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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第2章 Violet

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40 調整


 術師集団浜世家と、王道少年漫画のように、命懸けで戦え?

 意図が読めない。閉口する。どう反応すべきなのか。完全にお姉さんのペースだ。しかし黙ったままでは肯定として捉えられ、とてつもなく悪い方向に持っていかれてしまう予感がする。帰りたくないと伝えなければ。

 説得しなければ。


「……あの、避けるべきでしょう。避けられる戦いは」

「いいえ。避けてはなりません。闘争こそ亜人(ソラハ様)の宿命なのです」


 平和論は即座に突っぱねられた。宿命って。

 人には自分で運命を切り開く権利がある。違うか?

 けども、有無を言わさぬ圧があった。そうか、お姉さんはただの「占い師に偽装した政府機関エージェント」じゃないんだ。もっとヤバい人だ。そう確信した。

 姉を巻き込むわけにはいかない。フリでもいい、相手の土俵に寄って、口八丁手八丁でここから遠ざける。どうせ一時しのぎにしかならないだろうが。


「あなたの理屈では、激闘の末に俺が捕らえられ、浜世家の儀式とやらに利用されて死ねば、九日と十三時間後に世界がバランスを崩すんじゃないんですか?」

「安心してください。大丈夫ですから。大丈夫なんですよ」


 根拠もなしに、彼女は大丈夫と言い切った。二回も。だったら、そもそもバランス崩壊云々がデマカセじゃないのかと疑う。カルトの布教者でも相手にしている気分だ。

 お姉さんに詰め寄られる。唇が触れ合いそうな距離まで。艶かしさなどは一切感じられなかった。鼻は微かに当たっている。お姉さんの呼吸は規則正しい。こちらの息は乱れている。恐怖で。

 貼り付けられたような微笑みが、彼女の狂気を物語っている。

 ホント、目的はなんなんだ? 俺をあの街に連れ帰って、世界のバランスとやらを保って、いったいこの人にどんなメリットがある?

 パチンと音が鳴る。電気が点いた。

 闇と半ば同化して見えたお姉さんの姿が、はっきりと浮かぶ。


「昊刃?」


 この物件の主、俺の姉。


「その人は、誰?」「えっと――」

「どうも。こんばんわ。帝国のお方の、血縁上の姉にあたる女」


 俺を相手にする時の優しい声音とはまるで違う、感情のまったくこもっていない、ひどく冷淡な話し方だった。俺の姉という存在に、まるで興味がないかのような。


「私は、亜人(ソラハ様)……帝国のお方を連れ戻しに来た者だ」


 姉は一瞬戸惑う。しかし、恐怖で固まる俺を見た途端、キッと眉を上げて、口元を引き締めた。肩をいからせ、ズンズンと足を踏み鳴らし、俺とお姉さんの間へと、強引に割って入る。

 つい先ほどまで絶縁状態だった弟を、勇気を振り絞って助けようとしてくれている。

 啖呵を切る姉さん。


「弟を追い回しているというのは、あなた?」

「失せなさい、下女」

「答えて! あんたが昊刃のストーカーだというなら、今すぐ出て行って!」

「親切にも失せろと言ったのが、聞こえなかったのか? ゴミ」


 占い師のお姉さんは、ふわりと腕を振り上げた。

 姉の体が浮く。重力などないかの如く。

 顔を真っ赤にして、首を掻きむしり、泣きながらジタバタともがく。俺は呆気に取られて、ただただ、眺めることしか出来ない。


「半端者が舞台に上がるな。死ね」


 骨が折れる音と、肉が千切れる音。

 姉の首がボトリと落ちる。体の方もドサリと落ちる。辺り一面、血で塗れる。

 呆然と立ち尽くす。それはあまりにも突然で、凄惨で、首が捻じ切られたのだと理解するのに時間がかかった。


「姉、さん?」


 家族と共に暮らした、幼少の頃を思い返す。いじめられただけじゃない。一緒に楽しく遊んだ記憶もあった。

 血で滑りそうになりながら、姉の首に駆け寄る。

 抱きかかえる。

 どうしてこの人が死ななければならない。決まってる。俺が巻き込んだせいだ。言葉にならない声が、体の奥から漏れる。喉が枯れそうなほどに。

 怒りと憎しみが、心を黒く染める。

 左手から炎が燃え上がる。掌が焼き切れそうだ。


「××××ッッ!」

「嗚呼っ。それが赤の亜人、なのですね! なんと美しい」


 ××××は、うっとりと頬を赤らめつつ、炎を眺めていた。

 渾身の力で殴りかかる。××××は対処の素振りすら見せない。

 にもかかわらず、弾かれた。無様にも尻餅を突く。覚えのある感触だった。俺を刺した椎奈ちゃんを追いかけ、飛んで彼女の家に入ろうとして、しかし拒絶された時と同じ。


「すみません。これでは交わることすら出来ませんね。切っておきます」


 再び拳を振り上げる。××××の頬に当たった。燃えない、どころか、ピクリとも動かない。硬い。

 殴り続ける。効かない。全力なのに。拳が痛くなるだけだった。絶望的な差がある、彼女と俺の間には。しかし、事がここに至って、激情を止めることなど出来るはずがない。

 心の底からこの女を嫌悪している。攻撃に没頭した。

 殴って、殴って、殴っても、彼女は反撃しない。されるがままだ。ずっと、薄気味悪く笑っている。

 無意味な殴打を繰り返して、どれくらい時間が経っただろうか。どうも電灯が壊れたらしい。炎の赤い光だけが場を照らす。


「ハア、ハア……」

「さすがにまだ、出力不足のようですね。ですよね、まだ四ヶ月弱ですものね」


 意識が朦朧とする。目の焦点が定まらない。赤玉の炎がプツリと消えた。暗闇の中、散らされた火の粉が燻っていることだけ分かる。

 ××××。聞いていないはずの彼女の名前を、どうして知っているのか。走馬灯が如く記憶が流れる。そこに答えがあった。

 沸々と噴き上がる、この女への、ドス黒い憎悪のワケも。


「クソが……。畜生がっ……、すべて……思い出したぞ……っ!」

「うん? へえ、おやおや」

「俺たちには……もう一人いたんだっ……髪が桃架ちゃんよりもピンクな……違う、最初から……」

「困りましたねえ。ネジが緩んできている」

「どうして、奪う…………」


 頭が優しく持ち上げられた。柔らかな、恐らく太ももの枕に乗せられる。

 黒々とした瞳が、俺の眼を覗き込む。魂まで見据えられた気がした。

 怖い。しかし殺意が怯えを殺す。尋ねずにはいられなかった。


「どうして俺から、奪う?」

「どうして、と言われても、『邪魔だったから』としか答えようがありませんねえ。あえてお洒落に表現するのであれば、亜人(ソラハ様)と私の『夢物語』にとってのノイズを、どこか遠くにやってしまいたかったから。でしょうかね」


 亜人と××××の夢物語。

 なんだそれ。あまりにも馬鹿らしくて、笑ってしまいそうになった。意外とロマンチストだった××××への、深い絶望と悲しみに囚われる。

 嗚呼、この女からは逃れられない。今はまだ(・・・・)、鈴木昊刃という男に、自らの運命を切り開く権利などないのだ。


「夢は夢でも、悪夢だ」

「辛いのもすぐに終わりますから」

「ふっ……クソが。あいつらは?」

「大丈夫、あなたの眷属たちは殺しません。あの『ド』が付くほどクソ愚かな少女たちには、もっともっと、踊ってもらわないと」

「鳥矢は?」「まだ見つかっていません。どこに行ったのやら」

「白西は?」

「一緒ではなかったのですか? 彼女、始末するつもりで来たのですけれど」


 ……えっ?

 呆けた口に、飴玉ほどの大きさの、丸っこい固形物がねじ込まれた。喉の奥に転がっていく。ザラリとした感触、青臭い味は、植物の種を彷彿とさせた。


「まあいいです。調整入りまーす」


 次は、こう、面白い設定も入れてみましょうかね。

 というのが、微睡(まどろ)みの中に聞こえた最後の台詞。刹那のうちに、俺の意識は闇に喰われた。


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