33 天才
「首をへし折ってぶち殺すだなんて、残酷でありますよ。コンプライアンスに反しているであります。つまり、同じ文明人の所業とは思えないであります。悪魔でありますなあ」
マッチの火が灯る。浜世六華は、煌々と光るそれを、同級生の死体に向かって放り投げた。使い捨ての式似唐具で、有機物の燃焼速度が異常に速い。
同級生の母親らしき女にも、火を点ける。息子に腹部を深く切られて、虫の息の状態だったけども、肌が焼ける感覚はやはり耐え難いのだろう、断末魔の叫びを上げる。
耳障りだな。
肩を竦める。
「よく言うよ。自分を棚に上げて。棚どころか天に上がって、上から人を見下ろして。親と一緒に七光る六華氏。アパートの住民を、全員始末してきたくせに」
「始末とは人聞きが悪いでありますよ。殴って昏倒させただけ、死んだらそいつが悪いであります。まあ、記憶を操作するだけで済ませるでありますよ。ガッツリと目撃してしまった者は、エギンの餌になってもらうでありますが」
「今燃やした女。生きていたんだから、餌にすれば良かったじゃないか」
「あ」
その発想はなかったとばかりに、口に手を当てる。
「はは。失敗したでありますな」
彼女が苦笑し、目を細めた瞬間、こちらはコンクリートの床を全力で蹴り、可能とする最高速度で以って突きを放った。自画自賛すると、神速だったと思う。一撃で仕留められたら良かったけども、人生、そう上手くはいかない。
防がれた。いとも容易く。
「おぉぅお、まったく、怖いでありますな〜」
鋒は、六華の腕から十センチほどの場所でピタリと止まっている。不自然極まりない、物理を超越した現象だった。しかし予測の範疇だ。かつて邪馬台国で暮らした身として、彼女の手の内はある程度知っている。
虚手形無。
透明の刀、不可視の斬撃を知らぬ者は、里の中にはいない。浜世六華に宿る血刻術式、すなわち生来の、正真正銘、本物の異能である。カッコよくて、名前もイカしてて、しかも実用的であり、羨ましくて、憧れて。
嫉妬しなかったと言えば真っ赤な嘘になる。フィクションではありふれた能力だけど、現実で、敵として立ち向かうには極めて厄介だ。
何せ見えない。人は視覚に、想像の十倍は頼っている。
足元が崩れていく。亜人の眷属が全力ジャンプしたら、ボロアパートじゃ耐えられない。瓦礫に着地する。ペンダント刀を構え直した。
「あー、これじゃ、気絶してただけの人もみんな死んじゃったでありますなぁ」
「興味ないよ」「冷たいでありますな」
あちこち燃えている。火を使っていた世帯が多かった。夕食の支度を始めていてもおかしくない時間だ。ビーフシチューが食べたい気分。
六華の手が振り下ろされる。太ももに衝撃が走った。背後の地面が抉れる。斬撃を当てられたらしい。しかし切られていなかった。
衣装が少しほつれただけだ。
「へえ、であります」
興味深そうに呟き、唇を歪める六華。どうやら真剣になってしまったようだ。
冷や汗が止まらない。刀の柄を握りしめる。この女は、さっき殺した奴らとはまるで格が違う。勝てるのか、最下位だった私に。不安だ。負けてるのは、才能だけじゃないんだ。
まさか、六華ほどの実力者が出張ってくるとは。
「序列、もう一桁になったのかい?」
「いやあ、まだ業績が足りてないでありますなあ」
「なるほど。君の父親は過保護だからねぇ」
納得する。同時に刃が交差した。
六華の武器は不可視だ。外野からは、いわゆる「寸止め」というヤツで遊んでいるように見えるはず。狂言・喜劇の類ではなく、本物のチャンバラ劇なのに。ああ、「劇」はいらないか。
本物のチャンバラだ。
剣と剣の、果たし合い。
とも言えない。数合の激突のち、動きが完全に読まれてしまったのだろう、一方的に当てられる。服のおかげで切られてはいないが、すべてが重い。速すぎるし的確すぎる。人間をミンチにしたい願望でもあるのかよ。
「チチタプチチタプであります〜。しかし頑丈でありますな〜」
右に、左に、上に弾かれる。
堪えきれずに吹っ飛んだ。瓦礫の上をゴロゴロ転がる。与えられたばかりの力では、真の天才とは勝負にならないらしい。
諦めてたまるか。昊刃氏が見ている。根性で立った。
カンだけで刀を振るう。文字通りの手刀を防いだ。刀の腹を滑らせる。懐に潜り込み、鍔を踊らせ、その勢いで胴に打ち込む。
手応えなし。
すり抜けられた。
「『波力』っ!?」
「全身イケるでありますよ〜!」
亜人の波動エネルギーと同じ効果を持つ力。自分のいる世界をズラす。異能集団浜世家であっても、この力を最初から持っている者はいないものの、五歳になれば必ず、術式が血に刻まれる。もちろん、私にはほとんど扱えなかった。
それは今もだ。亜人の眷属は波動エネルギーを操ることが出来るはずだけども、他の二人と比べて明らかに劣っている。リスの妖精リー曰く「すごく上手」らしい桃架はともかく、並程度と評された巴よりも(その評価に本人はひどく苛立っていた)さらに下手だ。
ガラ空きの背中に蹴りを喰らう。赤く汚れた瓦礫にめり込んだ。胃液混じりの血を吐く。土煙が喉に焼け付くようだ。
「おっ。打撃の方が利くでありますか?」
気づかれた。
頬に鞭の感触。六華は手を振るい続ける。彼女の血刻術式が再現するのは刀だけではない。「刀」でなく「形無」なのだ。再現可能な武器かどうかは、六華のイメージ一つにかかっている。
叩かれすぎて宙に浮いた。そういうおもちゃみたいに血を撒き散らす。致死ライン超えてるだろこれ。人の形を保っていられるのが不思議なくらいだ。
瓦礫の海から、昊刃氏が飛び出してきた。
「遅れて、ごめん」
謝りながら首に手をかけ、絞める。完璧な不意打ちだった。なすがままに押し倒される六華。呼吸を奪われ苦しげに呻く。
華奢な体に乗る背中に、何故か、大きな葛藤が見てとれた。歯噛む。何をやってるんだ昊刃氏。早く殺せ。頚椎を折れ。血よりも赤い炎で燃やし尽くせ。
そいつを殺せ!
「…………あっ」
彼の腹が、不可視の刃に貫かれた。
浜世家の術式は、シンプルに「術式」と呼ばれるものと「血刻術式」と呼ばれるものの二つに大別されます。
血刻術式でない方の普通の術式は、後天的に血に刻まれるものです。血に刻まれる普通の術式が血刻術式でなく、しかし先天的な術式がそう呼ばれる(ややこしい!)理由は次のとおりです。元々は、才能ある浜世家の者のみの血に生まれた時から刻まれていたオリジナルの術式が、畏怖の念とともに「血刻術式」と呼ばれていました。が、のちの技術発展により、後天的に術式を血に刻めるようになります。才能のない者でも異能が扱えるようになり、しかもカスタマイズ出来て便利なので、そちらが標準化しました。しかし今でも血刻術式の所有者は特別扱いされています。
ちなみに、浜世家はその家柄から、伝統を重んじる集団であり、「ややこしいから『血刻術式』の呼び名を変えよう」ということは起きませんでした。
術式刻みの技術が普及するまで、血刻術式のない術士は道具(式似唐具)に頼っていました。と言っても、天皇家を狙う化け物(エギン含む、です。この小説の設定では、エギン以外にも化け物はたくさんいるということになっています。古の京都にはさまざまな悪鬼羅刹が蔓延り、天皇家等の「貴き血」を狙っていましたし、江戸の世までは小さな妖怪騒ぎが頻発していました)に対抗出来るような特別な道具の数は限られているため、適性の低い者は、記憶を消されて現実世界に放逐されていたようです。
以上、浜世家の裏設定でした。




