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第7話 7188③

 突然現れた胸の大きい女は、それが当たり前の行為のように俺たちの隣の席へと座った。1人でふらっと入店するあたり、この店は初めてではないのだろう。もしかすると、咲良さんの情報源はこの人なのかもしれないな。


「えー?なになに?君達そういうことになったの?へー」


 頬杖をついてじろじろと俺たちを観察し始める。別に悪いことをしているわけではないが、蛇に睨まれた蛙のようになってしまう。居心地が悪い。


「もう!香澄(かすみ)!清隆さんに失礼でしょ」


 いや、失礼ではない。むしろ光栄だ。いいぞ香澄さんとやら。胸のことしか覚えていなくて申し訳なかった!その調子で外堀を埋めていくんだ!


「え?付き合ってるんじゃないの?」

()()付き合ってないよ!」


 え?まだって言った?可能性があるの?それとも言い間違い?ここで1歩踏みだせないから、彼女がいない自覚はあるのだが、勘違いだったら今の関係が終わりそうで怖いじゃん?みんなそうでしょ。

 そして、咲良さんは自分の発言に気が付いたのか、顔を真っ赤にして俯いてしまった。やはり言い間違いか。


「ほーん。じゃあ、私が立候補しちゃおうっかな。ねぇ、どうかな?」

「ねぇって言われても……」


 モテない男特有のはっきりしない回答。せめてもう少し気の利いた回答ができるようになりたいものだ。


「か、香澄はどうしてここに!?」


 俺が言い淀んでいると咲良さんが割り込んできた。正直助かった。香澄さんは可愛いと言うよりは美人寄りの顔立ちをしていらっしゃる。たとえ冗談だったとしても誘惑するような真似をされるのは心臓に悪い。


「どうしてって、そりゃお茶しに来たんでしょ。今日も勉強を頑張った自分へのご褒美ってやつ。あなた達に会ったのは偶然。ほんとよ?」


 その割にさっきからマスターのことを目で追っているようだが、本当の目的はそっちか。枯れ専ってやつか。その気持ちは分かる。実際、ここのマスターがイケオジなのもあるが、その年代特有の色気というか独特の雰囲気はかっこいい。漫画等でも師匠とか歴戦の猛者的なポディションにいることが多いから影響を受けているのかもしれない。


「いつもありがとう香澄ちゃん。はい、いつものやつ」


 マスターが香澄の注文を聞くまでもなくレモネードを持ってきた。なるほど。注文が固定化している常連に対しては、もはや注文を取らないのか。メニューも数種類しかないからこそできる技だな。このシステム、俺にもやって欲しいから本気で通おうか悩む。憧れるよね。


「ありがとうございます!私の飲みたい物が分かるなんて、心が繋がっているような気がして素敵だと思いませんかっ?」

「素敵だと思うよ。ただ、俺はエスパーだから分かるんだ。Nパワー」


 Nパワーって俺が小さい時に流行った自称エスパー芸人のネタじゃないっけ。ちなみにNパワーのNは脳みそのNだ。なんでも脳の秘められたパワーらしい。世代がバレるやつだ。


「エスパーなら、今私が考えていることも分かりますよね!?ほらほら!」

「うーん。今晩のおかずはトンカツで決まり!」

「もー。分かってる癖にぃ」


 なんだこれは。いったい俺は何を見せられているのだろう。完全に置いてけぼりだ。咲良さんも死んだ目で虚空を見つめている。

 そう言えば、なんで香澄さんが合コンに来ていたんだろう。あそこには同年代しかいなかったのに。単純にストライクゾーンが広いのかもしれない。マスターをからかっている可能性も頭をよぎったが、少なくとも「どうぞ、ごゆっくり」と言って戻っていったマスターを見送る熱視線は、そういった類のものではないような気がした。


「あーあ。行っちゃった。それでそれで?君達はどうしてここに?」


 マスターが消えて、興味関心がこちらに戻ってきた。香澄さんの顔がニヤついている。これは答えないと解放されないタイプのやつだ。仮に黙秘する選択肢を選んだとしたら、永遠にからかわれるに違いない。


「さ、咲良さんが1人でここに来る勇気がなくてって話で……結果的に素敵なお店を教えてもらった形で感謝って言うか」

「ふーん。咲良ここ()()()なんだ」

「そ、そう。初めて来たけど、凄く雰囲気が良くて。コーヒーも美味しいし、もっと早く来たら良かったって思っちゃうな」


 俺もそう思う。咲良さんがこの店の存在をいつ知ったのか分からないが、今日まで訪問を躊躇ってくれたおかげで、俺はこの店を知ることができた。それに咲良さんとこうしてお茶している状況も生まれなかっただろう。


「ねぇねぇ。清隆さんでいいよね?咲良もそう呼んでるし」

「べ、別にかまわないけど」


 ぐいぐい来るこの感じ、正直嫌いじゃないが、女慣れしていない俺はタジタジになってしまう。それになんかちょっと不機嫌?ドラマの主人公達はもっとクールにかっこよく決めているが、現実はそう上手くはいかないものだ。


「じゃあさ、今度は私とどっかに出かけない?」

「へ?」


 なにそれ。ついにモテ期が来たのか。人生で3回あると言うモテ期。俺は既に生まれた時に1回消費してしまっている。親が連れ歩いていると道行く人達に声をかけられすぎて、全く進めないくらいだったそうだ。せめて、物心ついてからでお願いします神様と何度もお願いしたものだが、ついに叶う日が来たのか。


「デートってやつ。ここみたいに雰囲気の良い店けっこう知ってるし、なんなら終電なくなっちゃってもいいんだけどなぁ」

「そ、それって……」


 ごくりと唾を飲む。やめてくれ。童貞にその誘いは効く。完全に鼻の下が伸びている自覚はあるのだが、体が勝手に動くんだ。止めたくても止められない。


「だ、だめ!」


 咲良さんが声をあげる。正気に戻った俺が彼女を見ると顔を真っ赤にして、思わず声が出てしまった自分に驚いているような、そんな表情をしていた。


「ご、ごめんなさい。ちょっとこれから用事があるから、先に帰ります」


 バックを抱えて店を飛び出して行く咲良さんを俺は黙って見ていることしかできなかった。ここで後を追うのが主人公なのだが、原因の一端を担った自覚が少なからずある俺は、それができなかった。


「ありゃ〜。ちとからかいすぎたか。清隆さん。咲良を追いかけてもらっていいかな?お詫びにテンパりすぎて支払い忘れていった娘の分も合わせて私が出しとくからさ。ホントごめんね。楽しくやったたところに水さしちゃって」

「え?で、でも……」

「いいから!さっさと行く!」

「は、はい!」


 香澄さんに背中を押されて、やっと足を動かす。走れ。間に合え。見失うな。まだ近くにいるはずだ。

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