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透鏡越しラヴァーズ  作者: 卯月猫
5/12

卒業式



──数日後、迎えた卒業式当日。


 出し続けている手紙には何の音沙汰も無いけれど、気持ちは晴れ晴れとしていた。

 この日は穏やかに風の吹く麗らかな日和で、とても気持ちの良い快晴に恵まれた。


 朝から身だしなみを整え、普段面倒であまりしないけれど、この日だけはワックスを使って髪もしっかりヘアセット。

 きちっと制服に身を包みカチっとネクタイを締める。

 忘れ物なし、よし、準備は万端である。

 隣には、普段は着ないようなワンピース風の衣服を着て、普段のあっさりとした物とは違う化粧をして、いつもは巻かない髪を巻いたお母さんが並ぶ。


「普段と偉い違うね」


「何よ、当たり前でしょ。自慢の息子の卒業式なのよ? 母親がダサかったらカッコ悪いじゃない!」


「お母さんあんまそういうの気にしないと思ってた」


「わっ失礼だこと! 特別な日なんだから、お母さんも特別仕様なの!」


「そっか、分かったよ」


「夏人、忘れ物ないわね?」


「うん、大丈夫」


「じゃあ、いこっか」


「うん」



 ──いつぶりだろうか、お母さんと一緒に学校へ行くなんて。

 本当は数日前に友人から卒業式の日は一緒に行かないかと提案されていたが、最後くらいお母さんと共に行くのも思い出になるだろうと断った。

 揃って家を出て、他愛もない話をしつつ高校へと歩いていく。

 今年は気温の変動が激しかったせいか、早咲きの桜達がまだ散らずにそこかしこに残っている。

 どこかの木にはうぐいすが何羽か留まっているみたいで可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。


「桜、今年は結構残ってるね」


「そうね、去年は連日お天気悪くて早く散っちゃったから卒業式までは持たなかったもんね」


「梅雨は全然雨降らなかったり、春夏は早くから暑すぎたりするし、日本の四季はこれからどうなっちゃうんだろうね」


「確かにそうよね、段々四季が薄れて来ているかも」


「僕は秋が好きだからそこは長続きして欲しいな、紅葉綺麗だし、食べ物美味しいし。何より過ごしやすい」


「あー、確かに。秋は本当に食べ物美味しいから困っちゃう。ついつい炊き立てご飯とか、お芋や栗のスイーツとか食べ過ぎちゃうのよねぇ」


「いや、お母さんは年中休みなくいつでも食べ物美味しいでしょ」


「失礼な。……ま、否定はしないけど」


「っぷ、やっぱね」

 

「それは置いといてさ、夏人、卒業おめでとうね。夕飯は楽しみにしてて、お母さん頑張っちゃう! 良子おばあちゃんも一緒に呼ぶから、皆で夏人の高校卒業をお祝いしよう。からあげは塩と醤油で絶対用意でしょ、それから……あ、今言ったら楽しみ無くなっちゃうか」


「あはは、置いとくんだ。すんごい無理やり話し変えたわ。

って言うか気にしなくてもいいのにと言いたい所だけど、……でも、うん、ありがとう。楽しみにしてる」


「お昼は食事会があるんだもんね? その後クラス毎に強制参加でカラオケ大会だっけか。楽しんでおいでね」


「そうそう。……って言うか聞いた時から突っ込みたかったけど、カラオケ強制参加って何だろほんと。行きたくない子はどうするんだろ」


「人前で歌うのって緊張するもんねぇ、歌いたくない子はタンバリン、マラカス盛り上げ係とか?」


「うーん、まぁそれなら歌わなくてもいっか。一クラス分が押し込まれたら激狭になりそう……うわ、嫌かも。なるべく早めに帰るよ」


「お母さんは若い時には行ったけど、あそこのカラオケ屋さんそんなに広くないよね。今は違うのかな。でも、人数的にいっそ貸し切りにしないと無理じゃない?

え、早くって……ゆっくりしておいでよ。これであの子達と一緒なのも最後じゃない」


「いや、そうなんだけど、うーん。あんま人前で歌うのもなぁ。クラス連中の前ってのが本当は嫌だし……」


「そっかー。ま、どーしても嫌ならしょうがないけどね。

……でもさ、夏人はこれから沢山の人の中でもみくちゃしながら成長していくんだぞー。夏人の夢はそういうのの中にあるものじゃん? むしろ、夏人が中心で注目浴びちゃったりするかもしれないよ?」


「ん、んー? まあねぇ……そうかもだけど」


 お母さんと話をしながらも、すれ違う人々からチラチラと視線を感じる。この歳でこの身長だし、並んで歩くにはちょっと違和感……あるかなぁ。

 以前にも、バイト代が入ったからと良子ばあちゃんも一緒に三人で出掛ける事はあったが、こうして二人きりになるのは本当に久しぶりで、何だか気恥ずかしいような、緊張するような、変な感覚を覚えた。


「まーそれはそうと、今日まで色々あったねぇ、夏人。でも、3年間本当によく頑張った!」


「……そうだね、色々ありすぎた学生生活だった。お母さんこそ大変だったのにずっと仕事しててくれてさ、あり……いや、こっちはまた後で言うよ」


「えー、何よそこで止められると余計に気になるじゃない」


「あはは、帰ったらちゃんと言うからさ」


「はいはい、分かりました。

あーぁ、我が子の成長が早いとは思っていたけど、本当にこーんなあっという間におっきくなっちゃうなんてねー! 子育てってなんでこんなに一瞬なんだろ。もちもちほっぺの夏くんは一体どこへやら! 今やこーんなに立派に育っちゃって、いつの間にかお母さんの背なんかササ―ッと追い抜いていっちゃって。まったくもう」


「いつの話まで遡るんだよ~、お父さんが170センチ超えてたんだから僕もそれくらいにはなるかなーって思ってたよ。でも、今の子っておっきいから180センチとかも同級生に何人かいるよ。僕もそれくらいは欲しかったなー」


「まー! 180センチなんてなったらお母さんまるで小人になっちゃうじゃない。

だめ、やっぱり今くらいでいいの! あーでも、本当にこーんなにちっちゃかったのになぁ」


「っぶは、どれだけちっちゃいんだよそれ! 豆粒じゃないんだから」


 眉を顰めて、人差し指と親指の間を僅かに開いて、すこーしと表現するお母さんに思わず笑ってしまった。


「夏はさ、ちっちゃい頃お母さんの抱っこよりお父さんの方が安心して眠れるみたいでぐずった時はお父さんがすぐ代わってくれるんだけど、ジェラシーメラメラだった事もあったんだよー。

すーぐ泣き止むし、お父さんに抱っこされるとよく笑ってたなぁ。でもっ、離乳食とか他のご飯はお母さんの方のがよく食べてくれたからね! まぁいっか! ……十数年ってあっという間に過ぎちゃうんだねぇー」


 遠い昔の出来事を感慨深そうに思い出して、笑いながら話すお母さんの目に涙が浮かんだのを僕は見逃さなかった。

 それを見て、僕までじわっと胸と目頭が熱くなったので慌てて快晴の空を見上げると、同時にさあっと風が吹き、桜の花弁が一斉に空高く舞い上がって行った。


「うわ、綺麗」


「本当だね」


 顔を見合わせて笑い合って、また歩いていく。

 そうこうしている間に、高校へと到着する。

 早めに来たつもりだが、結構な数の同級生達が集まってきているし、親と一緒に登校してきている人も割と多くて驚く。


(意外と多いんだな、親と来てるやつら。……あ、)


 中には、野球部で主将を務めた高身長のガタイ良い奴が照れくさそうに父母の真ん中に挟まれながら来ていたりしてちょっと安心と言うか何と言うか、非常に微笑ましかった。

 生徒は胸元を飾る花を貰ってから教室へ向かうし、保護者は体育館の方へと案内されるので、受付前に玄関で別れる事になっている。


「さっきの話、離乳食の事は残念ながら覚えてないけど、お母さんの料理は何でも美味しかったし、今でもそうだよ。じゃあ、僕は教室へ向かうね」


「まー、嬉しい事言ってくれちゃって。何にも出ませんけど! 今夜の夕食準備は張り切っちゃお。はーい、じゃあお母さんは体育館の方の受付に行くね」



──



 それから式は滞りなく行われ、泣かないだろうと思っていたのに、意外にも涙ながらの卒業式となった。


 黒板には、後輩達が描いてくれた卒業おめでとう黒板アートが色鮮やかなに大きく描かれていて吃驚したし、担任の先生は全員を見回して


『よく頑張ったなぁ、お前達! 全員揃って誰も欠ける事なく今ここに居て顔を見れる事、先生本当に嬉しく思うぞ。

ここで皆とはお別れだが、お前達ならきっとどんな未来も切り拓いていけると信じてる。未来を手にするのは、自分の意思だ。これから先、進んでいく道は楽では無い事が多いだろう。理不尽で狡猾で、汚い大人も沢山居る。だが、絶対に乗り越えていける筈だ、自信を持って大人の社会に羽ばたいていけ! 先生はいつまでも、お前達の事を、応援しているからなっ!!』


 何とか涙を堪えながらも先生はそう言った。

 もう、そこかしこから鼻を啜るような音が聞こえてくる。

 僕としても、これまで本当に色々な事があった3年間であり、総括して何とも忘れ難い学生生活だったなぁと改めて感慨深げに振り返ったりして。


 教室から体育館へ移動すると、音楽に合わせて式が始まる。

 在校生からは旅立つ卒業生達へ合唱のプレゼントがあり、これがまたなかなかに感動するもので思わず涙している卒業生が幾人も居たし、僕もウルっと来てしまった。

 恩師、同級生との生活や学校との別れを惜しみつつ、式後にはレストランを貸切って卒業パーティで立食を楽しみながら各々最後のひと盛り上がりをして、卒業生はクラス別で全員強制参加のカラオケ大会開催という締めまできっちり終えて解散したのは19時頃だった。

 カラオケ屋は結局貸し切りになっていたし、歌いたくない数名の大人しい子は何となくタンバリンやマラカスで参加していたし、歌は強制されなかったのでそれはまあ良かったかもしれない。

 

 皆とはカラオケ屋で解散。

 窮屈は窮屈だったので、うーん、と両腕を伸ばして思い切り伸びをしてから家に向けて歩き出す。

 本日の夕食はお母さんがお祝いの食事を用意してくれる上、良子ばあちゃんも来てくれるとの事で、少々浮足立った気持ちで卒業証明書の入った賞状筒を握りしめて星が瞬く夜空を見上げながら家路を急ぐ。


「思いのほか遅くなっちゃったかもな、お母さんの言う通り結構楽しんじゃったな」


 途中、制服のポケットの中で着信を知らせるバイブレーションがあった。

 歩きながら中から取り出す。

 散々使い倒してくたびれた二つ折りのガラケーは、パコンと気の抜けるような音を立てて開く。


「……? ん、誰だろ知らない番号だな……」


 怪しいとは思いつつ切れる様子も無いので電話に出てみる事にした。怪しかったらこちらからは声を出さないとかすればいいのだ。


『こんばんは、ブルーミングプロダクションの平瀬と申します、遠目 夏人(とおめ なつと)様の電話番号で宜しいでしょうか』


 耳を疑う。今、何て言ったんだ……? ブル……? 眉を顰めて急停止する。秒速で電話の主が言った事を脳内反芻すると、途端にその場でビシッと背筋を伸ばし手を揃えて直立の姿勢になる。


「は、はい。遠目 夏人の電話番号で合っています! 初めまして」


『初めまして、遠目様。遅い時間に申し訳ありません。今、お時間少し宜しいでしょうか』


「えっと、はいっ大丈夫です!」



──────

────

──




 胸が高鳴っている。嘘みたいだ、いや、嘘かもしれない。冗談? 悪戯? 夢でも見てる? 

 でも……っ




 通話を終えた後、暫く放心状態になっていたが、ハッと我に返る。そして、ムズムズする気持ちを抑えきれずに家へと全速力で駆けだした。

 ドコドコとけたたましく鳴る心臓が、凄い速度で全身を巡る血液がぐっと苦しくてぎゅっと胸元を押さえる。


 浮足立つ所の話じゃないぞ、こんな事、あっていいのか……!?

 夢でも見ているのだろうか、今日は何月何日だ!? 僕は、遠目 夏人で合っているか!?

 死んで巻き戻ったりしていないだろうか!? いや、どんなファンタジー! 落ち着け、落ち着け僕っ!!


「でも、早く、早く報告しないとっ……! これもしかして、もしかしなくても最っ高の形で恩返しスタートきれるんじゃないか!? どうなってるんだ!! いぃやったぁあーーーーっ!!」



 通りすがりの散歩中の男性が、突然大声を上げて飛び上がった僕に「うわっ」と驚きの声を上げ後塀に張り付き、ついでに連れていた犬が僕の大声に反応して威嚇するようにワンワンと声高に吼えた。夜なのにその場が一気にやかましくなる。


 驚かせちゃったな、大声出してごめんなさい! でも、嬉しいんだ! とても信じられない事が起こったんだ!!


 僕は、僕は……帰宅を待つ最愛の人達にとんでもない吉報を持ち帰る事が出来るのだから。


 『高校卒業』『映画に出してもらえる』と言う二つの事を。



 高校を卒業出来たのは、家族のお陰。だから、当然ありがとうを伝えたい。

 豪六じいちゃんが亡くなってから、変わらず遊びに行っても笑顔でお菓子をいっぱい用意して待っていてくれた良子おばあちゃん。

 一人で仕事も子育ても大変だったお母さんに凄く優しくしてくれていた。

『いつでも手伝うからね、何でも言って』と。僕も沢山甘えさせてもらったし、だから、良子ばあちゃんに目一杯のありがとうを。うちにもある写真立の中で笑う豪六じいちゃんにも一緒にありがとうを伝えたい。


 そして、何より学校と夢、どちらも真剣に僕の事を応援し続けて、時には勉強として舞台を観に行ったり、映画に連れて行ってくれたり、見た作品や演技についての意見を言い合ったり、どこまでも共に悩み共に考えてくれたお母さん。

 毎日仕事があって疲れてるだろうに、美味しいご飯の準備してくれて、感謝しかない。一番に心からのありがとうを伝えるんだ。


「お母さんのお陰で僕は──!」


 全力疾走しているせいで胸がとても苦しい、けれどそれ以上の興奮と開かれた未来への輝かしい大きな扉を前にそんな事些事でしかなくなった。

 急げ急げと足を出来る限り急かして前へ前へと動かす。


 なんて報告をしようか、まずは無事卒業出来ました、ありがとうからかな。

 いや、それとも今日は済ました顔して、明日は家族に花束とかケーキを買ってから改めてお礼と報告にしようか。

 どちらが良いかな、それか……そんなに高い金額は出せないけど、お母さんと良子ばあちゃんは海と花が好きだから、少し高めの景色のいい高台花園レストランのランチでも良いかもしれない。

 いや、やっぱり近場で一泊くらいの旅行をプレゼントするのもどうだろうか。

 美味しい物食べて、温泉に浸かって、綺麗な景色を見てゆっくり羽伸ばしてしてもらうのも良いな。

 二人にどうお礼を言おうか、何をプレゼントしようか帰りながら一生懸命考えた。



 抱えた夢は、一度は、夢は叶わないのかと下を向いたけれど、でも、再びのチャンスを貰う事が叶った。

 断たれたかに思えた道が、真っ暗な空間で新しく光り輝いて大きな扉まで伸びたのだ。

 光る道の始まりに立ち、目を瞑ってみれば発光鯨の唄声が、遠くから細く小さく聞こえた気がした。


 何故だか急に胸がいっぱいになって、熱くなる。

 じわっと涙が目の端に滲むが、それをぐいっと拭いながら家へと走っていくのだった。



 あともう少しで我が家だ──────

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