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第3話 お昼ご飯②

 1万人の学生を抱えるこの大学の食堂は、必然的にその面積も広くなる。まるでショッピングモールのフードコートのようだ。

 実家から出てきた俺のような学生にとっては頼れる存在だ。200円の目玉焼き丼が救った苦学生は数知れず。全メニューに共通する腹ペコを満足させるボリュームは、創設時から続く伝統で、今でも人気メニューとして君臨している。


 だが、今日の俺の相手は、B定食に決定している。昨日見た献立では、今日は焼肉定食だったはずだ。継ぎ足し育てた秘伝のタレが肉はもちろん添えられたキャベツにもよく絡んでたまらなく美味い。

 そして、忘れてはいけないものがある。卵焼きだ。この食堂では、定食に甘めの卵焼きが添えられている。だいぶ前の先輩がリクエストしたものが評判を呼んで定着したらしい。

 これを食べると故郷の母さんが詰めてくれたお弁当を思い出す。あれ?卵焼きだけは父さんの担当だっけ?まぁ、いずれにせよ芸能人的な花があるタイプではなく、心にじーんと染みる味だ。


「清隆さんは苦手な食べ物ってありますか?」


 B定食に思いを馳せていると咲良さんが話しかけてきた。そうだ。一緒に食堂に向かっていたんだ。ふーむ。苦手な食べ物か。


「基本的に好き嫌いはないけど、セロリとかパクチーは苦手かな。食べられなくはないんだけどね。咲良さんは?何かそういうのあるの?」


 なぜか安堵した表情を浮かべている咲良さんへボールを返す。

 少量であれば、どちらも美味しくいただけるが、どうも小さい頃から匂いが強い食材は苦手だ。他の材料の味を塗り替えるほどの強烈さは1度体験したら、しばらく遠慮したい。


「え!?私ですか……そうですね……」


 考え込んでしまった。まさかのドッジボール方式だったのか。悩んでいる横顔もまたいいなぁ。


「強いて言うなら甲殻類でしょうか。いっぱい食べると大変なことになっちゃって」


 ようやく口から出た答え。それは好き嫌いの問題ではないと思う。

 さて、次の話題、次の話題。


「咲良さんは、よく食堂に行くの?ここってけっこう盛りがいいイメージだからさ」


 考えてみれば、女性が率先してこの食堂に向かうのは珍しいのではないだろうか。ジャージ姿の運動部の人は、見かけたことはあるが、咲良さんの華奢な体からはあまりピンとこない。


「行きますよー。友達同士でシェアすることもありますし、私は卵焼き目当てでよく行くんです。ご存知ですか?ここの名物らしいですよ」

「知ってる知ってる。俺もここの卵焼き大好き」


 突然の卵焼き。なんてタイムリーな質問なんだ。噂では、校外の人も食べに来るらしい。その気持ちはよく分かる。それくらいの価値がある。


「ちなみに卵焼きは、しょっぱめ派ですか?それとも甘め派ですか?」


 俺の中の答えは決まっている。だが、この選択次第では咲良さんとの間にマリアナ海溝より深い溝が生まれることになる。ええい、ままよ!


「甘め派かな。ここの食堂の卵焼きもそうだけど、実家の卵焼きも甘めでさ。そういえばあんまりしょっぱい卵焼きって食べたことないかも」

「やっぱり卵焼きは甘めがいいですよね。私もここの卵焼き大好きです」


 神様ありがとう。無事に甘め卵焼き大好き同盟設立。大好きってところが卵焼なのが少し残念だ。

 食堂に誘うくらいだから、流石に名物も知っていたか。物知りアピールする手札が1枚消えた瞬間だった。


 あの建物の角を曲がれば食堂がある1号館だ。しかし、さっきからすれ違う人達が残念そうな顔をしているのはなぜだ。それにお昼時間だというのに人が少ない気がする。何とも言えない違和感が体を巡った。


「今日は人が少ないね」

「そうですね。何かあったんでしょうか?」


 不安になった俺は、独り言のように呟く。それすら拾ってくれるのは嬉しい。不安な心が少しだけ癒された。

 いよいよ食堂が見えてきた。俺達と同じように食を求めてやって来た男女が入口に殺到している。おかしい……なぜ中に入ろうとしないのだ。嫌な予感がする。


「あれ?あそこに張り紙がありますね。あまり目が良くないので、はっきりとは見えませんけど……」

「どれどれ……」

 

 食堂の入口に貼られた張り紙までは、距離があるが問題ない。俺の視力は左右とも2.0だ。しかし、人が多いな。少し背伸びをして目を凝らす。


 "本日休業"


「な、なんだって……」


 もうダメだ。どうしてこう間が悪いんだ。B定食も卵焼きも今日は食べられない。それだけではない。せっかくの幸せランチタイムがなくなってしまったのだ。さらば、昼食。さらば、青春。


「どうしたんですか?なんて書いてあったんですか?」


 咲良さんの呼びかけで我に帰る。運命の分岐点再び。すでに戦意喪失気味。


「今日はお休みなんだって……」

「え!?」


 流石に驚きを隠せないようだ。そんな顔もするんだなぁ。



「ごめんなさい……私から誘っておいて、こんなことになってしまって」

「いや、気にしてないよ!学食だし、また行けばいいしさ!」


 はっきり言ってから元気。経験上"また"が訪れる可能性は限りなく0に近い。

 そう思うと急に足取りが重くなった。1歩進むごとに咲良さんとの時間が終わりに近づいている気がする。

 思えば出来すぎた話だったのだ。昨日の今日で、よく知らない男をお昼に誘う女の子がどれほどいるのだろうか。ロスタイム。そう、昨日の王様ゲームのロスタイムだったのだ。


「お弁当があるんです」

「お弁当屋さんね。西門から出たところにチェーン店があったはず。そこ行ってみよっか!」


 咲良さんから延長戦の申し出。そうか、校内がダメなら校外だ。幸い、大学周辺には飲食店が多い。口はB定食だったが、こればっかりは仕方がない。


「いえ、私が作ったものなんですが、よろしければ……」


 おずおずと可愛い包みを差し出される。まさかの延長再試合だ。

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