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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第2章 Violet

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31 張り込み・尾行


 駅近くのビル二階のカフェから、往来を見下ろす。安くなってたほうれん草とベーコンのキッシュを頬張りつつ、街行く人を注意深く観察する。

 亜人の力を駆使し、浜世家の連中を闇雲に狩って回りたいという衝動は、グッと抑えた。派手な動きを捕捉されて集団で挑まれたら、こちらの不利になるだろう。浜世家を狙うと決めたからこそ、いっそう慎重にならざるを得ない。

 先ほどリーが言った通り、俺はランチを取っていなかった。エネルギー不足は思考の大敵だ。このカフェは、観察も食事も一緒に出来る良いポジションにある。ちなみに、前にお姉さんに奢ってもらった、俺がいた児童養護施設と懇意にしている本格喫茶店とは全然違う、普通のチェーン店だ。

 向かいの席には、キャラメルマキアートを少しずつ飲む、髪の黒い椎奈ちゃん。変装のために染めている。室内では逆に目立つから、サングラスと帽子は外させた。もちろんマスクもつけていない。

 彼女に尋ねる。


「いる?」「一人。面識がない人は分からないから、一人以上と言うべきか」


 椎奈ちゃんが示した人物は、かなり離れた位置にいる。普通なら顔の判別がつかない距離だけど、俺は亜人として、彼女は亜人の眷属として、視力も強化されている。彼は、頻りに腕時計を眺めていた。

 誰かと待ち合わせしているのだろうか。


「どのくらいの強さか分かる? エギンの脅威度基準で」

「さあ。でも、それほど高ランカーではないよ。彼を知っている理由は、私を最下位といじめてきた奴の、その兄だからさ」

「高ランカー?」

「浜世家には、近衛士の適性に応じた明確な序列があるのさ」


 なるほど。椎奈ちゃんが自己を卑下して使う「最下位」は、本当の意味での最下位だったわけか。随分と残酷な制度だ。


「しかし序列制度があるおかげで、浜世家は術師集団としての質を千年以上保ってこられたわけだから、一概に否定出来るものじゃないのさ」

「大人だな。制度というのは、一人一人に照準を合わせられない以上、常に受益者と被害者を生むものだろ。君は明らかに後者だった」

「でも、ぶっ壊そうとする気概もなかったよ。ご存知の通り、私は天皇崇拝に逃げた弱い奴だから。あっ、動くぞ。待ち合わせというわけではなかったらしい。追わなくていいのか?」

「もうリーには合図した。尾行させてる。あの男は餌だ。最期に少し泳がせてやろう。中堅辺りが食いついてくるといいのだけど」


 挙動で推測がつく。あいつは下っ端だ。とりあえず潜伏先と、あれの一個上の上司が、白西の誘拐について知っているかどうかを探りたい。優雅にキッシュを口に運ぶ。コーヒーをゆっくり飲むくらいの時間は、まだあるはず。

 コーヒーでも飲まなければ、ストレスで死にそうだ。

 頼む白西、無事でいてくれ。


「…………」「どうしたんだい椎奈ちゃん」「いや」

「そうだ。浜世家はどんな編成を組んでこの街に亜人を探しに来ているのか、君の推測を聞かせて欲しい」

「せいぜい十人ぐらい。能力適性が攻撃寄りが二人、防御寄りが三人、頭脳特化が一人、司令向きなのが二人、回復役が二人と言ったところか。総合順位十位以内の近衛士は一人以下だな」

「ん? 亜人の回収は浜世家にとって大事なんだろ? どうして高位ランカーが一人以下だと思うのかな?」

「亜人の居場所はまだ完全に確定はしていないはずだ。私と父が昊刃氏たちを襲ったあの海の近くだって、候補に含まれているだろう。戦力は分散せざるを得ない。あと、里の防衛にも注意を払わないといけないし」

「里の防衛?」

「ああ。邪馬台国は異界にある。元々エギンの住処だったが、浜世家が入植して里を作ったんだ。弱いのは近づいてこないが、強いのは我が物顔で入り込んでくるから、撃退する必要がある。尤も私は弱かったから、防衛部隊に配属されたことは一度もないし、侵入してくる強いエギンとやらも見たことがない」

「へえ」


 一時間ほどしてから、カフェを出る。リーと合流した。

 彼は言う。


「ボロアパートの一部屋に入ったまま、出てこないネ。多分あそこが奴のこの街での寝床ヨ。ただ、奴の仲間っぽい人間はいなかったネ」


 椎奈ちゃんが答える。


「仲間は付近にいなくても不思議じゃない。浜世家は基本、連帯感の薄い集団だ。互いが互いにランクを競うライバルなのだからな。血を分けた家族であるという意識が、辛うじて奴らを集団たらしめていると言っていい。相互の連携については、別のルールでカバーしている」

「その部屋がこの街に割り振られた浜世家の拠点で、邪馬台国とこの世界の通路……道があるんじゃないのか?」


 この子が俺をナイフで刺した後、自宅に駆け込み忽然といなくなった事件を思い出す。あの時椎奈ちゃんは、邪馬台国への道を開いて、俺たちからの逃亡を成功させたのだ。


「道の術式は量産化不可能。だから高価だ。しかも空間が風水的に悪ければ、発動せずに焼き切れることもある。道を開くのにボロアパートは選ばないだろう」

「焼き切れるって? 紙が?」

「人体の方だ」「えっ怖いな」


 浜世家の人間には、血液に術式が刻まれていて、それを紙の術式で補助出来るらしい。この世界と邪馬台国とのリンクは、紙による補助がなければ不可能とのこと。


「私の血には焼けるほどの術式すら刻めなかったし、昊刃氏の眷属になって完全に消えた。とにかく、さっきの近衛士は、そのボロアパートの一部屋を一人で根城にしている」

「そうか」


 リーが示した部屋に襲撃をかける。波動エネルギーを使うまでもなく、意識を刈り取ることが出来た。命までは奪っていない。しかし椎奈ちゃん曰く、この男の気絶は、所属部隊に伝わっているとのこと。

 尋ねる。


「いいのか椎奈ちゃん」

「もちろん。昊刃氏の面はまだ割れていないのだから、この方がいい」


 効果があるかは不明だが、認識阻害をリーにかけてもらってから、椎奈ちゃんを魔法少女に変身させる。


「やばくなりそうだったらすぐに出るから」

「大丈夫だろう。任せてくれ」


 楽観的な答えだった。しかし、彼女の瞳に宿るドス黒い闘争心を信頼する。「任せた」と一人、場に残す。ボロアパート近くの茂みに隠れて少し経ち、男女の二人組が部屋の窓に飛び込むのを見た。


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