EPISODE:ZERO 〜怪人誕生秘話〜
どうも、巳櫻白転と申します。
本作品の連載に当たって、連載直前に物語の中核部分、つまり基本設定となるエピソードを執筆しました。
本格的な連載開始は明日からで最初の5話までは連続投稿となります。
というわけで、今のうちにブックマークしておいてくれよな!(元気っ娘)
東南アジアの未開のジャングル奥地。世界征服を企む悪の組織『ザ・ロスト』の第0番施設、最重要機密研究室は地上から遥か500m下に建造され、完全に秘匿された研究施設である。
彼らは世界各地に点在する研究施設で、世界征服のための手駒ーー怪人を製造し、世界を混乱の坩堝に落としていた。しかし、この第0番施設はとある一体の怪人を作るためだけに設立され、そして今日、その役目を終えようとしていた。
清潔に保たれた無菌室に置かれた円柱状のガラスケース、その中に満たされた培養液の中でそれは揺蕩う。
緑色の培養液に浸かっているのは高校生くらいの年齢の男子、その体には無数のチューブや謎の装置が取り付けられている。しかし口に取り付けられた酸素マスクとポッドに備わっているバイタルチェックの数字から、少なくともその男子は健康そのものであることが見てとれた。
無菌室には綺麗に整列した白衣の集団が立っていた。彼らの表情は堅く、明らかに緊張している。普段であれば彼ら研究員は忙しなくデータを収集し、常時投薬とバイタルチェックを繰り返しているが今日は違った。
ーーなぜなら。
「これが『奴らを斃すことを目的に製造した怪人』か。壮観だ、実に壮観じゃあないか」
「お待ちしておりました、無貌様」
厳重に閉じられた無菌室の扉が重い音を立てて開くと一人の初老の男が現れた。白髪混じりの髪をオールバックにし、消毒された白衣の下にきっちりとしたスーツを着た男は一見するとただの紳士のようにも見えるが、その瞳の奥にあるドス黒い奔流を覗けば、誰でもこう思うだろう。
――”この男は『悪』である” と。
この紳士然とした男こそ『ザ・ロスト』の首魁。部下や側近さえ本名を知るものは誰もいないし、知ろうとしたものもいない。かつて、その名を知ろうとしたものは必ず命を落としているからだ。
もっとも、呼ぶための名がなければ不便だろうと自分から『無貌』と名乗っている。
そして、地球が誕生してから今までの歴史を振り返ってたとしても只の一人も存在して居ない、構成員100万人を超える純粋なる悪の組織を立ち上げ、未だ勢力を伸ばしている最悪の人間と言って過言ではない。
そんな男がマジマジと見つめ、あまつさえ口元に微かな笑みを浮かべる。ガラス柱の中で眠る少年はそれほどまでの者なのだろうか。
主任研究員が無貌へ近づき傅く。
「実験体:EXは無事に完成致しました。後は精神感応剤を投与して覚醒させるだけです」
「そうか。ではすぐさま投与してくれ」
その言葉を聞いた研究員はすぐさま元の配属に戻り、実験体の機動シーケンスを開始する。最新鋭の設備に素早くデータを入力、操作すると男子の体に繋がれたチューブを通して赤い液体と共に薄いピンク色の液体が体内へと流れ込んでいく。
すると、母親の胎内にいた時の赤ん坊のようにポッド内で丸まっていた男子―実験体:EXの目がゆっくりと開いていく。その瞳は光を感じさせぬほど黒く、そして確かな悪意を包含していた。
培養液の中で目覚めたEXは暴れることなく、酷く冷静に周りをゆっくりと見渡し、そしてなんの脈略もなく拳を振り抜き――その拳でケースのガラス面を殴打する。
水中とは思えないほど鋭く突き放たれた拳は一撃でガラスを粉々に粉砕し、その破片は勢いそのまま無貌へと飛来していく。
「ッ、無貌さまッ!?」
「別にかまわんよ。誕生日おめでとう、実験体:EX…いや、エクスクルード。さあ、共にこの世界を破壊し尽くそうか」
研究員達の慌てふためく声になんでもないように返答を返す無貌。その頬には一筋の赤い線が走り、少しだが血が垂れ始めていた。
しかし、そんなことは些事と言わんばかりの笑顔を作り、無貌はそのどろりと濁った瞳を向けて実験体:EX改めエクスクルード笑い掛ける。
未だ落ち切らない小さなガラスの粒子がキラキラと、まるで無貌を祝福するかのように輝いていた。
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「コードネーム:EX…いえ、エクスクルード。起動に成功しました」
「急に名付けなどして申し訳ないね、主任。とはいえ彼は我々にとっての希望の星なのだ。
いつまでもコードネームなんていう無味乾燥なもので呼んでいては可哀想だろう?」
「いえ。お心遣い、痛み入ります…エクスクルードにはそういった感情がほとんど存在しないので私が代わりにこの場にて感謝を」
深々と頭を下げる主任研究員に対して、無謀は困ったような声色で頭をあげるように声をかける。
「かまわんと言っているというのに…我々が開発したナノマシンで既に私の傷は完治しているのだから。
それよりもエクスクルードが無事に製造完了したことを祝おうじゃないか、少なくともこの場では謝罪よりも喜びの声が私はよっぽど聞きたいのだがね」
悪の組織の首魁とは思えぬようなその言葉に主任は感涙を流す。
無貌が頬の傷跡を撫でるとそこには乾いた血が付着しているだけで、その下の皮膚は完全に癒着していた。
部下と上司の談笑の場、とはいえ先ほどまでと変わらず無菌室だが、既にこの場にはエクスクルードはいない。
先ほどの騒動の後、エクスクルードは無事にケースから排出され、精密検査のために一度鎮静剤を投与され搬送された。
「ありがたきお言葉…っ!とはいえ計画はまだ半分しか成功を迎えていないのも事実、私共としては未だ気を緩ませきれないことについてはどうぞご容赦の程を…」
「うん、確かにそうだね、そうだった。
私としたことが、年甲斐もなくはしゃいでしまったようだ、許してくれると助かるよ」
その主任研究員の言葉を受け無貌は改めて、自身の起こした計画について反復する。
「我々が最優先で排除しなければならない存在、”異界戦隊ディメンジャー”を抹殺するための最強の尖兵を生み出す…それが”エクスクルーション計画”」
自身の計画を悉く潰してくる何より忌まわしき宿敵を脳裏に思い出すと、無貌は無性に何かを破壊したい衝動に駆られる。普段紳士然とした態度を崩さない彼から次第に危険は雰囲気が漂い始める。
レッド、ブルー、グリーン、ホワイト、ブラック。5色の隊員で構成された正義のヒーロー、ディメンジャー。
この地球上で初めて観測された特殊能力を持った個人、その五人が集まって構成された文字通り人類最強の集団である。
無貌は手首に装着した時計型デバイスを操作し、研究室の大型モニターとリンクされディメンジャーのデータを表示させる。
個人情報、家族構成、年齢、学歴、生まれた日時。あらゆるデータが網羅されたそのデータが画面に出力され、最後に戦隊を構成している五人の素顔が表示された。
男子3人女子2人。年齢は全員17歳、そして同じ高校に通っている二年生である。
「…忌まわしい」
先ほどまでの紳士然とした態度から一変し、無貌の表情は冷徹な殺人者、悪の組織の頂点に君臨する最恐最悪の人間としての側面を露呈させる。
これだけ大量のデータを集めたのは、確実に奴らを抹殺するためである。そしてここまでデータを収集した上で、それにも関わらず未だに誰一人としてディメンジャーを抹殺することに成功していない。
ザ・ロストの構成員や製造された怪人、つまり100万の敵対者をディメンジャーはたった5人で完全にあしらい続け、しかも企む悪事すら完璧に破綻させてきた。
ザ・ロストは敵対者を滅ぼす手段を選ぶような甘い結社ではない、当然ディメンジャーの身内を襲撃もしたがそれも完全に撃退された。5人を殺すためだけに修学旅行の旅行先を海外になるよう細工し旅客機を爆発させるよう仕向けた。それも完全に防がれた挙句、旅行先でめちゃくちゃエンジョイされた。
たった5人なのだ、その5人を殺すことが今だにできていないのだ。それが悪の華、無貌の逆鱗を逆撫でし続けた。
「フロント企業を数多運営している身としては一切、いっっっさい!!痛手ではなかったがね?とはいえ細工のために億単位の資金を使った成果が我々の計画を妨げているクソ高校生共の青春に浪費されたのは屈辱以外の何物でもないのだよね」
「…だ、だからこそ、今回の”エクスクルーション計画”で確実に奴らの息の根を止めてやろうと言う算段ではないですか!大丈夫です、今回の計画はスケールが今までと桁が違います!」
怒りを超えてドス黒いオーラを放ち始めた無貌に対して、慌てて主任研究員がセーブをかける。
研究員の言葉に冷静さを取り戻した無貌は、恥ずかしそうに咳払いをすると『最重要機密』と書かれたファイルを開く。
そのファイルの中に記された文字は『エクスクルーション計画』。
内部データには二重螺旋構造や4色で表された記号、培養液の中で分裂する細胞の経過観察のデータが事細かに書かれている。
そして、その二重螺旋のデータに銘打たれていたのは、ディメンジャーレッド――藤原 灯利の名、つまりエクスクルードはザ・ロスト謹製の人造人間であり、正真正銘のヒーローの遺伝子を用いて製造された怪人である。
「それにしても、同じ遺伝子を使っているだけあって、完全に藤崎灯利と同じ顔だよ。本当によく調整を頑張ってくれた」
無貌は実に厭らしい笑みを浮かべながら言う。
『エクスクルーション計画』とはディメンジャーのリーダーであるレッド、藤崎灯利の遺伝子を用いたクローンを作成、ディメンジャーに嗾けると言う計画だった。そして、実際に完成したクローンであるエクスクルードは、どこからどう見てもディメンジャーレッド、藤崎灯利その人である。
「友人と全く同じ顔、そして何より自分と同じ顔。そんな人間に攻撃される事による精神的な攻撃。少なくとも奴らに、エクスクルードを手にかける事などできないでしょう」
一般市民の心の支えとなっているディメンジャーレッド。彼らの平和をもたらす象徴である彼と全く同じ顔を持つ悪の尖兵が街を破壊していたら、何かしらの不信感を抱くものは確実に現れる。
そういった外からも中からもディメンジャーに責め苦を与えるための作戦でもあった。
「とはいえ、君の言う通り計画は半分しか終わっていない。なぜならエクスクルードは未完成だからね」
研究室の大型モニターに、エクスクルードから採取された血液データや心電図などのバイタルデータがリアルタイムで更新されている。別室での精密検査のデータと連動しているため信頼性が極めて高い。
しかし、その検査データには大きくこうも書かれている――『特殊能力、発現せず』。
つまりレッドの持つ特殊能力、『自在に炎を操る力』に、彼と寸分違わぬ遺伝子を持つエクスクルードは目覚めることが出来なかったという事になる。
しかしその重要なデータを、さも当たり前のように平然と読み飛ばす。その様子には落胆も怒りもなく、”最初から知っていた”と言うのが一番しっくりくるだろう。
「当然だが他の研究員は下がらせてくれたまえよ。彼らはこの計画がエクスクルードの製造で完結していると思っているのでね」
「重々承知しております。何より奴らは、この事実を知ったら知的好奇心に走って背信しかねないマッドサイエンティスト集団です。口が裂けても教えるわけにはいきません」
無貌は手慣れた様子で時計型デバイスにもう一つの機密コードを入力する。すると画面に表示された無数のデータがモーゼの奇跡のように次々と左右に移動し、一番奥から秘匿されたファイルが現れた。
これには主任研究員と無貌のみが知っている、この世の根幹すら揺るがしかねない報告が記されたテクストと、とある研究データが眠っている。
そのテクストの書き出しはこうである。
”ディメンジャー、その正体は『異世界から帰還した”勇者”である』”
「ディメンジャー、その正体は『異世界から帰還した勇者である』…これを報告された時、私は真っ先に報告者を処罰しようと思ったね」
「私としてもあまりに突飛で化学的な要素に欠ける報告でしたので、一度ゴミ箱に叩き込んでしまいました」
”異世界から帰還した勇者”。
その単語を聞いて「確かにそうだ!」となるような人間が現実にいるわけがない。少なくとも真面目に悪事をこなしている悪の秘密結社のトップ的にも、その言葉は与太話にしか思えなかった。
しかし、現状それが与太話ではなく純然たる事実と認めているのには、其れ相応の理由があった。
「彼らが能力を使用する際に、必ず若干の空間的ゆらぎが検知されたことで話は変わってきました。我々の知らない未知の領域からその能力を使用しているのであれば、この報告もあながち与太話ではなくなってくると言う訳ですので」
『ザ・ロスト』は世界崩壊を目論む悪の秘密結社だが、それに対抗する勢力はいくつも存在する。その中でも頭一つどころか3つほど抜けている組織こそ、”異界戦隊ディメンジャー”。
ディメンジャーは各自それぞれ特殊な能力を持っている。
レッドであれば炎を自由自在に操り、ブルーはレッドとは反対に水を自在に操る。
イエローは電撃を迸らせ、ホワイトは人や物を完全に元に戻す力を有し、ブラックは物質を別の物質へと変換する。
そして各個人の身体能力や頑健さは異常の一言。
毒は当然のように無効化、銃だろうと剣だろうとせいぜい擦り傷程度になってしまう防御力、ロケットランチャーで爆破も試したが、軽くキャッチしてそのまま投げ返された。
「……そうだね。だからこそ、最も古くから私に尽くしてくれた君にもう一つの計画を託した訳だが…進捗は?」
過去の嫌な敗北の記録たちが頭を過った無貌は、流れを変えるために話の本筋をエクスクルードに戻す。主任は少し悩ましそうな表情で進捗を説明する。
「完璧…と断言したいところではありますが………あまりにも未知の領域が多すぎるため、完成度は8割程度となっています。ただ、起動実験は無事に成功していますので、2割はあくまで私の納得の言っていない分と考えてもらえれば」
「ディメンジャーのテクノロジーは確実に異世界由来。我々の科学力を持ってしても100%解明できるとは私も考えていないよ。むしろ私の見立てでは再現は6割が限度と考えていたからね、本当良くやってくれた」
『異世界』といっても、その存在が観測はディメンジャーが能力を使った際の残滓から憶測するしかできない。あらゆる機材を用いて戦闘中のデータをスキャニングし、極々限られた情報から技術の8割を再現したというのは『ザ・ロスト』の高度な科学力があってこそだった。
「ありがとうございます。それと…もう一つ。無貌様から依頼されたように、一般研究員に対するカモフラージュとして例のアイテムを開発しました。それに関しましては、完成度は100%と自負しております」
無貌からの労いの言葉に暗がかった表情を明るくした主任研究員がコントロールパネルを弄ると、研究室の壁面に設置されたハッチか開錠する。その中には頑丈そうなアタッシュケースが鎮座していた。
主任研究員がアタッシュケースの側面についた機械に指を翳し、指紋をスキャンすると複雑な機械音と共にケースが自動で開いた。
スマートフォンほどの大きさで、いくつかのスリットがある楕円形パーツの中心に、赤く宝石が輝いているバングルがアタッシュケースから取り出される。ディメンジャーが使用している変身アイテムと似たデザインになっているが、カラーリングは黒と赤に統一され、その見た目はどこか禍々しい。
「奴らが使用している技術を限界まで模倣し、製造した変身アイテムのプロトタイプ――開発コードは”ロストバングル”となっております」
紹介に与ったロストバングルはまるで挨拶するかのように、怪しげに赤い宝石を光らせた。
「それは中々…皮肉が効いていていいね、実に私好みだよ。奴らの特撮モノのヒーローごっこには飽き飽きしていたんだ」
無貌は主任に対して好感を口にした後、がらりと雰囲気を変え、心底軽蔑するかのように言葉を吐き捨てた。
悪の秘密結社『ザ・ロスト』に抵抗する正義のヒーロー、ディメンジャー。その正体は異世界から帰還した勇者である。
そして、彼らは異世界由来の特殊能力に加えて、もう一つ現実離れした力を持っている。
それは『変身』である。
現実においては絶対に不可能であるはずの瞬間的な変身。ディメンジャーは、それを異世界から持ち帰った未知の技術によってそれを現実のものとしてしまった。
変身のキーである『ディメンションバングル』を空高くかざすと、別次元に格納されているであろう強化スーツがコンマ1秒未満の超スピードで着装され、ただでさえ常人を遥かに凌ぐディメンジャーの身体能力を更にパワーアップさせる。
その姿は日本人だけでなく海外でも馴染みが深い”特撮の戦隊ヒーロー”に限りなく近い…というかアイテムの製作を担当しているブラックと、ヒーローに強い憧れを抱くレッドが結託した結果、メカチックなパワードスーツではなく、このような戦隊スーツになっているのだが、それを無貌たちは知らない。
「無貌様、変身機能についてですが、実はいくつか問題があり…」
「ん?おっと、それについては後で聞く事にするよ。主賓のお帰りだ」
バングルについて議論を重ねていると、研究室の扉が重苦しい音と共に開き、エクスクルードと共に数人の研究者が戻ってきた。
エクスクルードは未だ無表情で、一切の感情が読み取れない。
「エクスクルード、早速だがキミ専用の装備を作成した。試しに装備してくれ」
「……」
エクスクルードは無言のまま無貌の手から奪うようにバングルを手に取って右腕に装着する。微細な機械音と共にバングルは腕のサイズに調整され、使用者を認識したかのように中央の宝石が妖しく輝いた。
『Ready』
「機械音声が聞こえれば起動成功、そして通常駆動で出現する武装、開発コードは”スティングレイ”。君の意思に応じてバングルの手甲側から中サイズのエストックが生成されるようになっている」
「………」
主任研究員の解説を聞いたエクスクルードが無言のまま右腕を空に振ると、バングルから長さ1mほどの紅い刃が生えた。バングル内部に満たされたナノマシンと感応金属によって、血流や心拍数から使用者の意志を汲み取って高速で剣が生成される。
レイピアのように針状の刀身は、血に濡れたかのような真紅で、それは芸術品のような美しさと禍々しさが同居している。
「…………」
「ううぉ!!?」「危なっ!!」「っのわあ!!」
エクスクルードは突如出現した刄に困惑するどころか表情一つ動かさず、その場で剣を振り回した。周囲にいた研究員はそのエクスクルードの唐突な行動に叫び声を上げ、慌てて剣の間合いの外まで逃げる。
一通りの動きと剣の間合いを確認すると、エクスクルードは動きを止めてエストックを消そうと試みる。その意思を受けて剣はまるで液体になったかのように揺らぐと、1秒もかからずにバングル内部へと収納された。
「………確か会話はできるように調整を頼んでいたはずだが、どうしてエクスクルードは言葉を発さない?少なくとも私たちの言葉は理解しているようだが、にしては礼節に欠いているね」
エクスクルードの行動を見た無貌の明らかに怒りの混ざった声色と、濁った瞳に睨まれた脳機能担当の職員は、一瞬で顔面を蒼白に染め、急ぎ調整データをモニターに表示させる。
モニター画面上のウィトルウィウス的人体図のように表示されたエクスクルードの3Dデータは彼の頭骨、脳と拡大していき、その内部に張り巡らされた改造の後とリアルタイムでの変動値をせわしなく表示させる。
「え、え、あの、その、脳機能自体に問題はありませんが、たただあの、先ほど培養ポッドを破壊した際から戦闘機能がずっとアクティブになったままで、その状態の間は戦闘行為以外のあらゆる物事の優先度が最低値まで引き下げられるように設計されています…も、申し訳ないのですが、その状態がエクスクルードにとっての『正常』で間違いありません」
顔面蒼白のまま震える声で釈明をする研究員の説明を聞き終わると、無貌は機嫌を悪くどころか和かな笑顔を作る。
「ああ!そういえば性能調整の段階で、そういった報告書が上がっていたね…いやはや、大変申し訳ない。
とはいえ…これでは”個”としては強いが、組織だった行動には向いていないな。ナノマシンと脳幹に埋め込んだチップから変数を再入力できる筈だったね。
少し手間だが戦闘行為の優先度と社会性の調整を頼むよ、特に言語能力と命令系統関係の優先度は、戦闘中でも優先レベルが下がらないようにしておいてくれるかな?」
「は、はいっ!!」
研究員は命令通りに戦闘中の優先度を変更し、手元のタブレットからエクスクルードの脳幹に埋め込まれたチップへとデータが転送される。すると完全に無表情だったエクスクルードの表情が若干歪む。頭痛が起こったかのように頭を押さえると、数秒後には再び無表情になる。
命令の書き換えをしたためか戦闘モードが解除され、人間味の薄い淡々とした口調で言葉を発し始めた。
「っっ!………戦闘行為の終了を確認。平常稼働モードへ移行する。
無貌様、失礼を許してくれ。オレはそういう風に作られた生命なのだろう?」
明らかにその態度は不遜極まりなく、周りの研究者はその態度に全員顔面を蒼白を通り越して土気色にまで染めた。
しかし、その言葉に唯一笑い声を上げた者がいた。他の誰でもない無謀である。
「…ふはははは!これはいい、傑作だよ!そうだよ、その通り!
エクスクルード、キミはディメンジャーを殺すために作られた我々の最高傑作だ。先ほどの行為も、戦闘以外の機能を極力削いでしまった我々に落ち度があるとも!」
「感謝する」
「…だがね」
軽く会釈するエクスクルードに近付き、肩を軽く叩く無貌が言葉を前置く。その声色は先ほどとは違い、少し寒気を覚えるほど冷え切っている。
「キミは兵器であるが”ヒト”でもある、だからこそ成長の余地を残して設計した。
私はね、人の最大の真価とは『成長』にこそあると考えている。成長するから人は困難を打破し、輝かしい成功をその手につかむ事ができるのだよ」
「それは…」
エクスクルードの肩に無貌の指先が食い込んでいく。
鼻と鼻がぶつかるほどにまで接近した両者の顔。悪の傑物の濁った瞳は、先ほど生まれ落ちたばかりの小生意気なヒトを捉え、確かな恐怖を植え付けていた。
「もしもだよ、キミがそのまま成長しない…それこそ”そういう風”に設計したままで進もうとしないのなら、きっとキミはディメンジャーに勝てない。勝てない兵器に存在意義は果たしてあるのかな?」
「っっ!だがオレは!」
先ほどまで無表情だったエクスクルードの顔には焦りと多少の恐怖が入り混じっていた。しかし、その言葉は無貌によって遮られてしまう。
「あ………いや、すまない。今のは期待からくる圧力ってやつさ。
これからキミはどんどん強くなって私達の宿敵を殲滅する。それができるだけの身体スペックを設定してあるんだ。それが終わったら、私たちと一緒に『この世界を|めちゃくちゃにしよう』、これをキミの最終目標にしてくれたまえ」
「――行動理念『この世界をめちゃくちゃにする』、記録完了。オレはこれより無貌様から受けた最終目標を達成するために行動を開始する」
この日、実験体:EX――エクスクルードの脳裏に『この世界をめちゃくちゃにする』という最優先プロトコルが刻まれた、刻まれてしまった。
これがトリガーとなって、『ザ・ロスト』と”ディメンジャー”に起こるハプニングを予期したものはこの時点で誰もいない。
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検査服だったエクスクルードは支給された戦闘用のスーツを着、無謀と主任の後ろについて歩いていた。
他の研究員たちは本日の業務の終了とプロジェクトの完結を宣言されたため、”東南アジアのジャングルの奥地”というトンデモ立地にある当施設から退去する準備をするために自室へと早々と戻っていった。
「ちょっと待っていなさい」
施設の端、普段であれば職員もあまり近づかないような倉庫近くの壁際で3人は足を止める。
無貌は壁に偽装されたコード入力装置と指紋認証をクリアすると壁が一部変形し、業務用の大型エレベーターが現れた。
「今から向かう場所は私たち以外誰も知らない。簡単に言えばキミの製造よりも更にレベルの高い最高機密を扱っている研究室なんだ……というわけで、絶対に他言無用だよ」
「了解した」
無貌は軽い口調だが、その声色は真剣そのものだった。とはいえ『反抗する』という機能が備わっていないエクスクルードは、その圧力をなんら影響されていないように簡潔な返答を返す。
エレベーターは3分ほどかけて地下へと潜っていき、到着すると頑丈に作られた2枚扉が横にスライドする。
「なんだこの部屋は」
明らかに極秘中の極秘、案内された隠された施設の摩訶不思議な機器を目の当たりにしたエクスクルードは小声でそう漏らした。
研究室と表現するにはあまりにも異形とした部屋だ、まだ現代アートと表現した方がしっくりくるだろう。
息が白くなるほど冷えた部屋。その中央には5メートルほどのサイズ、金属で作られた円形のアーチが設置されており、いくつもの太いコードを介して大型のスーパーコンピュータが並列して接続されている。数多あるディスプレイは忙しなく変化する数値を映し出していた。
「まあまあ、すぐにわかるさ。ところでエクスクルード、改めてキミが対峙するディメンジャーについて、そしてどうしてキミが作り出されたのか、どこまで理解しているか我々に説明しなさい」
「……ディメンジャーはオレの宿敵であり、全員が異世界から帰還した勇者だと聞いている。そしてその異世界についても既にデータを学習済みだ。異世界には地球上には存在しない未知の物質や法則、エネルギー波形が存在し、ディメンジャーはそれを用いてオレ達に抵抗している。
だからこそ、彼らの中でも最も能力値の高いディメンジャーレッド――藤原 灯利のクローンであれば、その未知の力を扱うことができるかどうか実験するためにオレが製造された」
「正解だよ、半分はね」
無貌がアイコンタクトを取ると主任はコントロールセンターへと向かいシステムを起動し始める。その命令を受けて重苦しい機械のアーチが鈍い音を立てて起動した。
「半分…?」
「そもそもだよ、例えば天才の遺伝子を使えば天才が生まれるのだろうか?かの大天才、アインシュタインの脳の一部が現存しているのは有名な話だが、それを用いてキミのようにクローンを製造したとして、果たしてかの大天才の再来となるのだろうか?」
機械のアーチに膨大な電力が流れ込み、負荷がかかり始めた。金属部が次第に熱を持ち始め周囲との熱量の差が水蒸気となって白い煙を吹き上げる。
「答えはね――『NO』だよ。
人は遺伝子だけで何もかも1決まっている訳ではない。それだったら一卵性双生児は、何もかも同じにならなければおかしい。人は遺伝子だけでなくあらゆる環境に影響を受けて存在を形造っている」
「ということは、そもそも無貌様は、オレが特殊能力を再現できるとは考えていなかったということか…!?」
エクスクルードは細胞の培養の途中、情報を直接脳に刻まれているため、戦闘技能だけでなく必要最低限度の一般常識、そして『どうして自分が製造されたのか』についても知っている。
ただ、今聞かされた真実は文字通り生まれる前から知っていた事実を容易にひっくり返した。だからこそ、常に冷静になるよう脳を調整されている筈のエクスクルードが明らかな困惑で声を荒げたのだ。
「どうしてオレは製造された…………何故だ」
「まず、キミが特殊能力を再現できないとは考えていない…というか再現できると確信があったからこそ製造したんだ、そこは安心してくれたまえ。ただ、生まれた瞬間から能力が使えるわけがない事もわかっていた。奴らは異世界であの能力を手に入れた訳だからね。
だからキミは今から異世界に行くんだよ」
無貌がそう言った直後、極光と共にアーチの中央で空間が軋む。金属をすり合わせるような耳障りな異音が研究室に反響する。
普通は向こう側の壁が見えるはずの中央部では、酷い蜃気楼のように景色をグチャグチャと映し出す。その現代アートのような景色は次第に、見た事もないような知らない風景へと移り変わっていく。
ただでさえ異質な部屋の中で、その空間は突出して異常だった。
アーチの中心部、先程まで捻じ曲がっていた空間の先に見える風景は明らかに森林地帯だ。
少なくとも金属と強化ガラス、コンピュータで構成された悪の秘密結社の研究所ではない。
「我々が極秘で研究していたのは異世界へと行くためのゲート。
――――奴らが異世界で特殊能力を手に入れたというのなら、キミも異世界に行けばいい。そして奴らと同じ能力を以て奴らを殺そう、そのためにキミは作られたんだ」
「…了解した。これよりオレは、ディメンジャーの能力を手に入れるため、異世界へと出向する」
冷静な口調でエクスクルードはアーチ…いや、異世界へのゲートへ視線を向ける。その顔は生まれて初めての笑みが浮かべられていた。
こうして、悪の秘密結社によって作り出された正義のヒーローの遺伝子を持つ怪人、エクスクルードは異世界へ旅立つ切符を得たのだった。
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