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第5話 7188①

 お弁当を美味しくいただいた俺は、翌日お礼を兼ねて咲良さんへ電話をした。具合悪そうだったからね。別に日和ったわけではない。か、勘違いしないでよね。

 電話にでた彼女の声のトーンは、いつもと変わらないものだった。すっかり体調は良くなっていたようで安心した。お弁当が美味しかったことを伝えると恥ずかしそうにしていたが、本当のことなんだから胸を張っていいと思う。

 しばし雑談をしてから、お弁当箱を返すために再び3号館の掲示板前で会う約束をした。時間は午後の講義が始まる少し前。改めて言おう。別に日和ったわけではない。これには深いわけがある……ということにしてくれ。


 お昼を簡単に済ませた後、約束の地へ向かう。食堂が再開しているようで、すれ違う学生たちが今日のお昼の感想を語りながら歩いていく。この時期は新入生が、食堂のクオリティの高さに驚いて、あちこちから感動の声が聞こえてくる。あそこの卵焼きのファンとしては、自分のことのように誇らしく感じた。そこの新入生、もう卵焼きは食ったか?美味いぞ。テレパシーよ届け。


 待ち合わせ場所には既に咲良さんがいた。こちらに気が付くとぺこりと頭を下げる。俺は、高鳴る鼓動を抑えて小走りで近づいた。


「待たせちゃったみたいでごめん」


 まだ待ち合わせの時間よりも10分ほど早かったが、待たせてしまってしまったことには変わりない。こんなことなら、学内のカフェを待ち合わせ場所にした方が良かった。望に知られたら小馬鹿にされそうだな。いや、あいつなら最初から居酒屋とかか?


「いえ、私も今来たところなんです。本当ですよ?漫画やドラマでよく聞くようなやつじゃないですから」


 咲良さんが、そういってクスクスと笑う。さりげなく軽く握った右手の拳を口に当てていた。一挙一動が俺の胸に刺さる。この空間だけ切り取られないかなぁ。


「まだ、ちょっとお時間があるみたいですから、あそこに座りませんか」

「は、はい。まだ少し時間もあるし、丁度いいかも」


 彼女の視線の先には、ベンチが置かれていた。願ってもないチャンスであるのと同時にドキドキ緊張タイムの始まりだ。寝ぐせはついていないだろうか。歯磨きはしてきたが口臭は問題ないだろうか。そもそも咲良さんの隣に座っていたら、彼女が変に思われたりしないだろうか。ベンチまで歩く短い時間の間に頭をフル回転させる。よし、客観的に及第点はもらえるんじゃないか?


「いやはや全く良い天気ですね」


 早速、話題に窮した俺が発した無難中の無難ワード。天気の話題。俺の脳細胞は今この時を記憶することにリソースを割いているからこれが精一杯だ。晴れていてよかった。そうでなければ詰んでいた。


「そうですね。今年の梅雨は例年通りなんでしょうか。雨が降ると気分まで落ち込んでしまいますから」

「ははっ。そのとおり。今日のような快晴が続けば良いのだけど」


 腕時計をチラッと見る。予定よりも早く合流したとはいえ、元々時間の余裕がないセッティングをしたのだ。早いところ本題を切り出さなければならない。流石に連日サボるわけにはいかない。


「お弁当お口に合ったようで安心しました。清隆さんからすると物足りない量だったかもしれませんが」


 良かった。どうやって切り出そうと思っていたんだ。しかし、また気を遣わせてしまったな。確かに男性にとっては小ぶりなお弁当箱だったが、美味しさのあまり気にならなかった。心もお腹も満たされる素晴らしいものだった。


「あの、その……お弁当ありがとうございました。とても美味しかったです。あと、よかったらこれどうぞ」


 俺はリュックの中から、お弁当箱と一緒に茶色い紙袋を取り出す。登校前に行きつけのお菓子屋で買った焼菓子の詰め合わせだ。クッキー、フィナンシェ、マドレーヌ。割と俺の好みでまとめてみたが気に入ってもらえるだろうか。


「え!?そんな……申し訳ないですよ」

「いいから、いいから。ほんの気持ち。あ、お弁当箱はちゃんと洗っているから、安心して」


 両手をぶんぶん振って断ろうとする彼女に紙袋を押し付ける。こればっかりは受け取ってもらわないと俺の気が済まない。何度か攻防が続いた後、咲良さんが観念して受け取ってもらえたので一安心だ。


「あ、ありがとうございます。なんだか申し訳ないです。急にお弁当渡されて驚かれましたよね。予定が狂ってしまって私混乱しちゃって……」

「そんなことないない。どれもとても美味しくて、感動しちゃった。ぜひ、改めてお礼させて欲しいな」


 いよいよ時間がヤバい。次の講義の教授は、時間にとても厳しいことで有名な人だ。少しでも遅れて教室に入ろうものなら、すぐに出て行けと追い出されてしまう。必修科目ということもあって絶対に落とすことができないから、たちが悪い。そんなこと咲良さんが知る由もないから、スマートに去りたいものだが。


「咲良さん。ごめん。そろそろ次の講義の時間なんだ。お弁当本当にありがとう!」


 次の教室がある4号館を目指すべくベンチから立ち上がった。名残惜しい。名残惜しすぎるぞ。時よ止まれ!タイムストップ!短めの時間設定をした過去の自分を恨むが、どうしようもない。


「ま、待ってください!」


 外見上は颯爽と去ろうとした俺の左腕を咲良さんが掴む。少しひんやりしていて気持ちいい。意図せずとも全神経がそこに集中する。頑張れ俺の脳細胞。この感覚を記憶するんだ。こんなこと、この先起こるか分からないぞ。


「夕方、もし時間があれば私に付き合ってくれませんか?」


 突然の申し出に驚いて振り返ると咲良さんが上目遣いに俺を見ていた。きゅん。

 え?付き合う?あ、「私に」か。何か重いものでも買う予定があるのだろうか。そういうことなら喜んで付き合おうじゃないか。食べた分働かせてもらおう。


「俺で良ければいくらでも付き合うけど」

「ありがとうございます!私、15時前には今日の講義が終わるんですが、清隆さんはどうでしょうか」

「俺もそんな同じ。今日はバイトもないし」

「じゃあまた、ここに集合ってことでお願いしますね!」

「オッケー。じゃあまた!」


 咲良さんに見送られて俺は歩き出す。そして、彼女から見えなくなったタイミングを見計らって全力ダッシュ。まだ間に合う。(たかぶ)ったこの体からあふれ出す力を発散させるには丁度良い。久しぶりの全力疾走で息が苦しいが、歯を食いしばって耐える。遅れてしまったら、また彼女に気を遣わせてしまうだろう。良かった。間に合いそうだ。


 その日、校内に般若が現れたという噂がたったらしい。どこのどいつのことなんだか。

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