8 浜世家は巨大化好き
児童保護施設のスタッフにして暴力のスペシャリスト、新木健人に喧嘩の作法を習ったことで強くなった俺だが、当然、それで異次元の力を手に入れたわけではない。彼の薫陶を受けてからこそ、握力は80キロ、ハンドボール投げは45メートルを超え、上体起こしは30秒間に60回以上出来るようになり、その他の体力測定も軒並み好記録を残せたが、スーパー高校生ではあっても、決して、人間の範疇を超えるような者ではなかった。
あの日、雨の日、おかしくなった桃架ちゃんのお母さんに続く形で現れたエギンを倒した時からだ、人の領分を逸脱したのは。人からズレた。
人間社会の基準で、圧倒的な暴力の保持者となった。
死んで、エギンに乗っ取られたガイドさんに放った拳は、一般人なら爆発四散させる殴打だった。その威力があった。
反動が伝わる。硬い。
硬いというか、粘っこい?
粘り気のある液体に勢い込めて手を叩きつけると、ダイラタンシーによって大きな反動が来る。その痛みだ。
「少しズレた世界」なら反動はなく、衝撃はすべて受け手持ちだが、エギンに取り憑かれたとは言っても死体は「この世界」の物質だから、波動エネルギーは使えず、「この世界」の物理法則に晒される。人体にも液体の要素はあるし、叩きつければ硬くなる。ある程度の痛みは覚悟していたが、想像以上。
不自然なぐらいの激痛だった。
ガイドさんの死体は、大きく撓んだ。ゴムみたいに。爆発四散はしなかった。どう見ても、殴られた人体がする反応じゃない。エギンに乗っ取られたことで、組成が変わっている。
「気持ちわるっ!?」
巴ちゃんが叫ぶ。不謹慎だが同意見だ。
そして、激情に呑まれて三色娘の存在を忘れてしまっていたことに気づく。慌てて魔法少女に変身させた。青はナースモチーフの、ピンクは保育士モチーフの、黄色は修道女モチーフの衣装を着込む。全員が全員、それぞれの本質とはかけ離れた格好をしていて、やっぱり滑稽だ。
「お兄さん」
桃架ちゃんから呼びかけられる。神妙な声音だった。
ハッとさせられる。登山仲間を殺し、その遺体を辱めた不届き者をぶちのめしたくて、エギン化した被害者たちをなるべく早く処理することしか頭になかった。けども桃架ちゃんは、死体とはいえ、仲間だった少女たちを傷つけるのに抵抗があるかもしれない。そもそも、懇意にしていた友人たちが虐殺されて、悲しまないはずがないのだ。
熱くなりすぎて、桃架ちゃんの心まで考えられていなかった。
反省する。なるべく優しく、「なんだい?」と返した。
「打撃がダメなら斬撃です」
「…………」
「そうね! 桃架にしてはマシな提案だわ!」
「君たち。同級生が死んでおもちゃにされてるんだぞ」
椎奈ちゃんが咎める。咎めながら、刀のペンダントを巨大化させ、死んでおもちゃにされた同級生の一人を切り刻んだ。
「少しは悼め」
痛めつけているようにしか見えないが、喋ったり悩んだりする前に行動に移した彼女は正しい。見習うべきかもしれない。
他のゾンビエギンたちに注意を払いつつ、サイコロステーキと化した少女に視線をやる。断面がとても綺麗だ。いやもちろん、見た目的に綺麗という意味ではなく、抵抗なく切られているということである。打撃無効・斬撃弱点の敵というのは、鳥矢にやらされたゲームにいた気がするけど、どういうわけか、かすかな違和感を覚えた。
すぐに悪寒に変わる。
バラバラにされた肉片一つ一つが、プルプルと蠢いている。
生きている? 無論、本人は死んでいる。生きているのはエギンだ。エギンが厳密に「生きている」かどうかはリーに聞いてみないと分からない。少なくとも、取り憑き先がバラされた程度では死なないらしい。
とはいえ、無力化出来たなら、警戒の必要はないはずだ。
理性でそう結論を下し、ガイドさんだったモノに向き合う。動きが鈍い。雪と傾斜で足場が悪いからか。斬撃が弱点と判明した今、ゾンビエギンたちは厄介な相手じゃない。ここは三色娘の誰か一人と佐渡さんたちに任せて、俺と眷属二人で浜世家を探し、襲撃をかけるべきじゃなかろうか。
ガイドさんの体が、ドロリと崩れた。
「え?」
融けていく。斬られた子も含めて、富良野一派も同じく。
集まり、渦を巻き、無数の二重螺旋を生み出す。組み合わさり織りなされ、女の形を取った。力強い容姿。額に丸い紋様がついている。あとデカい。
前にも似たような展開があった。巴巨人ほどではないが、デカ巴ちゃんぐらいはありそうだ。
椎奈ちゃんが肩を竦める。
「浜世家には巨大化好きが遺伝子レベルで刻み込まれているんだ」
「迷惑な家系だな」
【#ヒ#ャ#ッ#ッ#ッ#ッ#ハ#ア#ア#ア#ア#ア#ッ#ッ#ッ#ッ#!#】
融合ゾンビエギン巨人が、汚いとも綺麗とも、リズムが取れているとも不協和音とも取れる、形容し難い声音で叫んだ。一瞬、思考が遠くなる。
気づいた時には、雪が捲れ、下の岩肌まで削れていた。巨人が跳躍したのだ。俺を飛び越える。
振り返るのと同時に、角木さんと吉井さんが踏み潰された。凄惨な殺害現場は、噴き上がる雪に覆い隠される。その白の狂騒から、気絶状態の跡掛さんを抱えた佐渡さんが、颯爽と現れた。
際どい着地を華麗に決める。俺が言えた義理じゃないけど、本当に人間かを疑う神回避だった。
「クソッ! あの出来損ないどもがっ!」
吐き捨てる佐渡さん。すごく怖い。
「失礼。しかし昊刃様。これはまずいです。申し訳ありません! 無能ども……三川たちのアイテールを糧にして、あのエギンはさらに厄介になりました」




