第100話:ルシファー
地竜を一刀のもとに斬り伏せたマキナは次にガシャガシャッと変形させ、背部の推進器噴出口を2門の魔導ガトリング砲にして両肩に担ぐように構えた。
そしてAI技術による自動照準で周囲の魔物に狙いを定め、ガガガガガガガガガッッッッと雑魚敵を一掃していく。
戦車装甲や基地を丸ごと破壊出来る最強のガトリング砲であるGAU-8をも超える超高火力兵器の前にはバトルコングの硬い毛皮と筋肉も、ギルファングボアの分厚い皮下脂肪も意味を成さず、あっという間に周囲の敵を全滅させてしまった。
「完全にオーバーキルだろこれ……地面ごと蜂の巣じゃねぇか……!」
さっきあれだけ巨大ロボに興奮していた武琉もあまりの威力にドン引きしている。
そんな感情とは無縁のマキナがそのまま残った四つ腕の巨人を始末しようと狙いを定めた時——ズガァァアアアアアアアンッッッッバリバリバリィィッッッッと落雷がマキナを襲った。
生徒達の脳裏に一瞬吉良アンナが浮かぶが、学園長の技術を知るアンナがマキナを攻撃する訳がない。
落雷を落としたのは上空にまた立ち込め始めた黒雲から姿を現した精霊——天雷ノ魔龍だ。
魔力とその魔力から変換された電力のハイブリッドで動いているマキナは電子回路をいくつかショートさせられ、ギギギギッと動作に支障を来してしまう。
さらに小規模な落雷がドォォオオオオンッッッッ、ドォォオオオオンッッッッと降り注ぎ、合体していない他のマキナのクローン兵や隼矢、玲旺等の生徒達が次々と倒れていく。
「も、もうだめだ……この世の終わりだ……こんなの、どうしようもないじゃないか……!」
その光景に絶望し、しゃがみ込んでブツブツと暗い言葉を吐いているのは……この全面戦争が始まってから今までずっと最後方で隠れていた——清水健太だ。
彼は魔素適合率が低く、特殊能力も『ハク』と名前を付けた小さなポニーを召喚するだけという戦闘力がないもの。
ビビりで気弱な性格も相まって戦うという行為に全く向いていない為仕方ないのだが……そんな彼が「きゃあああああっ!」と聞こえてきた悲鳴に恐る恐る顔を上げると——空中を魔力の翼で飛んでいた一葉唯花が落雷に当たって堕ちてくる光景が目に映った。
その時、彼の中でなにか吹っ切れたものがあった。
(ダメだっ! この瞬間だけはっ……見て見ぬフリなんて出来ないっ!)
健太の心に呼応するように突然ポニーが輝き始め——
薄れゆく意識の中で天から堕ちる唯花は突然誰かに抱き留められた。
薄目を開けて見えた男は、清水健太。
彼の召喚獣がポニーから一角有翼馬へと進化し、それに騎乗した健太が唯花を助けたのだ。
「白馬の……王子様……健太、くん……? ありが……とう……」
譫言のように呟いた唯花は健太の腕の中で完全に気を失った。
(僕の名前……知っててくれた……)
密かに想いを寄せていた女の子に名前を呼ばれただけで、健太は少しだけ勇気を貰えた気がした。
お姫様抱っこのまま唯花を地上の医療班まで送り届けた健太は進化したハクと共に戦場へ出る覚悟を決める。
「あれ、清水健太かよ……やるなぁおい」
武琉が健太の覚醒に感心するのも束の間、今度は辺り一帯の気温が急激に下がり始め、ピキッ——パキパキッッとマキナの脚が凍り付いて地面に貼り付けられた。
氷雪ノ巨狼——フェンリルの仕業だ。
「まだこんな強力な精霊が残ってたのか……!」
「童共! 空の雷龙は我に任せて其奴を倒セ!」
フェンリルも強力な精霊だが、空を飛ぶインドラの方が厄介だろうと判断した美羽蘭がそう指示しながら走り出す。
「来イ! 麒麟!」
美羽蘭が名前を呼ぶと、異界で従えたユニコーンに似た美しい雷獣、麒麟がすぐに駆け付けてくる。
「突撃しろ麒麟! ハイヤー!」
飛び乗った美羽蘭が叫ぶと麒麟はバチバチッッと電撃を纏って一気に加速し、残っていた四つ腕の巨人に角からの突進で風穴を空けた。
そのままの勢いで空中を駆けるように天雷ノ魔龍へ向かって飛んでいく。
「空の奴は総軍級のあの人がなんとかしてくれる! こっちの精霊は俺ら全員でぶっ倒すぞッ!」
魔力武装を展開した武琉がクラスメイト達を鼓舞しながらフェンリルを見据える。
晃生達以外の生徒にとってまだ精霊は未知の強敵。全員に緊張が走る。
フェンリルは少し周囲を見渡したかと思うと——ヒュッッッッッとその姿が掻き消えた。
一瞬で緋彩の前に現れたフェンリルが鋭い爪を振りかぶる——!
ガキィイインッッッッッ!!!
魔法タイプの緋彩はその超スピードに反応することが出来ず咄嗟に目を瞑ってしまったが……何も痛みがないことを不思議に思って目を開けると、眼前には天音木乃香の姿があった。
間一髪駆け付けた木乃香が魔力の爪でフェンリルと切り結んだのだ。
「大丈夫!? 緋彩ちゃん!」
「え、ええ……」
「この子……前に晃生君と舞桜ちゃんが助けた精霊だ……あの後ジャック君に操られちゃったのかな……?」
木乃香の言う通り支配されているフェンリルは木乃香のことも覚えておらず、続けて高速の爪斬撃を繰り出してくる。
強化された敏捷性で即座に対応した木乃香も高速で斬り合い、ギギギギギギィンッッッッと火花を散らした。
その隙に左右から緋彩の火球と武琉の大太刀が連携してフェンリルを狙うが、見もせずに魔力感知だけでそれを知覚し放たれた氷槍がそれらを正確に迎撃する。
それでも3人とも2の矢、3の矢と攻めの姿勢を見せるが——バキィィイイイイイインッッッッとフェンリルが剣山のように全方位に発生させた氷柱の槍が武琉の脇腹、緋彩の脚、木乃香の肩を掠めた。
「あうぅッ」
「チッ、反応したってのにッ!」
3人とも今の攻撃には反応出来ていた。だからこそ串刺しは免れたのだが、完璧に躱すことが出来なかったのはフェンリルが常時纏っている冷気のせいだ。
フェンリルに近付けば近付くほど原子の振動が低下、つまり気温や体温が下がり、雪の日に手が悴むように普段のパフォーマンスが発揮出来なくなるのだ。
これに耐え得るのは同じ魔力特性で冷気を無効化できる氷使いか対抗できる熱量の炎使い、もしくは晃生のような超回復持ちくらいのもの。
それ以外の相手には無条件で不利状況を押し付けるデバフ攻撃——言うなれば、極寒領域。
「遠距離から攻撃するわよ!」
「ああッ!」
すぐに戦法を切り替えた緋彩と武琉が火炎球と魔力武装の太刀をこれでもかと連射するが、遠距離戦でも超スピードで攻撃を躱せて膨大な魔力で魔法を撃ち続けられるフェンリルの方が圧倒的に有利だ。
武琉の誘導で数回緋彩の火炎球がフェンリルを掠めるが、やはり精霊であるため火傷等の物理的ダメージは受けず、存在を構成する魔素をほんの少しずつ削れるだけだ。
「埒が明かねぇッ!」
「何度でもやるわよ!」
遠距離攻撃手段の無い木乃香が護衛を担い、緋彩と武琉は諦めることなく攻撃を続ける。
だが超スピードで躱すフェンリルはそろそろ飽きてきたとばかりに攻撃の威力、手数を一気に増やしてきた。
氷刃、氷槍、氷弾の雨あられ。
荒れ狂う猛吹雪と共に高速で飛来する無数の氷塊が縦横無尽に木乃香達を襲う。
緋彩は土壁で、武琉は魔力の大楯で身を守っているが、魔力量に差がありすぎて攻撃を受ける度にみるみる削られていく。
木乃香も猫特有の周辺視野と瞬発力をフルに発揮し、魔爪で悉く叩き落としてはいるが、このままではジリ貧だ。
(うぅ……これじゃ反撃出来ない……っ!)
木乃香がそう思った時、どこからともなく光の矢が駆け抜け、フェンリルを牽制したおかげで猛吹雪が中断された。
「ヨハネの黙示録13章第一節、わたしはまた、一匹の獣が海から上がってくるのを見た……ね。10本の角と7つの頭はないようだけど、この獣は私が相手をしましょう」
聖書の一節を諳んじながら助けに来たのは、学園の教師の1人——天羽詩聖里だ。
信仰心を魔力に変え、魔力で天使を召喚する彼女は以前よりその力を増している。
そして冷気によるパフォーマンス低下の影響を受けない天使達はフェンリルと相性が良い。
「天軍九隊——一斉召喚」
神々しい光と共に、天使達が姿を現す。
その数——およそ100体。
熾天使など上位三隊の天使は流石に1体ずつだが、大天使は20体、弓兵である天使に至っては50体にも昇る。
1人で天使の軍を召喚し、圧倒的な数的有利を作り出した詩聖里が胸の前で十字を切る仕草をした後、手を前に振って合図する。
直後に弓を構えた天使達が一斉に矢を放つ。
人間ではありえない速度で連射するその光景はまるで戦国時代の戦争のようだ。
1つ違うのは、矢の軌道が飛距離を稼ぐための山なりではなく直線で、しかも音速で飛来するということ。
超スピードを誇るフェンリルも弾幕が厚すぎて躱すスペースがなく、氷の壁を展開して矢を防ぐ。
ガガガガガガガガガッッッと次々刺さる矢が氷壁に亀裂を入れていくが、ピキピキッとフェンリルが追加発生させる氷ですぐに修復されてしまう。
流石に単純な魔力量では精霊であるフェンリルに軍配が上がるようだ。
だが矢の弾幕に紛れて槍を持つ大天使と怪力の力天使が肉薄している。
計21体の肉弾天使が氷壁を力技で無理やり削っていき、遂にバキィイインッッッッと破壊した。
だがその瞬間を狙っていたフェンリルが爪を振るい、20体の大天使が一瞬で消滅。奇跡を司る力天使は偶然爪の軌道から外れていて無傷だったが、すぐに鋭い牙で咬みちぎられてしまった。
その隙を狙って天使の矢、能天使の浄化弾、主天使の風刃が撃ち込まれるが——オォ゛ォォォォォオオオオオンッッッと吼えたフェンリルを中心に異常な猛吹雪が吹き荒れ、その突風によって全ての攻撃が散り散りに吹き飛ばされていく。
冷気を伴った突風は天使の本体達をも襲い、その凍てつく風に触れた瞬間、パキィィイインッッッと天使達が一瞬で凍りついてしまった。
後方では権天使が盾を城壁のように巨大化させ、詩聖里や他の天使を冷気の突風から守る。
「上位三隊——座天使、智天使、熾天使。神に牙を剥くあの獣を滅しなさい」
命令を受け、まず座天使が燃える車輪の体を高速回転させて突撃する。
フェンリルはコオオオォォォォォッッッッと冷気のブレスを放って迎え撃つが、高温の炎と車輪の回転力で抵抗しながら座天使が正面から突っ込んでいき、既に裏に回り込んでいた智天使も巨大な炎剣を振り下ろす。
さらに同時に熾天使が頭上の天使の輪の光量を強め、全ての魔を滅する光の熱線を放った。
3方向からの同時攻撃が決まったかと思われた次の瞬間——バキィィイイイイインッッッッ!!!
突如地面から突き上げられた塔のように巨大な氷の槍に天使が3体とも貫かれ、天高くまで掲げられた。
「そんなっ……あの熾天使まで……っ!」
魔物を一掃する熾天使の強さを目にしていただけに、緋彩は驚きを隠せずに声を上げる。
詩聖里はと言うと……
「きッ、貴様ァァァァッ! 神の御使いに対しなんという大罪をッ! 神罰ァァァつッ! 代行ォォォッ!」
以前晃生達が学園の編入試験を受けた時にも見せたブチ切れモードのスイッチが入ってしまった。
おそらく氷の柱に刺され空高く持ち上げられた天使達を見てキリストの磔刑が想起されたのだろう。
まるで二重人格のような豹変ぶりだ。完全に目が据わっている。
そこで詩聖里は逆に不気味なほどスッと冷静に戻り——
「イザヤ書14章第12節。黎明の子、明けの明星よ、あなたは天から落ちてしまった……見せてあげましょう——堕天使召喚」
ヒラっ、ヒラヒラっと黒い羽根が花びらのように無数に舞い散り、現れたのは——黒い12枚の翼、黒い角、紅い眼を持つ、禍々(まがまが)しくも美しい天使。いや、悪魔と呼ぶべきか、その者は堕天前、最も神に近く、もっとも美しいと言われた存在だけあって、ドス黒いオーラを纏って尚、降臨という言葉が相応しい程に神々しい登場だった。
堕天使が紅い眼を向けると、フェンリルは危険を感じ取ったかのようにグルルルゥゥッと喉を鳴らして威嚇し、狂ったように攻撃を始めた。
雹弾、氷槍、冷気ブレス、極寒領域——だがその全てが、堕天使が纏う黒い光のオーラに触れた直後にジュッッと消滅した。まるで瞬間的に蒸発したかのような光景だ。
黒とは可視光線を吸収し、光を反射しない結果人間の網膜に映る色。そのため黒い光などというものは自然界には存在しない。
その不気味な光は堕天使の頭上にも発生し、黒い星のように光量を強めていく。
黒い星は明けの明星を模しているのか、金星と同じ周回軌道で小さく公転を始めた。
堕天使が纏うオーラとその凶星が放つ光は、祓魔の黒光。
魔とはすなわち悪。
術者——つまり詩聖里が悪と認識する敵対者とその能力を浄化・無効化する対抗魔法だ。
イヤホンのANCのように、堕天使の黒い魔力は全自動で対象の魔力、音波、電磁波、原子の振動等と逆位相の波形を作り出し、それをぶつけることでどんなものも打ち消してしまう。
あの黒い光はまさに無敵にも思える攻防一体の自律型逆位相魔法なのだ。
全てを浄化するその黒い光が堕天使の頭上で輝く凶星から放たれ、フェンリルを照らす。
フェンリルはまるで業火に焼かれているかのように苦しみだし、激しく暴れ回るが、星が照らす範囲からは出られず、本体を攻撃しようにも魔力ごと瞬時に無効化される為、なす術なく踠き続けるしかない。
精霊であるフェンリルにとって存在が脅かされる苦しみというのは尋常ではない。
数瞬にも数時間にも思える感覚の中、暴れる体力も無くなってきたフェンリルがクゥゥンと弱々しく鳴いた時——
「待って天羽センセー! この子は悪い子じゃないし!」
駆け付けてきた舞桜が両手を広げて間に割って入った。
逆位相魔法は術者が悪と認識していない者には効果を発揮しないが、詩聖里は生徒の事情を聞こうと堕天使の攻撃をやめさせる。
「氷堂さん、なんのつもりですか? その獣は大勢の人を襲った魔物です」
「この子は誰も殺してません! うちは異世界で晃生君や美羽蘭さんと一緒に会った! 信じて下さい! もう戦う必要はありません!」
舞桜の言う通り、フェンリルは連合軍の誰も殺してはいない。氷漬けにして拘束したり、死なない程度の重傷を負わせるに留めている。
ジャックの支配で操られながらも、美羽蘭や晃生、そして舞桜に助けられた記憶から人間を完全に憎んではいなかったのだ。
「だよね。君ももう、戦わなくていーんだよ?」
振り返った舞桜がフェンリルに同一の魔力特性を持つ自分の魔力を分け与え、優しく撫でる。
堕天使の攻撃で消滅寸前まで消耗していた存在を構成する魔素量が回復していき、舞桜の手に伝わる曖昧だった輪郭がはっきりしていく。
雪のように冷たく気持ちの良い毛並みの感触に舞桜の頬が緩み、クゥゥンっとフェンリルも微笑み返したように見えた。
その光景を見た詩聖里も堕天使の召喚を解除し、胸の前で十字を切った後はもう何も言わず舞桜とフェンリルを眺めていた。




