2 セカンドプラン
「ただの内輪揉めじゃねえか! そりゃ確かに熱いわ! ドロドロたること煮えたぎるマグマが如しなんだから! 熱すぎるわこんちくしょう!」
鋭く叫んだ。魂の篭ったツッコミだった。ゼエゼエと荒く息を吐く。
予想と次元が違った。読み切れなかった俺の失態だ。でも普通、「今『コレ』が熱い」と中学生に言われたら、流行り物の話だと思うだろ。憎しみと嫌悪の黒い炎が熱の源だと気づける奴、絶対にいないだろ。
いたらいたで心にすんげえ闇を抱えてるだろ。
「お兄さん。うるさいです。近所迷惑ですよ」
「アイゼン付き登山靴でアパートを移動する奴に迷惑を説かれたくない。それに、右隣は君ん家だし、左隣の家族もこの時間は外出してる」
「水道橋さんはいつもいるじゃないですか」
「あいつはいいんだよ。玄関前廊下で飯を食うクソ野郎だからな」
目元を抑える。他人は自分の思い通りには動かない。もちろん、大多数の人々は良識を持って振る舞ってくれるけど、その一方で、常日頃から掃除してる道を「歩きハンバーガー」に伴い落ちるケチャップで汚されることもあるし、自宅のフローリングをアイゼンのトゲトゲで削られることもある。
それでいいんだ。それが住民の多様性だ。
無理矢理納得しないと先に進めない。
「えっと……、巴ちゃんの除籍キャンペーンが熱いんだってね。ムカつくからってみんなして一人を追放しようとするの、ちょっと良くないんじゃないの?」
「でもお兄さん。あいつは自分がムカつくからってだけで喚いたり拳を振るったりする奴ですよ。みんなもう辟易してます。栄えある美國中学にふさわしくありません。除籍を求めるに正当な理由があるのです」
「しかし……」
「しかしもヘチマもありません。学校側も重い腰を上げてきてます。いくら成績優秀で美人でも、害悪は害悪でしかないことに気づき始めたんです」
言葉に詰まる。巴ちゃんが厄災の類であるのは間違いない。未だお嬢様学校の性質を残した(「栄えある」という栄えある修飾語の付く)私立女子中で、彼女のような存在が疎まれるのは当然だろう。
特に同年代の同性は、あんな横暴少女と一緒に貴重な青春を過ごしたくないに違いないとは思う。
「巴ちゃんは知ってるのか? 自分を排斥しようとする動きがあること」
「知らないでしょ。あいつは自分が嫌われてるなんて、どうせ毛ほども考えてないでしょうし」
どうだろう。あの子は単に、嫌われていると認めたくない、つまりプライドが異常に高いだけという気もするが。俺が刺された際に動揺した巴ちゃんは、リーの「臆病でクズ」という評価を素直に受け入れていたし、自分の性格は決して好ましいものじゃないと、本心では分かってるんじゃないか。
まあ「害悪」とまでは思ってないだろうけど。
「というか、どうしてその話を俺に?」
「トドメとしてお兄さんからも学校側に説得してもらいたいのと、あいつが辞めさせられた腹いせに暴れないよう、押さえになってもらいたくって」
「うーん、面倒な点を全部丸投げしようとしてる?」
「まさか。大事なところはすべて自分たちでやりますんで」
神妙に言う桃架ちゃん。口だけにも程があるだろ。「名前だけ貸してもらえればいいんで」みたいな雰囲気を醸し出してるんじゃねえよ。そこまでやれば中核の計画遂行者だよ。
そもそも協力する意思もないし。
「そんなっ!? どうして」
「聞いてて嫌になったからさ。そりゃあ暴言と暴力の化身みたいな巴ちゃんにも大きな非はあるけど、かといって本人に話を通さずいきなり電撃除籍というのはさすがにダメでしょ。ちゃんと学年みんなで議論した?」
「してませんけど……富良野派閥の独断専行ですけど……」
「君の派閥があるのかよ」
そういや、椎奈ちゃんが言ってたな。桃架ちゃんは一群を率いるボスって。
「大きな決断には踏まなきゃいけないステップがあるんだ。それに、本当に巴ちゃんを除籍処分にしたいなら、外部の俺に頼ることなく、自分たちだけの力で、最後まで責任を持ってやらないとな。派閥を率いるリーダーなら、このくらい理解出来るはずだ」
「お兄さん」「なんだい?」
「巴が美少女だから庇ってるんですか?」
「なんでそうなるのっ!?」
真っ当なこと言ったよな? 俺、ちゃんと。
桃架ちゃんのスマホが鳴った。「まったく、男って生き物は」とブツクサ文句を垂れながら、彼女は画面を眺める。注記しておくと、巴ちゃんがどんな容姿でも、富良野一派の勝手な行動には反対したからな。
メッセージはかなり長文であるようだった。少なくとも、長文にかけるぐらいの時間、桃架ちゃんはスマホの画面を眺めていた。彼女の表情が失望に染まっていく。ギリギリと歯軋りして、見るからに憤慨している。
内容はおおかた予想が付く。
「要約すると、除籍願が校長に却下されました。なぜでしょう」
「校長に良識があったからでしょう」
「はあ。冷めました」
「やっと目が覚めたか」
「こうなれば仕方ないです。少々手荒いですけど、セカンドプランを動かしますか」
セカンドもあるのかよ。どんだけ巴ちゃんを排除したいんだ。
「冷めたならいっそ凍らせましょう」などと宣ったのち、桃架ちゃんはあっけらかんと尋ねてきた。
「いくら亜人の眷属でも、アイゼンに細工して、生身のまま雪山のクレバスに落としたら死にますよね?」
「そこリンクしとったんかい」




