41 改変
見知った天井に、微かな違和感を覚える。
どうして俺は、自分の部屋で寝ているんだ?
突飛すぎる疑問に、思わず笑ってしまった。夢で旅行でもしていたのだろうか。まったく覚えていないけど。
スマホを手に取る。珍しく早起きしたらしく、自慢したかったのだろう、室から絵文字付きおはようメッセージが届いていた。同じく絵文字付きおはようを返す。
洗顔する。軽く朝食を用意した。リーと共に手を合わせる。
巴ちゃんが寝ぼけ目で起きてきた。のっそりと椅子に座る。加えて、波動エネルギーの扱いに長けている桃架ちゃんが、自分の母親と椎奈ちゃんを連れ、壁をすり抜けて入ってくる。彼女らの前にも配膳した。
トーストを噛む。しゃり、と音を立てた。巴ちゃんが段々と覚醒してきて、桃架ちゃんや椎奈ちゃんに突っかかった。喧嘩が勃発する。
うるさい。いつもの朝だ。
「浜世家はまだ仕掛けてこないの? こっちから攻めた方が良くないかしら」
「巴ちゃんは血の気が多いな。仕掛けてこないならそれでいいじゃないか」
「でもホント、きんたろう? だったっけ? そいつ以外はホント来ないよね」
桃架ちゃんが、首を捻りながら言う。
そんな昔話の主人公みたいな名前じゃなかったはず。確か京之助だろ。最初の「き」しか合ってない。手刀で首チョンパした奴の名前くらい覚えといてやれよと思ったが、食事中なので口に出さない。
「もしかして、亜人をターゲットから外したんじゃないかな? 浜世家って、皇族の血肉を狙う妖怪の退治とかが本業なんでしょ? 人手不足で、そっちに専念してるんじゃないの?」
「だといいけどなぁ。あー、撤収してくれないかなあ。いちいち髪を黒く染めるのは、とても面倒臭いんだ。しかしだよ。亜人憎しの感情だけで動いているならまだしも……、私も詳しくは知らないが、一族の大望を果たすための儀式にも亜人が必須っぽいし、そう簡単に諦めるとは考えにくいな」
椎奈ちゃんの見解では、まだ警戒を解くべきではないということだ。
青色と黄色に見送られ(ピンクはすでに出発)、学校に赴く。
室が俺を待ってくれていた。朝のおはようメッセージは、予約送信を利用した偽装ではなかったらしい。喋りまくる室に相槌を打つ。
この快活な少女は、歩きスマホをしない。注意する必要がないから楽だ。
と言っても、よく注意する相手がいるわけじゃあないけど。
下駄箱に靴を入れる。出席番号にして前の二つが空だ。
隣のスペースを覗き込む。首を傾げた。
「篠さんは夏祭りの時に亡くなったとして……、ここ、誰かいなかった?」
「えーっと。分かんね。ずっと空だった気がするぜ」
肩を竦めてそう言って、さっさと教室に向かう室。少し考えてみたが、残念ながら、「篠」と「鈴木」の間にいる苗字の人物に心当たりはない。室の背中を追いかける。
開けっぱなしの扉を素通りして、自席に荷物を置く。仮結衣さんに「おはよう」と声をかけた。
「体調不良だったんだよね? もう大丈夫?」
「ありがとう。単なる微熱だった。今日は健康体そのものさ。そんなことより、一昨日は残念だったな」
「うん……でも人が亡くなったんだし、仕方がないかなーって。問鹿さん、だったっけ? 髪の毛が薄紫色の、中学生の女の子」
問鹿勿花。仮結衣さんはピンと来ていないようだが、公演前に話をしたから、俺は彼女を知っている。彼女が仮結衣さんに憧れていたことも。
が、それを言ってしまうと、優しい仮結衣さんは不要な罪悪感を覚えるかもしれない。黙っておく。別の切り口を探した。
「大会日の振替とかはないの?」
「うーん。毎年恒例の大会というわけでもないし。来年もまたやってくれるなら御の字って感じかな。やってほしいな、やってくれるならギリギリまで引退しないから」
「やってくれるんじゃないか? あいつの目的、多分だけど、ゲームBGM奏者の青田刈りだから」
「主催者の人と知り合いなの?」
「名目は出資者だよ。ウチのアパートの管理人」「はい?」
「分かる。『はい?』ってなるよな。でもあいつ、『デミ・シード』ってゲーム作ってて、それがすごく売れてるらしいんだ」
「あっそれ知ってる。友達が持ってた。面白いんだってね」
「やっぱり有名なんだな。で、ゲームと音楽は切っても切り離せないって鳥矢も言ってたし、将来を見据えて若い才能の発掘をしようとするのも不思議じゃないんじゃないか?」
「鳥矢が言ってたのかぁ。なるほど。すると、音楽家として生きるなら、ゲーム会社に顔を繋いでおくのはいいかも」
「なになに〜? ゲームの話?」
ゲーム大好き女子の室が近づいてくる。
「これから『部活引退するってことは、大学受験するの?』と尋ねるところ」
踵を返す、大学進学が危ぶまれる成績の女子高生。「東京の音大とか行けたらいいな」と言ってから、仮結衣さんは物憂げに続ける。
「室ちゃんは置いといて、鳥矢は心配だよね。まだ見つかってないって……ウェアイズ鳥矢だよ。ねえ、ひょっとして、死んでたりしないよね?」
「……まさか」
カバンから教材を取り出す。奥の方から、クシャリと小さな音がした。ゴミでも入っているのか? 不快に思い中を弄る。
取り出されたのは、短い楽譜の書かれた紙片だった。記憶にない代物だ。仮結衣さんに見せてみたが、首を傾げるのみ。有名な音楽の一部とかではないらしい。どういうわけか、その紙を眺めていると、名状し難い、鈍い焦りに襲われる。
何かをしなきゃいけないのに、その何かが分からない。
まったく、誰のイタズラだ。呪いの紙かよ。丸めてゴミ箱に捨てた。ついでに、魔界と化していた室のバッグも整理してやった。
授業を受ける。六時限目が終わる。肩をほぐして帰路につく。
あの小学生女子たちは、今日もバスケをやってるだろうか。やってるなら入れてもらおうかな。
「昊刃くん」
後ろから声をかけられた。
振り向いて、心が華やぐのを感じる。自然と笑みが溢れる。側にいてくれるだけでこんなに嬉しい人は他にいない。
しばらく疎遠になっていたけど、夏祭りで再会した、表の顔は占い師、裏の顔はとある政府機関のエージェントな、優しくて頼りになる女性。
「姉さん!」
血の繋がった姉、唯一の家族に駆け寄り、重そうな買い物袋を代わりに持ってあげた。
次回、二章のエピローグです。




