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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第3章 White

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3 愚かじゃない普通の子がいい


「ということがあって」「漫才じゃないですか」


 昨日の事件を姉に話す。占い師に擬態したとある政府機関エージェントである彼女は、笑いながらそう答え、コーヒーカップを口に運んだ。

 ここは、街に引っ越してきたばかりの姉に案内した、穴場の喫茶店である。シックな雰囲気がとても味わい深く、コーヒーもとても旨いが、俺たち以外の客は誰もいない。店舗用ではない物件を少し改装しただけの作りで、余人には入りにくいのだろう。

 寡黙な老人マスターが、片眼鏡(モノクル)を通して、入荷したばかりの豆をじっくり眺めている。


夫婦(めおと)漫才と言った方が良いですか?」

「夫婦はつけなくていいよ。一切不要だ」

「ですね。恋すら知らない童貞の弟クンですものね」

「もう、姉さんったら。恥ずかしいだろ」

「慣れておくのも大事ですよ。私で練習しておきますか?」


 表現するのが躊躇われるジェスチャーと、その信じられない一言に、顔が一気に熱くなるのを感じる。心臓は、早鐘のようにバクバクと打った。一瞬だけ失くした言語能力を取り戻し、しどろもどろに反論する。


「な、何言ってんだよ姉さん。俺たち実の姉弟じゃないか」

「本当は、実の姉弟じゃないと言ったら、どうします?」

「え……?」「ふふ。冗談です」


 マスターに睨まれていることに気づいた。渋くて格好いい喫茶店のムードを台無しにしかねない会話だ。疎まれても仕方がない。

 コーヒーを飲んだ。嗅覚と味覚が喜ぶ。気を取り直して言った。


「仲が悪いのはもういいけど、それでもしばらく仲間としてやっていくんだし、後まで尾を引きそうな問題は起こさないで欲しいんだよ。……なあ、姉さんは仕事し始めて結構長いだろ? 仲の悪い人たちでも互いに折り合いつけてやっていく上手い方法とか、知らない?」

「さあ。そんなことより、亜人の眷属はクレバスに落ちたら死ぬんですか?」


 そんなことで流された。俺にとっての目下最大の問題は、姉にとって大したことじゃないらしい。実感が湧かないのか。職場の人間関係はあまり悪くないのかもしれない。

 続く質問は物騒で、「気になるのそっち?」と返したくなったが、回想ですでに疲れていたから、淡々と答えるだけにする。


「変身してたら死なないけど、してなかったら多分死ぬよ。眷属化すると通常状態の肉体も強化されるけど、暴力的な自然に勝てるほどじゃない」

「ならば、ピンクの子のセカンドプランに乗って、青い子を殺させたらどうですか? 私は連続色付き惨殺事件の捜査官ですからね。データベースから代わりを探せます。ちょうどいい塩梅に愚かな子を見繕ってあげましょう」

「コーヒーを飲んでなくて良かった。飲んでたら噴き出してたところだ」


 コンサルティングとしてあまりにも過激。諍いの原因を根絶してしまうというのは、古来から用いられてきた問題解決の常套手段で、アフターケアまで付いているのはさすがだけど、でもダメだ。ミミズやオケラやアメンボが生きているのと同じく、巴ちゃんも生きていて、その命は尊いのだ。

 そもそもガイドさんが、女子中学生を連れていくのに、クレバスがあるような道を選ぶはずがない。

 あと、見繕ってもらえるならば、愚かじゃない普通の子がいいぞ。


「ふうむ。残念ですが、昊刃くんの悩みには、私では力になれなさそうですね。これから来る彼に相談してみてはいかがでしょう?」

「望み薄だな。あれに人間関係のバランスを考えられるような高度な知的能力は備わってないだろ」

「まあ、『力こそパワー!』みたいなタイプですものね」

「英訳してる分あれより上出来だ」


 出入り口のドアベルがけたたましく鳴った。

 マスターは露骨に顔を顰める。振り返らずとも分かる。おいでなすったようだ。この素晴らしく感じの良い喫茶店に、ここまで無遠慮な入り方をする奴を、俺は一人しか知らない。


「よおっ! 昊刃少年! 久しぶりだな! 姐さんも、ちわっす」


 大股で歩いてきた。ドカリと椅子に座り込む。「爺さん、生ビール!」と大声を張り上げた。居酒屋じゃあるまいに。しかも真昼間。ムード台無しどころではない。

 マスターは嫌な顔を隠そうともしないが、諦めているのだろう。チャリンチャリンとおざなりにベルを振る。給仕バイトとして雇われている、保護施設の後輩が奥から顔を出し、納得したように引っ込んだ。

 再び出てきて、ビールがなみなみと注がれたジョッキを持ってくる。


「車で来てないだろうな」

「まさか。俺には両の足がある。海だって越えてみせるさ!」

「いや、ひょっとすると、あんたなら一時間くらい水上を走れるのかもしれないけど、でも海越えには船かエラがいるんじゃないのか、さすがに」


 まあ、中国地方と四国地方ぐらいなら自由に往復出来そうだ。

 この男は保護施設の職員で、俺に喧嘩を教えたバトルジャンキーだ。名前は新木(しんき)健人(たけと)。暴力をとても信頼している。現代日本の平和な街で野放しにしていて良いのかと疑う人物である。


「あんたなら、部下二人のいがみ合いで職場の空気が悪くなったらどうする?」

「もちろん決闘させるな!」

「ほら、無意味だった。にしても、あんたと姉さんが知り合いとは驚いたぜ」

「ああ、俺も驚いた! 何せ、つい一昨日まで忘れてたんだからな!」

「はあ?」

「で、姐さん。俺に何の用かな? ついでであっても、俺イチオシの昊刃少年と酒を飲めるのはありがたい!」


 新木を軽く睨みつける。酒は飲めんぞ。未成年だからな。

 姉は微笑んだ。


「一応の念押しですよ。リュカ・プラン、このまま続行です」

「……りょーかい、っと」


 彼は頷く。やけに力のない声で。


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