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透鏡越しラヴァーズ  作者: 卯月猫
3/12

決意



 そもそも、表舞台の世界に憧れたのは中学1年生の時。

 あまり勉強が得意でなかった僕は、忙しなく他の事を考えていた。歌う事が好きであった為、齧った知識を使って下手くそなギターの弾き語りをして動画サイトへ投稿しようかとかふんわりと考えを巡らせていた。その肝心のギターは父が若い頃に使っていたらしいと言う物で、調弦(チューニング)しなければ使い物にならない代物で、更に弦交換も行わなければならず結局直す事が出来ずに押し入れ深くで眠ったまま。

 お父さんが使っていたPCを貸してもらって歌って動画サイトへの投稿も調べてみたけれど、用意する物とやる事が多すぎて断念せざるを得なかった。

 まず歌うなら、高音質を保つ為には専用のマイクが必要で、Dなんちゃらソフト、インフェース? だのなんだのと合計して10種類以上も必要機材があり愕然とする。

 そうなると自分用PCが必須であるし、投稿をするまでには動画を編集したりする技術も必要でもう訳が分からない。

 歌だけでUPしている人達は、MVなど作るのに商業サイトで依頼して作ってもらうこともあるのだとか。一枚絵に合わせた物は2千円から、上は2、3万円までと幅広い。が、中学生では手の出にくい料金である。

 持っているスマートフォンだけでも歌って投稿はやろうと思えば出来るだろうけど、最新のAIPhoneとか使っている人達には機能面において全てが遠く及ばない。

 やろうと思ったが、現状の僕ではどうする事も出来ない事の方が多くて結局『無理だ』と諦めたのは自分だった。


 動画投稿を半ば諦めた状態になってからも尚、13歳の僕にはあちら側の世界はとてつもなくキラキラして見えたのだ。どうしても惹かれる何かがある。

 数多居る有象無象とは違うナニカをして、掴んで、抜きんでた才能を用いて輝いている人達。

 注目を浴び、人気者になりそして、数万人以上の人々から常に支持を集め続ける特別な存在。

 多感な時期真っ只中であったせいもあるだろうが、誰しもが一度は思うであろう事、『モテるのでは』とかそんなどうでもいい(仕様もない)不純な動機からのスタートだった。


 しかし、だからと言ってすぐその道を目指すぞと熱を入れ本腰になった訳ではない。

 憧れではあれど、やはり幾分もハードルが高すぎる。一部の人間だけが特別になれる場所で何十億分の一でしかない平凡以下の、何者でも無い僕が一体何になれる。

 あのキラキラとした何かになれる保障なんでどこにも無いのに。



 なんせうちは裕福な家計とは言えなかった。そうなる経緯は色々とあったのだろうが、理由は教えてもらえていない。同級生がクリスマスや誕生日にと高価なプレゼントを貰ったのを自慢していたりと言う過程も通ったが、うちでは家族でご飯を囲んで少しだけ好きな物の多い食卓になるだけだった。たまにお父さんが中古のゲームを買ってきてくれた時には、そればっかりを遊び倒したりしていたし、豪六じいちゃんと良子ばあちゃんの家に遊びに行くとお小遣いをくれたので安い駄菓子を好きにコッソリと買えて満足だった。

 特に豪六じいちゃんとは色々と出掛けた先で一緒に食べるご飯がとても美味しかったし特別だった。

 そんな小年期を過ごしていたものの、うちの経済状況が好転する事はなく所謂、『養成所』と呼ばれるタレント育成する為の専門学校に高い月謝を払って行くお金なんてどこにもなかった。

 お父さんはさておき、お母さんは若い頃から働いている喫茶店で毎日働いていた為、演技を習いに学校へ通ってみたいなどと母に告げる事は出来なかった。

 

 現代を生きる上で最低限必要で、僕にとっては最高級品であるガラケーだけは買ってもらっていたけれど、同年代と最新のゲームで遊んだり、ゲームセンターに入り浸ったり、カラオケ三昧したりと他の娯楽に傾けるお金など無い。

 それに、自分の叶うかも分からないふんわりした夢の為に【とりあえず習いたい事があるならやらせてあげる】と言う一般家庭でよくある出来事は、僕にとっては手の届かない夢物語でしかなかったのだ。

 幸い無料で聞ける音楽配信サイトがあったし、フルに活用して好きなアーティストを聞いたり録画したドラマを見たり、たまに古いDVDで映画鑑賞などして過ごしていた。場面によって感情だとか、声の出し方とか勉強と称して繰り返し見て何となく真似してみるくらいしかしている事は無かったが、それをして『逃げている』時は色々な物から目を背ける事が出来たのだ。

 体力づくりの為に筋トレと柔軟も始めて、これはお金がなくとも出来るからとても有意義だった。

 家族は何となく新しい事を始めた僕を応援してくれていたし、母は特にドラマや俳優が好きで良く一緒に見たりもして意見を交換したりしていた。

 また、僕自身が『僕では無い別の誰かの人生』を演じる練習をする事は、非日常的で少し特別な感じもして面白かった。

 

 笑う怒ると言った表情はさほど難しくは無かったが、ひと際泣く事を演じると言うのは難しく、なかなか上手くいかずに苦戦。

 よく悲しい事を思い出して、と言うけれど悲しい事なんて思い出したら演技どころではなくなってしまう。次のセリフは何だっけではなくて、もう感情の波に飲み込まれてしまう。

 決まって11歳の時に他界した豪六じいちゃんの事を思い出してみるのだけれど、その記憶はあまりにも鮮やかに甦るからすごくしんどい。


──◇


 11歳の冬、祖父豪六じいちゃんは体調を崩して一週間程入院していた。退院するかどうかの所で容体が急変。

 4人部屋の窓際のベッドには家族が全員集まっていた。横になっているが息をするのも大変なのか、必死に空気を吸っているように見えてその姿を見るのは辛かった。


「下顎呼吸と言って、亡くなる前に見られる呼吸です。呼吸が出来ず苦しそう、と感じるかもしれませんがそれほど苦しくないと言われています。耳は最後まで聞こえていますから、どうぞ話しかけてあげてください」


 お医者さんからそうは言われても、安心する反面やっぱり可哀想だと思ってしまう。

 家族に囲まれた豪六じいちゃんが、その呼吸の途中、目を開いてこちらを向いた。側にあった僕の手を握って『カメラは夏人にあげような』と弱々しい細い声で言って笑った後、静かに息を引き取った。

 お医者さんがご臨終です。と告げた時は、息をしていない豪六じいちゃんの手を強く握り返して「嫌だ目を開けて、豪六じいちゃん」と大きな声をあげて泣いてしまった事が思い出される。


 これが、僕にとって身内の親しい人が亡くなった初めての経験で、ぼんやりと死とはどういう事か分かっていたつもりであったのにこういう事かと冷静になどなれず、すぐに受け止められもせず家族皆が涙を零した事で感情は更に増幅されて止め方が分からなくなってしまう程だった。

 幼い頃にごつごつとして分厚く大きいと感じた手は、随分と小さく細くなった気がして、この手を離してしまったら二度と会えないのだと言う感覚が波のように押し寄せて急に恐ろしくなった。いつも当たり前に側に居てくれた大切で温かな存在が、自分の中からごっそりと消えてしまうような喪失感からどうにかして逃げ出してしまいたくなるような苦しさが消えない。


──◇



 結局、思い出すと簡単には止められない涙、脱力感と格闘する事になるのであまりこの練習をしたくも無かった。


 人には誰しも特別なその人なりの人生(物語)があるから、背景をよく見て感じてと母が好きな俳優、寺本 宏(てらもと ひろ)さんがよくインタビューで言っている。

 

 中学生になりたての僕にはそれは小難しくて、今いち響くものが無かったけれど、今思えば豪六じいちゃんが老衰で他界してから、我が家の歯車が徐々に狂い始めていた。その過程がそういった事に気が付けるようになった要因かもしれない。

 ストンと落ちて来た回答のように理解出来るようになったのは中学3年生の時で、家族にとって二度目の大きな転機が訪れた時だった。

 いつも元気な母がこれまで見た事の無い程に落ち込み、ふさぎ込んでいるのを見た時に『俳優になろう』と決めたのだ。

 母が好きな俳優と同じ事務所に入れたら、そこで僕が活躍出来たなら、その人とあわよくば共演出来たならばと動機はまたしても不純だったかもしれないが、母を元気づけたい、笑顔が見たい。そんな一心から僕の中の時は動き出す。


 大切な人を失っていく事も、周囲が変わっていく事も人が生きる上でとても重要で、人生と言う物語を深くしていく要因である事を知った。


 目標は大手ブルーミングプロダクションに所属する事、指標となった寺本宏さんと共演を果たすこと。


 何より、母を元気づけていく事とこの時の僕は決意を固めたのだった。




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