秒。
「麗色ちゃん。俺が入ったらあのゲートを閉じてくれ」
そこで晃生は木乃香から離れ、活性化——100%を発動。
それと同時にダッッッッと走り出した。
速く、速く、どこまでも速く——木乃香が自分を呼ぶ叫び声が、聞こえない速度まで——!
ミサイルと同じ亜音速まで達した晃生は着弾地点に正確に割り込み、ミサイルが地面に直撃する寸前——その胴体を優しく掴んでグンッッッと進行方向を水平に変えた。
さらにミサイルと並走しながら右へ右へと方向をコントロールしていく。
狙うは——戦場に取り残されている麗色の人工ワームホール発生装置。
ジャックが通ってきた、異界へと通じるゲートだ。
「う、おおおおおォォォォォォォッッ!!!」
(もう少しだッ! 押せ! もっと!)
スピードはほぼ音速。
処理速度が飛躍的に向上している晃生の脳が見せるウルトラスローの世界でも、ほんの僅かな角度の違いが一瞬で致命的なミスになる。
ミサイルのジェットエンジンに付いていく全力疾走の中、力を込め過ぎれば暴発し、弱すぎてもコントロール出来ない。
亜音速で針の穴に糸を通す繊細な神業が求められる。
その、角度が。
あと少し、曲がり切らない。
(ヤバいッ……このままじゃ……ッ!)
数ミリ掠めてゲートの横を通り過ぎてしまう——かと思われたその時、ジャックが飛び付いてきた。
(ジャック——!?)
驚愕する晃生を無視して足りなかった角度を補足したジャックは、そのままミサイルを保持して晃生と共にゲートへ駆ける。
ゲートまであと10m。時間にして約0.03秒だ。
もう晃生自身でも止まれない。
美羽蘭との長い修行からようやく麗色と木乃香に見つけてもらって帰ってきたのに、また自ら行かなければならない。
核ミサイルと共に。
引き延ばされた体感時間の中、晃生は木乃香のことを想い、そして、最期にジャックと協力できたことを喜んで——異界へと、突入した。
周囲の人間からすれば一瞬の出来事。
ゴオオオオオオオォォォォォォォッッッッと瞬間的に通り過ぎていったミサイルがゲートの向こうに消え、フッと、辺りが静寂に包まれる。
「ダメっ! 晃生君! 嫌っ! 戻ってきて!」
木乃香が晃生を追って走り出すが……
『ゲートを閉じろ、マキナ』
『入力』
麗色が命じ、戦闘中からハッキングを続けていたマキナがオンライン上でゲート発生装置をシャットダウンする。
「嫌ぁぁぁッ! 晃生君! 待って!」
「無理だよ! もう間に合わない! それに今行ったら死んじゃう!」
「そうよ木乃香ちゃん! 私達を、いいえ、貴女を命懸けで救った中川君の覚悟を無駄にする気!?」
半狂乱で走る木乃香を舞桜と愛奏音が止め、ゲートが——閉じる。
「離してッ! あぁ……そんなっ……晃生君……こんなの……こんなのって……!」
子供のように泣き噦る木乃香。
『すまない、木乃香……ああするしか無かった』
麗色が通信越しに謝るが……ゲートを閉じなければ核爆発の余波が——爆風、熱線、そして放射線がこっちに来てしまっていた。
それが分かっている木乃香は誰を責めることも出来ず、それでも晃生一人に背負わせてしまったことが腹立たしくて、悔しくて、そしてただただ悲しくて——泣くことしか出来ずにいる。
灯真や勇斗、それに他の皆も、一時は対立していた大我や雄理でさえ、晃生という一人の英雄を失ったことを呑み込めず、ただ立ち尽くしていた。
この戦いに勝てたのは間違い無く、晃生のおかげだったから。
「木乃香ちゃん……大丈夫よ、中川君ならきっと……」
愛奏音が慰めても、今の木乃香には気休めにもならない。
「ああ。晃生が死ぬわけねぇ。アイツは絶対生きてる」
「僕もそう思う。晃生君なら、どんな状況でも必ず切り抜ける」
灯真と勇斗は晃生の生存を信じているようだが、その言葉はどこか自分に言い聞かせているようだった。
「……学園長。晃生が生きてる確率は?」
他の生徒に聞かれないよう通信を個別チャンネルに切り替えたアンナが麗色に問いかける。
『……いくら晃生でも、瞬間的に融解される原爆の熱線には耐えられない。残念だが、影しか残らないだろう』
「ミサイルを遠くに放れば致死量の熱線には晒されない。放射線に被曝しても、アイツの能力なら生き残れる」
『……日本で確認されている異界遭難者のほぼ全てが、ゲートの向こうは巨大樹の密林だったと報告している。そこに亜音速で突っ込んだのなら、どんなに運が良くても爆心地は極近距離になる。広島では半径1.2km内の人間はほぼ即死で——』
「晃生が生きてる確率はッ?」
アンナは珍しく麗色相手に話を遮って声を荒げた。
アンナも本当は分かっている。自分の生徒を亡くしたんだと。でも信じたくなくて、麗色お得意の科学的な理論と物理的な計算式で答えを弾き出した結果、生きていると、そう言って欲しくて、普段は溌剌としたアンナがこんなにも感情的になっているのだ。
『限りなく——ゼロに近い』
だが導き出された解は、やはり、としか言いようがないものだった。
改めて現実を突き付けられる絶望。
麗色だって言いたくはない。ゲートを閉じる決断も、断腸の思いで下したものだ。
トップに立つ者は瀬戸際に立たされた時、少数を切り捨ててでも多数を守らなければならない。
例えそれが親しく、大切な人間であろうと。
例えそれで独裁者だと謗られようと。
それを麗色はよく分かっている。
だが分かっていても、辛くない訳じゃない。
大人びて見えるIQ500超えの超天才児であろうと、まだ弱冠15歳の少女なのだ。
『……アンナ。事後処理や復興作業はマキナ達にやらせる。生徒達を連れて学園に戻れ』
プツっと、麗色はそれっきり通信を切った。
その声が少しだけ震えていたことに気付いたアンナは、麗色がまだほんの幼い女の子だったことを思い出した。
(あーあ……あとで謝るか……けど、アタシだって整理がつかねーんだよ……くそッ……)
連れて戻れとは言われたものの、生徒達にかける言葉が見当たらず、アンナは生徒達の心が奮い立つまで何分でも、何時間でも待つと決めたのだった——。




