第10話:怪火
異界のゲートが出現した、2月1日。
「灯真ー、おーい。起きろー」
授業中から教室の隅の席で気持ちよく寝ていた千歳灯真は放課後になっても眠ったままで、同じクラスのギャル、氷堂舞桜に起こされていた。
ツーブロックの髪をペシペシと叩いても起きない為、舞桜が灯真の耳元に口を寄せる。
「おーいとーまー、今日補習だって言ってなかったっけー? 起きないってことは……添い寝して欲しいの?」
「——違ぇからッ!」
慌てて飛び起きた灯真を見て舞桜はけらけらと笑い出した。
「……学校の机で寝てんのにどうやって……そ、添い寝なんかするんだよ……」
「あははっ、冗談だって。必死すぎー。てか起きてんじゃん。ほら、補習行くよ、馬鹿なんだから留年しないようにしないと」
「馬鹿は余計だッ。つーか何でいんだよ舞桜」
「うちも補習受けるから一緒に行こうと思って」
「お前もじゃねーか……!」
「うちは自主的に受けるの。やる気ある人は来いって先生言ってたし。これでも成績良い方なんだからね、とーまと違って」
「一言多いんだよ。くそ……ギャルのくせに何で勉強出来んだ……」
セミロングの髪は綺麗な金髪に染め、左右の耳にはフープピアス。大きく突き出た胸元で結ばれたスクールリボンは緩めていて、スカートはこれでもかと折って短くしている。
明らかに不真面目そうな舞桜が成績優秀という事実に、灯真は納得いかないと元々悪い目つきをさらに悪くする。
「うちは天才なのだー、いぇい」
得意げな顔でピースをする舞桜。そこにクラスの男子が声を掛けてきた。
「ねー舞桜ちゃん。そんな強面の馬鹿との補習なんかほっといて俺らとカラオケ行こうよ」
「はぁ?」
凍えるような低い声と冷たい眼で、舞桜は男子達を突き放す。
「ひっ! ご、ごめんなさい!」
(怖ぇ……コイツ俺以外にはこんな感じなのかよ……)
「……おい舞桜、何もあんな殺人鬼みたいな目で脅さなくても……アイツらと俺普通に仲良いし、冗談で言ってるだけだぞ」
「うるさいなー、うちはとーまと補習行くって決めてんの。ほらさっさと行こっ」
「あ、おいっ」
慌てる声も届かず、塩対応モードを引きずる舞桜に手を引かれ、灯真は補習がある2年1組の教室へ連行されていくのだった。
♢
受けている時は永遠の地獄にも感じられる補習がようやく終わり、冬なので夕方でもすっかり暗くなった帰り道を、2人は並んで歩く。
「寒ぃな、教室は逆に暑かったのに。あそこエアコン効きすぎてなかったか?」
「マ? うちには適温だったけど。とーまが風邪引いてるんじゃないのー? 熱測ってあげよっか? おでこで」
急にグイっと顔を近付けてきた舞桜に対し、
「なッ、か、風邪なんか引いてねーって!」
そう言って赤くなった顔を逸らす灯真。
「馬鹿は風邪引かないもんね。あれー? でも顔赤いよ?」
ニヤニヤしながらさらに顔を覗き込む舞桜は心底楽しそうだ。
「う、うるせーな。赤くないっつの。もう早く帰ろうぜ」
「帰ってるじゃん。とーま焦り過ぎー。ま、気が変わったら言ってね。うちがいつでも測ってあげるから」
(ぐぅ……そんなモデルみたいな顔近付けられたら焦るに決まってんだろ……)
そこからの灯真は恥ずかしくなって無口になり、それに気付いた舞桜に延々とイジられながら帰路を歩いていく。
灯真にとっては長く、舞桜にとっては短い時間が過ぎ、舞桜の家の前までやって来た。
「じゃあねとーま。また明日ー」
「おう」
毎度揶揄われるこの下校には参っている灯真だったが、賑やかな舞桜と別れた後に1人で歩く帰り道には一抹の寂しさを感じていた。
(もう1年の3学期……進路とかは分かんねーけど、俺も舞桜くらいまで成績上げねーとな……)
灯真は1人になった帰り道でそんなことを考えながら歩いていると、自分の家の方が妙に明るいことに気付く。
(なんだ……嫌な予感が……)
すぐに走り出した灯真は、家の前まで辿り着いて絶句する。
実家の一軒家が——燃えている。
家1つ丸ごと使ったキャンプファイアーのような、尋常じゃない燃え上がり方だ。
(何だよこれ……嘘だろ……!)
近隣住民もこの異常事態に集まってきており、
「この火事おかしいぞ! まるで家全部ガソリンで浸してたみたいな、有り得ねぇ燃え方だった!」
「消防車まだか! 誰か呼んだのか!?」
などと騒ぎ立てている。
灯真は両親と妹との4人暮らし。そしてこの時間に家にいるのは……
「——母さんッ! 灯愛ぁぁぁぁぁッ!」
叫びながら家に駆け出す灯真を、野次馬の1人が止める。
「おい待てッ! あれじゃ中に人がいればもう……それに行っても何も出来ないッ! 死ぬだけだぞッ!」
「離せッ!」
制止する男を突き飛ばし、灯真は炎の家の中へと駆け込んで行く。
立ち昇る黒煙を吸うまでもなく、一呼吸ごとに喉が、肺が焼けそうな熱気。息を止め、姿勢を低く保っても、刻一刻と強まる火炎が直接肌を炙る。
「クソッ! 母さんッ、灯愛ッ、どこだぁぁッ!」
灯真は必死で呼びかけながら、もうどこがどの部屋かも判断できない燃える家の中で家族を探して駆けずり回り、ガッと躓いて炎の中に転がってしまう。
「熱ッ、ぐぁぁぁぁぁぁぁあああッ!」
燃える痛みに絶叫しながら見えるのは、躓いた物体——それは妹の焼死体だった。
それに気付いた時、灯真の心は絶望に塗り潰される。
「うァァァァァァァッ!」
全身が炎と一体化するように燃え上がり、灯真の意識が薄れていく中で、
——パァァァァァァァァッ!
灯真の体を、炎よりも明るい覚醒の灯火が包む。
(何だ……これ……どうなってる……?)
その瞬間から、灯真の体は熱さを感じなくなり、周囲の空間、特に炎の中に謎のエネルギーの存在が感じ取れるようになる。
本来なら火傷の面積や深度等から算出される熱傷指数で120以上、とっくに救命不可能な致命的熱傷を負っているにも関わらず、灯真の皮膚には火傷はなく、いくら焼かれても何も感じない。気道熱傷や熱傷創感染も起こしていないようだ。
(まるで俺自身が炎になったみてぇだ……!)
なぜこんな体になったかは分からないが、母と妹の遺体を運ぼうと灯真が立ち上がった時——バガァァンッと爆発が起きたように隣の部屋から扉が破壊される。
その壁ごとブチ抜かれた部屋の向こうから、巨大なモンスターが姿を現した。
(鬼……!?)
それは地獄から業火とともに喚び出されたかのような、ツノの生えた人型の怪物——鬼だった。




