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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第3章 White

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6 ポイ捨て厳禁


「朱美!」「な、なにかな水晴さん……?」

「私の荷物を持ちなさい!」「えっ? ひ、ひぃ……無理だよお」

「無理って何よ。私の命令が聞けないの? 前が空いてるじゃない!」

「無理だよう……重くて無理だよう……」

「私だって重いわよ! 聞き分けが悪いわね! 髪の毛引っ張るわよ!?」

「いたぁ! 引っ(ぱた)いた!? 髪の毛引っ張るって言ったのにほっぺたを引っ叩いたよお!?」


 凍てつくような雪山の朝、静謐かつ荘厳なる空気を侮辱する、地獄のような醜いやりとりが始まる。慌てて二人の間に入り、巴ちゃんの両手を抑えた。期せずして密着する形になる。発情したのか、キス待ちする巴ちゃんのおでこに思いっきり頭突きを喰らわせ、気絶させた。

 (わき)に抱える。ぷらんと手足が垂れ下がった。


「すみません、責任持って運びますんで」

「捨てたらどうです? 荷物になりますよ」


 提案したのは、あの真面目そうな佐渡さんである。昨日一日、巴ちゃんとともに山登りして、順当に嫌いになったらしい。「そうだそうだー、捨てろクレバスにー!」と、桃架ちゃんを筆頭として、富良野一派が援護射撃を放つ。椎奈ちゃんも同様。


「やめてください。山が怒ります」


 ポイ捨て厳禁。ガイドさんの一喝で、不法投棄案は無しとなった。

 当然、前日の道より雪が多い。俺たち亜人組や大人たちはまだだが、富良野一派の子分たちと跡掛さんは不安があるのか、すでにアイゼンを装着している。

 巴ちゃんに、シール式カイロの貼り付いた手袋をはめてあげた。目を閉じて、なんの反応も示さない。こうなればただの見目麗しい着せ替え人形である。気絶している時が一番輝いていた。


「映えスポットがあるよ! 映えスポット!」


 ロッジから出て二時間が経過した頃合い。開けた場所に出てからしばらく、桃架ちゃんがそう叫ぶ。一派の仲間たちもボスに追随し、歓声を上げた。そこには、雪山として紹介される風景が、そのままの形であった。前後には真っ白な道、左右には、青と白のマダラ模様で彩られた山々が、どこまでも連なっている。

 美しい。感嘆から息を漏らす。雄大な自然に当てはめるにはあまりに俗的な言い方だけど、確かに「映えスポット」だ。

 前回の休憩から一時間以上歩いたはずだから、休憩するにはちょうど良いタイミングだ。すでに気絶から回復していたにもかかわらず申告してこなかった巴ちゃんを雪上に放り投げ、日陰に敷いたシートの上に座る。脱いでいた防寒着を羽織ってから、日焼け止めを塗り直した。


「斜面に向かって投げるだなんてひどいわ。私にも日焼け止めを塗りなさい」

「雪でも塗って頭を冷やせ」


 荷物を置いて、尾根の上に登る。冷たい風が強く吹き付けた。以前ならバランスを崩したかもしれないが、亜人なる存在に生まれ変わった俺には全く問題にならない。

 桃架ちゃんや椎奈ちゃんも、剥き出しの岩の先で危なげなく立っている。その一方、富良野一派の取り巻きたちは二の足を踏んでいた。ガイドさんに危険だと注意され、色付きの眷属たちは渋々と降りる。

 中学生は皆が皆、あの巴ちゃんすら、スマホを片手にパシャパシャやり始めたが、一人だけ虚空を見つめて、ボーッとしている子がいた。跡掛さんである。

 正午の前にもかかわらず、かなり疲れているようだった。予想通りだ。


「頬は大丈夫?」

「ちょ、ちょっとだけヒリヒリしますけど……はい。それよりも、足が……」


 そう言って彼女は膝の内側をさする。元々の筋肉も低いし、もしかすると歩き方も悪いのかもしれない。負荷を減らすべく、なるべく足音を抑えた方が良いと、先輩ぶってアドバイスした。


「鈴木さんはすごいです……」「え?」

「人を一人抱えてたのに、ピンピンしてます……」


 腕をチラチラ眺めてくる。筋肉で膨れ上がっているわけではないが、それでも足掛さんの痩せた腕と比べると二回りは大きい。とはいえ、今は防寒着で隠れて分かりにくいだろうが。


「すごく強そうです……」

「どうかな? そりゃあ、強い人に鍛えてもらっていたし、世間の平均と比べればだいぶ強いだろうけど……。中学生の、それもスレンダーな女の子を一人抱えて登山するくらい、たとえば佐渡さんの同僚の三人なら余裕で出来そうじゃないか?」

「仰る通りです、昊刃様」


 振り返る。透き通るような青空を背景にして、男が三人、白く輝く雪の上に並んで立っていた。ちょうど話題に出た佐渡さんの同僚たちで、左から角木さん、三川さん、吉井さんである。


「アルプスの山でしごかれました!」

「米俵でも運べます!」

「我ら三人、この力で以って、昊刃様をお守りします!」


 思い思いのポージングを決める。筋肉の盛り上がりが、分厚い防寒着の上からでも見てとれた。暑苦しいし訝しい。


「こ、怖い人たちですね……」


 足掛さんの体がブルリと震える。期待していた反応と違ったのか、男たちはとても残念そうに唸った。今の登場でウケるわけないのに。そもそも、佐渡さんもそうだが、どうして俺程度の名前を呼ぶのに「様」付けするのだろう。やめるようやんわりと言ってもやめてくれなかった。

 敬意を払われるのは、上司の弟だから? あるいは、「亜人」だから? 後者だとすると、連続色付き惨殺事件の捜査官に過ぎない彼らが、亜人を敬う理由が不明だ。見当もつかない。

 事件が亜人関連である可能性は否定出来ないが。


「ん? なんだろう、あれは」


 三川さんが、目を凝らしながら呟いた。

 尋ねる。


「どうしたんです?」

「チラッと光が――」


 タンッ。

 音が跳ね、辺りに響く。出所がどこか掴めない。

 映画や刑事ドラマでよく耳にする、あの発砲の音に聞こえた。猟師が近くにいるのだろうか。事前にガイドさんから説明を受けているが、今は可猟期間からギリギリ外れている。もし銃を使ったのだとしたら、明らかなルール違反だ。


「治安が悪いようですね。どうしま……」


 絶句する。三川さんの屈強な肉体が、仰向けに崩れ落ちた。

 ピクリとも動かない。頭から流れる血で、雪が赤く染まった。


髪の毛を引っ張ると宣言する→跡掛朱美ちゃんは必死になって頭を守る→ほっぺたガラ空き→だからほっぺたを引っ叩いた、というのが、冒頭の巴ちゃんです。

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