第101話:100%
晃生が追い詰めていたはずのジャックが本気を出し、切ってきた奥の手——迦楼羅、摩虚羅、阿修羅。
最強の三精霊を前に共闘して尚、雄理・大我・晃生の3人は苦戦を強いられていた。
その精霊達は特殊な魔力特性を持っているわけではない。
霊鳥・迦楼羅は口から金色の炎を吐き、霊蛇・摩虚羅は毒の牙を持ち、霊鬼・阿修羅は三面六手を使いこなす程度のもの。
厄介ではあるが、無数の多様性を持つ魔物の中では特に珍しくもない。
ただ単純に魔力量が多すぎるのだ。
もともと精霊とは存在が魔素で構成され、思考や運動等の生命活動も魔力によるエネルギーで行なっている為、魔力の扱いには長けており、存在を構成する魔素量も多い。
その中でもこの3匹の精霊は別格のエネルギーを宿しており、生物としての格が違う。
晃生達でも半端な攻撃ではダメージがほぼ通らない程だ。
「気張れやお前らッ! 時間ねェぞッ!」
迦楼羅が吐く金色の炎——迦楼羅焔を喰って吸収しながらの大我が劣勢に苛立って悪魔姿のまま吼えるように叫ぶ。
「お前こそ他に必殺技とか無いのかよ」
反論した雄理もいつも通り平静さを装ってはいるが、摩虚羅の毒霧や素早く地を這う動きになかなか対応出来ず、内心では晃生の言っていたタイムリミットが気になって焦っている。
そしてそれは阿修羅と殴り合いをしている晃生自身も同様、いや、核ミサイルが降ってくると知っている晃生の方が何倍ものプレッシャーを感じているはずだ。
(ジャック、ダイナ、カゲロウ、そして三精霊……)
「短時間で倒し切るには火力が足りない……!」
その時——
「火力なら俺の出番だなァッ!」
ドンッッッと空から降り立ったのは——青い炎の翼を纏った灯真。
その姿はまるで、灯真がさっきまで戦っていたはずの炎凰のようだ。
「灯真! お前……どうしたんだよそれっ……!」
青色のエネルギーレベル……ということはつまり、灯真も総軍級の領域に至ったということだ。
「ハッ、生意気にも俺より熱い炎を纏ってやがったから、吸収してやったんだよ」
「吸収って……いくら魔素で構成されてる精霊相手でもそんなこと出来るのか……?」
「細かい理屈は俺も知らねぇよ。気合いだろ気合い。そんなことより、こっちにもマキナ経由で麗色ちゃんから通知が来た。時間ねぇんだろ?」
「ああ、そうだな。けど4人でも倒し切れるかどうか……」
「——僕達もいるよ」
新たに応援に駆け付けたのは、勇斗と愛奏音。
風の精霊ガルーダを倒した勇斗の魔剣も青い光を放っている。
総軍級が、これで3人。
さらに遅れて舞桜と木乃香もやってきた。
「舞桜お前……そいつ大丈夫なのか?」
灯真が驚愕の声を上げたのは、舞桜がフェンリルの背に乗ってやって来たからだ。
体が雪のように冷たいフェンリルに乗っていると常人なら凍傷を負ってしまうが、耐性のある舞桜であれば問題ない。
フェンリルにとっても人間の体温は高すぎて触れられるのを好まないが、冷気を纏える舞桜のことは寧ろ気に入ったようだ。
「うん! 友達になれたし! てか灯真こそそれヤバくない!? 何その羽!」
「俺も強くなった。絶対勝つぞ。このラストバトル」
「もち! 背中は任せといて! この子に!」
「そこは自分じゃねーのかよ!」
続々と集まって来た人間達を見た迦楼羅が全員まとめて焼き払おうと迦楼羅焔を広範囲に放つ。
「……?」
だがその金色の炎は明後日の方向を焼け野原にし、晃生達には掠りもしない。
全員が不思議に思う中、大我だけが「チッ」と舌打ちをした。
「来んなっつったろうが、奏葉」
「もぉーまたそんな言い方して。手伝いに来てあげたのに」
今迦楼羅が狙いを盛大に外したのは、奏葉の幻影の能力によるものだった。
「戦闘力の無いお前は足手まといだ。帰れ」
「確かに直接戦闘は苦手だけど、今みたいに役に立つこともあるでしょ? 心配してくれるのは嬉しいけどねー」
「心配なんかしてねぇってのッ! 勝手にしろッ!」
さらに不意打ちをしようとしたカゲロウをビタッッと金縛りで止めたのは——雄理の一つ下の後輩であり今は幽霊の、門叶ひなのだ。
「ひなちゃんにも来ないように言ってたのに……いくら魔素生命体だからって、ここにはひなちゃんを殺せる奴が何体もいる」
「先輩、私なら大丈夫です。こんな体になっても私が生き延びた理由は、先輩と一緒に戦う為だって思うんです。だから、何を言われようと私は帰りません」
「全く……じゃあ援護よろしく」
「はいっ!」
晃生、木乃香、灯真、舞桜、勇斗、愛奏音、雄理、ひなの、大我、奏葉。
日本の命運を背負った10人の能力者が揃い踏みし、今、改めて戦いの火蓋が切って落とされる。
「行くぞみんな! 残り5分22秒、それまでに必ず決着を付ける!」
「「「「応ッ!」」」」
晃生の号令に男4人が応えて走り出し、女子達もそれに続く。
先頭は晃生、灯真、勇斗。
立ち塞がる阿修羅、迦楼羅、摩虚羅をそれぞれ素手、炎、斬撃で吹っ飛ばし、後続の道を作り出した。
開けたそこをフェンリルが駆け抜け、背に乗った舞桜との融合魔法で冷気のブレスを放つ。
即座にダイナが火炎放射で応戦し、青と赤のブレスが鬩ぎ合う。
徐々に青が競り負け、10人全員がゴォォオオオオオオオッッッと業火に包まれるが、ダイナのブレスが終わった時、そこに晃生達の姿はない。
奏葉による幻影能力+晃生の残心の勁の応用で、姿だけでなく魔力までをも誤魔化したのだ。
いち早く気付いたジャックがバッと後ろを見ると、いつの間にか背後に回っていた晃生達の姿が。
既に並列装填された愛奏音の魔力砲、灯真の極光火焔砲、舞桜とフェンリルの氷槍、勇斗の軌道斬りが視界を埋め尽くすようにジャック達を襲う。
それぞれ防御・回避行動を取ろうとするが、ひなのの金縛りでほんの一瞬だけ動きを制限され——ズドドドドドドオオオオオオオオォォォォンッッッッ!!!!
全弾命中——したと思いきや、さっき金縛りを経験していたカゲロウだけは超スピードで拘束を逃れており、弾幕を掻い潜って晃生の背後に回っていた。
蠍のような毒針の尾が鋭く突き出され——晃生はそれをわざと受けた。
殺った——そう確信したカゲロウの首を振り向きざまにガッッと掴んだ晃生はギリギリィッと握力を強めながら顔を近付ける。
「お前だけは許さない。お前如きが、亜凰に勝ったと思うなッ……!」
亜凰を戦闘不能に追い込んだカゲロウの毒素——だが効果の減衰する体外への発動と違い、自分自身へは万能の超回復能力を持つ晃生には通用しない。
魔力の拒絶反応さえ天衣無縫を会得した今の晃生には無意味だ。
——ギェェァアアアアアアッッッと苦痛に満ちた悲鳴を上げながらカゲロウが4本ある腕のカブトムシのような鉤爪で晃生を引っ掻き回すが、それを無視して万力のように握力を込めていく晃生はミシッ、ギチギチッ、ブチィッとカゲロウの首を握り潰した。
だが倒れたカゲロウはまだそれぞれの神経節からの命令で頭と体を自在に動かすことが出来る。
伏せた姿勢から千切れた頭を拾ってその虎挟のような大顎を武器のように使い、晃生の脚を挟み込んだ。
勝ちを確信した晃生を今度はカゲロウが襲う——が、切断するはずだった晃生の脚は筋繊維密度が高過ぎて牙が食い込んだだけに終わる。
「虫が……亜凰との戦いの記憶は、今すぐその小さな脳から消しておけ」
そう言って晃生がカゲロウを踏み潰そうとした時、勇斗が先に頭を刺し、灯真が体を燃やした。
「コイツにムカついてんのはお前だけじゃねーんだよ晃生」
「そうだね。風穴を空けられた借りはこれで返したよ」
まずは1匹。
ミサイル着弾まで——残り4分39秒。
そこでピピピピっと学園生の端末に麗色からの通信が入った。
『時間が無いから手短に伝える。そっちから今私がいる学園島が見えるな? ここからの直線上になるべく多くの敵を誘導しろ。後は私がなんとかしてやる』
要件だけ伝えた麗色は通信を繋いだままにし、通話の向こうで何かの装置の操作に戻った。
「直線に誘導って……麗色ちゃん、何するつもりなのかな?」
「疑問は後だ。とにかく信じてやろう」
「晃生君……うん!」
頷き合った晃生と木乃香がバッと駆け出す。
(最優先は魔物を支配してるジャック……そして最低でも三精霊は直線に入れる……!)
初っ端から全開——80%の活性化を発動させた晃生と魔猫化した木乃香が2人がかりでジャックに突撃し、ズガガガガガガガガガッッッと機関銃のような打撃音を撒き散らしながら殴り合う。
「もう諦めろジャック! あと少しでここら一帯を全て消し飛ばす魔法よりやばい攻撃が降ってくる! お互い全滅するぞ!」
晃生はジャックを直線上に留める時間稼ぎで、そしてついでに対話で決着できる最後のチャンスを試みるが、
「無駄だ晃生。俺達はもうとっくに引き返せない所まで来た。俺を止めたいなら力づくしかないぞ」
やはり、ジャックは応じない。
核兵器を知らないジャックには晃生の言葉は虚勢にしか聞こえていないからだ。
(だったらお望み通り、力づくでこの場に留まらせてやるッ!)
1番の討伐優先順位はジャックだと理解している他の皆も、晃生がジャックを足止めしているのを見てジャックと学園島を結ぶ直線上に他の魔物を誘導し始める。
奏葉の幻影に加え、灯真も熱光学虚像分身で敵の視覚を欺いて誘い出そうとするが、迦楼羅、摩虚羅、阿修羅の三体は精霊だけあって魔力感知にも優れており、錯覚と熱源の気配だけでは完全に誘導仕切れない。
「チッ、コイツら馬鹿じゃねぇッ……!」
「灯真! こうなったら無理やり押し出すしかないよ!」
「ああ! 行くぞ舞桜!」
灯真と舞桜は火炎放射と冷気のブレスで迦楼羅を狙いのポイントに押し込んでいく。
雄理は阿修羅の六腕連打をアダマンタイトの鎧で防ぎながらジリジリと前進していき、その後ろからひなのが心霊現象で押し込みをサポートする。
ひなのの心霊現象は操華の念力のように精密な操作には向いていないが、逆に物体を無理やり動かすような乱暴な出力は得意な為、この場合はその特性が有利に働いている。
ジャックを援護しようとするダイナの火炎ブレスは大我が吸収し、その隙に肉薄した勇斗と愛奏音がダイナに攻撃を仕掛ける。
今や勇斗の魔剣も青色。総軍級の魔力が込められた魔力の刃だ。
そのエネルギー密度の高さの前にはダイナの竜鱗すらも斬り裂かれるだろう。
濃密な魔力の気配からそれを感じ取っているダイナも不用意に距離を詰めさせはしない。
だが勇斗には遠距離でも届く斬撃がある。
愛奏音が無数の魔力弾を囮にし、同時に充填していた魔力砲。それを見てダイナが勇斗から気を逸らした時——キィインッッッッッッ!!!!
ゴロゴロと上空で鳴り響いている雷鳴を切り裂くような甲高く空気が震える音。
超速で振り抜かれた魔剣は総軍級の魔力が宿る衝撃波を飛ばし、敵も知覚不能な速度で——ダイナを真っ二つに両断した。
その光景を横目で見る晃生は木乃香と共に必死にジャックの攻撃をいなしながら足止めを続ける。
(勇斗がやってくれた……! もう少しッ……もう少しだッ……!)
木乃香の不吉の能力がジャックに不運な偶然を必然として与え続け、晃生の活性化が88%……89%と強化倍率を強めてなんとか本気を出したジャックを抑え込めている。
一つ何かの拍子で容易く崩れてしまいそうなギリギリの綱渡り。
タイムリミットは——あと3分17秒。
そこで——学園島とジャックを結ぶ直線上に、灯真と舞桜の放射攻撃に後退させられて迦楼羅が並んだ。
さらに雄理とひなのが押し込んできた阿修羅もほぼ直線上に。
残るは——摩虚羅。
「クソッ、ウネウネ動くんじゃねェこの蛇公がァッ!」
悪魔状態の大我が蝿のような翅を羽ばたかせての高速機動で摩虚羅を追う。
大蛇の姿をした摩虚羅は力づくで押し込みにくく、本物の蛇がピット器官によって熱源を感知するように摩虚羅も赤外線を知覚している為、奏葉の幻影を看破出来るのだ。
まだそのことに気付いていない奏葉が大我の幻影を数十体も作り出して撹乱しようとするが、一瞬で見抜いた摩虚羅は本物の大我をグルグル巻きにして締め付ける。
「ハッ、弱らせた後は丸飲みってかッ! 俺に喰い合いを挑んだのは大間違いだッ!」
大我が宿す悪魔は魔力を喰らう。そして精霊とは魔力そのもの。
大我は締め付けられながらも両手の平と顔にある3つの悪魔の口で摩虚羅の魔力をズオオォォォッと吸い込んでいき、生命力を奪い取っていく。
精霊の中でも特に膨大な魔力量の持ち主とはいえ、存在が徐々に希薄になっていくのを感じた摩虚羅は塒巻きを解除して逃げようとする。
だが喰ったことで摩虚羅の魔力の一部を吸収した大我はガッッと尻尾を掴み、
「大人しくこっちで寝てやがれッ!」
鞭を振り下ろすように摩虚羅の長い巨体を地面にズガァアンッッッッッと叩き付ける。
今この一瞬、ジャック、阿修羅、迦楼羅、摩虚羅がほぼ一直線に並んだ——!
(——今だ!)
「麗色ちゃん!」
『ああ、任せておけ』
望遠レンズで状況を把握していた麗色は晃生に言われるまでもなくそれを起動させている。
学園がある東京湾上空の浮遊島——その地中に隠された、麗色が極秘裏に開発を進めていた最終兵器。
浮遊都市の電力は全て学園の地下にある魔力融合炉で増幅された魔力を電気に変換する魔力発電で供給されているのだが、このリアクターは本来日本中の電力さえも丸ごと賄うことが出来る程のエネルギーを生んでいる。
CO₂を排出しない再生可能エネルギーかつ原発のような炉心溶融のリスクもない夢のクリーンエネルギー。
魔力融合炉は麗色が開発してきた優れたテクノロジーの中でも革命的な、世紀の大発明なのだ。
その莫大なエネルギーを一気に放出する極大魔導砲——
——魔核融合砲。
——ドギャウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥッッッッッッ!!!!!!!!!
学園島から放たれた規格外のエネルギー放射砲は彗星のように一直線に晃生達のいる戦場へと翔け抜け、誘導された列の先頭にいた摩虚羅の頭部をジュッッッッと蒸発させるように一瞬で消し飛ばした。
さらに次の迦楼羅も僅かに舞う羽根の残骸を残して瞬時に消滅させる。
だが——ここで想定外の事が起こる。
ギリギリまでジャックを足止めしていた晃生と木乃香が離脱するまさにその瞬間、阿修羅もひなのの金縛りを振り解いて回避行動をとっているのだ。
摩虚羅、迦楼羅が盾になったことで砲撃が極々僅かに減衰したのだろう。
砲撃射線から既に半身以上抜け出している。
このままでは精霊である阿修羅には致命傷を与えられない。
さらに——知覚加速によって高感度画像処理カメラのようなスローモーションに見えている晃生の視界の中で、とんでもない事態が発生した。
離脱しようとした木乃香をジャックが掴み、無理やり引っ張って位置を入れ替えたのだ。
つまり今——全てを消滅させる射線上に木乃香がいる。
直線上に誘導する対象としてジャックを優先するあまり、そのジャックを起点としてしまったせいで最も後方——つまり最も躱しやすい位置に置いてしまっていたのだ。
そうして与えてしまった刹那の余裕がこの事態を招いた。
僅か数瞬後に、木乃香が消し飛ぶ。
「木乃香ぁぁッ!」
その光景を目にした時——晃生が覚醒する——!
極限状態で活性化が100%に達した晃生は無意識に発動していた先覚ノ勁でこれから起こる未来を見た。
そして木乃香の方ではなく別の地点に向かって走り出す。
信じろ、という視線だけを送って。
阿修羅が砲撃を回避する——その直前。
ドォォォォオオオオオオオオンッッッッと麒麟が落とした落雷に乗って美羽蘭が射線上に割り込んだ。
麒麟と共に天雷ノ魔龍を倒し、この危機的状況を予知して駆け付けたのだ。
「待たせたナ童共!」
美羽蘭は総軍級の全魔力、そして鍛えてきた経験値と集中力を注ぎ込み、全身全霊の流連ノ勁で——魔核融合砲を捻じ曲げた。
3つある顔全てが驚いたような表情を見せた阿修羅はなす術なくジュッッッッと消滅する。
曲がった砲撃の先では——予めこの光景を見ていた晃生が待ち構えていた。
「晃生君!」
心配そうな木乃香の叫び声。
(信じろ木乃香……信じろ俺!)
ミスれば塵一つ残さず消滅する莫大なエネルギーの波動。
それに対し、美羽蘭に続いて晃生も——流連ノ勁。
「曲がれぇぇぇーーーッ!!!」
グニャァッッッ!!!!
捻じ曲げられた砲撃をさらに捻じ曲げた晃生。
その砲撃が向かう先は当然、躱したと確信していたジャックが——
「くっそッ——がァァァァァアアアアアアアアアッッッ!!!」
無数の魔物の魔力を宿すジャックといえどこの規格外の砲撃には耐え切れず、断末魔の叫びを上げる。
ジャックを包み込んだ終焉の光はいくつかのビルを消し飛ばし、水平線の向こうへと消えていった。




