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透鏡越しラヴァーズ  作者: 卯月猫
8/12

姉妹 

8話


朝食のあと片付けをしようとした時にチャイムが鳴る。


「早! え、咲叔母さんかな……?」


「こんなに早くに着いたのかい」


「僕、見て来るね。あ、ご飯美味しかった。ご馳走さま!」


「頼むね」



ピンポーン


「はいはーい、今出ます」


「咲ですー!」


 玄関を開けると、一人の女性が立っていた。お母さんよりも少し背は低く、ふっくらとしているが、顔はよく似ている。


「さき、叔母さん……?」


「え、うわっあんた夏……!?」


「うん、夏人だよ」


「うっわぁー! 本当におっきくなっちゃったんだねぇ! こーんな小さかったのに!!」


 その【小さい】を表す仕草が、お母さんと丸っきり同じで思わず笑ってしまう。


「あはは、どんな小さい時なのそれ、豆粒じゃないんだからさぁ」


 そんなどこかで言ったような軽口を叩き合いながら、お邪魔しますと部屋へ上がって来る咲叔母さん。

 どうぞどうぞ、と言いつつスリッパをセットする。


「前会った時、まだ本当に小さかったからなぁ。いっちょ前にこーんなにでっかくなっちゃって! 姉さんの身長追い抜いたんじゃない?」


「うん、とっくにね。今170は超えてるよ。本当は180センチくらいは欲しかったんだけど、それは却下だって言われたよ。お母さんが小人になっちゃうじゃないってさ」


「あっはは! 姉さん言いそうだわ、それ! 姉さんだってそんなに背低い方じゃないんだから良いのにねぇ」


 台所で用事を済ませた良子ばあちゃんが手を拭きながらリビングへと戻って来る。


「咲ちゃん、おはよう。よく来てくれたねぇ。遠くまで大変だったでしょうに、着くまでに何にもなくって本当に良かったよ」


「良子さん! お久しぶりです~、すみません色々と任せきりで全然帰って来れなくて」


「いいのよ、結婚したらそちらが優先になるのは当たり前だもの。でもこんな早くに飛び出してきちゃってあちらは大丈夫なの?」


「ええ、まったく問題なしですよ! 夫がちゃんとやってくれますからね! うちはバリバリ共働きですから色々分担しないとまわらなくて。結婚前にそこら辺はがっつり摺り合わせをして今ではばっちりです」


「あらぁ、それなら安心ね。良かったわ。咲ちゃんが素敵だから素敵な人と出会えたのねきっと」


「もー、良子さんったら! ありがとうございます~」


「本当よ、人同士はそうやって気持ちの通じる人と一緒になっていくのだから。

そうだ、菜緒ちゃんはあっちのお部屋に居るから会ってあげてね」


「あ、そうですね! …………はい」



 咲叔母さんは、話をしながら幾つか持ってきた荷物をリビングに降ろす作業をして、最後の一つを肩から外して置く時に、今話していた気軽さも元気の良さも急に鳴りを潜め俯いてから無理やり笑った。




 客間に安置されているお母さんの元へ、咲叔母さんが向かう。

 その足はとてもゆっくりで、部屋の扉の前で一度迷うように止まった。大きく一つ息を吸ってから扉を開く。

 扉は、向こうの二人を案じるかのように静かに閉じた。

 少しして、咲叔母さんの声が聞こえてくる。


「姉さんっただいま! って言うか本当久しぶりになっちゃったね!! ねぇ、夏凄いね、あんなおっきくなっちゃってさ、鏡兄さんともう身長変わらないじゃん! 立派になりすぎだよ、あ~可愛い甥っ子の貴重な成長を見逃した! もー、もっと早く会いに来たかったなぁ、ごめんね」


「あっちは本当、誰も知り合い居ないからさぁ、生活慣れるだけでも毎日必死で。あ、そう言えばさ去年新しくこっちに出来たフワもふパンケーキのお店一緒にいこって言ってたのに~、どうするのよー楽しみにしてたんだけどなー。って、私がもたもたして来なかったのが悪いんだよね!」


「それよりさ、ちょっと旦那の惚気言ってもいい? この間、記念日なのにあっちは何にも用意してなくって大喧嘩になったんだけど、実はサプライズで旅行を計画してたみたいで、でも行けるの土日だから言えなかったんだって。

 金曜日にどう伝えようか悩んでいる所だった、ごめんって。

 昔っから私のこの癖無くなんない。ちょっと考えてさ、ちゃんと様子を見てから話しが出来るようにいい加減ならないと。

旦那は良く人の事見てるんだよね、タイミングも良い方だと思うんだけど、今回は悩み過ぎたって頭掻いちゃって。……幸せ者だよねぇ私。こんなのとも一緒になってくれたんだから旦那には感謝しなきゃ、そしてもうちょい料理がんばろ」



 長い事会えていなかった咲叔母さんは、次々と話かけて内容がコロコロと変わる。

 引っ越した先での生活面の事、向こうの家族や親戚の事、仕事の事、過去から近況報告までを時間をかけて、きっと身振り手振りを交えて『話』をしている。


…………

………

……


 徐々に咲叔母さんの声が震えて来た。努めて明るくしようとしているのだけれど、声色に鼻声が混じり、鼻を啜るような音が聞こえている。


「……夏人、咲ちゃんのお茶淹れるから手伝ってくれる?」


 良子ばあちゃんが声を掛けて来た。


「……うん、行こう」


 二人でリビングから離れて台所へ向かう。

 


「ねぇ、ごめんね、姉さん……姉、さん。もっと、早く来なくちゃだった、大変だったよね色々。

……パンケーキ食べに行こう、猫カフェにも行こう、映画に舞台に色々あるよ。

………………ねぇ、お姉、ちゃん、お姉ちゃんっ…………!! ごめんね、もっと早くこっちに来なくて、もっといっぱい話したかったのに、もっといっぱい色んな所に行って、おばあちゃんになっても二人で旅に出たいねって言ってたのに……っ何で、どうして……どうしてお姉ちゃんなの、こんなのあんまりだよ、やだ、お姉ちゃん……やだぁ」



 久しぶりの再会を楽しむように漏れていた【独り言】の会話。

 しかし、それは徐々に悲痛な物へと変わり、扉越しに嗚咽と共に声が漏れ出て台所まで聞こえてくる。咲叔母さんの声が、僕の胸の奥にぐぅっと重く響く。


(これが、身内としての正しい在り方……なんだろうな……)


 元々仲の良い姉妹だったそうだけれど、二人はお互いが結婚したのを機に会う機会も激減。メールでのやりとりと、たまの電話が関の山だったらしい。

 生活スタイルがあちらは夜勤帯での生活になり、こちらは昼間帯でそも生活スタイルが大きく変わってしまった事が要因の一つでもあったようだ。



 咲叔母さんが目を赤く腫らして出て来たのは、それから30分後の事だった。


「……みっともない所を見せちゃった、ごめんね」


 鼻を啜りながらリビングの椅子へと腰掛ける咲叔母さんに、淹れたばかりのお茶を差し出す。


「……みっともなくなんて、」と僕が言いかけた所で良子ばあちゃんが口を開く。咲叔母さんにそっと寄り添うように側に行って掌を包むように触れた。

 ゆっくりとした宥めるような口調で話をする。


「咲ちゃん、ちっともみっともなくなんてないわ。……人が、ましてや身内が亡くなると言う事はとても苦しくて悲しい事。人の悲しみの受け止め方はそれぞれなのよ。だから、気にしないで。あちらに帰るまでは、今まで会えなかった分沢山菜緒ちゃんの側にいて、沢山話をするといいわよ」


「良子さん……………はい、ありがとうございます、そうさせてもらいます……」


「ええ」


「咲叔母さん、これ、目に当てとくといいよ」


「……タオル?」


「うん、濡れタオル。擦ると痕になるから」


「夏~こんな事どこで覚えたのー? うぅ~優しい、ありがとう~」


「お母さんがさ、よく泣いてた時、良子ばあちゃんがこうしてたから」


「そっかぁ、姉さんと良子さんか。納得。姉さん、昔から感動物のテレビは涙もろい所あったしね」


「元々そうなのか、僕の前だとあんまり泣いてる所がなかったんだよお母さん。豪六じいちゃんとお父さんを送る時は確かにポロポロしてたか……一緒に住んでるのにアルバイトばっかだったからな……でも、演技の勉強しに舞台幾つか取ってくれたり、映画に一緒に行って意見交換なんかもしてくれたなぁ。感動する親子の話では鼻水啜りながらだったけ」


「そっか、夏は俳優目指してるんだよね。ありきたりな事しか言えないけど、応援してるよ。これから色々な事が大きく変化していくだろうからしっかり振り落とされないようにね!」


「うん、だね。高校も卒業したし、一人でやってけるようにならないと。お母さん心配であの世に行けなくても困るしね」


「いや~、私とのメールでは夏人は結構しっかりしてて安心だみたいな事言ってたよ。私と電話する時も夏の自慢ばっかだったからねー、褒めちぎってた」


「お母さんが?」


「そうだよー、夏人は本当に私の自慢の息子だって。夏人の母親になれて幸せ者だってさ」


「……そっか、そうなんだ……ありがと」


 嬉しいような恥ずかしいような、でも半分しんみりしかけた所で、良子ばあちゃんが明日の事について話をしたいのだけどいいかしら? と声をかけてきたので、全員で向かい合う。


・日の関係で、明日が通夜・明後日が葬儀、告別式、火葬。

・通夜振る舞いについては、勤先のマスターがお店を貸し切りにして食べる物も用意してくれるとの事なので手伝いながら準備を行う。場所は喫茶【時計】にて。

・明後日の葬儀、告別式は自宅葬で行い、終わり次第そのまま出棺、火葬場へ。

・精進落としの食事はまた喫茶【時計】にて用意。終わり次第解散


 その他、参列者などへの通達は既に良子ばあちゃんが葬儀屋さんと打ち合わせ済みで、後は家族が何をすべきか色々と話合いを行った。




「さて、私も手伝いに来たんだからしっかりやるよ!」


 咲叔母さんがそう言ってガッツポーズを決めると、同時にお腹が盛大に鳴った。


「……あぁもうこんな時まで……」


「ふふふ、良いのよ。人が亡くなった時はお腹が空きやすくなる人って結構居るのよ。朝ご飯簡単に用意するからちょっと待っててね」


「あ、良子さん、良いですよ! 近くのコンビニでも行ってきますから!!」


「丁度ね、夏くんの卒業祝いと合わせて菜緒ちゃん食材をたーくさん用意してあったの、それがまだ残ってるから一緒に食べて貰えると助かるの」


「……あ、そうなんですか……」


「そうだ、少し日が開いてしまったけど、菜緒ちゃんが作った唐揚げや他にも冷凍してある物もあるわよ。良かったら食べる?」


「え、姉さんの手料理か~身内ながら美味しいんですよねー。食べます!!」


「じゃあ、ご飯よそうわ。夏くんはもう少し自由にしていて大丈夫よ。お手伝いありがとう」


「うん、じゃあちょっと一回部屋に戻るね」


「はいね」


「夏、ありがとうね、また後で」


「うん、また後でね。咲叔母さん、ゆっくりしてね」




 そういう訳で、一度リビングを出て自室に戻る事となった。

 部屋に入ってベットに腰を下ろす。

 ひと息つくと、生前お父さんが使っていた物達と写真が視界に入ってきた。元々、この部屋はお父さんが使っていた部屋で亡くなってから僕の一人部屋として使わせてもらっている。

 写真立ての中で笑う人物に話しかける。


「ねぇ、お父さん。僕にも兄弟が居たら仲良く出来てたのかな……僕とお父さんは一人っ子同士だもんね。兄弟と育つ感覚ってあんまりピンとこないと言うか、わかんないよね。……でも、楽しかったのかもしれないな」


 仁くんと連兄ちゃんが居る事はいるけど、一緒に育ったわけではないから感覚としては一人っ子同然である。学校に居た時も、大体皆兄弟姉妹が居てなんだかんだ苦労しつつ、楽しんでいたように見受けられた。遠目に身て、少し羨ましいなぁと正直何回か思ったし、いつかサプライズ的に両親揃って『家族が増えて、お兄ちゃんになります】などの宣言も少しは期待したのだが、終ぞ淡い願いを叶えられる時が来なかったのであった。

 溜息混じりに写真立を手に取り、そのままベッドにドフっと倒れ込んで仰向けになる。


「喧嘩とかもしたって聞いたな、でも、楽しい事の方が多い印象だ。お母さんと咲叔母さんがちょっとだけ羨ましいな」


 そう思いながら少しだけ、と目を瞑るのだった。

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