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第1話 王様ゲーム

「あれ?みんなは?」


 俺、北上清隆(きたかみきよたか)は初めて合コンというものに参加している。……はずだった。お花を摘んで戻ってみれば、地味な眼鏡女子が1人(うつむ)いて座っている。俺と同じく数合わせで呼ばれたのだろう。


「……みんな私達を置いて2次会に行きましたよ」

「な!?(のぞむ)あんにゃろう!」


 望は同じ学部の陽キャだ。見かける度に違う女を連れている女の敵なのだが、生まれてこの方彼女が出来たことがない俺を合コンに誘ってくれる神でもある。

 そもそも親しげにに女子(おなご)と話したのは、いつが最後だったろうか。小2の夏、隣の家に住んでいた女の子が引っ越しする際に少し挨拶したのが最後だったか。その子とはそれっきりで、その時の話の内容も顔も思い出せないが、風呂場から聞こえた音痴な歌声だけは今でも覚えている。


「え、えーっと咲良(さくら)さんだっけ?どうしてこうなったん?」


 再び腰掛けた俺は、酔いが回った頭をフル回転して何とか名前を思い出す。一瞬、彼女の体が強張こわばった気がするが気のせいだと思いたい。泣きたくなるから。

 よく見れば、なかなか可愛い顔をしている。透き通った肌にぱっちりした目。磨けば磨いた分光るタイプだろう。すぐにこんなことを思ってしまうから彼女が出来ないのかもしれない。


「清隆さんがお手洗いに行っている間、王様ゲームが始まったんです」 


 王様ゲームと言えば合コンの花形ではないか。そんなビッグイベントを俺抜きで行っていたなど到底許せるものではない。まだやったことないのに。まぁそれは一旦置いておいて、それがなぜ俺と彼女が取り残されることに繋がるのだろうか。


「あぁ王様ゲームね……これまで100回はやったかな。それで?今日はどんなハプニングがあったんだい?それで解散的な?」


 少し盛り過ぎたかもしれないが、ここは(おとこ)として余裕があるところを見せたい。よく見ればテーブルの上に番号が書かれた割り箸が無造作に置かれていた。これが夢の後か……


「100回もですか!?」


 彼女が驚いた顔をしているが、合コン慣れしていないせいだろう。少し顔が紅いのは、イケナイ想像をしてしまったのかもしれない。俺としたことが参ったな。


「す、すみません。大きい声を出してしまって……。それで、王様ゲームがあったんですけど、王様になった人が私達以外は2次会に行くことって宣言しちゃって……ごめんなさい。ルールも何もないですよね」


 彼女は、そう言って困ったように笑った。ほぅ……キュンとする。いかんいかん。誰が王様だったか知らんが、ルール無視はいけない。王様が番号を宣言するからこその王様ゲームであって、今の話が本当なら体良く損切りされたということではないか。


「まぁ……望ならやりかねんな。咲良さんが謝ることはないだろ。……ちなみにお会計は?」

「みんなで食べた分は先に集めてた会費で済ませてます」


 ほっと胸を撫で下ろす。流石に6人分の会計を任されていたら、俺でも泣く。そして、望は神から死神になるところだった。みれば、まだツマミは潤沢にある。幼い頃から俺に取り憑く勿体無いお化けが囁いた。


「まだツマミも潤沢にあるし、もう少し飲んでく?……咲良さんさえ良ければだけど」


 最後にヘタれるところが俺のチャームポイントだ。だが、誘い方はスマートだろ?


「はい!そうしましょう!せっかくの料理が勿体無いですから!」


 食い気味で快諾された。少食そうな見た目だが、意外と食べる事が好きな娘だったか。人は見た目だけで判断してはいけないな。また1つ勉強になった。早速、俺達は生ビールを頼むことにした。



「それじゃ気を取り直して、乾杯!」

「かんぱーい!」


 すぐに届いたグラスをカチンと軽く触れ合わせる。飲み始めた頃は不味かったこの飲み物も慣れてくるとなかなか悪くない。


「咲良さんの出身ってどこだっけ?ちょっと酔っちゃってさ、自己紹介の時に言ってたかもしれないけど、もう1回いいかな?」


 俺みたいに地方から都会に出てくる大学生は少なくないから、自己紹介の項目にそれぞれの出身地があったはずだ。残念なことに咲良さんの隣にいた娘の主張の激しい胸部しか記憶にないのだ。


「え?いいですけど……生まれは宮城県です。ただお父さんの仕事の都合で途中から東京で育ちました」

「おお!宮城県!俺も宮城県出身なんだよ!こんなことってあるんだなぁ」


 確か隣に住んでいた子も東京に行ったんだよな。こんなことってあるんだなぁ。


「あの……清隆さんは今お付き合いされている方いらっしゃるんですか?」

「へ?」


 しみじみ昔を懐かしんでいたら、とんでもない爆弾を投げ込んできたぞ。それは俺の1番ナイーブなところ。不意打ちにしては威力が高い。


「い、今はいないよ。だから合コンに来ているわけで」


 少し嘘をついた。嘘と真実を混ぜることで真実味が増すって聞いた事があるからバレないだろう。


「あ、そうなんですね……私はまだ誰とも付き合ったことなくて」


 守りたいこの笑顔。素直さ100点満点。少し前の俺に煎じて飲ませたいくらいだね。


「それで合コンに参加したんだ?ごめんな。俺なんか残されちゃって」


 こんな純粋無垢な女の子になんて鬼畜な所業をする王様なんだ。自分を卑下するのは残り物の特権だから許して欲しい。


「いえ、そんなことないです。清隆さんは素敵な人だと思います。今もこうして付き合ってくれてますし……」


 付き合ってくれてますし、付き合って、付き合う……。なんて良い子だ。訂正、王様に感謝したい。ありがとう。


「そ、そうだ!宮城出身なら、いずいって伝わるでしょ?」

「しっくりこないって感じの方言ですよね?私も小学生からこっちにいますけど、それだけは抜けなくて、周りにキョトンとされちゃうんですよ」


 照れ隠しに話題を変える。無理矢理感はあるが、話に乗ってくれるあたり、本当に良い子だ。……もしかして俺のことが好きかもしれない。いかんいかん、この思考で何度痛い目を見たか。冷静になるのだ。


「だよねー。しっかし、望のやつらは2次会どこ行ったんだろ。カラオケかな?」


 すでに地元トークネタを失った俺は、2次会に行った連中に思いを馳せる。今頃、盛り上がっているのかな。なんだか無性に悔しくなってきた。カラオケ自体はそんなに好きじゃないが。


「定番ですよね。私、下手くそだから行かなくて良かったかもしれません。歌うのは好きなんですけどね」

「分かる。俺もそう。仲が良い人達とじゃないと変に意識しちゃってな」


 共通点発見。これは話題を広げるチャンスだ。畳み掛けるぞ――


「すみません。そろそろ席、お時間です」


 店員と言う名の邪魔者襲来。いや、彼も社会の歯車として必死に働いているのだ。こうして美味しいお酒が飲めたのも彼のおかげだ。感謝感謝。


「あら、そうなんだ。んじゃ今出ますね」


 名残惜しいが、ここまでか。もう少し俺にトークスキルがあれば地元トークが花開いたかもしれない。悔しいが、紳士たるもの終電前には彼女を帰さねば。


「あ、あの!私、宮城の地酒を出す美味しいお店知ってます。良かったらこの後どうですか?」


 やはり、見かけによらず飲み食いが好きな娘のようだ。そうでなければ、ピンポイントでそんなお店を知っているわけがない。飲み足りないのであれば付き合おう。こんな余り物に付き合わせたのだから。


「おお!いいね!じゃあ、俺達も2次会行こうか!」


 そう言って俺は先に立つ。追加で頼んだ分の伝票もさりげなく持ったのは好感度爆上がりだろう。完璧なエスコートだ。このままお会計が済めばミッションコンプリートだ。


「ち、ちょっと待ってくださいっ!私も払いますから!」


 咲良は慌てて清隆を追いかける。赤い印がついた割り箸を鞄に忍ばせたまま。

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