26 お姉さんの来訪
白西をお目々に映して、どうにか正気に戻った。お姉さんの魅力に、完全にアテられていた。ハニートラップに引っかかる人を笑えない。真の愛は性欲には勝てないのか。人類永遠の課題と言えよう。
すごく不機嫌そうな巴ちゃんが、正面に座っている。食卓中央のコンソメポテチを頬張りながら、彼女は言った。
「エセ占い師。死になさい」「巴ちゃん。いきなり失礼だろ」
「だって、私と昊刃の関係を悪く言った奴よ。ひどいわ。粛清対象よ。ソファに仕込んだ金属バットはどこに行ったのかしら?」
「やっぱり君のか。没収したからな。あちこちに武器を隠すのもうやめて」
桃架ちゃんに素手では勝てないからって。忍者の屋敷かここは。プライベートの空間から、本来あるべき心の平穏が失われていく。
「巴さん、でしたか? 決して相性の良くない異性をオトすには、彼の周りの女をすべて消すくらいの覚悟は必要でしょうけれども、しかし消そうとしていることを大っぴらにしてはいけませんよ」
「そうなの?」
「『気づけばフェードアウト』を狙いましょう」
「なるほど! 数年後、昊刃の隣に私しかいない世界を目指せばいいのね!」
「余計な入れ知恵をしないでください。この子は対応するんですから」
【数年後──】
「重厚感のあるカッコと改行を使っても、シーンは未来に飛ばないよ。巴ちゃん」
このお話、時間感覚は結構タイトなのである。矛盾があれば作者のミスだ。まあもし何かあれば、鳥矢辺りが腹を切ってお詫びするのではなかろうか。
問題は、腹切り要員の彼は現在、行方不明であるということである。
そして彼は、とある政府機関のエージェントであるという魅力的なお姉さん及びその愉快な仲間たちによって、現在進行形で捜索されているらしい。
「ところで、桃架ちゃんと椎奈ちゃんは?」
「どっちもアホ面下げてどこかに出かけたわよ。あーあ。あいつら、自らの人間失格ぶりに絶望して、歌って踊りながらこの世全体に向かって謝罪した後、私の奴隷になるか、私の存在を礼賛しながら爆発して死んでくれないかしら」
「巴ちゃん、君は自分の人間失格ぶりに絶望しないのかい……?」
すごく困惑する。人間失格の基準が不明瞭だ。この子の所属は数学研究会らしいが、人間の定義をもっとしっかり行って、ちゃんと人生を後悔して欲しい。
お姉さんが椅子から立つ。
「そろそろ帰ります」
「え、もう? 昼ご飯ぐらい出しますよ。俺の飯を奪う食べ盛り二人の分が浮きましたし」
「いえ。目的は果たしましたので」
目的? 首を傾げる。このミステリアスなお姉さん、何のためにここにいらっしゃったのだろうか。
「ふん、さっさと帰りなさい! ここは私と昊刃の愛の巣なのよ!」
「違うぞ巴ちゃん。口を縫われたいのか?」「ふふ。ではまた、昊刃くん」
背中を見送る。あっかんべーする巴ちゃん。イカれている。70年代だったらロック歌手として大成しそうだ。まあ、一般人層とレコード会社の反感を買って三日で転落しそうだけど。
音楽史からその名を消された、幻の美少女ロックシンガー。
お姉さんの残り香が気に入らないのか、巴ちゃんは部屋に消臭スプレーを撒き始めた。そして、自分の体を壁に擦り付ける。犬か。
リーがリビングに出てきた。近づいてくる。
「あの女、只者じゃないネ」
「傷口が再生してたしな」「気持ち悪いわねえ、ホントに人間なの?」
「彼女も亜人なんじゃないか? 俺と同じく」
「違うネ。『亜人』は『亜人』ヨ」
リーは強調するように言った。腕を組む。俺という存在を狭義「亜人」とした場合、確かに彼女はそれに当てはまらないのかもしれないけど、でも、只人から少しズレた存在としての広義亜人には属するのではなかろうか。
あるいはまた、お姉さんは人を超えた者、すなわち「超人」なのかもしれない。
「尾行とかして調べたりしないネ?」
「俺を変質者にする気か。あのお姉さんは気づくぞ」
「亜人の力を使えばいいヨ」
「浜世家が見てるんだとよ。思うに、最近エギンが現れないのは、プロフェッショナル浜世家が倒してくれていたからじゃないのかな?」
「ンネ? 亜人を誘き出したいなら、エギンを放置しておいた方がいいヨ」
「あれ、そうだな。確かに」
「浜世のカルトどもがいるってことは、つまり、桃架と椎奈が魔法少女だと言いふらせば、浜世家が勝手に始末してくれるってことかしら?」
「頼むからやめてね? ほらおいで、よしよししてあげるから」
膝にもたれかかる巴ちゃんの頭を撫でる。こちらをじっと見つめてくる、白西の無機質な視線が痛い。でも機嫌を取らないと、この子は嫌いな仲間を敵に売りかねないんだ。必要な処置なのだ。
「魅力的なお姉さんの生活事情を探るよりも、鳥矢の行方を捜索したい」
「別に生活事情を探れとは言ってないガ……ゲーム中毒で家に引きこもってるんじゃなかったノカ?」
「どうも違うらしい。昨日、彼の両親から行方不明届が出ている」
「ホウ?」「しかもだ」
連続色付き殺人事件のうち今年起きた分について、複数の現場で鳥矢の姿が目撃されている。彼は何かを知っている。あるいは、もう一つの可能性。
何者かに、操られている。
どちらにしろ、亜人として、放っておくわけにはいかない案件だ。
「その事件、被害者は全員、心臓を喰われているネ?」
「え? ああ、そうだけど」
「似たような話が、これまで巡ってきた世界の、おおよそ半分にあったネ」
背中に覆い被さってくる巴ちゃんをテキトーにいなしつつ、「へえ」と驚いてみせる。
「しかし、複数の現場で、犯人でもない奴が目撃されるなんて例はなかったヨ。イレギュラーネ。調べる価値は……」
「どうして犯人は心臓を食べる? 食べると良いことでもあるのか?」
「それはネ……」
スマホが鳴った。誰だ、こんな時に。
仮結衣さん? これから連絡しようとしていたところだった。通話を始める。
『たすけてっ!』
悲痛な声だった。その後、スマホが落ちたような音とともに、ブツリと切れた。




