34 ソラソラ
呆然と、近くの茂みから眺めることしか出来なかった。
ノコノコと現れた浜世家の奴らが椎奈ちゃんに半殺しされるまでは目論見通りだ。短時間で白西誘拐について聞き出し、次が来るまでに場を離れる予定であった。一刻も早く白西を見つけたい気持ちはあるが、現時点で浜世家と大きく事を構える気はなかった。
尾行し、意識を刈り取った浜世家男の部屋から破壊音が響いた直後、六華ちゃんが宙を駆けてきた。
もう一度言おう。宙を駆けてきた。
困惑した。実を言うと、最初、彼女が飛んでいたという事実には気づかなかった。「どうしてここにあの子が?」と、呑気で悠長な疑問を抱く。が、直後に、漠然とヤバさを感じた。
彼女は、いつもの六華ちゃん――小学生とバスケで遊ぶ六華ちゃん、掃除を手伝ってくれた六華ちゃん、バッティングセンターの六華ちゃん、金的を放った六華ちゃん、コンサート前で会った六華ちゃん――とは全然違った。
冷徹。酷薄。ゾクリと悪寒がした。
アパートの出入り口から、怯えた人々が次々と逃げ出してくる。六華ちゃんは無造作に手を振るう。
何が起きたか分からない。
逃亡者は全員倒れた。半分くらい死んでいた。
とにかく息を潜める。見つかったら俺も標的にされる。リーもどこかに隠れたらしい。亜人の矜持にかけて、無様にやられるつもりはない。でも俺は臆病だから、技の正体が不明である以上、迂闊に戦えない。観察したい。
彼女はアパートに向かい、パンと両手を一拍させた。どういう意図の行動か、さっぱりだ。跳躍し、椎奈ちゃんたちがいる部屋の、壊れた窓に着地する。
冷や汗を拭った。あの異能からして、浜世家の一員だ。断言してもいいだろう。
問題は、彼女は俺が亜人だと目星をつけていたかどうかということだ。偶然の出会いなのか、もしくは狙って近づいてきたのか。この一ヶ月、それなりの頻度で顔を合わせたけど、偶然と言える範囲は超えていない。街をぶらぶらで歩いていたら知り合いはよく見かける。描写はないが、室や仮結衣さんとはもっと遭遇頻度が高い。
とはいえ、浜世京之助の例もある。
六華ちゃんが俺の正体に気づいていたとして、どうする。浜世家にも伝わっていると見るべきだろう。なぜ仕掛けてこない? たとえ気づいていなかったとしても彼女は浜世家。敵だ。
殺すべきなのか?
六華ちゃんを殺す? 友達なのに? まだ会って一ヶ月ほどだけど、時間なんて関係ない。俺は身内以外には薄情な奴だが、どうも、彼女のことを身内認定してしまっているようだった。
耳を劈く破壊音に、思考が遮られた。
「…………はい?」
アパートが崩壊した。
椎奈ちゃんのいる辺りから、砕け散った。
大量のコンクリートが、六華ちゃんにやられて横たわる住民たちを、生死にかかわらず押しつぶす。残っている人もいたはずだ。全員即死だろう。
人はそう簡単には死なない、と言った先生がいた。只人が只人を殺すのは難しい。場合によっては本当で、場合によっては嘘である。例えば、自然の猛威に対して人は無力だ。
超常的な力は、スナック感覚で命を摘む。
吐きそうになった。どうにか堪える。夏祭り然り、俺たちの戦いに巻き込まれた人は、簡単に死ぬんだ。知ってしまえば、嫌悪感を抱かずにはいられない。
罪深い。
でも、白西里火のためならば、俺は。
瓦礫の上に、二人の少女が降り立つ。六華ちゃんと、椎奈ちゃん。魔法少女に変身した椎奈ちゃんは負けないと信じたい、けど、六華ちゃんに気圧されてしまっているように見えた。警戒すべき凄腕なのか。
椎奈ちゃんには勝ってほしい。が、六華ちゃんにも死んでほしくはない。
迷う。ああ、俺の覚悟は、こんなものなのか?
金属同士がぶつかる音。六華ちゃんは何も持っていないはずなのに、椎奈ちゃんの刀と渡り合えている。見えない武器を装備しているのか? 知っていたのだろう、椎奈ちゃんに驚いている様子はない。
ないが……数回切り合っただけで押され始めた。六華ちゃんの身の熟しは段違いだ。俺に喧嘩を教えてくれた、施設の先生に匹敵する。体系だった技術という面だけなら、六華ちゃんが上回っているかもしれない。小学生女子相手に接待バスケしてた時、どれだけ自分を抑えてたんだよ。持ちこたえている椎奈ちゃんは偉い。
とはいえ今の椎奈ちゃんは、亜人の眷属としての頑丈さだけで乗り切っているみたいなものだ。一発でも当たれば椎奈ちゃんに天秤が傾くはずだけど、あまりに実力が隔絶していて、赤子の手をひねられていて、その一発が難しい。
椎奈ちゃんは打ち込まれ続ける。動きが鈍くなってきた。負けてしまう。加勢すべきか。加勢してどうする。殺さず捕まえられるような甘い相手じゃない。
殺さなきゃいけないのか?
立ち上がりかけて、そして躊躇う。椎奈ちゃんが踏ん張って、起死回生の一撃を放った。刀身が、六華ちゃんの胴を抜けた。
勝った? 悲しみ混じりの安堵をしかけて、この思い違いはすぐに覆された。
切られたのではない。すり抜けたのだ。刀が体を。
亜人と同じ能力。椎奈ちゃんの父親が操っていた鈍色バブルも使っていた。でも前に、人の身ですり抜けが出来るのは、ランク上位者でも、長年訓練を積んだ達人だけなはずと椎奈ちゃんは言った。
その認識が正しいとすると、彼女はあの歳で、達人の域に足を踏み込んでいることになる。本能が警鐘を鳴らす。末恐ろしい近衛士の卵。
ここで殺しておくべきダ、脳内のリーがそう言った。混乱する。口の上がズキズキと痛い。椎奈ちゃんを連れ出して逃げられたとして、あの天才は将来的に、大きな壁となって立ちはだかってくるだろう。必ず。浜世家が亜人を狙っている限りは。浜世家については、その強さ危険さを、まだ実感出来ていない。
であれば、不安の種は潰せ。
単独行動している今がチャンスだ。
血をばら撒く生きたおもちゃに、六華ちゃんは夢中だった。頭がグチャグチャになる。友人の排除は、信念に反する行為だ。
正解が分からない。白西を誘拐したのが、浜世家じゃなかったら。
なかったら、六華ちゃんを、殺すまでに憎むことは……。
左手の赤玉で、エネルギーが渦巻いた。まるで、俺とは別の意志を持っているかのように。激痛が走る。なんだこれは。叫んでしまいそうになったが、叫べば、椎奈ちゃんが体を張って作ってくれたこのチャンスが、水泡に帰す。
クソが。やればいいんだろ、やれば!
潜り、浮かんで、六華ちゃんの首に掴みかかった。
「遅れて、ごめん」
ごめん、椎奈ちゃん。掌に力を込める。
ごめん、六華ちゃん。死体は綺麗に残るようにするから。それならどうにか妥協出来るから。でもそのせいで、苦しめちゃって本当にごめん。
泳ぐ瞳が俺を捕らえた。驚愕して見開く。
「ソラ、ソラ」
呼びかけられて、手が緩んだ。一瞬の隙を突いて、六華ちゃんは身を捩る。
「…………あっ」
腹を貫かれた。




