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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第2章 Violet

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28 屋上


「ああ、無理ね。出られないわね」

「完全に油断したな」


 下駄箱の前で唸る。

 やられた。俺たちは、校舎本棟に閉じ込められていた。前は教室に閉じ込められたから、部屋にばかり警戒していた。しかし建物自体もまた、外から隔離された空間なのだった。

 先を見て動ける、賢い人間になりたい。


「じゃあ昊刃。セッ」「仮結衣さんを探すんだよ巴ちゃん」


 すごくきちんと、これ見よがしに明記されてるじゃないか、脱出条件。

 君たちがそういう上品とは評せない言葉を発した時、あるいは匂わせてきた時、なるべく冷静に対処するよういつも心がけているとはいえ、実はめちゃくちゃ恥ずかしいんだからな。軽く流せない。

 たったの三歳しか離れてないんだぞ。

 高校生と中学生のカップルなんて、全然おかしくないんだからね。

 ベタベタくっつかれている時も、ドキドキしそうなのを必死になって我慢している。心臓の鼓動をコントロールするのは大変なので、俺は偉い。ノーベル純愛賞を狙える。

 最近、愛と性欲の違いを如実に感じるぜ。


「良いのよ別に、性欲から始めても」

「性欲からは始めない。始めるのは仮結衣さんの捜索さ。一時間しかない」


 巴ちゃんがサイコパスで良かった。情緒を理解してないから要求が直球で、なんとか理性を保っていられる。とはいえ、もしも情緒を学習し始めたらと考えると、ゾッとするな。

 早く白西の心を取り戻さなければ。

 思考が逸れている。現実と向き合わなければならない。仮結衣さんがどこにいるかを探らなければならないという現実と。鳥矢の行方を調べようとした矢先にこれか。本番前の予行演習と、軽く捉えることは出来ない。


「ねーえ。仮結衣とかほっといて、昊刃の炎で校舎から出た方が良いわよ」

「良くないわよ。おっと口調が移った。まったく、君はどうしてそう根性が捻じ曲がってるんだ。もっと俺以外の世界に優しくなれ」

「でも、試してみる価値はあるわ」「ンネ」


 それはそうかもしれない。リーも同意する。コンピュータのシミュレーションによる現代的な修行法により、椎奈ちゃんと教室に閉じ込められた時と違って、「亜人の炎」の自由度は高くなった。

 波動エネルギーを高密度化させ、赤い炎を生み出す。短い刀の形に整えて、玄関出入り口の境界を切り付けてみた。

 手応えなし。


「ダメだな」


 消費が激しいのは変わらないので、刀はすぐに消す。


「もう五分くらい経っちまったかな。早く仮結衣さんを見つけよう。余裕はない。ヒントもないし、順繰りに、しらみ潰しに調べていくしかないからな」

「お題を達成出来なかったら、どうなるの?」


 巴ちゃんが尋ねてくる。校長室を物色しながら、俺は答えた。


「一生閉じ込められるとか?」

「校舎を隔離空間にしてしまったのがエギンだとすると、それはないネ」


 最悪の想定は、しかしリーに否定される。


「エギンの体は、そう長くは保たないネ。一時間経てば、校舎の隔離結界は解けると見ていいと思うヨ。タダ……」「ただ?」「その場合、恐らく仮結衣は戻ってこないネ」

「ペナルティ、それだけ? なら気楽にやれるわね、キャハハ」


 巴ちゃんは軽い調子で、カラカラと笑う。それだけって。そうなったら負けな一大事だけど、言ってもこの子(サイコパス)には理解出来ないか。放っておこう。


「カリユイを見つけたら、ソラハが一緒に風呂に入ってくれると言ってるゾ」

「なっ、リーさん!?」

「えーっ、やった! やった! やった! 探すわよ!」


 喜びすぎだろ。ドヒューン! という擬音が付きそうな勢いで、巴ちゃんは駆け去ってしまった。訂正するヒマもない。妖精を睨みつける。


「インセンティブを突いた報酬制度設計ヨ」

「経済学部卒のコンサル一年目が言いそうなこと言いやがって」

「ほれ、お前も早く動かないと、シロニシに顔向け出来なくなるゾ」


 クソリスが。まあ、やる気のない巴ちゃんによってタイムオーバーになったような雰囲気が醸成されるよりはマシか。彼女とは反対方向に行く。

 波動エネルギーを纏って、床を泳ぐ。こうすれば、仮結衣さんの体が床下に隠されていたとしても分かるはずだ。人体をすり抜ける時には、ちょっと違和感があるのだ。

 オブジェクトを無視してスイスイ進む。


「ゲームのバグ技でも使っているみたいだぜ」

「そう言えば、いかがわしいゲームのあらすじを暗唱しているソラハなら見たことあるが、実際にデジタルゲームをプレイしている姿は見たことがないヨ」

「そうだったっけ? リーが来た後でも、スマホアプリでオセロならやってたと思うけど」

「あれはデジタルゲームと言えるノカ?」

「デジタルのゲームではあるけど。まあ違うな。今度一緒にやろうか。鳥矢とか室とか誘って」

「ンネ」


 一階、二階、三階と、床に加えて壁の隅々、手当たり次第泳ぎまくってみたが、仮結衣さんはどこにもいない。見える箇所については、巴ちゃんが探してくれているだろうしなぁ。

 ホントに仮結衣さんは、この校舎にいるのだろうか。探す対象はどこにもおらず、単に俺たちを一定時間閉じ込めたかったとか? 亜人(おれ)がいない間に、街で何かやりたいことがある? でも、仮結衣さんが電話で助けを求めてきたことは本当だし……。


「屋上は探してないネ」

「そうだな。いつもは封鎖されているから忘れていたよ」

「いや。高所恐怖症だからダロ」

「うるさいな。えっと、階段はないんだ。ハシゴはどこだったっけ」

「すり抜ければいいダロ」


 重力を無視して飛び上がる。

 そもそも校舎から出られるのかと不安だったけど、屋上は建物のテリトリーに含まれるらしい。球形のタンクがあるだけの、殺風景な場所だった。

 ズキリと頭が痛む。ここに来たことがある。おかしい、俺は立ち入り禁止の注意には素直に従う、優良な生徒であるはずなのに。

 泳ぐのをやめて、コンクリートの足場に上がった。鉄柵まで歩く。


 鉄柵を乗り越える。


「ソラハ?」「俺、昔」


 地面まで十メートル以上ある。高い。未だに怖い。

 もう、昔ほどではないが。


「昔、ここで誰かに、突き落とされたんだ」


 足を踏み出す。飛び降りた。


◇◇◇


 男は髪を掻き毟る。心臓を抑える。端正な顔を歪める。

 汗を流す。水を飲む。飲む。飲む。飲む。やっとマシになってきた。

 明け渡してたまるか。

 左手首のデバイスに話しかける。


「感知器、ちゃんと動いてる?」


サイコパスという言葉は最近安易に使われがちですが、巴ちゃんは厳密な定義上、そのカテゴリーに当てはまるのでしょうかね。よく分かりません。

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