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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第2章 Violet

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36 オーバードーズ


 六華ちゃんは空も駆ける。

 さすがに飛ぶことは出来ないようだったが、椎奈ちゃんが言うところの「波力」によって重力を無視し、浜世家の秘密道具で宙に足場を作り、三次元も縦横無尽だ。速度だって亜人(おれ)に引けを取らない。

 互いの位相が重なった時のみが、攻撃を当てるチャンスだ。それは向こうも同じだが。

 重なる確率はほぼ二分の一。よほど追い詰められない限り、海での巴巨人みたく、体の位相を「この世界」と「少しズレた世界」に分けたりはしない。ダメージを半減させても、確率1で当たってしまう。ノーコストの再生能力がない限り、あれは捨て身の方策だ。

 しかし、すり抜けざまに位相を変えれば、掠る確率はゼロじゃない。すでに二人ともボロボロだ。息も荒い。疲労はピークに達している。が、止まれない。少しでも気を抜けばやられる。

 波動エネルギー切れが近い。向こうも同じだといいが、楽観は身の破滅を招く。まだ機じゃない。もうちょっとだけ持ち堪えてくれ。


「ヒュー、ヤバいでありますな、これが死に瀕する感覚」


 六華ちゃんはそう楽しげに叫び、足場にしている半透明のブロックを蹴り飛ばしてくる。そんなことが出来たのか。座標固定されているものだと思っていた。距離をとって躱す。

 追撃を警戒した。しかし彼女は蹴ったその場に止まる。袖から小瓶を引き抜いた。彼女はすでに五回も回復ポーションを使っている。うち二回は妨害して割ってやったが。

 まだあったのか。ここからの阻止は難しい。回復直後に刹那の間だけ固まるから、そこを狙うとする。

 ん? 訝しんだ。今までのと色が違う。回復ポーションは緑だったが、あれは水色だ。六華ちゃんは手を離す。小瓶は地面に叩きつけられ、中身の液体が、破壊された元アパートに降りかかった。

 せいぜい目薬程度の量しか入ってなかったろうに、ドロリとしたそれは瞬く間に膨張し、瓦礫と死体を覆い尽くす。そして吸い込まれた。

 液体を吸ったゴミの欠片カケラが、カタカタと振動を始める。ふわりと浮いた。渦を成し、とぐろを巻く。鎌首をもたげた。

 コンクリート・金属・屍肉で象られた蛇が、俺に向かって威嚇する。


「試作品の液体エギンであります」


 蛇の頭に飛び乗ってから、六華ちゃんが教えてくれる。


「顕現には現世の物質が必要であります。使い所は選ぶでありますな。まあ行けであります」


 蛇が吠え、大口を開けてこちらに迫る。

 全力全開で蹴り飛ばした。相手の素材はほぼコンクリートだ。重くて痛いが、蛇の突撃は逸らせた。

 六華ちゃんは止まらなかった。蛇を射出台(カタパルト)として利用したのだ。波動エネルギーでの防御は間に合わない。全身に力を込める。


「えっ硬っ!?」


 驚く六華ちゃん。骨までは切られずに済んだ。肉は切られた。血を散らして落ちていく。心臓が跳ね上がるけど、高所恐怖症などと言ってる場合ではない。「少しズレた世界」に行こうとしたその時、蛇の尻尾が真上から来る。

 こいつはエギンだ。

 構成要素は「この世界」のものだが、その存在自体は「少しズレた世界」にある。つまりその存在は、両方の世界にまたがっている。すり抜けられるとは思えない。飛翔に切り替える。

 蛇の手番は終わらない。尻尾は鞭が如く何度も振り下ろされる。デカさも速さも半端ない。どう反撃しろというのか。

 背中に直撃した。

 意識がトぶ。体に満ちる波動エネルギーが霧散した。地面にぶち当たる。

 バウンドする。亜人じゃなかったら確実にミンチになってた。根性で着地、即座に蛇へと跳躍する。地面が陥没するほどの勢いで。

 左手に火のナイフを持つ。斬りつけた。蛇は燃え上がり、焼失する。

 エネルギーは一旦打ち止めだ。キツいがナイフを維持する。振り返り、六華ちゃんへとそれを投げた。

 彼女の前で止まる。何かを燃やしてナイフは消えた。


「ガスで作ったエギンの盾であります」


 貫手の姿勢。半透明の足場を起点に、彼女はまさしく、トドメの一撃を放たんとする。受ければ終わりだ。

 瞼を閉じる。諦めたのではない。

 合図だ。


「『オーバードーズ』」


 空が青く光った。

 六華ちゃんの右手首が破裂し、彼女は悲鳴を上げて墜落した。

 俺の隣に美しい少女が立つ。銀のかかった青い髪、賢そうな群青の瞳。ナースモチーフの豪奢な衣服。亜人の眷属。頭がおかしい。

 水晴巴。

 浜世家の男を尾行すると決めた時、待機状態を解いて呼び寄せていた。隠していた切り札。


「非常事態よ。良いわよね? 良いわよねっ?」「ああ、仕方ない」


 (かぶり)を振り、巴ちゃんと唇を重ねた。互いにファーストキスである。

 ごめん白西。

 彼女の波動エネルギーが、俺の内に流れ込んでくる。微々たる量だが、これでまだ戦える。リーから教えてもらった、眷属側からの供給方法。試そうと主張して暴れ回るこの子を抑えるのは大変だった。


「うふふふふ、責任は取りなさいよ」「善処する」

「…………誰でありますか。お前」


 煙の向こうから、六華ちゃんが現れる。剣呑な表情、鋭い眼光。

 耐えたらしい。が、その右腕は焼け焦げ、ぐちゃぐちゃになっていた。現在の医療技術では、確実に元には戻らない怪我だ。

 尤も、浜世家という異能者集団であれば、事情は変わってくるのかもしれないが。


「青い奴。お前は絶対に殺してやるであります」

「あっはっは! そんな手でどうやって?」

「腕時計が壊れた。はは。すぐにパパが来るでありますよ」


 私よりも強いパパが。

 溜息を吐く。六華ちゃんにこだわって、粘られている間に増援が来たら、さすがに乗り切れないだろう。肩を竦めた。

 覚悟はしてたつもりだったけど。こうも唐突だとは。


「惨めな逃亡生活の始まりだ。ついてくるよな?」

「もちろんよ」


 リーに認識阻害をかけてもらう。同じ阻害範囲にある者たちは、互いが互いに認識可能だ。いつの間にか桃架ちゃんとも合流していたらしい。アイテールを取られた自分の母を背負っている。ボロボロの椎奈ちゃんを抱えて、困惑する六華ちゃんを背に逃げた。


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